「う、うぅ…ッ!!」
杠の悲痛な泣き声が、雨音に混じって響いてくる。
「せ、千空…返事をしてくれ! 頼むから!!」
大樹の絶叫が、森の木々を震わせる。
「アアァァァー!!」
シルファ先生の悲鳴のような慟哭が、胸を締め付ける。
わたしはベッドから跳ね起きると同時に、反射的に自分の口を手で塞いだ。ふぅ、危ない。あまりの惨状に叫び声を上げるところだったが、なんとか声は押し殺せた。
リスポーンした瞬間、わたしは即座にインベントリから透明化のポーションを取り出し、一気飲みした。ガラス瓶が消えるのと同時に、わたしの姿も世界から消え失せる。これで気配さえ殺せば、霊長類最強の男にもそう簡単にはバレないはずだ。案外、この手のステルス能力はバカにできない。
それにしても、まさか千空が死んでしまっているとは。あの自信満々な男に限って、そんな簡単にはくたばらないと高をくくっていた。不死のトーテムの一つでも持たせておけばよかったと、今更ながら後悔する。まあ、そんなレアアイテム、一つも持ち合わせていないのだが。
「アレックス、アレックス…」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、放心状態でわたしの名前を呼ぶシルファ先生。そんなにショックだったか? わたしが死んだ事は。
すまない先生、わたしはピンピンしている。どこかのタイミングで、『創造主アレックスは死なぬ、何度でも蘇るさ! アーハッハッハッ!』と高笑いしながら登場して安心させるべきだったか。
千空にもこの不死身っぷりを見せつけてドヤ顔したかったが、肝心の彼がこれでは…。
リスポーン出来ない彼に、せめてもの手向けとして合掌しよう。わたしは音を立てないように慎重にベッドから降り、見えない手で南無南無と拝んだ。
「千空お前はッ、こんな所で死んでいい男じゃないんだ! 死んでいい訳ないダロー!!」
大樹の叫びが胸に刺さる。彼の悲しみは本物だ。
「頚神経を一撃で砕いたんだ、苦しんではいないよ。せめて君達の手で、千空を葬ってあげてくれ」
司の声は静かで、どこまでも冷徹だった。慈悲深いようでいて、その実、徹底的に残酷だ。
葬る…か。火葬場でも作ろうか。ネザーラックと火打ち石があれば、即席の火葬場なんて一瞬で建築できる。
しかし今、それをやるのは得策ではない。司を攻撃することだって同様だ。
透明化状態とはいえ、完璧ではない。手に持ったアイテムや装備した防具は透明化されないし、歩けばパーティクルが出る。何より、建築なんて派手なことをしたら一発でバレてしまう。今はまだ、動くべき時ではない。
だが、ちょっと試したくなってしまうのが、マインクラフターの性分だ。霊長類最強が、果たして透明化状態のわたしを発見できるのか。その知覚能力の限界を、是非とも検証してみたい。
今すぐしよう。善は急げだ。わたしは忍び足で司の目の前まで近づき、音もなく手を振ってみた。
やーいやーい。司クン見てる〜? 発見できないよねぇ〜? さっきリスポーンしてね。今まさに君の目の前で煽ってま〜す。さあ、発見出来るものなら発見してみrフォイー!?
「気の所為か? 目の前でアレックスが、オレをバカにしている気がしたんだが…フッ、あり得ないか。創造主を自称する彼女は死んだ」
ヒュンッ! 今ヒュンって!? 司の石槍が、わたしの鼻先にミリで掠めた。風圧で前髪が揺れる。あ、あああっ、危なかったァ…!? 今、完全に殺気を感じ取って攻撃してきたぞコイツ。避けなければ、リスポーンした直後にまた死んでいた。心臓が早鐘を打つ。
それと司? 誰が自称だゴラァ。「創造主を自称する」って、それ一番言っちゃいけないやつだからな。本人を前にして失礼極まりないぞ。あと、誰がハゲだ。あいや、別にハゲですら無いな。被害妄想が過ぎた。
「もし生き返ったら、シルファを人質にするところだったよ。うん、生き返りなんてあり得ないか」
司が独り言のように呟く。その言葉に、わたしのこめかみがピクリと動く。リスポーンしてますけど? 完全に復活しましたけど?
して、シルファ先生を人質だって? 聞き捨てならない。断じて聞き捨てならないぞ、その台詞。わたしの保護者を、人質になんかさせてたまるか。もし本当にそんなことをしてみろ。牛乳バケツの刑だけじゃ済まさない。マグマバケツの刑もセットで下してやる!
