どうも皆の衆、ごきげんよう。わたしは、マインクラフターのアレックスである。
あさぎりゲンの登場後、突如として村を襲った雷雨。あの雷がどうなったのか、皆様方は気になることだろう。あの落雷は…フッ、我々科学王国の『電気爆誕』の礎となりました。その礎に至るまで、事は怒涛の勢いでドンドン進んでいったのだ。
まずは、雷のエネルギーを受け止めるための準備だ。千空の指示で、鉄の棒に漆という天然の絶縁体をこれでもかと塗りまくり、乾かす。その上から、クロムが集めてきた銅鉱石から精製した銅線を、ひたすら手作業でグルグルと巻きまくる。地味で単調な作業だが、これが電気を生み出す心臓部となる。
その作業中、橋を渡って我々を襲撃して来ようとして来た『マグマ』とかいうガタイの良い村の男がいたが、手品師のゲンがバックパームとかいう花を隠す技を披露し、それを『ヤベェ妖術』だと錯覚させて見事戦慄させて追い払ってくれた。インチキも使いようである。
そしていよいよ、本番。土壌を失い荒廃した地肌が露出している、村外れの雷スポットであらせられるハゲ山に全員で登る。
嵐の中、雷に怯えて泣き叫ぶ金狼から、彼が命より大切にしている金の槍を半ば強引に拝借し、即席の避雷針として山頂にブチ立てる。そして、見事に雷を落とし、『電気、爆誕だぜ!』となったのである。
その雷の力で強力な磁石を作り出し、我ら科学王国は今日この日、人力ではあるものの──二刀流手回し発電機のクラフトに成功したのだ。
ね? ドンドン進んでるでしょう? 千空の科学知識と、クロムの素材収集力、そしてわたしの圧倒的なクラフト速度が合わされば、文明の時計の針を早回しすることなど造作もないのだ。
人力発電機は、先ほど落雷を利用して作った『強力磁石』が無ければ完成することはなかった。千空による発電機の仕組み──電磁誘導についての解説はこうだ。
金属を磁石に近づけたり遠ざけたりすると、磁場の変化によって周りの
つまり、力いっぱいハンドルを回し続ければ電気が起きる。人力の時代、到来である。金狼と銀狼という優秀な
「仕込みのガードで防いだとはいえ、この怪我は相当ヒドいぞ」
「クッソ! ぜってぇ犯人とっ捕まえてやる…!!」
蒸し焼きにした竹の繊維が白熱電球のフィラメントとなり、ついに科学の灯がストーンワールドの夜を明るく照らし出した、まさにその日の夜。
わたしが自分の個室で、キャンバスに見立てた羊毛ブロックに自分の似顔絵を描いて寛いでいると、外が騒がしくなった。血まみれになって意識を失ったゲンが、コハクたちに担がれて救急搬送されて来たのだ。
おいガキ共、こr…失礼間違えた。君たち、これはいったい…どういう状況だ? なんでこんな血まみれになっているのか、わたしは慌ててコハクに聞いてみた。
すると、彼女は青ざめた顔でこう返して来た。
『何の音だ?』と思って外に出てみれば、ゲンがどう見ても即死した状態で倒れていたのだと。胸に石槍が深々と突き刺さったままであることから、犯人は駆けつけたコハク達に気づいて逃走したらしい。
不幸中の幸いか、被害者であるゲンは万一の襲撃に備えて、衣服のあちこちに血のり袋──赤い汁が入った袋──を仕込み、それをガード代わり──あるいは死んだふり用──にしていたようだ。だが、刃は完全に防ぎきれず、深い傷を負っている。
「しかし、いったい誰がこんな惨いことをしたのだ…?」
コハクが怒りに震えながら周囲を警戒する。ゲンの目は開いたり、閉じたりを弱々しく繰り返している。息も絶え絶えだ。嗚呼、可哀想に。このわたしが…楽にしてあげよう。わたしはインベントリから、とっておきのアイテムを取り出した。
「アレックス、それは…赤い小瓶か? 投げるタイプ、なのか?」
クロムがわたしの手元を見て、不思議そうに尋ねる。
「スイカはそれ毒かと思ったんだよ」
「透明な容れ物なのだな」
