クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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あけましておめでとうございます。
拙作な作品でありましょうが、今年も楽しく読んでいただければ幸いです。


硫酸ゲット

「クロム、テメーは硫酸採集にはもう行かねェ。ここに残れ」

「ハァ!? いきなり何だよ! なんで俺だけ置いてけぼりなんだよ!」

「イイから黙って聞きやがれ」

 

 

 千空の普段の飄々とした態度はなりを潜め、その声には一切の冗談を許さない重みがあった。

 

 皆さんごきげんよう。わたしはマインクラフターのアレックス! 現在わたしは、クロムの家──科学倉庫の入り口付近に立ち、少し離れた場所で真剣な顔をして向かい合う二人の男の会話を静かに聞いているぞ。

 

 千空がクロムに、何やら縁起でもない事を話していたものなので、思わず足を止めてしまったのだ。『オレに万が一のことがあったら、テメーがオレの後継者だ』みたいな、まるで死地に赴く前の遺言のような話を。

 

 千空はわたしに内緒で話している…わけではない。わたしがすぐ傍に立って聞いているのを完全に承知の上で、彼はクロムに語りかけているのである。

 

 

「今からテメーに、オレの知る人類200万年の科学の全てを継ぐ…!!」

 

 

 人類…そう、人類。

 

 諸君、わたしはいつも思うのだよ。人類という種は、本当に不思議で、凄まじいエネルギーに満ちていると。

 

 人類は地上に、原人として姿を現した。それが四足歩行の猿人から数百万年かけて自然淘汰の末に原人へと進化したのか、それとも本当に神のような『創造主』によってある日突然創造されたのか、その真実は誰にも分からない。

 

 ただ確かなのは、彼らは脳を大きくし、知能を発達させ、ただの石ころを打製石器へと加工し、やがて鋭く磨かれた磨製石器を使い熟すようになったこと。そして何より、火というエネルギーを意図的に使い始めたことだ。

 

 原人から旧人類、そして新人類へと進化し、彼らはやがて信じられないほどの高度な文明──超古代文明へと至ったとされる。

 

 

 アトランティス。

 ムー。

 レムリア。

 

 

 かつてオカルト雑誌で読み漁った、ロマンあふれる失われた大陸の名前が脳裏をよぎる。

 

 

「人間はいつか死ぬ。絶対にだ。だが、その頭で生み出した知恵は死なねェ。親から子へ、師から弟子へ。そうやって言葉で、文字で継がれて来たんだ。人類の200万年という果てしない時間はな」

 

 

 千空の言葉が、焚き火の炎に照らされて熱を帯びる。

 

 

「…アレックスも死ぬのかよ?」

 

 

 クロムがふと、わたしの存在を思い出したように尋ねた。

 

 

「さあな。不死身のバケモノかと思いきや、普通にダメージ食らって死んでたしな。ベッドに戻るだけで。まあ、いつか寿命とかで死ぬんじゃね? 知らねぇがなァ」

 

 

 千空が肩をすくめる。勝手に寿命を決めないでいただきたい。クラフターに寿命という概念が存在するのか、わたし自身もまだ検証していないのだから。

 

 話を超古代文明に戻そう。その超文明は謎の理由により滅び、以降は我々現生人類の歴史が始まり…ついには月という地球外天体にまで到達するほどの科学文明が台頭した。

 

 かつての超古代文明が滅びた理由は、高度に発達しすぎた兵器による『核戦争』というのが、オカルト界隈での有力説だ。

 

 だが、一部のディープなマニアの間では、こんな突拍子もない一説が囁かれているのを知っているだろうか? 『とある王族の我儘な姫によって開発された、天を焦がす漆黒の機動兵器。その圧倒的な暴力に対抗するため、人類は自らの星を道連れにする最終兵器を使った』という説だ。

 

 そして、これはあまりにも荒唐無稽すぎて有力説からは完全に除外されているのだが…オカルトサイトの片隅には、こんな続きの記述があった。

 

