クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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始まりましたね、第四期。


千空とアレックスと巫女

「これより準決勝を行う。マグマ、アレックス! 双方、前へ!」

 

 

 審判であるジャスパーの厳格な声が、熱気に包まれた広場に響き渡った。わたしはカボチャの被り物の位置を直し、ゆっくりと闘技場の中央へと進み出る。

 

 

「ヌハハハハ! 子分が世話なったからな…たっぷり礼をしねえとなァ?」

 

 

 対峙するマグマが、下劣な笑みを浮かべてわたしを見下ろしている。その顔には、自分が負ける筈がないという絶対的な自信が張り付いていた。

 

 まあ、彼のその自信も案外あり得るだろう。司しかり、コハクしかり。この石の世界で生き抜いてきた人間の純粋な武力や身体能力は、マインクラフターから見ても侮れないレベルにある。ましてや、マグマはこの村で最強を自負する男だ。油断は禁物である。

 

 

「アレックス! 負けんじゃねえぞ! テメーが最終防衛ラインだかんな!」

 

 

 千空から檄が飛ぶ。わかっている。わたしが負ければ、この村はマグマのものになり、ルリは彼の所有物となる。それは何としても阻止せねば。

 

 武力での警戒は当然だが…もう一つ、侮れない要素がある。ふつくしい度だ。このマグマとかいう筋肉だるまも、性格はクソだが顔の造作だけ見れば意外にも…ふつくしい部類に入る。

 

 というか、この村人達のルックス偏差値はどうなっているのだ。ギャルゲーか乙女ゲーかってくらいに、髪の色やら瞳の色が多種多様だ。

 

 金髪碧眼、銀髪、黒髪。アジア系の顔立ちもあれば、白人系の顔立ちもある。いったい全体、3700年の間にどんな遺伝子の交配が行われたというのか。まるで人種のるつぼ、アメリカのようだ。

 

 ちなみに現代の科学文明人である千空たちも、もちろんふつくしいです。はい。

 

 

「オレ様に勝てるのかァ〜? 女が」

 

 

 マグマが武器の石斧を肩に担ぎ、挑発してくる。やっぱり戦闘前に、有無を言わさず牛乳の刑に処すべきだったかコイツ。わたしに対し、完全に女だと侮って見下している。

 

 我を誰だと心得る? 物理法則をねじ曲げるマインクラフター様だぞ? 頭が高ヵヵヵヵイ! 

 

 

「マイン、クラフター」

 

 

 ふと、村長家のバルコニーから微かな呟きが聞こえた気がした。

 

 

「ルリ? どうした」

「いえ、なんでもありません」

 

 

 気のせいか。村長コクヨウとルリの声だったような。マグマもわたしも、互いに武器を構える。わたしは愛用の木剣は、ノックバックエンチャント付きだ。

 

 

「始め!」

 

 

 ジャスパーの開始の合図が響き渡った。マグマが地面を強く蹴り、猛烈な勢いで肉薄してくる。速い! だが、司の神速に比べれば見える! 

 

 攻撃しては防ぎ、防いでは攻撃。わたしは木剣と盾を巧みに操り、マグマの重い一撃をいなしていく。それを何度も繰り返す。

 

 

「あの華奢な女、マグマの攻撃を受け止めただと!?」

「オォー!?」

「流石かぼちゃの戦士だ!」

 

 

 外野の村人たちが騒がしい。フフッ、褒められて嬉しい。もっと褒めろ。カボチャの被り物は視界が少々制限されてしまうが、それがスリルを増して逆に興奮する。

 

 

「ナメるなよ!」

 

 

 マグマの攻撃がさらに激しさを増す。もっとだ…もっと感嘆を浴びたい! ナメてる? ふっ、ナメてませんよ。至って真面目です。

 

 わたしは軽やかなステップでマグマの攻撃を躱し、挑発する。や〜いや〜い。当たらないよ〜。倒してみろよォ〜? お尻ペンペン〜。

 

 

「お母さん! あのお姉さん何してるの〜?」

「コラッ、見てはいけません!」

 

 

 しまった。子どもへの教育上、よろしくない挑発をしてしまったかもしれない。

 

 

「それをナメてるというんだァァァ!!」

 

 

 マグマが激昂し、石斧を大上段から振り下ろしてきた。

 

 ぐわァァァァ!! や、やりやがった!? 盾の耐久値を削るほどの重い一撃。脱いでもいない、ただ健全に煽っていただけなのに! わたしは勢いよく後方へ吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

 

「なぜ起きられる! 今、完全にブッ飛んだろ!?」

「痛がって、ない?」

「効いていないのか?」

 

 

 観客がざわめく。効いてる、しっかり効いている。マグマの攻撃は、わたしのハートを確実に削っている。やめて! わたしのライフはもう残り8よ! 

 

 

「ヌン!」

 

 

 さらに追撃を受け、わたしは完全にダウンしてしまった。ぬかったわ! 

 

 

「立ち上がる素振りがねェ…ハッ。オレ様の勝ちだ!」

 

 

 あ、あれ〜? おかしいな。起き上がれないぞ〜? 何故なんだ〜? ポーションの効果も切れていないはずなのに。

 

 疑問に思っている今も、マグマは容赦なく追撃を加えてきている。わたしのライフはゴリゴリ削られているわよ! リンチされているわ!? わたし! …他人事ではない。どうしましょ? 

 

 

「ひ、ヒドい…あれ?」

「わざと痛ぶってる…ん?」

「怪我してないんだよ!」

「「「不思議ダナァ」」」

 

 

 マインクラフターの自動回復にも限界はある。満腹度のゲージが減れば、自然回復は停止するのだ。今まさにその状態。ならば、食べて満腹度を回復しよう。試合中に食事をするのは、ルール違反に…なるかな? 

