ご褒美として、今日の夜飯は肉をいただきました•••その肉はワタシのものだァァァ!! 姉さん、この妹に寄越せェェェ!!
腐肉
天界 転生の間
そこは、時間と空間の概念が曖昧な、虚無の最果て。無限に広がる暗闇の中に、白と黒の市松模様の床だけがどこまでも続いている。
壁も天井も存在しないこの空間の中心に、豪奢な装飾が施された一脚の椅子が鎮座していた。その背もたれにゆったりと身を預け、優雅に脚を組んでいるのは、この領域の主である闇の女神アインドラだ。
彼女の周囲には、大小様々なモニターが明滅を繰り返している。画面の向こうに映し出されているのは、彼女が手ずから転生させた数多の魂たちが織りなす、喜劇と悲劇の人生劇場だ。
アインドラの白く華奢な手には、最高級のルビーのように紅く輝く液体──赤ワインで満たされたグラスが握られている。彼女はグラスを軽く揺らし、立ち上る芳醇な香りを楽しみながら、気怠げな瞳で正面のメインモニターを見つめていた。
つい先程まで、画面には「異世界」と呼ばれるファンタジー世界が映し出されていた。そこでは、駄女神へと堕ちた水の女神アクアと、彼女を「モノ」扱いする不敬な男子高校生・佐藤カズマが、キャベツの群れと死闘を繰り広げるという、涙が出るほど滑稽なドタバタ劇が展開されていた。
彼らの冒険はアインドラにとって極上のコメディであり、退屈を紛らわせる最高のスナック菓子のようなものだ。
「フフッ、相変わらず騒がしい連中だねェ。でも、今の気分はもう少し…こう、知的な刺激と、歴史の重みを感じるドラマが見たいかな」
アインドラは指先一つでチャンネルを切り替える。画面がノイズと共に歪み、瞬時にして別の世界へと接続された。緑豊かな大自然、崩壊した文明の跡、そして石器時代に生きる人々。
ストーンワールド。そこは、彼女が特別な関心を寄せている「創造主」──アレックスが派遣された世界だ。
モニターに映し出されたのは、石神村の広場だった。御前試合の狂騒が終わり、夜の帳が下りた集落。松明の炎が揺らめく中、村人たちが新たな長と、奇跡の生還を果たした巫女を囲んでいる。
『クククッ、おおかた巫女の伝承話に出てくんだろ? オレとアレックスが』
画面の中で、石神千空が不敵に笑う。その鋭い眼光は、単なる推測の域を超え、確信めいた光を宿していた。彼は気づいているのだ。この村の名前が「石神村」であること、そして自分とアレックスの名前を知る者がいたこと。それらが偶然の産物などではなく、数千年の時を超えて仕組まれた必然であることを。
アインドラは口元を三日月のように歪めた。
「流石は千空クン。200万年の科学史を背負う男は、察しが良いねェ」
一方、その隣で頭を抱えている少女──アレックスの様子は対照的だ。
『わたしが石神家の一員なの怖いんですけど? 養子縁組した覚えもなければ、結婚した覚えもない! 一切記憶にございませんが??』
混乱の極みにある創造主。彼女の困惑も無理はない。彼女自身の記憶には、そんな事実は存在しないのだから。彼女はあくまで、「偶然」この世界に転生し、クラフト能力で無双しているだけの、ただの女子高生(元)なのだから。
「記憶にないのは当然さ。だって君は、まだ『そこ』には至っていないのだからね」
アインドラはグラスに口をつけ、ワインを一口味わう。この矛盾、この混乱。それこそが、彼女にとっての最高のスパイスだ。
画面の中では、病から回復したばかりの巫女ルリが、静かに、しかし厳かに語り始めていた。彼女の背後には、村長コクヨウや側近たちが、歴史の証人のように控えている。村人たちもまた、固唾を飲んで巫女の言葉を待っている。
『お母様が…先代の巫女様が、幼い私に何度も何度も話してくれたのは、とても強く、そしてとても優しい、遠い昔の英雄たちのお話でした』
ルリの声は透き通り、夜の冷気の中に溶け込んでいく。それは単なる昔話ではない。文字を持たないこの村が、命を懸けて繋いできた「記憶」そのものだ。
『百物語、其の百。これが最後の物語。題名は…』
ルリが一呼吸置く。アインドラもまた、グラスを持つ手を止め、画面を凝視する。来る。3700年という途方もない時間を超えて、父から子へ、託されたメッセージが届く瞬間が。
『石神千空と、
その名が告げられた瞬間、広場の空気が凍りついたように静まり返った。千空の目が見開かれ、アレックスが口をパクパクさせている。
「…」
アインドラは無言のまま、その光景を見つめていた。彼女の表情から先ほどまでの愉悦の色が消え、底知れぬ「無」の表情が浮かぶ。それは、全てを知り尽くした観測者だけが見せる、冷徹でかつどこか哀愁を帯びた神の顔だった。
彼女は知っている。
なぜ、アレックスの名前がそこにあるのか。
なぜ、「石神」という名字を冠しているのか。
それは、かつて宇宙ステーションにいた男──石神白夜が遺した物語だからだ。そして、その場にはもう一人、運命の悪戯によってその時代に飛ばされた「彼女」が存在していたからだ。