 曰く、その元凶である当該姫は、滅びゆく地球を見捨てて、ただ一人『月』へと逃げ延びたのだと。つまりその姫は、超古代の核戦争から逃れた唯一の人間なのだと。

 

 

 姫『虫けら共にちょっとしたプレゼントを公開したら、なんか勝手にパニック起こして核戦争にまで発展しちゃった件についてwww』

 姫『えー、マジありえないんだけど。ワタシ様は決めた。こんな汚れた星は捨てて、残りの人生、月で優雅にスローライフする!』

 姫『しかし誰だ? こんな美しい星を荒らしてヒドい事したのは…まぁ原因を作ったのはワタシ様だけど、自業自得だよね!』

 

 

 …と、古代の石版には、このような舐め腐った文面も残されていたらしい。もしこれが本当の歴史だとしたら…考えられるこの姫の性格は、「極度の自己中心主義、無責任、かつ他者の命を何とも思わないサイコパス」だろう。絶対に友達になりたくないタイプだ。

 

 とどのつまり、何が言いたいのかと言うとだ。一度はそんな絶望的な滅びを経験した(かもしれない)にもかかわらず、再びゼロから立ち上がり、宇宙へ飛び出すまでに至った人類って、本当にスゴイよね、て話だ。

 

 その200万年の叡智の結晶を、今、千空という一人の少年が背負い、クロムという原始の少年に託そうとしている。

 これぞまさに、歴史の特異点。胸が熱くなる展開だ。

 

 

「わかったぜ、千空。お前の覚悟はしかと受け取った。オレはお留守番して、お前の知識を全部この頭に叩き込んでやる…んん? ちょっと待て。思ったんだけどよ」

 

 

 クロムが、何か重要な矛盾に気づいたように顔を上げた。

 

 

「あ”?」

「それ、オレが残るんじゃなくて、アレックスにだけ硫酸採りに行かせりゃあイイんじゃねえのかよ?」

 

 

 クロムが、忌憚のない純粋な疑問をぶつけてきた。

 

 

「…」

 

 

 千空が沈黙する。そして、焚き火越しに、二人の少年の視線がゆっくりとわたしの方へと向けられた。何やら視線が痛い。…え? どうした。二人してそんな値踏みするような目で。

 

 

「クククッ…」

 

 

 千空の口元が、三日月のように歪む。それは、彼が最も合理的かつ悪辣な最適解を見つけ出した時にする、あの顔だった。

 

 

「アレックス…オレたちの希望を背負って、逝って来い。クククッ!」

「おうよ! 科学の未来を背負う千空が、あんなヤベェ泉でくたばる訳にはイかねェかんな! 不死身のお前にしか頼めねぇ大仕事だぜ!」

 

 

 千空が悪魔のように笑い、クロムが親指を立てて満面の笑みで送り出そうとしてくる。

 

 …どうやら『オレ達の安全と未来の為に…死ぬ気で(死んでもいいから)硫酸を取ってきてくれ!』ということのようだ。

 

 …ヒドくない? わたし、この村に来てからまだラーメン作ったりケーキ作ったり、労働しかしてないよ? ついこの間も、その泉でドボンして一回死んだばかりだよ? 『不死身だから何させてもいい』みたいな風潮、ブラック企業どころの騒ぎじゃないぞ。労基に駆け込みたいレベルだ。

 

 

「…行くけどさ」

 

 

 わたしは深いため息を吐きながら、インベントリからガラス瓶を取り出した。全く、この科学王国のトップは、創造主使いが荒すぎる。が、彼らが人類の叡智を繋ぐためなら、わたしは喜んでその身を…いや、その残機を捧げようではないか。

 

 さあ、待ってろよ硫酸の泉。今度こそ、完全攻略してやる! 