 

 まあいい、やってみよう。わたしはインベントリから焼きたてのステーキを取り出し、むしゃむしゃと食べ始めた。

 

 

「ナニ悠々自適に飯食ってんだテメー!!」

 

 

 マグマが怒りで顔を真っ赤にする。

 

 

「じゅるり」

 

 

 観客の誰かが生唾を飲み込む音がした。

 

 

「ルール違反…ではないな。規定に食事の禁止は無い。アレックス、試合続行よし!」

 

 

 ジャスパーが厳格な顔で判定を下す。融通が利く審判で助かる。

 

 

「ヨダレを垂らすんじゃないよ、あんた…」

 

 

 よし、満腹度回復。自動回復開始。体力ゲージがモリモリと回復していくのを感じながら、わたしはゆっくりと立ち上がり、マグマの方へ振り向く。

 

 

「こ、この女ァァ…ッ。ふざけやがって!」

 

 

 マグマがスーパー悔しそうに顔を歪める。ごめんーね? よし、HPも回復したことだし、反撃開始だ。

 

 今だァァァ! 必殺…目くらまし!! わたしはインベントリから雪玉を取り出し、マグマの顔面めがけて連続で投げつけた。

 

 

「うわっ!? く、クソ…よくも!」

 

 

 雪玉が顔に直撃し、マグマが視界を奪われて怯む。わたしは姿勢を低くし、息を細く吐き…全集中する。

 

 

「水ん中に沈めてやる! オラァァァ!」

 

 

 視界を取り戻したマグマが、怒り狂って突進してくる。見える。目を閉じていても感知出来る、感じ取れる。この短い攻防の中で、わたしは学習していた。マグマの攻撃の予備動作、癖、そしてタイミングのパターンを。手に取るように…分かる。

 

 マグマの石斧が振り下ろされる直前。わたしは静かに目を開き、『ハァ』と溜まった息を吐き出す。完璧なタイミングを捉えたわたしは、次なる必殺技を繰り出した。

 

 必殺…避ける! 

 

 

「あっ」

「「「あっ」」」

 

 

 マグマの全力の一撃が空を切り、彼自身の体勢が大きく崩れる。わたしの必殺技は続く。必殺…かぼちゃ脱いで素顔を晒す技! スポンッ! 

 

 

「ふ、ふつくしいぜ」

「「「おっふ」」」

 

 

 観客から感嘆の溜息が漏れる。フッ、ふつくしいだろう? そうだな。馴染みやすい言い方だと…スーパー創造主アレックス、っといったところか。完全に体勢を崩し、わたしの素顔を見て一瞬硬直したマグマ。

 

 隙ありィィィー!! 

 

 

「あふん!! あっ」

「「「あっ」」」

 

 

 避けた勢いを利用し、下から突き上げるようにして、マグマの股間を木剣の柄で強かに突く。急所への痛恨の一撃。

 

 

「アァァァァァ…ッ!!」

 

 

 情けない悲鳴を出しながら、マグマは後ずさり、そのまま闘技場の端から湖へと落下していった。

 

 ドポン。

 

 

「勝者…アレックス!」

「「「オォー!!」」」

「よくやったぞアレックス! あやつにだけは、優勝させても娘はやらん!」

 

 

 村長コクヨウが身を乗り出して歓喜の声を上げる。マグマ、見事撃破ァァァ! 

 

 

「もう味方しかいないんだよォ!」

「ああ! 科学王国の完全勝利だ!」

 

 

 スイカとコハクが駆け寄ってくる。気づけばわたしは、千空たち科学王国民に囲まれ、その勝利を盛大に祝福されていた。

 

 

「とりま俺は村から出とくよ。出場者でもないよそ者がいたら、門番の金狼ちゃん的にアレでしょ?」

「あっ」

「俺の方の話はさぁ、村を完璧に掌握しちゃったあとでっつーことでね? 千空ちゃん」

 

「クククッ、ああ。約束のブツはキッチリ用意してやるよ」

「アレックスちゃんの手綱…ちゃんと握ってよね!? 寝ようとした時ドイヒーだったのよ!?」

「顔真っ赤だぞテメー? 落ち着けよ。まあ、アイツの奇行は今に始まったことじゃねぇ。気にしたら負けだ」

 

 

 いつからそこにいたのか知らぬが、傷がすっかり癒えたゲンが、千空と何やら密談を交わした後、吊り橋に向かって歩き出すトコを目撃した。この二人の言葉にしなくても通じ合っているような悪党同士の信頼関係、少し羨ましい。

 

 …わたしは手綱を握られるようなペットじゃないぞ。わ、わたしだって千空から信頼されてるんだからね! ヤベー奴だと思われてる節はあるけど、ヤバくなんかないんだから! 

 

 

「それでは準決勝、第二試合を行う。千空 対 銀狼! 双方、前へ!」

 

 

 ジャスパーの呼びかけに、千空と銀狼が進み出る。しかし、千空の前へ歩み寄る銀狼の足取りが、どうもユラユラとおぼつかない。どうしたんだ、体調不良か? さっきのアルゴ戦で変な薬草でも食べたか? なら棄権して休んだほうがいいのでは。

 

 

「はじm」

「チョェェェェ!!」

「!?」

 

 

 わたしが心配していたその時、ジャスパーが開始の合図を言い切る寸前。なんと銀狼が奇声を上げ、獲物の槍を振りかざして千空に猛然と襲い掛かったのだ。

 

 あれ? 体調不良ではない? 動きがキレッキレだぞ? 