コハクも興味深そうに覗き込んでくる。ザッツライトだ、コハク。これは『治癒のスプラッシュポーション』という。では…これより、クラフターによる奇跡の治療を行う。千空が瀕死のゲンをわざわざわたしのところへ連れて来た理由。それはもちろん、わたしなら彼を一瞬で治せると考えたからだろう。
負傷しているんだ。もちろん、治せるとも。
「投げるだけで本当に治せるの? なんだ…よォォォ!?」
わたしは無言で、ポーションの瓶をゲンの顔面めがけて思い切り叩きつけた。パリンッ! という小気味良い音と共に、赤い飛沫が弾け、キラキラとしたパーティクルがゲンを包み込む。
「忽ち快癒したぞ!?」
コハクが驚愕の声を上げる。
「破片が飛んだら…飛んでねェのは不思議だな??」
クロムの言う通り、ガラス瓶は割れた瞬間に消滅し、破片一つ残らない。これぞポーションの仕様だ。
相手がアンデッド系モブなら、この『治癒』のポーションは逆にダメージを与えるため、現世からいなくなる。だが、今回投げた相手は人間だ。血色はみるみるうちに良くなり、深く抉られていた傷口も一瞬で塞がり、完全に回復している。
「ば、バイヤーよアレックスちゃん。投げるだけで治せるなんてね、ゴイスー!」
ゲンが跳ね起き、自分の体をペタペタと触りながら目を丸くする。
「投げたトコ顔面だったがなァ」
千空がニヤリと笑いながらツッコミを入れる。
「ジーマーで心臓止まるところだった。だからね…次から気を付けてね?! ガラスの破片で失明するところだったのよ!?」
ゲンに注意された。叱られた。治ったからよかったじゃないか。結果オーライ、というやつだ。細かいことを気にしていてはストーンワールドは生き抜けないぞ。
「ハ! ルリ姉の病もこれで治せるんじゃないか?」
コハクが閃いたように、期待に満ちた目でわたしを見てきた。
…すまん、それ無理。わたしは無言で首を横に振ると、コハクとクロムが食いかかってきた。
「な、なんだと!」
「なんでだよ!」
大変申し訳ないのですが…ポーションでは病までは治せないのです。外傷や体力低下なら一瞬で治せるのだが、病というシステム的な概念となると、ね? ポーションの管轄外なのだ。だから千空が言っているように、科学の力で『サルファ剤』を作るしかないんだ。
「そう簡単にはいかないのだな…なら尚更サルファ剤が必要に!」
「いいじゃねェかやってやんよ! 科学の万能薬を作って…ルリを治してやるぜ!」
クロムとコハクの目に、再び闘志の炎が宿る。そうだ。続けてクラフトしていこう。一歩一歩な。
「「オォー!!」」
士気が上昇し、気合を入れる二人を見て、わたしはそっとインベントリから牛乳を取り出し、ゴクリと飲んだ。
内心で深く謝罪する。すまんな二人とも。今わたしが飲んでるこのただの『牛乳』なら、いかなる状態異常も一瞬で救えるんだ。クラフターって口が裂ける仕様があるのか知らぬが…この秘密は絶対に、口が裂けても言えない。彼らの情熱と科学の発展のためにも。
「クククッ、治癒のスプラッシュポーションか。おもしれー女だな、テメーはよォ」
千空が面白そうにわたしを見る。
「あ〜と…とりあえずオレ、安静にしてるね? …とその前に千空ちゃん、ちょっと秘密の話があるの…契約の、ね」
ゲンが急に真面目なトーンになり、千空に耳打ちをする。
「ほ〜ん? 話しやがれ」
二人はコソコソと密談を始めた。ところで、スイカは何処に行ったんだろうか。名探偵のことだから、また村に情報収集にでも行ったのだろう。そう思いながら、わたしは先ほど描きかけていた似顔絵の続きを描く為、筆を手に取った。
う〜ん…軍服姿のわたしは素晴らしい。実に凛々しい。あとはこの帽子をっと…。
■□■□■□
夜が明けて朝。名探偵スイカの潜入調査によると、ゲンを襲った犯人は『マグマ』なのだと。ま、マグマって誰だったか。ダメだ、全く思い出せない。あのガタイの良い脳筋男のことか? 村人Mと呼んでもよいかも知れないが、ネームド持ちならば一応名前で呼んであげた方がイイか。