「杠も人質になる可能性がある以上、大樹はオレに攻撃できない。だが、激昂して襲いかかって来たら…君まで殺すことになるかもしれない」
司が苦悩の表情を浮かべる。大樹の暴走を危惧しているのか。激昂した人間を止める方法なら、前世で実証済みだ。
あれはまだ、わたしが純真無垢な子供だった頃。夏休みの宿題という恐怖をわたしに与え、あろうことかマインクラフトのプレイ権を人質にした祖父に対して、わたしは牛乳を飲ませまくった。
ゲームをやらせろという欲望もあったが、全ては祖父の異常を取り除くためだ。「宿題をやらせようとする異常な思考」を浄化しようとしたのだ。幼い頃のわたしは『マイクラで毒が消えるなら、現実の牛乳も飲めば正常になるんだ!』と信じて疑わなかった。
『お爺ちゃん!』
『マインクラフトかの? すまんの愛しい孫娘よ、ゲームは宿d…ゴボボボ!?』
『さぁお爺ちゃん、正常に戻るんだよォォォ!』
『ゴホゴホッ!? ア、アレ…ゴボボボッ!?!?』
そこへ運悪く、父が帰宅した。
『ただいま! おぉ愛しい娘よ、元気にしていたかい? 見てくれ、この有田焼ォ…お邪魔しました』
『儂を助けぬかァァァアア!!』
「やはり、戦うしかないのか。大樹、冷静であってくれ」
司の独白で現実に引き戻される。あの一件の後は、クソ父親と一緒に正座させられて説教を食らった。解せぬ。わたしはただ、祖父の健康と精神衛生を案じただけだというのに。何をしたというのか。
「大樹くん!?」
杠の悲鳴。見れば、大樹が怒りに震えながら立ち上がっていた。
「大丈夫だ杠、オレは冷静だ」
大樹の声は低く、そして重い。嵐の前の静けさだ。
「フフフッ、ワシらはおしまいじゃァ。此処で死ぬん…じゃあ!?」
シルファ先生が絶望の淵で半狂乱になりかけている。その時、わたしの体がふわりと光り輝いた。あっ、しまった。透明化ポーションの効果時間が切れた。タイミングが悪すぎる。いや、良すぎるのか?
「アレックスさん!?」
「突然現れたぞ!?」
杠と大樹が目を丸くしてわたしを凝視する。幽霊でも見たかのような反応だ。
「バカな、あり得ない!? あの時、確かに……そうか、自称創造主ではなかったんだね」
司の表情が凍りつく。常に冷静沈着な彼が、珍しく驚きを露わにしている。
わたしはニヤリと不敵に笑う。フフ、司よ。悪いね。わたしの死を確認したつもりだっただろうが、創造主にはその常識は通用しないんだ。申し訳ないと思ってるよ。わたしが千空の側に就いている事も、君の計画を根底から覆してしまう事もね。
「汚れのない楽園に科学は不要。なぜ分からない?」
司が問いかけてくる。その瞳には、まだ勧誘の意志が見え隠れしている。
なぜ分からないか、だって? 唆らないから、それだけだ。ただ生きるだけの楽園なんて退屈だ。何もないところから全てを作り出す、文明を復興させるという千空の夢の方が、何倍も唆るしワクワクする。クラフトは不滅なのだよ、司よ。
…というわけで、議論は終わりだ。ホイ。
「ッ!?」
わたしは素早くインベントリからエンチャント付きの木剣を取り出し、司に向かって振り抜いた。
ドゴォッ!!
ノックバックの衝撃が司の体を吹き飛ばす。一気に距離が開く。今だ! わたしは即座にエンダーパールを投げ、テレポートで距離を詰めながら追撃の体勢に入る。
さらに、弱体化のスプラッシュポーションを投擲する。パリンッという音と共に、灰色の煙が司を包み込む。前回の戦いではナメプしてしまったが、今回は容赦しない。学習能力はあるのだ。
「急に身体が!?」
司が膝をつく。攻撃力が低下している証拠だ。間髪入れず、鈍化のスプラッシュポーションも投げつける。これで移動速度も低下させた。攻撃ステータスも機動力も奪った。効果覿面だ。以前試した毒は効かなかったが、デバフ系のポーションなら通るようだ。問題ない。
わたしはドンドンとエンチャント木剣を振るい、司をノックバックさせ続ける。彼に反撃の隙を与えない。
さぁ、ここからが本番だ。
「石の壁を瞬時に?」
わたしはインベントリから大量の丸石を取り出し、目にも留まらぬ速さで設置していく。
カンカンカン!