 

 

「ぐっ…なんだいきなり銀狼テメー。本気で来やがって」

「だってぇええ! ルリちゃんが結婚相手は誰でもイイって言うからさァ? これ僕、ワンチャンあるんじゃない村長!? 来ちゃったんじゃない? 僕の時代〜!」

「ぎ、銀狼っ、お前という奴は…!!」

「げ、ゲス過ぎる…」

 

 

 金狼とコハクがドン引きしている。容赦なく千空を攻め立てる銀狼は、あろうことか皆の前で堂々と宣言した。自分が村長になった暁には、ルリちゃんだけでなく村の可愛い子を集めてハーレムを叶える、っと。

 

 

「でやァァァ!」

「ッ」

「「「あ、これって、銀狼。こいつだけは、絶対に長にしちゃだめなやつだ…!!」」」

 

 

 観客を含め、その場にいる全員の心が一つになった瞬間だった。

 

『ヒャッハー!!』と完全に欲望のままに攻撃を繰り出す銀狼。基礎体力のない千空は、防戦地方に回って必死に躱すのが精一杯だ。

 

 

「あんなゲスはここで倒さねば…! だが千空の戦闘力では…!」

 

 

 コハクが焦燥の声を上げる。杠より体力が無い千空としては、このままでは体力切れで負けるのは明白だ。絶体絶命のピンチだろう。

 

 が、ピンチが来たら、都合よくお助けアイテムが付与されるという「お約束」は、このストーンワールドでもしっかり適用されるようだ。

 

 

「千空…これを使え!」

「これは…」

 

 

 クロムが機転を利かせ、スイカの被っていた仮面を千空の足元に転がした。

 

 

「しゃーねーな、もう。ゲス退治といくか」

 

 

 鼻を鳴らした千空。クロムが何を言いたかったのか、即座に意図を理解したようだ。わたしには全く理解出来なかったが。千空は転がってきたスイカの仮面を、切り口を上にして地面に置くと、そこに己の武器である木の棒をバランスよく立て掛けた。

 

 

「ぬぉっ、なんかすっごい妖術使うつもりでしょぉ! さァァぁせないよぉお!」

 

 

 警戒した銀狼が、独特なフォームのジャンプで千空に迫る。ピンチかと思われたが、千空は極めて冷静だった。銀狼が上空から迫るタイミングを見計らい、立てかけた武器の片方の端に足を乗せ、テコの原理を利用して思い切り踏みつけたのだ。

 

 

「アフン…ッ!!!」

「あやつも賢いな」

 

 

 結果、跳ね上がった木の棒の反対側が、空中にいた銀狼の股間に見事に命中した。クリティカルヒットである。さながらその光景は、遊具のシーソーのそれであった。

 

 銀狼、空中で白目を剥いて撃沈。そのまま地面に墜落し、股間を押さえて悶絶す。

 

 

「勝者…千空!」

「「「オォー!!」」」

「千空が決勝進出だ!」

 

 

 銀狼、自業自得とはいえ可哀想に。お労しやお労しや。仲間の勝利を祝って、わたしはインベントリから牛乳を取り出し、ゴクリと飲んだ。

 

 …ん? 

 

 何故か喉を潤す『飲んでる』感覚がしない。どうしてだろう? 

 

 

「く、クロムゥゥゥ!?」

「巫女様! 大丈夫だよ? クロムは死んでないから。ただ泡吹いてるだけさ」

「…クロム、欠場!」

 

 

 背後からの騒ぎで、疑問は一瞬で解けた。わたしとしたことが。うっかり、隣で千空を応援していたクロムの口に、牛乳バケツをねじ込んで無理やり飲ませていたようだ。急な大量の牛乳摂取により、クロム、撃沈。気絶す。あらまぁ。

 

「アレックス…失格! 理由は、『試合前に他選手を故意的に攻撃し、欠場させた』である!」

 

 

 あらまぁ!?!? 不可抗力なんですけど!? わたし、決勝進出の夢、ここで断たれる!? 

 

 理不尽だ。全くもって理不尽だ。応援に熱が入るあまり、ちょっと手元が狂って隣のクロムの口に牛乳バケツをねじ込んでしまっただけなのに。回復アイテムを与えただけなのに! このストーンワールドには、マインクラフターの善意を正しく評価するシステムが欠如しているぞ! 

 

 抗議も虚しく、決勝戦は不戦勝という形で呆気なく幕を閉じた。

 

 

「新しい村長、ならびに巫女様の夫となる者は…御前試合優勝者、千空!」

 

 

 ジャスパーが厳粛な声で宣言し、村人たちから割れんばかりの歓声が上がる。当の優勝者はというと、頭をガシガシと掻きながら、心底面倒くさそうな顔をしていた。

 

 

「ああ? めんどくせーことになりやがった。オレが村長で、夫だァ?」

 

 おめでとう千空! 君は権力と美少女を同時に手に入れた!! 全男子の夢、ここに極まれりだな! 

 

 

「ともかく俺がルリと結婚すりゃぁ、酒も貰えて、村丸ごとゲットできるんだな? じゃあするわ。さっさと式済ませるぞ」

 

 

 千空が身も蓋もないことを言い放つ。その瞬間、村人たちの歓声がピタリと止まった。

 

 

「…えっ?」

 

 

 巫女のルリはその場で固まり、顔をトマトのように赤くしてパチパチと瞬きをしている。そして、牛乳の致死量摂取から意識が覚醒したばかりのクロムは、千空のその発言を聞き、今度は寝取られのショックで再び白目を剥いて意識を失う寸前になっていた。

 

 よっ、あっぱれ! ではなく、NTR派はシ刑だ! この純愛の村でなんてことを言うんだあのネギ頭は! 大砲の砲弾にして空高く打ち上げてやる! 