 

 翌朝。風が止み、周囲の木々が不気味なほど静まり返っている。わたしは今、再びあの死の泉──エメラルドグリーンに輝く硫酸の池の前に立っている。

 

 一歩足を踏み外せば全てが溶け去る絶望の淵。その縁に立ち、わたしはゆっくりと息を吐き出した。後方の安全地帯──目に見えない毒ガスの境界線の向こう側から、仲間たちの声援が背中に飛んでくる。

 

 

「アレックスちゃん…がんばえェェェ!! 死んじゃダメだからねェェェ!!」

 

 

 銀狼が顔をクシャクシャにして、祈るように叫んでいる。お前は本当に分かりやすいな。

 

 

「頼んだぞアレックス! 硫酸採集するんだ! 絶対にこぼさず、満タンにな! ルリの命がかかってんだ!」

 

 

 クロムが拳を握りしめ、喉も裂けよとばかりに熱い声援を送ってくる。彼にとっては、これが科学の万能薬へ至る最大の壁なのだ。

 

 

「クククッ、頼んだぜ創造主サマ。テメーのインベントリの力、とくと見せてもらうからなァ」

 

 

 千空は腕を組み、いつも通りの不敵な笑みを浮かべて見守っている。

 

 仲間たちの期待を背負い、わたしは顔に装着された奇妙な装備の位置を微調整した。カセキ職人の神業と千空の科学知識によってクラフトされた、特製『ガスマスク』だ。これは、硫酸の泉から立ち昇る致死性の毒ガス──硫化水素と二酸化硫黄を防ぐためだけに作られた、ストーンワールドにおける命の盾である。

 

 構造は千空が嬉々として解説してくれた。ガラス製の管で竹を蒸し焼きにし、その過程で生まれた炭酸カリウムを、灰の灰汁にガンガンにブチ込んで煮詰める。

 

 そうして出来上がった黒い粉、炭酸カリウムしみしみの『活性炭』をフィルターとして組み込み、毒ガスを化学的に中和してキャッチするという仕組みだそうだ。原始的な見た目に反して、そのフィルター性能は現代科学に裏打ちされた本物らしい。

 

 

「とはいえ、テメーなら万が一毒ガス吸っても大丈夫だろ? 最悪、牛乳飲めば一発で治るんだかんなァ。そのマスク、テメーにはただのファッションアイテムみてぇなもんだ」

 

 

 千空が出発前に、冗談めかして言っていたことを思い出す。

 

 

「で、ででででもさ! 本当に大丈夫なのォォ!? もし牛乳飲む前に倒れちゃったらどうするのさ!?」

 

 

 銀狼がわたしの不死身っぷりをいまだに信じきれず、ガクガクと震えながら心配していた。

 

 

「ハ! 何を怯えているんだ銀狼。人外のアレックスなら心配する必要あるまい! いざとなれば、またあの光と共にベッドから蘇るだけだろう!」

 

 コハクが頼もしい(?)言葉で太鼓判を押してくれた。人外扱いが定着しつつあるのが少し悲しいが。

 

 実際のところ、千空の言う通りだ。このガスマスクの根本の革が酸で溶けて隙間ができたとしても、布で塞ぐか、息を止めればいい。

 

 もし誤って致死量の毒ガスを吸い込み、視界が歪むようなデバフ──毒や吐き気、あるいはウィザー状態──を食らったとしても、インベントリから牛乳を取り出して一気飲みすれば、全ての状態異常は瞬時に解除される。

 

 それに、万が一足を滑らせて硫酸にドボンしたとしても、一度経験済みだから対処法はわかっている。最悪の場合でも、拠点のベッドでリスポーンするだけだ。残機は無限にある。

 

 だから、わたしにとってこの任務は「死の危険」などという大層なものではない。ただの「お遣いイベント」だ。とはいえ、痛いのは嫌だし、持っているアイテムをロストするのも面倒なので、一発で成功させるに越したことはない。

 

 わたしはガラスの瓶を両手にしっかりと構え、エメラルドグリーンの水面へとゆっくり近づいていく。その時だった。

 

 

『来たわね…牛乳で治せば問題ないくせに、ご丁寧にガスマスクなんてする小賢しい女!』

 