あっという間に、わたしと司を囲むように2×2の狭い石室が出来上がった。
「アレックス、何を……まさか」
千空の声が聞こえる。死んでいるはずの彼が、わたしの意図に気づいたかのように。いや、これは幻聴か?
「いやじゃアレックス! 死ぬなァァ!!」
先生が泣き叫んでいる。壁の向こうで。ごめんね先生。でもこれしかないんだ。わたしは無言で天井も塞ぎ、完全なる密室を作り上げた。
「逃げるよ皆!」
杠が叫ぶ。
「杠!?」
大樹が戸惑う。
「アレックスを置いて行けというのか! 間違いないぞ、自爆する気じゃ!」
先生が必死に抵抗する。
「私達が足手まといになるだけ! 五体満足な状態でわたし達の元に現れたんだよ? また会えるよ!」
杠の言う通りだ。彼女は賢い。わたしの目的は司を殺すことではない。この場から彼を遠ざけ、みんなを逃がすことだ。最後の1マスを塞ぐ直前、わたしは隙間からシルファ先生たちに向けて、精一杯の笑顔を見せた。
直ぐに向かうよと、口パクで告げて。
「ッ…すまん、アレックス」
先生の押し殺したような声が聞こえた。足音が遠ざかっていく。よし、これでいい。閉じ込め完了。薄暗い石室の中、わたしと司、二人きり。では、フィナーレといこうか。
わたしはTNTを設置し、火打ち石で着火した。シュゥゥという、死のカウントダウンが始まる。
「離してくれないかい?」
司がわたしを見つめる。その瞳は、あくまで穏やかで、優しげだ。やわらかな笑顔だなァ…クソ、また魅了状態にされてしまった!
わたしの思考回路がバグり始める。司に抱きつきたいから抱きつく! 縋りついてやる! 絶対に離すものか! 道連れだ! 地獄の果てまで一緒に行こうぜ!
…とでも思ったかバカめがァァァ。
わたしは即座に正気に戻り、ツルハシを構える。高速ホリホリ開始! 一瞬で壁に1マスの穴を開け、そこから外の世界へとエンダーパールを投げる。
シュン!
体が光に包まれ、石室の外へと転移する。
ドカーン!!!
背後で轟音が響き渡り、石室が内側から弾け飛んだ。振り向いた刹那、視界いっぱいに広がる汚ねぇ花火。もうもうと立ち込める黒煙が、石室があった場所を覆い隠している。至近距離でのTNTの爆発。しかも密室。
距離が距離だ。まともに食らえば、ひとたまりもないだろう。死んだなアイツ。もうあの美しい筋肉に抱きつけないと思うと…少しだけ涙が出る。惜しい人を亡くした。
わたしは黒煙に背を向け、エンダーパールを連続で投げる。空間を飛び越え、シルファ先生たちが待つ森の奥へと急ぐ。
さらば、獅子王司。君のことは忘れない。君の強さも、優しさも、その顔の良さも。
…まあ、リスポーンしてたら、また会えるかもしれないけどね。
■□■□■□
轟音が鼓膜を劈き、爆風が周囲の木々を薙ぎ倒した。黒煙が天を焦がすように立ち昇り、土塊と砕けた石材が雨のように降り注ぐ。
アレックスが瞬時に作り出した即席の処刑場──堅牢な石の牢獄は、内側からの暴力的なエネルギーの解放によって跡形もなく吹き飛んでいた。常人であれば、肉片すら残らない絶望的な破壊の跡。そこには直径数メートルにも及ぶ巨大なクレーターだけが残され、赤熱した地面からは硝煙の匂いが立ち込めている。
だが、その噴煙の只中から、一つの影がゆらりと立ち上がった。獅子王司である。
彼は無傷ではなかった。羽織っていたライオンの毛皮は所々が焼け焦げ、鍛え上げられた皮膚には幾つもの擦り傷と火傷が刻まれている。爆発の衝撃波で乱れた長い黒髪が、煤にまみれて重く垂れ下がっていた。
しかし、致命傷には程遠い。五体は満足であり、その瞳に宿る光は微塵も揺らいでいなかった。アレックスが壁を破って転移した、コンマ数秒の刹那。その瞬間に生じた僅かな「力の逃げ道」と、起爆までの僅かなタイムラグを、彼の研ぎ澄まされた野性の本能は完全に見切っていたのだ。
爆発の衝撃が身体を芯から破壊するよりも速く、彼は自らの拳と脚力で対面の石壁を粉砕し、爆風のベクトルを逸らしながら爆心地から紙一重で飛び退いていた。まさに神業としか言いようのない、人間離れした回避行動だった。
司は煤けた顔を手の甲で拭うと、足元に穿たれたクレーターを見下ろした。