 

 …いや待て、落ち着けわたし。わたしはインベントリから新しい牛乳を取り出し、ゴクゴクと飲んで心を落ち着かせる。ちょっと感情が荒れていたようだ。

 

 千空のことだ、恋愛感情なんて1ミリもないのは分かっている。これは全て、サルファ剤を作るための『酒』を手に入れるための合理的な手段に過ぎない。

 

 

「あ、この(かめ)だめだ。完璧にお酢になっとるぞ」

 

 

 祝いの品として運ばれてきた酒の甕を覗き込んで、カセキが残念そうに声を上げた。

 

 

「ゲホ…ゲホッゲホッ…!!」

 

 

 その時、ルリが激しく咳き込み始めた。

 

 

「ルリ姉!」

「ルリ!」

 

 

 コハクと村長コクヨウが血相を変えて駆け寄る。咳き込むルリの口元を覆った白い布には、べっとりと赤い血が──吐血した証が染み付いていた。

 

 ヒドい、のか? 千空の表情が険しくなる。彼の様子を見るに、どうやら容態はかなりヒドいようだ。病の進行速度が上がっている。タイムリミットが近い、ということか。

 

 

「今日はこれから、皆で夜通し飲み明かす婚礼の儀を行う! 酒はまだあるぞ!」

 

 

 ジャスパーが空気を変えようと声を張り上げる。

 

 

「…ほーん。そっかぁ。酒は手に入ったし、もう用はねぇな」

 

 

 千空が甕の一つをひょいと持ち上げ、冷たく言い放つ。

 

 

「じゃあ離婚!」

「「「あ、あああ…」」」

 

 シーン。村の広場が、文字通り静まり返った。村人全員、絶句。心なしか、全員が真っ白に燃え尽きた灰のようになっている。さながら漫画のギャグシーンの如し。

 

 結婚から離婚まで、わずか数分のスピード記録。バツあり村長爆誕の瞬間である。

 

 

「千空が離婚したんだよー!?」

 

 

 スイカが頭を抱えてパニックになっている。

 

 

「じゃ、そゆことで。ルリ、少し待ってろ」

 

 

 千空は踵を返し、我々の方へ視線を向けた。

 

 

「行くぞ科学王国民ども! サルファ剤クラフトの最終ステップ、ケミカルクッキングの総仕上げを終わらせるぞ!」

「おう!」

 

 

 石化もしてないのにその場でカチコチに固まっている村人たちを他所に、我々科学王国民は一丸となって、クロムの拠点へと全速力で駆け出した。

 

 

「よくわからないけど、私は前代未聞のバツイチ巫女になってしまったみたいです…ね? クロム」

「あ、ああ…」

 

 

 背後からルリの戸惑う声と、クロムのうわ言が聞こえる。

 

 

「ふっざけるなァァァ! 神聖な儀式をなんと心得る! 捕まえろ、あの男をォォォ!」

 

 

 我に返った村長コクヨウの怒号が響き渡ったが、我々は振り返ることなく走り続けた。

 

 数時間後。御前試合が行われた広場には、もう少ない人数しか残っていなかった。

 

 我々は再び此処に戻って来た。千空の執念のケミカルクッキングにより、ついに万能薬『サルファ剤』が完成した為だ。そしてそれをたった今、病床に伏すルリの口へと飲ませたところである。

 

 

「ヒィッ…!!」

「「えっ!?」」

「ううっ…」

 

 

 薬を飲んだルリが突然苦しそうに胸をかきむしり、声を上げた。コハクたちが顔面蒼白になる。

 

 

「慌てんな。薬が効いてる証拠だ。これからオレが、本格的な診断を下す」

 

 

 千空が自信満々に前に出る。そして、医師免許なしの千空先生による、前代未聞の診断が行われた。

 

 

「ちょっと冷てぇぞ。ルリ、服を少しだけまくれ」

「イ〜///」

 

 

 千空が、ガラス製のビーカーの底をルリの背中にピタリと当てた。ビーカーの口に耳を寄せ、聴診器代わりにしているのだ。理にかなった科学的な行動。

 

 …しかし、周囲の皆は、なぜか顔を真っ赤にしてしまっている。村長もジャスパーも、クロムに至っては鼻血を出しそうな勢いだ。

 

 何故だろう? ただ冷たいガラス製のビーカーを背中の素肌に当ててるだけなのに。村の純朴な男たちには、少しばかり刺激が強すぎたのだろうか。

 

 

「ネズミで検死実験してよかったぜ。あの特有の症状、そしてこの肺の音。病名は『肺炎』、だな」

 

 

 千空がビーカーを離し、確信に満ちた声で断言した。

 

 

「妖術使い…いや、科学使い、千空。娘は、ルリは本当に助かるのか!?」

 

 

 コクヨウが、村長としての威厳を捨てて千空にすがりつく。

 

 

「助かる助かる。100億%な。俺の作ったサルファ剤が、肺の中の菌を全滅させてやる」

 

 

 千空が力強く頷く。

 

 

「だが、なぜ肺炎だと分かったのだ? お前は神か何かなのか?」

 

 

 コハクが不思議そうに尋ねる。

 

 

「神じゃねぇよ。たまたまマグマの奴の分も、薬が余っててな。あの筋肉ダルマも最近妙な咳をしてただろ? 試しに飲ましたら…ネズミと同じ特有の症状が出た。だから確定できたんだよ」

 

 

 千空が悪びれずに言う。そう、マグマも肺炎だったのだ。だから試合前、わたしに牛乳を飲まされた後も、咳き込んでいたのか。彼は今、自宅でサルファ剤を飲まされ、ヒィヒィ言いながら安静にしていることだろう。