 

 脳内に直接響くような、甘ったるくも禍々しい声。視界が揺らぎ、泉の奥から『彼女』が姿を現した。女神りゅーさん。前回は美しい精霊の姿で誘惑してきたが、今回は違う。有毒ガスの危険性を擬人化したような、ドロドロに溶け、骨が剥き出しになった悍ましいゾンビ姿で、空を飛んでこちらへ迫ってくる。

 

『今度こそ、その骨の髄までドロドロに溶かして…そう簡単には帰さないわy──』

 

 

 幻覚の女神が呪詛を吐き出しながら襲いかかってきた、まさにその瞬間。わたしは一歩踏み込み、ガラス瓶を泉の水面へと勢いよく突き入れた。

 

 チャプンッ! 

 

 

『──ァァァァアアア!?』

 

 

 りゅーさんの悲鳴が途切れる。掬って、蓋をする。密閉完了。はい。硫酸ゲット。作業時間、わずか二秒。

 

 しかし…今の光景は、ただの幻覚だったのだろうか?

 

 瓶で泉の水を掬い上げた瞬間、迫り来ていた悍ましい女神の姿が、まるでブラックホールに吸い込まれるかのように、上下にギュンッと引き伸ばされたような奇妙な体型となって。そのまま、水が瓶に入る渦を描くような軌道に乗って、キュポン! と、いとも容易く、流れるようにガラス容器の中へ放り込まれてしまったのだ。

 

 手元の瓶を見る。透明なガラスの中で、エメラルドグリーンの液体がチャプチャプと揺れている。その中に、小さなゾンビ姿の女神が閉じ込められているような気がしたが、瞬きするとただの緑の液体に戻っていた。

 

 …マイクラのバケツで魚やウーパールーパーを捕まえる時のあの感覚に酷似していた。もしかして、毒ガスの幻覚ごとインベントリの法則でアイテム化してしまったのだろうか。いや、深く考えるのはやめよう。これもまたマインクラフターの特権、あるいは単なる毒ガスの見せた幻覚の終わりというやつだ。

 

 

「しゃあ!! やったぜアレックス!!」

 

 

 背後から、クロムの歓喜の雄叫びが聞こえた。

 

 

「クククッ、よくやった! これで最大の難関は突破だ!」

 

 

 千空が嬉しそうに拳を突き上げる。

 

 

「うむ! 流石は創造主だな! 見事な手際だ!」

 

 

 コハクも安堵の表情で頷いている。

 

 彼らの声に、わたしはガスマスクの下でニッと笑った。ガラス瓶を高く掲げ、勝利のアピールをする。…まぁ、何はともあれだ。無事に目的のブツは手に入れた。クロムのあの名台詞を借りるとしよう。

 

 硫酸、ゲットだぜ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 村の科学倉庫(クロムの家)へと帰還した我々は、手に入れたばかりの硫酸を慎重に作業台の上に安置した。

 

 これで、サルファ剤作りに必要なキーアイテムは大体集まった。鉄、電気、そして化学の根幹をなす劇薬、硫酸。パーツが揃った今、ここからは千空が描いたロードマップの、まだ暗いままのマスを、一マスずつゴールに向けて光らせていく単純作業(ケミカルクッキング)だ。

 

 

「さぁて、準備は整った。今日で一気に行くぞ」

 

 

 千空がビーカーやフラスコ、そして集めた様々な素材を見渡し、目をギラギラと輝かせる。

 

 

「ああ! オレの妖術…いや、科学の力で、ルリを絶対に助けてやる!」

 

 

 クロムも気合十分だ。

 

 始めよう。人類200万年の叡智を結集した、命を救うためのケミカルクッキングを。未知のアイテムが次々と組み合わさり、新たな物質が生まれていくこの感覚。

 

 千空の口癖を借りるとするなら…唆るね、これは! 

 

 わたしはクラフターとしての血が騒ぐのを感じながら、作業台の前に立った。




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