もし判断が遅れていれば、あるいはアレックスが壁に穴を開けずに自爆を選んでいれば、流石の霊長類最強といえども無事では済まなかっただろう。
未知の火薬兵器TNT。
身体能力を奪う不可思議なポーション。
そして、物理法則を無視した瞬間移動と建築能力。
彼女は「創造主」を自称していたが、それは決して少女の妄言などではなかった。このストーンワールドにおいて、彼女だけが全く異なる理ルールで動いている。科学とも武力とも違う、第三の脅威。
静寂が戻った森の中で、司は深く、長く息を吐き出した。それは安堵の息というよりも、極限の緊張から解き放たれ、身体に篭った熱を逃がすような、戦士の呼吸だった。
「…ふぅ、流石に肝が冷えたね」
その声には、恐怖ではなく、未知の強敵と死線を潜り抜けた者だけが持つ、静かな興奮と純粋な称賛が混じっていた。
■□■□■□
天気が変わった。先ほどまでの穏やかな晴天が嘘のように、黒雲が空を覆い尽くし、激しい雷雨が世界を叩いている。わたしは泥濘む地面を踏みしめながら、エンダーパールによる連続ワープの副作用で少しフラつく足取りを必死に動かし、仲間たちの元へと急いだ。
雨音に混じって、獣の咆哮のような声が聞こえる。
「ウォォォ! 千空! 千空ゥゥ!!」
大樹だ。あの大音量の叫び声のおかげで位置を特定できたことには感謝する。追いつけたのは、ひとえに彼の声量のおかげだ。
だがね、正直勘弁してもらいたい。この雷鳴轟く豪雨じゃなかったら、そのデカすぎる声は高確率で司の耳に届いていたことだろう。あの男の聴覚を舐めてはいけない。
いやだよ? 今ここで司に出会うのは。
別に彼が嫌いだからという訳じゃない。むしろ、顔は好みだし、性格も紳士的だ。が、またあの謎の「魅了状態」にされてしまうのは、ごめん被る。精神干渉系のデバフは、牛乳でも完全には防げないかもしれないのだから。
わたしは仲間たちと合流するや否や、即座に行動を開始した。挨拶よりも先に、安全確保だ。インベントリから大量の土ブロックを取り出す。
ババババッ!!
目にも留まらぬ速さで土を積み上げ、我々がいる空間をドーム状に覆っていく。外側からは自然な起伏を持ったちょっとした「丘」に見えるように、草ブロックでカモフラージュすることも忘れない。これぞ匠の技、即席隠れ家の完成だ。
「きゃっ!? …こ、これは…土の壁!?」
杠が驚いて声を上げる。雨が遮断され、突如として現れた空間に、皆が呆気にとられている。
「この常識外れな建築速度…アレックスか!? アレックスなのか!?」
シルファ先生が、松明の明かりに照らされたわたしの姿を認め、目を見開く。
「アレックスさん…!? 無事、だったんだね…ッ! よかった…本当に…!」
「おお、アレックス!! お前、生きて…! オレ達を隠してくれたのか! すまない、ありがとう…!」
大樹と杠が、涙に濡れた顔で安堵の表情を浮かべる。わたしが無事だったこと、そして追手から隠れられたことに、一瞬だけ場の空気が緩んだが、それは本当に一瞬のことだった。
わたしへの安堵は、足元に横たわる冷たい現実の前に、瞬く間に掻き消されていく。
「だが、今は…千空だ!!」
大樹の顔が、再び悲壮な決意に歪む。内装? そんなものにこだわっている時間はない。薄暗い土壁に松明を数本突き刺して、最低限の明かりを確保するだけで勘弁してもらいたい。
密閉された空間に、雨音は遠のき、代わりに湿った土の匂いと、みんなの荒い息遣いが充満する。松明の揺らめく炎が、大樹の必死な形相を照らし出す。
「戻ってこい! 目を覚ませ、千空ゥゥゥ!!」
大樹は、千空の遺体を抱きしめ、なりふり構わず叫び続けている。その手には、復活液の残りが握られていた。
彼の狙いは分かっている。千空の首筋に残っていた、ごく僅かな石化の破片。千空自身が以前言っていた、「石化が解ける際の修復力」を利用して、砕かれた頸神経を繋ぎ合わせようというのだ。
理論は分かる。しかしよ、本当にそれで生き返るのだろうか? かつては首の後ろにあった、あの小さな石化部分を復活させただけで、失われた命が戻るというのか?