 

 

「ハ! あのアホのおかげでルリ姉の病気が特定できたというわけか。マグマにも感謝するのだな!」

 

 

 コハクが皮肉っぽく笑う。

 

 さて。肺炎を治すためのサルファ剤の投与は終わった。しかし、粉末薬というのは水だけで飲むと喉に引っかかるし、何より苦い。『粉末薬は、まろやかな飲み物と一緒に』というのが、前世からの相場が決まっている。

 

 そうだ。ルリにも、あれを飲ませよう。わたしはインベントリから、マイクラ特製のガラス瓶に入れた『牛乳』を取り出した。

 

 

「千空、村長。それにコハク。ルリにこれを飲ませてもいいか? 薬を飲みやすくするための、栄養満点のミルクだ」

 

 

 わたしは一応、周囲に許可を取る。

 

 

「ああ? ミルク? まあ、滋養強壮にはなるか。好きにしろ」

 

 

 千空が許可を出す。ルリ本人からも。

 

 

「はい。ありがとうございます、アレックスさん」

 

 

 ルリが青白い顔で、しかし優しく微笑んで頷いてくれた。ゴーサインを貰った。わたしはルリにガラス瓶を手渡す。彼女は両手で大切そうにそれを受け取り、ゆっくりと、美味しそうに牛乳を飲み干した。

 

 

「いいか? ルリ。この肺炎をブチ倒すには、今飲ませたサルファ剤を朝一回に夜一回、決まった時間に飲み続けるんだ。そんで──」

 

 

 千空が真剣な表情で、今後の投薬スケジュールと療養の注意点を説明し始めた、その時だった。

 

 …あれ? 待てよ。牛乳? 今、ルリに飲ませたのって、わたしがインベントリから出した『クラフターの牛乳』だよな? 

 

 ふと、わたしの脳裏にマインクラフターとしての絶対的な知識がフラッシュバックした。

 

 クラフターの牛乳。それは毒だろうがウィザーの衰弱だろうが採掘速度低下だろうが、いかなる凶悪なデバフも、飲めば『シュンッ』と効果音一つで、瞬時にかつ完全に『解除』してしまう究極の万能薬だ。

 

 そして、この世界における『肺炎』とは何か。マイクラ的な視点で解釈すれば、それは『肺に菌が感染し、継続ダメージと身体能力低下を引き起こしている状態異常』に他ならないのではないか? 

 

 わたしは空になったガラス瓶と、それを飲み干したルリの顔を交互に見る。さっきまで死人のように蒼白だったルリの頬に、みるみるうちに赤みが差していく。

 

 呼吸が…整っている? ゼーゼーという苦しげな音が消え、深く、静かな呼吸に変わっている。その瞳からは、熱っぽさが消え、澄んだ光が戻ってきている。

 

 これ、薬が効き始めたとか、そういうレベルじゃない。この回復速度、このエフェクトのない浄化現象。間違いない。

 

 …あっ、やべ。これ、サルファ剤が効くとか効かないとか以前に。今飲ませた牛乳で、状態異常『肺炎』が、完治しちゃったんじゃないか…? 

 

 背筋に冷たいものが走った。もしそうだとしたら、だ。千空が何ヶ月もかけてロードマップを描き、クロムが何年もかけて倉庫を埋め尽くし、カセキ爺さんが魂を削ってガラスを吹き、銀狼が命がけで槍を突っ込み、わたしが硫酸の泉で一度死んでまで手に入れた、あの苦労の結晶である『サルファ剤』は…。

 

 実質、ただの『ビタミン剤』的なポジションになってしまったのでは? 

 

 いや、もっと最悪だ。「初めからわたしが牛乳を一杯飲ませていれば、すべて解決していた」という事実が露呈してしまう。

 

 もし今ここで、「あ、千空。ごめん、今の牛乳で病気治っちゃったわ。テヘペロ☆」なんて言ってみろ。千空は白目を剥いて石化するだろうし、クロムは泣き崩れるだろうし、コハクには「貴様、なぜ最初に出さなかった!」と斬り殺されるかもしれない。

 

 何より、『科学の力でルリを救い、村人を科学王国に引き入れる』という千空の壮大な計画が、根底から覆ってしまう。

 

「科学すげー!」じゃなくて、「アレックスの牛乳すげー!」になってしまったら、科学王国の建国どころか、わたしが『牛乳教の教祖』として祀り上げられて終わるバッドエンド一直線だ。

 

 …ダメだ。絶対に言えない。この事実は、墓場まで持っていかなければならないトップシークレットだ。

 

 

「…どうかしたか? アレックス」

 

 

 千空が、急に黙り込んだわたしを怪訝そうに見る。

 

 

「い、いや! なんでもない! ルリの顔色が良くなったから、早速サルファ剤が効いてきたのかなーって! 流石は科学の力だなぁ! すごいなぁ!」

 

 

 わたしは棒読みで、しかし全力で科学を称賛した。冷や汗が止まらない。

 

 

「当たり前だろ。100億%効く薬を作ったんだからな」

 

 

 千空が得意げに鼻を鳴らす。よかった疑われてない。ルリ本人も、「なんだか体が軽くなった気がします…これが薬の力なんですね!」と感動している。うん、そうだね。そういうことにしておこう。

 

 君の病気を治したのは、千空の科学とみんなの努力の結晶、『サルファ剤』だ。決して、サイドメニューで出したホットミルクではない。いいね? 