「石神白夜。千空クンの父親にして、人類最後の宇宙飛行士。そして、稀代のストーリーテラー」
アインドラは独りごちる。彼は知っていたのだ。いつか未来で、息子の千空が目覚めることを。そして、その傍らには、常識外れの力を持つ少女が共にいるであろうことを。
だからこそ、彼は物語という形で「名前」を残した。未来で目覚める彼らが、孤独を感じないように。そして、村人たちが彼らを「敵」ではなく「待人」として受け入れるように。
百物語。それは知識の伝達手段であり、生存のためのマニュアルであり、そして何より──時を超えたラブレターだ。
「愛だねェ。人間というのは、本当に面白い。たかが情報の伝達に、これほどの感情とドラマを乗せるんだから」
アインドラは、ワイングラスに残った最後のひと雫を飲み干した。喉を通る液体の冷たさと熱さが、彼女の心を心地よく刺激する。
画面の中では、アレックスが「様付け!? しかも創造主ってバレてる!? どういうこと!?」とパニックに陥り、千空が「ククク、親父の野郎、やりやがったな」と笑っている。その対照的な二人の姿こそが、石神白夜が夢見た未来の希望なのだ。
「さて、アレックス。君はこの『シナリオ』をどう受け止めるかな? 自分が神話の一部になっている気分は、どうだい?」
アインドラは空になったグラスを虚空に放る。グラスはカランと音を立てる前に、光の粒子となって霧散した。彼女は再び背もたれに深く身を預け、組んだ脚を組み替える。その瞳は、画面の向こうのアレックスを見据えながら、同時にその背後にある見えない運命の糸を弄ぶように、妖しく輝いていた。
「この百物語には、まだ続きがある。君たちがこれから紡ぐ、物語がね。さあ、見せておくれよ。科学とクラフト、そして受け継がれた想いが、この石の世界をどう変えていくのかを」
闇の女神は、満足げに目を細めた。観測は続く。この壮大で滑稽で愛おしい人類復興の物語が、エンディングを迎えるその時まで。
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「こちらが村の墓地です。この石碑は白夜様たち創始者の墓標を運んで来たものだと、代々伝えられています」
巫女ルリの厳かな声が、静寂に包まれた岩場に響く。案内された先には、風雨に晒されながらも確かにそこに在り続ける、古びた石の墓標があった。苔生したその表面には、長い年月の痕跡が刻まれている。
「3700年経ってるんだ。ここがマジ話だったとしても、土葬だろうがなんだろうが、白骨一つ残っちゃいねえよ」
千空が墓標を見つめながら、静かに、けれどどこか寂しげに呟いた。その言葉には科学者としての冷静な分析と、息子としてのどうしようもない喪失感が同居しているように聞こえた。
わたしは腕を組み、その墓標を見下ろしながら思考を巡らせる。そもそもだ。地球上の人類全員が石化光線によって石像に変えられたのなら、最初にこの村を作ったのは一体誰なのか。
そして、この村の人々の外見的特徴。金髪碧眼のコハクやルリ、アジア系の特徴を持つ者、様々な人種の特徴が混ざり合った独特の容姿。なぜ、ここだけこれほど多様な血が混ざっているのか。
以前から少し気になってはいた。まあ、さほど深くは気にしていなかったけども…マインクラフトの村人だってバイオームによって服が変わるし、そんなものかと思っていた。
てっきり、わたし達のように科学文明を持っていた人間が、千空たちより少し先に石化が解けた「先行復活者」たちの子孫かと思っていたのだ。
だが、事実はもっとドラマチックで、そして運命的だった。まさか、石化光線が地球を覆ったあの瞬間、偶然にも宇宙ステーションに滞在していた宇宙飛行士たちがたまたま難を逃れ、地上へ帰還して人類の種を繋いだとは。
そしてその中の一人が、千空の実の父親──石神白夜だったとは。
石神親子の繋がりっぷりには、創造主であるわたしも舌を巻く。父は息子の千空がいつか絶対に、何千年先になろうとも自力で復活すると信じていた。
だからこそ、科学文明が失われた世界で、生き残るための知恵と、息子へのメッセージを『百物語』という形で残したのだ。村の巫女が代々と語り継ぐという、最も原始的で、しかし最も確実な記憶媒体を使って。
しかし、何よりも解せないのは、わたしだ。百物語の最後に登場した名前。『石神アレックス』。そもそもあの時、わたしは間違いなく《くらふたーのせかい》に行っていたはずだ。地球にはいなかった。
それなのになぜ、百物語に登場しているのか。マジで本当、その場に白夜たちと一緒にいたという記憶が、これっぽっちも、1バイトたりとも存在しない。メモリの欠損を疑うレベルだ。
千空からは「テメー、親父と面識あったのか?」「隠してやがったな?」とガンガン問いただされたが…し、知りたいのはコっちなんだからね!
