気球と黒きパン
「千空だ…あれ千空だよ!!」
「マジで空…空を飛んでやがる!?」
「あらまぁ、科学は凄いんだねェ〜」
皆さん、どうもごきげんよう。わたしは、マインクラフターのアレックス。
石神村の村人たちは一斉に空を指さし、驚きに目を見開いた。そして、誰からともなく感嘆の息が漏れる──『ハァン』。
無理もない。
わたしも共感する。確かに、それは称賛に値する光景だ。しかし、わたしが吐き出したのは村人達のそれとは異なる『ハァン』だった。残念の、それも深い溜息の『ハァン』だ。
いや、誤解しないでほしい。
だが、それでも──なぜか、胸の奥にぽっかりと空いたものがある。
「おかえり〜!!」
「千空〜! クロム〜!」
でもなァ…飛行船じゃないんだよなァ。
これなァ…気球なんだよなァ。
まあね。気球を採用した時点で、そんなことは百も承知。でもその、いざこうして目の当たりにすると…どうにも『でもなァ…』『これなァ…』となってしまう。
飛んでいること自体は素晴らしい。嗚呼そうとも。けれど、それは風に流されるままの旅路。自らの力で空を切り裂くものではなく、ただ、大気に委ねられた存在なのだ。
まあマイクラ製なので、そう簡単に墜落するなんぞ起こり得ないのだが。バードストライクあっても、破れることはないのである。
「フゥン。つまりあの者達は皆、クロムやコハク達と同様『21世紀の人間じゃあない』──ということだな?」
「ああ。あの石化から逃れた宇宙飛行士6人の子孫、数千年ここで暮らしてきた…超絶レアキャラ集団だ」
「…そうか…あれから、ずっと…」
気球と飛行船のどちらが適しているかは、目的や条件によって異なる。
気球のメリットは『高度を自由に調整可能』で比較的安定して飛翔出来ること。デメリットは『風の影響を受けやすい』だが、マイクラ製なのでそういった事は100億パーセント起こりません。
飛行船のメリットは『安定した飛行が可能』『再利用性が高い』で、デメリットは『運用コスト』などが上げられる。
「復活液は千空が作ったとなると、千空自身はどうやって目覚めたんだ?」
「ずっと眠らねえでヤベーほど秒数 数えてたらしいぜ。んで硝酸を浴び続けて──」
「復活した、ということか……は? ずっと数えてた? 3700年も??」
「そんな顔で見るなって。俺は異常者じゃねえよ? 異常なのはマインクラフターだマインクラフター」
飛行船には、浮力を得るためのヘリウムガスが必要不可欠だ。これをクラフトしようとするなら、まずヘリウムの生成プロセスに関する深い理解が求められる。まあ、その点については理解している。
ヘリウムは、主にウランやトリウムの放射性崩壊によって自然界で長い時間をかけて生成される。しかし、この過程を人工的に再現するのは至難の業だ。莫大なエネルギーが必要で、再現できたとしても安定した供給には程遠い。
これを、技術開発部は絶賛研究を進めている。もしこれさえクリアできれば、飛行船の建造は現実のものとなるんだがなァ…。
「せんくう! せんくう!」
「あそんであそんで!」
「わあったわあった、遊んでやるから」
嗚呼…ハリボテ飛行船を動かせるアイテムは、どこかにないものかナァ…操舵輪、かな?