 

 わたしは心の中で神に懺悔しつつ、口元に人差し指を当てて「シーッ」と内緒のポーズをとった。誰に見せるわけでもなく、自分自身への戒めとして。

 

 科学王国の未来のため、そしてわたしの身の安全のために。

 

 この秘密は、永遠に内緒にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石神村を包む夜は、いつになく深く、そして静寂に満ちていた。御前試合という熱狂の嵐が過ぎ去り、前代未聞の「即離婚」という珍事による混乱も収束し、村人たちは皆、泥のように眠りについている。

 

 ただ一人、村長の長であるコクヨウを除いては。

 

 彼は自室の寝床に横たわりながら、固く目を閉じていた。だが、意識は冴え渡っている。寝返りを打つふりをして、そっと薄目を開ける。

 

 視線の先にあるのは、部屋の隅に敷かれた病床だ。そこには愛娘であり、村の巫女であるルリが横たわっているはずだった。

 

 

(…静かだ)

 

 

 あまりにも、静かすぎた。いつもなら夜の静寂を切り裂くように響く、苦しげな咳き込みがあるはずだ。ゼーゼーという、命を削るような浅い呼吸音が、父親であるコクヨウの胸を締め付けるはずだった。

 

 今夜は、それが聞こえない。代わりに聞こえてくるのはスゥー、ハァーという、深く穏やかな寝息だけだ。

 

 今日という一日はコクヨウにとって人生で最も長く、そして理解不能な一日だった。

 

 よそ者である千空という男が、マグマを退けて優勝し、あろうことかその場でルリを妻に娶り、そして酒を手に入れた瞬間に離縁を宣言した。

 

 伝統と格式を重んじる村長として、本来ならば決して許されざる暴挙だ。八つ裂きにしても飽き足らないほどの侮辱である。

 

 が、その男は──そしてあの不可思議な術を使う少女アレックスは、宣言通りに「薬」を作り上げ、ルリに飲ませた。

 

 

『科学の万能薬、サルファ剤だ』

 

 

 そう言って渡された白い粉。そして、アレックスが「飲みやすくするため」と言って飲ませた白い液体。あれが本当に効いたというのか。あの不治の病が、長年ルリを苦しめ、幾度となく死の淵へと追いやった悪魔が、たった数時間で沈黙したというのか。

 

 

 コクヨウは疑念と、それ以上に膨れ上がる期待に胸を焦がしていた。

 

 もし、本当にルリが助かるのなら。村の掟も、自分のメンツも、よそ者への警戒心も、全てドブに捨てても構わない。

 ただ、娘が生きていてくれさえすれば。

 

 その時だった。衣擦れの音がして、ルリの寝床から気配が動いた。

 

 

(…ッ! 発作か!?)

 

 

 コクヨウは反射的に飛び起きそうになる体を、強靭な理性で押し留めた。今、自分が騒げばルリを驚かせてしまう。まずは様子を見なければ。彼は狸寝入りを決め込み、布団の隙間からじっと娘の様子を窺った。

 

 ルリが、ゆっくりと上半身を起こした。その動きは、病人のそれではない。スムーズで、力強ささえ感じる。彼女は自分の胸に手を当て、深く、深く息を吸い込んだ。

 

 

「…」

 

 

 咳き込まない。苦悶の表情もない。ルリは信じられないといった顔で自分の手のひらを見つめ、そして夜空が見える窓の方へと視線を向けた。

 

 

「胸の痛みが、無い…」

 

 

 絹糸のような繊細な呟きが、静寂に溶けていく。

 

 

「痛みもなく、空気を肺いっぱいに吸い込むことが出来る…。嗚呼、呼吸をするということが、こんなにも嬉しいモノなのですね…!!」

 

 

 月明かりに照らされたルリの横顔には、大粒の涙が伝っていた。それは苦痛の涙ではない。あふれんばかりの歓喜と、生の実感に打ち震える感謝の涙だ。

 

 コクヨウは布団の中で、拳を固く握りしめた。目頭が熱くなるのを堪えるのに必死だった。治ったのだ。本当に、あのよそ者たちが、奇跡を起こしたのだ。

 

 

「ありがとうございます…千空! そして、マインクラフターのアレックス様!!」

 

 

 ルリは誰に言うともなく、虚空に向かって深々と頭を下げた。その声には、深い信仰にも似た感謝が込められていた。特にあのアレックスという少女に対しては、「様」付けで呼ぶほどの敬意を払っているようだ。薬の効果か、それとも彼女が最後に飲ませたあの牛乳の効果なのか。コクヨウには分からない。だが、結果が全てだ。

 

 感極まったルリは、溢れる感情を抑えきれない様子で立ち上がった。病床に伏せっていたとは思えないほどの軽やかな足取りだ。彼女は喜びを噛みしめるように、壁に掛けられていた装飾品──かつて先代から受け継がれた、硬い木で作られた由緒ある盾──に手を伸ばし、愛おしそうに撫で…バキィッ!!! 

 

 

(バキィッ?)