冤罪だ。わたしは何も隠していない。知らないものは知らないのだ。
『アレックスは少々扱いにくいところがあるだろうが、千空なら大丈夫だろ?』
ルリから語られた百物語のメッセージ。その一節が頭をよぎる。誰が扱いにくいだゴラ。わたしほど協力的で、優秀で、空気が読めて、常識的なマインクラフターはいないはずだぞ? 失礼しちゃうな。
その場にいた「アレックス」とは誰だ? どこのどいつだ?
わたしと同じ名前、同じ姿をした、どこの創造主だ?
パラレルワールドのわたし? それともアインドラの悪ふざけ? 会ったらビッチリと、正座させて尋問してやる。ネザーラックで囲んで質問攻めにしてやるからな。
「…俺は、少し調べてから戻る。ここで、少し考え事をさせてくれ」
千空が墓標に触れながら、ぽつりと言った。
「わかりました。ではわたしは、先に村に戻っています。皆様にお伝えしておきますね。…アレックス様、失礼致します」
ルリは深々と一礼すると、気を利かせて静かにその場を去っていった。彼女の後ろ姿を見送り、わたしは千空に向き直る。
「ああ」
遅くなった。どうも皆さんごきげんよう、わたしはマインクラフターのアレックス。ちょうど今ルリが此処から去ったが、我々はお墓参りに来ているのである。
ふざけたことは考えていたが、場所が場所だ。お墓参りなので、わたしも手を合わせて黙祷することにする。人の死を嘲笑うような、不謹慎な奴とは違うのだよ。南無南無。
風の音だけが聞こえる。数十秒、あるいは数分。静寂の中で、千空が口を開いた。
「そうか。とっくに何千年も前に…か。親父はもう、いねぇんだな」
その声の震えに、わたしは目を開ける。千空の背中が、いつもより小さく見えた。黙祷は終わった。ここは親子水入らずの時間にしてあげるべきだろう。片方は骨すら残っていないけど。
じゃ、わたしは失礼して、エンダーパールでサクッと…ガシッ?
振り返ると、千空がわたしの袖を掴んでいた。何も言わない。だが、その指先が「行くな」と語っている。一緒にいて欲しいようだ。元気がない。いつもの合理的で自信満々な千空らしからぬ弱さだ。
…わかった。しばし、此処にいよう。わたしは無言で頷き、彼の隣に立ち尽くした。
「フッフフ…懐かしいな。嗚呼! 懐かしい! クソ真面目な親父の声が、聞こえてきやがる……!」
千空が空を見上げて笑っているが、その目からは大粒の涙が溢れ出していた。止まることなく流れる涙が、乾いた頬を濡らしていく。人間じゃない、科学の悪魔だと言ったことを、ここで訂正し謝罪させてもらう。
合理的やら何やら言ってる千空もまた、親の死を悼み思い出に涙する、一人の人間だったのだ。
「俺の為に泣いてくれてんだな」
千空が涙声で、茶化すように言った。ハッとして自分の頬に触れる。冷たい。いつの間にか、わたしも泣いていたらしい。
違う。これは貰い泣きしちゃっただけだ。目にゴミが入っただけだ。花粉症かもしれない。せ、千空の為に泣いてるんじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!