スイカからの報告によれば、マグマたちはこんな会話をしていたという。
『ルリとコハク、アレックスとかいう余所者女も! このマグマ様の所有物にしてやらんでもないがな!』
『アイ〜、3人もの女がマグマ様のモノになれるとは!? なんという果報者!!』
…意味不明である。人を、ましてやこの創造主たるわたしを所有物にするな。わたしは家具じゃないんだぞ。チェストにしまえるアイテムでもない。マグマとその子分は何を言っているのか、全く理解出来ない。
彼らは脳の回路に、何らかの状態異常が発生しているのかも知れない。機会があれば、強制的に牛乳を飲ませて正常状態を刻み込んでおこう。
「浅い! そんなことでマグマを倒せると思うか?!」
「どわァァァ!? 少し休憩しようよォォ!!」
「逃さん!」
わたしは現在、クロムの家の壁に背中を預けながら、コハク達の特訓の様子をのんびりと眺めている。
コハクのスパルタ指導の元、来月開催される御前試合での優勝を目指して、血みどろの練習をする門番兄弟。村の長となり、ルリと結婚する権利を得るための御前試合。そこでマグマの優勝を阻止するという千空らの目的に共感し、かの二人はルリを救うため協力すると申し出たのだ。
しかし、他に門番はいないのか? 金狼と銀狼だけが村の防衛戦力という訳じゃあないだろうな?
「アレックス! ちょっと用を足してくるぜ!」
セキュリティ云々で悩んでいた時。白髮黒髪と二分する奇抜な髪の色をしている、クロムが家から出てきた。それに対して行ってらっしゃいと、わたしは軽く手を振って見送る。
…ん? 二分する髪の、色? クロムの髪は茶色一色のはずだが? 二分する白と黒…アメイジング。
「ヤベェェェェ!! ゲンの奴が消えやがった!?」
本物のクロムが、慌てふためいて家から飛び出してきた。
「何? コウモリ男が消えただと!?」
コハクも特訓を止めて驚く。
…やられた。まんまとゲンに騙されてしまった。まさか、服装だけでなく髪型や声、背格好まで偽装して堂々と正面から逃げ出すとは。やりおる。この創造主の目をも欺くとは…。
わたしの声も真似出来るかな? ちょっとやってみて欲しい。いや、感心している場合ではないのだが。メンタリスト、恐るべし。
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木々が生い茂る深い森を抜けた先、「それ」は周囲の自然を圧倒するような異様なオーラを放って…そこに存在していた。
古代遺跡の跡地を思わせる無骨な石柱が、木々の隙間から天に向かって拳を突き上げるように乱立している。だが、それ以上の存在感を放ち、見る者を威圧するのは、草木一本生えていない巨大な岩の台地だった。
「それ」は自然という名の神が永い歳月をかけて形成した、天然の石の城。青い空を背負い、周囲の森を見下ろすように今もなお君臨している。
三千七百年の間、そこは主を持たないただの風景だった。
だが、今は違う。
霊長類最強の高校生、獅子王司がこの巨大な岩の城の新たな主となったのだ。今やこの場所は『司帝国』の本拠地となり、主の放つ絶対的な威光が、周囲の空気さえも平伏させていた。
あさぎりゲンは、その威圧感に満ちた石の玉座の間から出たばかりだった。つい先程、彼は玉座に腰掛ける司に相対し、自らの命をチップにした重大な報告を行ってきたのだ。
『戻ったか、ゲン。ご苦労だったね。…それで、千空と、あの創造主を名乗る少女は、どうだった? 彼らは、まだ生きていたかい?』
司の瞳は静かで、深く、一切の嘘を見透かすような冷徹さを秘めていた。常人であればその眼光に射抜かれただけで竦み上がり、震えながら真実を吐露してしまうだろう。
だが、希代のメンタリストであるゲンは、微塵も動揺を悟らせることなく、飄々としたいつもの笑みを浮かべてみせたのだ。