 

 

 乾いた、しかし重厚な破砕音が室内に響き渡った。

 

 

「……へ?」

 

 

 ルリの動きが止まる。コクヨウの思考も止まる。月明かりの下、ルリの手には、粉々に砕け散った木の盾の残骸が握られていた。

 

 盾だけではない。彼女が手をついたその勢いで、背後の頑丈な丸太の壁に、見事な亀裂が走り、メリメリと音を立てて陥没していたのだ。

 

 

「あら? こんなに、脆かったでしょうか…?」

 

 ルリが首を傾げている。本気で不思議がっている。自分の指先から繰り出された破壊的な膂力に、全く自覚がないようだ。

 

 コクヨウは見た。か細い腕の奥に眠っていた、獅子王司やコハクをも凌駕しかねない、とんでもない「ゴリラ」の血統が覚醒した瞬間を。

 

 そういえば、妹のコハクも常人離れした怪力の持ち主だ。姉であるルリにその素質がなかったわけではない。ただ、病によって封印されていただけなのだ。

 

 あるいはアレックスが飲ませたあの牛乳に、筋力増強でも付与されていたのだろうか。

 

 病が治り、リミッターが外れた巫女。それは、ある意味で病魔よりも恐ろしい何かの誕生かもしれなかった。

 

 

(…見なかった)

 

 

 コクヨウは瞬時に判断した。これは見てはいけないものだ。父親として村長として、そして一人の男として。この事実は、墓場まで持っていかねばならない。

 

 もし今声をかければ、「お父様、見ましたか?」と無邪気に問われ、証拠隠滅のためにその剛腕で抱きしめられ(締め落とされ)るかもしれない。

 

 

「…」

 

 

 コクヨウは呼吸を極限まで殺し、忍びのように気配を消した。そして、何事もなかったかのように、ソっと、しかし素早く布団を頭まで深く被った。

 

 闇の中で、彼は震える手で自らの胸を押さえる。娘の病が治ったことへの感謝と、これから訪れるであろう「メスライオンのルリ」の未来への恐怖。

 

 二つの感情がないまぜになり、村長の夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう何年振りかも忘れました…村の外に出たのも! こんな風に、風を切って走れるのも!」

 

 ルリの弾むような声が、夕暮れの空に溶けていく。満面で、嬉しさ満載の、生命力に溢れた笑顔。先日まで死にかけていた人間とは到底思えない。漫画あるあるの『ダダダッ!』とか『ビューン!』という効果音が幻聴として聞こえてきそうな勢いで、健康体となった彼女は元気いっぱいに大地を駆けていた。

 

 その足取りは軽く、まるで重力から解き放たれた鳥のようだ。

 

 

「「「えぇー!?!?」」」

 

 

 その光景を目の当たりにした村の大人達──ジャスパー、ターコイズ、そしてその他のモブ村人たちの目が、物理的に飛び出していた。

 

 実際に眼球が落っこちたわけではないが、心象風景としては完全にそれだ。顎が地面に着くほど大きく口を開け、眼球が顔の表面から数センチ飛び出す勢いで驚愕している。

 それはまさに、某海賊王が登場する世界的人気マンガの驚き方そのものであった。

 

 無理もない。つい数時間前まで吐血して死の淵を彷徨っていた深窓の令嬢が、今はオリンピック選手のようなフォームで疾走しているのだから。科学と、わたしが秘密にした牛乳の力、恐るべし。

 

 

「コハクちゃんのお転婆は、本当は姉妹の血筋なんじゃの。活発なのは良いことじゃ」

 

 

 他の大人たちが腰を抜かす中、カセキ爺さんだけは違っていた。この場にいる唯一の最年長にして、人生の酸いも甘いも噛み分けた彼は、孫を見るような温かく微笑ましい視線をルリに向けていた。

 

 目が飛び出なくて、よかったよかった。老人の心臓に悪い刺激は禁物だからな。

 

 わたしも目が飛び出なくてよかった。マインクラフターは常にポーカーフェイスを維持するものである。

 

 にしても…父親である村長コクヨウはどうして目が飛び出ていなかったんだ? 彼は驚くというより、「ああ、やっぱりか」といった風な、どこか諦観にも似た、あるいは恐怖を噛み殺すような顔で娘の暴走を見守っていた。

 

 もしかして、昨晩あたりに娘の覚醒を目撃でもしてしまったのだろうか。壁にヒビが入っていたような気もするし。まあ、深く詮索するのはやめておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリが満足いくまで走り回り、数年分の運動不足を一気に解消し終えると、我々は村の広場に集っていた。

 

 人数は決して少なくない。むしろ多い。この石神村に住む、ほぼ全ての村人が集結している。皆の視線は、広場の中央、一段高い場所に立つ村長と、その横に立つ千空に注がれている。

 

 ルリが不治の病から完治したこと。そして、御前試合の結果を受けて、千空が新たな長になること。この二つの重大事項を周知徹底させる為には、このような場が必然的に必要だったのだ。

 

 

「皆の者! よく聞け! 千空、この男こそ今日から──」

 

 コクヨウの野太い声が、広場の隅々まで響き渡る。彼は千空の腕をガシッと、しかしどこか優しく掴み、高々と掲げた。それは権譲の儀式であり、新たな時代の幕開けを告げる合図だった。

 

 

「石神村の新しい長だ!」

「「「オォー!!」」」

 

 

 コクヨウが宣言すると同時に、この場は村人達の割れんばかりの歓声に満ちた。かつては「よそ者」として排斥しようとしていた男を、今や救世主として、新しい長として熱狂的に受け入れている。ゲンキンなものだと言えなくもないが、それだけルリの回復という事実は、彼らにとって奇跡だったのだろう。

 

 

 わたしはパチパチと拍手する。うんうん、よかったな千空。ルリを救い、村人の信頼を勝ち取り、村の実権を掌握する。我々が掲げた壮大な『科学王国補完計画』は、この瞬間を以って見事に完遂したのだ。めでたいめでたい。今日は赤飯でも炊きたい気分だ。

 

 おめでとう、千空。

 新しい長、石神村の長、千空! 

 

 …ん?

 今、村長なんて言った? 