わたしは冷めた目で、しかし祈るような気持ちでその光景を見つめていた。
大樹も杠もシルファ先生も、千空が死の世界から戻ってくると信じているようだ。その瞳には、縋るような希望の光が宿っている。
わたしは知っている。人間は脆い。わたしのような創造主とは違うんだ。不死のトーテムすら持っていない彼が、インベントリ保持も経験値回収もできない彼が、一度失った命を取り戻して現世にリスポーン出来る筈も無い。
それはマイクラの理ですら及ばない、生命の絶対的な境界線なのだから。
ピシッ…。
微かな音がした。松明の火が揺れる。大樹が息を呑み、ゆっくりと体を離す。千空の首筋、石化していた部分が剥がれ落ちていく。修復は…完了したようだ。傷跡は綺麗に塞がっている。が、肝心の千空は動かない。ピクリともしない。
やはり、ダメか。沈黙が痛い。わたしは溜息をつきそうになるのを堪え、千空の顔を覗き込んだ。肌は青白く、生気を感じられない。せめて、安らかに逝ったことを確認してやろう。
わたしは顔を引き寄せてから、彼の頬に触れようと手を伸ばす。さらに顔を近づけて、瞳孔が開いていないか見つめる。
その時だった。千空の目が、見開かれた。赤い瞳と、目が合った…は?
「近過ぎるぜ、アレックス? ちっと離れやがれ」
「は?」
わたしは思考が停止した。今、喋った? 死体が? いや、死体は喋らない。ゾンビだって唸るだけだ。ということは…。
「…ぎゃあああ!?」
わたしは悲鳴を上げて飛び退いた。ほらこの通り! 目をパチパチさせてる奴が生きている筈もないし、流暢に悪態をつくことなど…生き返ってらっしゃる??
アンデッド化? いや、肌艶がいい。リスポーンエフェクトも出ていない。完全に、蘇生している。
「せ、千空…!?」
「うあああん! 千空くん!!」
「よかった、本当によかったのじゃぁ…!」
大樹が男泣きし、杠が泣き崩れ、シルファ先生が腰を抜かす。歓喜の渦の中で、わたしだけがキョトンとしていた。科学ってすげぇな。マイクラのポーションより効くんじゃないか?
…ちょっと失礼します。この感動的な空気に、わたしの常識がついていけない。一度外の空気を吸って、頭を冷やす必要がある。次いでに、外の様子を見てこよう。
「千空、ちょっと外に出て天気どうなってるか見て来ます」
わたしは努めて冷静に言った。
「あいよ。ついでに司の奴が来てねぇかも頼むぜ」
千空がニヤリと笑って答える。その憎たらしい笑顔を見て、ようやく実感が湧いてきた。ああ、こいつ本当に生き返りやがった。
「なぬ!?」
「確かに!」
「司くん来てないよね!?」
皆が慌てふためく中、わたしはシャベルを取り出す。土壁をサクサクと掘り崩し、外への道を作る。湿った風が吹き込んできた。
穴から顔を出すと、そこには信じられない光景が広がっていた。さっきまで世界を灰色に染め上げていた厚い雨雲は消え去り、雷雨だった天気は、今では嘘のように晴れ渡っていた。
雲の切れ間から太陽が顔を出し、濡れた森をキラキラと輝かせている。
「クククッ、ゴミみてぇな小せぇヒントからよ〜く気づきやがったな。テメーらに100億万点やるよ!」
背後から、千空の嬉しそうな声が聞こえる。首の石化。大樹の叫び。そして、わたしの陽動。全ての要素が噛み合って、一つの奇跡を起こしたのだ。
わたしは大きく息を吸い込んだ。雨上がりの空気は澄んでいて、どこまでも美味しい。
嗚呼、空は青いなァ。
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