『いやぁ〜、それがさ。見事に影も形もなかったよ。いたのは科学の「か」の字も知らない、純粋な原始の人類が住む村だけ。やっぱり司ちゃんの言う通り、君が手にかけて、完全に終わってたみたいだねェ。ご愁傷様、ってやつ?』
『…そうか。分かった。君の報告を信じよう』
完璧な嘘。世界で最も危険な男を相手取った、文字通りの命懸けのブラフ。ゲンは帝国の拠点から少し離れた崖の上に立ち、眼下に広がる緑の海を見下ろしながら、フゥと長く息を吐き出した。
「コーラ1本で結んだ、世界一薄っぺらいの同盟…ハハ! これジーマーで世界中の人間が笑っちゃうよねェ」
誰もいない空間に向けて、ゲンは自嘲気味に呟いた。彼は元々、司直々の要請を受けてあの村に潜入したスパイだった。千空たちの生死を確認し、もし生きていれば司に報告する。それが彼に与えられたミッションであり、圧倒的な強者である司の側に付くことが、この狂った石の世界で最も安全で確実な「勝ち馬に乗る」生存戦略だったはずだ。
それなのに、なぜ自分は千空とアレックスが生きているという決定的な事実を隠蔽し、司を裏切るような真似をしたのか。理由は明白だった。
あの村で目撃した、熱に浮かされたような光景の数々。何もない石器時代で、狂気とも言える執念で鉄を溶かし、磁石を作り、ついには「電気」という光を爆誕させた科学少年、石神千空の圧倒的な才覚。彼が見据える未来には、途方もないロマンと確かな勝算があった。
そして、もう一つの決定的な要因。天真爛漫に振る舞い、自らを「常識人」だと信じて疑わないのに、その実、倫理観や物理法則の常識が完全にズレきっている規格外の少女、アレックスの存在だ。
マグマという村の男に闇討ちされ、胸を槍で深く抉られて瀕死の重傷を負った夜。ゲンは本当に自分の死を覚悟した。だが、薄れゆく意識の中で、彼を救ったのは千空の地道な科学ではなかった。アレックスの手から放たれた、謎の赤い液体の入った小瓶だったのだ。
『さあ、これで良くなるぞ!』
彼女は全く悪びれもせず、その赤い小瓶──『治癒のスプラッシュポーション』というらしい──を、あろうことかゲンの顔面めがけて全力で投げつけてきたのだ。
パリンッ! とガラスが砕ける派手な音と共に、顔面に強烈な衝撃が走った。ジーマーで心臓が止まるかと思ったし、ガラスの破片で失明すると本気で恐怖した。が、次の瞬間には、致命傷だったはずの傷が瞬く間に塞がり、嘘のように痛みが消え去っていたのだ。
己の命を助けてくれたことには感謝している。本当に。
が、顔面にガラス瓶をフルスイングで投げつけるという治療法は、いくら何でも勘弁してほしいものだ。アレックスのあの無邪気な笑顔の裏にある無自覚な暴力性は、ある意味で司以上の底知れぬ恐怖を感じさせた。
しかし、形は何であれ、命を救われたのは事実だ。千空の底知れぬ科学の力と、アレックスという理不尽の塊。この二人が組んでいる陣営が、果たして本当に司の武力に敗北するだろうか?
いや、負ける気がしない。彼らとなら、本当にこのストーンワールドに旧文明を、あの快適で豊かな世界を再構築してしまうのではないか。そう思わせるだけの熱量に、ゲンは強く感銘を受けていた。
感銘を受けたからには、そして、あんなバイヤーな奇跡を体験してしまったからには…自分はもう、科学王国民として協力しなければなるまい。
「せめてたっぷり、冷えててくれないとね」
ゲンは風に吹かれながら、目を細めた。裏切りの対価は、冷たくて甘い、あの黒い炭酸飲料。千空が、自分の好物であるコーラを、この何もない石の世界で本当にゼロから再現してみせるというのなら。自分は喜んで、世界一危険な綱渡り──司帝国と科学王国を行き来する二重スパイとして、華麗に暗躍してみせよう。
なんてことはない。天才メンタリスト・あさぎりゲンの辞書に、「こなせない」という文字は無いのだ。
青い空を見上げるゲンの網膜には、氷が浮かぶグラスを手に持ち、シュワシュワと弾ける極上のコーラを美味しそうに飲み干す自分の姿が、ハッキリと映し出されていた。