 

 

「いし、がみ…村?」

 

 

 千空の声が震えた。隣で見ているとよく分かる。千空は驚きのあまり、口を半開きにして唖然としてしまっているようだ。あんなに冷静沈着な彼が、ここまで無防備な表情を見せるのは珍しい。

 

 まあ、分からなくはない。もし仮に、わたしがたどり着いた村の名前が、偶然にも『アレックス村』だったら、わたしだって同じようにフリーズするに違いない。「え、わたしの村? いつ作ったっけ?」と記憶の糸を手繰り寄せるだろう。

 

 わたしの名字は何だったかな? 前世の記憶が遠すぎて忘れてしまった。アレックス・スティーブ? いや違うな。テヘペロ。

 

 それにしても、「石神」だって? 千空の名字は「石神」だ。3700年の時を超えて目覚めた場所で、たまたま見つけた人類の生き残りの村が、自分と同じ名字を冠している? そんな偶然が、確率論的にあり得るだろうか? 100億%あり得ない。

 

 ということは、これは偶然ではない。必然、あるいは仕組まれた何かだ。

 

 

「そう、千空」

「ハァ!?」

 

 

 背後から、鈴を転がすような声が語り掛けてきた。ビクリと肩が跳ねる。足音がしなかったぞ…ッ。わたしはマインクラフターとして、周囲の気配には敏感なはずだ。モブの足音を聞き逃せば死に直結するからな。なのに、彼女が背後に立つまで全く気づかなかった。

 

 この女は、何者だ? …巫女でしたね貴女。巫女って忍者みたく足音消すスキルを習得できるクラスだったかしら? 恐るべし、巫女。

 

 して、千空。全く、驚き過ぎだろう。なに素っ頓狂な声で『ハァ!?』って。あの頃のままの高校生の姿とはいえ、中身はもう3700歳を越えてるんだから、もう少し威厳を持ってだな。

 

 ここは冷静に、ニヒルな笑みを浮かべて『あ? (キリッ!)』でゆっくり後ろを振り向く、がお約束だというのに。

 

 もう千空ったら! わたしがいないとダメなんだから! こういう時のリアクション芸はわたしに任せろと言いたい。

 

 

「そして、アレックス様」

「ハァ!?」

 

 

 まる、さ、へ……ア、アアアア! アレックス!? 様!? なんでわたしまで様付け!? 

 

 わたしはまだ、自己紹介をしていないはずだ。ルリが倒れる前に「アレックス」と呼ばれたことはあるが、それは千空が呼んだからで…いや待て、あの時もルリはわたしの名前を知っていたような反応をしていなかったか? 

 

 

「私は悠久の遥か昔から、知っていたのです」

 

 

 ルリが静かに、しかし確信に満ちた瞳で我々を見つめる。その双眸には、3700年分の歴史の重みが宿っているようだった。

 

 な、なんなんだ…ッ。背筋が凍るような感覚。なんなんだ! この女は、この女は…いったい何者なんだ!! わたし以外のクラフターがこの世界に来ているなんて聞いてないぞ?! サーバー管理者か? それとも、文明崩壊前から生き続ける超常的な存在なのか?! 

 

 落ち着けアレックス。村出身の、病弱だった人間のルリがクラフターなのはあり得ない。彼女に、インベントリもクラフト能力もないのは確認済みだ。

 

 えっ、じゃあ本当に何者? 

 予言者? タイムトラベラー? それとも…。

 怖っ。シンプルに怖い。

 

 

「あなた達の名前は──石神千空、そして…石神アレックス様」

「は?」

 

 

 ドクン、と心臓が跳ねてしまった。わたしの名字も『石神』となっているのも怖い。いや、待て待て待て。千空はいい。彼は石神千空だ。

 

 だが、わたしは? わたしはただのアレックスだ。もしくは、前世の名字があるはずだ。

 

 いつから石神家の一員になったの?? 養子縁組した覚えもなければ、千空と血縁関係になった覚えもない。ましてや結婚した覚えなど一切記憶にございませんが?? 

 

 なんでわたしが、千空と同じ名字を背負わされているんだ? これじゃまるで…わたしと千空が兄妹か、あるいは夫婦みたいじゃないか! そんな設定、キャラクターシートには書いてないぞ!? 

 

 

【同志アレックス、j】

 

 

 うるさい黙れ! この超重要イベントの最中に! 

 今はそれどころじゃないんだ! よりによって今かよ! 

 シリアスなシーンなんだよ! 空気を読め! 

 あとでこっちから掛け直すから! 留守電に入れといてくれ! 

 では! 

 

 わたしは脳内で怒鳴り散らし、突如として訪れた念話を強制的にシャットアウトした。

 

 ふぅ。雑音は消えた。意識を現実に戻す。

 

 視線がこちらに向けられているのを感じる。強烈な、突き刺さるような視線だ。

 

 ルリではない。自分の視線をそちらに向けると、それは千空だった。彼はわたしを凝視していた。その目は、科学的な探究心と、底知れぬ疑念、そして「説明しろ」という無言の圧力を放っていた。

 

 

『いつから石神家の人間になったんだ? あ? テメー、オレの親戚か何かだったのか? 隠してやがったな? お?』

 

 

 質問が文字となって殺到しているのが見えるようだ。

 目で伝えるの上手ね、あなた♡

 以心伝心かよ。

 

 …それはわたしも知りたいです。全力で知りたいです。

 

 わたし、マインクラフターのアレックス。転生して、文明を復興させて、楽しくクラフトしていただけなのに。今、自身のアイデンティティに関わる最大の謎に直面して、どうすればいいか本気で悩んでいるところなの。

 

 ホントどうしましょ。とりあえず、牛乳飲んで落ち着くべきか? それとも、この場からエンダーパールで逃走すべきか? 

 

 答えの出ない問いを抱え、わたしはただ、ルリの神秘的な瞳を見つめ返すことしか出来なかった。




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