「フフ! …びゃ、白夜は最期、どうしてた? 何か、言ってなかったか?」
千空が縋るように聞いてくる。わたしは胸が痛んだ。涙がスッと引っ込む。嘘はつけない。わたしは正直に言うしかない。
「すまない、千空。わたしは本当に、その場にいなかったんだ。百物語に出てくる当該創造主は、わたしじゃない。だから白夜が最期に何を思ったのか、わたしには分からないんだ」
「…そうか」
千空は短く答え、寂しげに、しかしどこか納得したように笑った。
「そうだよな。テメーなら、もっとふざけたことしてただろうしな」
そうだよ。わたしなら墓標をダイヤモンドブロックで作ったりしてたかもしれない。
互いに笑う。泣いたら笑う、は古来より感情のデトックスとして決まっている。
ホント、涙が止まらないな。彼もそうだが、わたしの手も震えている。感情の高ぶりによるデバフか。状態異常の可能性があるな。
わたしはインベントリを開き、とっさに目についた食料を取り出した。飲み物だ。これを飲んで落ち着こう。
……ん? 固形物? 口の中に広がる、腐敗臭と強烈な酸味。そして吐き気を催すような食感。
…あっ、ヤベ、間違えて『腐った肉(ゾンビ肉)』を食してしまった。インベントリの中で、牛乳の隣にあったやつだ!
ウグッ…! 視界が緑色に歪む。お腹がギュルギュルと鳴る。空腹ゲージの横に、不吉なアイコンが表示される。これが本当の状態異常なのね!
…マジィよ、不味いよ。なんでこんなもの持ってたんだ。わたしは慌てて、今度こそ本物の牛乳を取り出して一気飲みする。
ゴクゴクゴク…プハッ! よし、正常状態だ…危なかった。シリアスな場面で食中毒死してリスポーンとか、伝説に残る失態を演じるところだった。
「なあ…」
牛乳を拭ったわたしに、千空が改まった顔で向き直った。
「ぎゅーと抱きしめてイイか?」
ブフォッ! 飲み干したばかりの牛乳が逆流しそうになる。あらやだわ、千空くんも腐肉食べた? それとも悲しみでバグった? 状態異常かもしれないわね!
…この科学少年は突然ナニを言い出すんだ? 思わず真顔になる。いやまあ、この状況だし? 慰めが必要なら、別にイイけど。わたしが腕を広げようとした、その時。
「冗談に決まってるだろうが。本気にするなよ。バカかテメー?」
千空がニヤリと悪戯小僧のように笑った。
なんだと貴様! 引っ掛けやがったな! わたしは激おこぷんぷん丸となる。さっきまでのしんみりした空気は、どこへやらだ。
「白夜、あの世から高みの見物していやがれ! 俺は創造主サマと必ず! 全人類70億を救ってやる! 科学文明も復興させてやんかんな!!」
千空が空に向かって、亡き父に向かって、力強く叫んだ。その声は涙で湿ってはいなかった。未来を見据える、強い意志に満ちていた。
うむ、『いつもの千空』に戻って何よりだ。わたしは空になった牛乳バケツをしまい、心を落ち着かせた。
……マチガエタ。
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お墓参りを終え、村に戻ると、そこは宴会の真っ最中だった。村人たちは勝利と、ルリの回復、そして新しい長を祝ってワイワイ騒いでいる。酒を飲みまくり、ツマミを食べまくっていた。
「いやぁ、俺コーラ専門でさ。酒はパス」
宴の輪の中心で、あさぎりゲンが手製のガラス瓶を片手にくつろいでいた。
「こーら?」
村人たちが不思議そうな顔をしている。彼の手にあるのは、千空が約束通り作り上げた、科学の粋を集めた黒い炭酸飲料──コーラだ。
「飲んだらマジ話できなくなっちゃうしねェ? 村がやっとまとまったんだから、そろそろ伝えないと」
ゲンがコーラをあおり、氷をカランと鳴らす。その表情から、先ほどまでのふざけた色が消える。
「聞かせてもらおうじゃねえか、メンタリスト。何があった? 司帝国で」
真面目な色を浮かべた千空が、ゲンに問いかける。ざわめきが静まり、科学王国民の視線が一点に集まる。彼らを待っていたかのように、ゲンが顔を上げた。その瞳には、威嚇するようでもあり、焦るようでもある、深刻な光が宿っていた。
「来るよ──司ちゃん達が」
「「「!?」」」
「クククッ、唆るぜ! これは!」
場が凍りつく中、千空が口元を歪める。恐怖ではない、迎撃への覚悟の笑みだ。
遂に来る。あの霊長類最強と、彼が率いる武力帝国が、この科学王国を潰しにやってくる。STONE WARSの始まりだ。
悠長に構えている暇はない。戦力を増強しなければ。ということで早速わたしは、《くらふたーのせかい》に念話を送ることにした。
え〜と念話番号は確か、わたしが描いた『軍服姿のアレックス』にあったかな?
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