操舵輪を取り付けるだけで動くようになる、そんな夢のアイテム…いや、そんな都合のいいもの、あるはずもないか。ハァ…やっぱり、ないかナァ…。
とはいえ、嘆いてばかりもいられない。技術開発部に頼んでみるか。もしかしたら、あるいは。
「龍水」
「ハッハー! 羽京とコハクじゃないか!」
しかし…新生日本地図か……ん? 待てよ。
地図制作って、マインクラフターなら普通にできるんじゃね? そうと決まれば話は早い。作業台を取り出し、さっそく設置。クラフトを開始する。
必要な材料は、コンパスと紙。中央にコンパスを配置し、その周りを紙で囲んで…よし、完璧だ。これで地図がクラフトされた。
手に取り、じっくりと見つめる。
「来い、石神村を案内するぞ」
「うむ!」
バッチリ地図ですやん。現在地 石神村、しっかり把握できてますやん。
…ならば、やることは一つだ。富士山が創り上げた、この新生日本。その全貌をこの手で解き明かし、制覇してやろうじゃないか。
地図を握りしめ、目を細める。未知の土地、未踏の領域。どこまでも広がるこの世界を、足で踏みしめ、手で築き上げる。それがマインクラフターの本能だ。
手の空いている創造主に、すかさず念話を入れる。実は今、新たに《くらふたーのせかい》から多数の創造主がやって来ているのだ。やれる、やれるぞ。
総員傾注! これより第一回『新生日本地図マッピング作戦』を開始する! 馬でもエリトラでも気球でも、何でも構わん! なんとしてでも石油を探し出し、我が物とせよ! 行け、同志達よ!!!
「念話ってやつは声も出さないと駄目なのか? クククッ」
【ヒャッハー!!!】
さあ同志諸君、新たな冒険の幕開けだ。あっ、本土発展はあとでお頼み申します。石油が第一、だからな。
■□■□■□
《奇跡の洞窟》を警備する創造主。
船のクラフトをサボり、同僚から矢を射抜かれる創造主。
氷月に腐肉と牛乳をストレス発散でプレゼントした創造主。
個性豊かで異常ではない彼らは、念話を受け取った。
【総員傾注! これより第一回『新生日本地図マッピング作戦』を開始する! 馬でもエリトラでも気球でも、何でも構わん! なんとしてでも石油を探し出し、我が物とせよ! 行け、同志達よ!!!】
号令が響き渡ると同時に、手の空いていた者たちは一斉に駆け出した。誰もが己の愛機を操り、地図に刻まれていない未踏の大地へと向かう。
乾いた風を切って疾走する馬、悠々と空を舞うエリトラの翼、風に乗り静かに浮かぶ気球──それぞれの手段で、彼らは大地を駆け、空を翔ける。
彼らマインクラフターは往く。石油を発見し、新たなる文明の礎を築くために。
「ブリオッシュ。スフォリアテッラ。パン・オ・ショコラ。ハンバーガー。メロンパン…ヘヘ、へへへ!」
「んなふっくりお上手に焼けてたまるか〜、プロのシャフ様じゃねえんだ♪」
マッピングを進めつつ石油を捜索している一方で、科学王国・石神村では、石窯から香ばしい香りが立ち昇っていた。焼かれているのはパン。それも、マインクラフターが馴染み深いパンではなく、科学文明人にとってはお馴染みの、ふっくらとした本格的なパンである。
とはいえ、パンを焼いている理由は決して食料問題が深刻だからではない。むしろその逆。科学王国の食糧事情は豊かで、飢えとは無縁の状態だ。
では、なぜわざわざパンを焼いているのか? それはただ一つ──大航海に必要だからである。
千空自身が指摘している通り、パン職人ではない。ただの科学少年様だ。
「味は期待すんなよ? ウマいパンを作れるとは言ってねえかんなァ」
そう言って千空は笑うが、石窯から漂う芳ばしい香りがそれを裏切るように村人達の食欲を唆った。
創造主、アレックスは楽しみだった。作業台でクラフトできるパンといえば、せいぜい短いフランスパンのような形のものだけ。しかし、作業台を使わずに手作業で作ることが全く不可能というわけではない。
ただ、それには相応の手間がかかるし、そもそもマインクラフターはパン職人ではない。技術も経験も不足している以上、まともに作ろうとしてもなかなか上手くいかないのが現実だ。
実は、《くらふたーのせかい》ではパンの研究が進められていた。しかし、それでも今ここで千空がパンを焼いているのには、深刻な理由がある。
マインクラフターがパン作りに挑むと、なぜか黒色火薬の如く爆発する。あるいは、焼き上がったパンが息を吹きかけるだけで粉々に崩れる。
そんな不可解な現象が繰り返され、パン研究はついに凍結されるに至った。原因は不明。もはや呪いなのか、異常現象なのかすらわからない。
そんな訳で、パンは作業台でクラフトするしかないのが実情だ。しかし、今日に限っては違う。千空という科学の申し子が手を貸しているのだ。果たして、この世界で“本物のパン”は完成するのか?
アレックスは期待と不安を抱えながら、出来上がりを待った。
だからなのか、涎がだらしなく垂れてしまうほど待ち遠しかった。──テストで焼く、パンが。
「うめ〜!!」
「これは、岩のようだ!? だがこのザリザリの食感がめっぽう楽しいな!」
「う〜ん、イイ匂いだよ♡」
そうして焼き上がった、ストーンワールド初の石窯パン。村人たちはそれを手に取り、感慨深げに見つめた。そして、恐る恐る口へと運ぶ。3700年ぶりに人類の手でクラフトされた、文明の味。その一口はただの食事ではなく、過去と未来を繋ぐひとつの証でもあった。
一方アレックスもまた、そのパンをじっと見つめていた。指先でそっと表面をなぞり、その質感を確かめる。見た目はメロンパンで、ほんのり温かい。興味深げに鼻を近づけ、ふんふんと香りを嗅ぐ。
う〜ん、これこれ! この堪らん匂い、懐かしい…!
焼きたてのパン独特の香ばしさが鼻腔をくすぐる。だが、一つだけ気になることがあった。
……にしても、なぜ黒い?
パンは、まるで炭のように真っ黒だった。まる焦げというわけではない。むしろ、妙に均一な黒さをしている。どうしてこうなったのかは不可思議だが、これもまた“奇跡”なのかもしれない。
アレックスは改めてパンを持ち上げ、不思議そうに眺めた。果たして、これは食べて大丈夫なのだろうか?
「や、やめるんだアレックス…そ、それは…!」
「そ、そうだ、ぜ…手遅れ…に、なる、ぞ…?」
倒れ伏している、千空と龍水が青ざめた顔で必死に制止してきている。何故だろうと、そんな彼らの様子を見たアレックスは「あ!?」と合点が云った。
おお、倒れ伏すまでに美味かったのか。
彼らは感動のあまり、力尽きたのだろう。ならば、美味しいに決まっている。これは食べるしかない。むしろ、食べない選択肢などあり得ない!
アレックスは一切の迷いなくパンを両手で掴むと、大きく口を開けた。いっただきまーす!
ガブリ! サクッ…いや、ゴリッ!? なんとも言えない食感が歯を直撃する。しかし、そんなことは気にせずパクパクと咀嚼し、ゴクンと飲み込んだ。
──その瞬間、アレックスの体に電流が走った。
……んん!? なんか…すごい……ッ!?
出来たての熱さと苦み、そして未知の衝撃が口内を駆け巡る。果たして、そのお味は──!?
「救えなかったか…」
くぁwせdrftgyふじこlp!?!?
アレックスは地面に崩れ落ちると、左へ転がり、右へ転がり、もがき苦しんだ。な、なんだこれは!? 本当にパンか!? いや、食糧の概念すら疑うべきか!? 理解不能、未踏の味覚領域! まるでジャイアンシチューだ!? 魂が警鐘を鳴らしている! そういえば、《くらふたーのせかい》でも似たようなことがあったな…ガッデム!!
「このパンは創造主でさえくたばる…違うか? ミルク感謝するぜ、アレックス」
「ふぅ…あんがとな、助かったぜアレックス」
アレックスは無言で、震える手でミルクバケツを2つ差し出した。男達は迷うことなくそれを受け取り、ごくごくと飲み干す。
「地球の裏側まで大航海時代するなら」
「嗚呼、絶対に…」
そしてアレックスもまた、己のミルクバケツを滝のように口へと流し込んだ。冷たいミルクが喉を潤し、鎮めていく──助かったァ…。
幸いなのは、自分が作ったものと違い『毒状態』などの状態異常が無かったことだ。あの時はリスポーンを覚悟したものだ…死ぬかと思った…。
「「プロのシェフを叩き起こす!!」」
もう二度と黒きパンは食べない。
自分ではジャイアンシチューの如し作ってしまうから、プロに作って貰おう。
仰向けとなって涙を流すアレックスは、そう誓った。嗚呼、今日も空は青いな。
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