わたしは完成したモーターボートの船体を、静かに撫でた。金属と木材を組み合わせたこの船は、技術開発部の努力の結晶だ。千空とクロムという存在も、忘れてはならんぞ。3700年もの間、文明が途絶えたこのストーンワールドで組み上げた彼らの成果がここにある。
「ソッコーでオイルテストすんぞ」
「これって…モータボート!?」
あっ、どうも皆様ごきげんよう。わたしは、マインクラフターのアレックス。いよいよだ…いよいよ、モータボート試運転の時。
「嗚呼、ボートの話か? クククッ、こいつはな──」
「待って??」
水面に浮かぶのは、3隻のモーターボート。1号艇には千空とクロム、わたし。あとは羽京と龍水、そしてゲンが搭乗する。彼らが搭乗する理由は一つだ。石油発見などで活躍した、メンバーだからである。あとは、単純に乗りたそうだったので。
「テメーら、乗り込め乗り込め〜」
「や、やっと終わった。ホント創造主サマのツッコミ役だよね、俺」
わたしも勿論ね? 活躍しましたとも…ほ、本当ダヨ? マインクラフターのアレックス、嘘つかない…!!
「フフっ、そうだね」
「羽京ちゃんもツッコミ役してるよね??」
深呼吸して精神を整える…よし、問題ない。ついでに、牛乳を飲んで水分補給である。2号艇と3号艇には技術開発部の創造主たちが乗り込み、並走しながらの試運転を行う予定だ。
1号艇に乗り込むメンバーの役割は決まっていた。クロムが運転を担当し、メンテナンスには千空とわたし。ソナーマンとして羽京。最後に、龍水が船長という役割を担うこととなった。
なお、2号艇には
「3700年ぶりに復活した科学のボートだからね」
「本音はどうなの?」
「マインクラフターってマトモなクラフトしないでしょ? 建築方法もこれはこれはと異常だから…ハァ」
「わかる、わかるよ羽京ちゃん…!!」
羽京は軽やかな動作で席に着き、ゲンもその隣に座った。二人が親睦を深めている様子を見ることが出来て、わたしは安心した。『創造主は異常だ』という声が聞こえた気もしたが、きっと気のせいであろう。二人ともきっと疲れているのだ。後でパンプキンパイをプレゼントしよう。
「フゥン…悪くない! この構造なら、転覆のリスクも少ないな」
「クククッ、だろ?」
「いつも以上にニヤニヤしてるな貴様は? ハハハ!」
龍水は船のバランスを確認するように、立ち回っていた。わたしは座席に深く腰掛けながら、軽く船体を叩いた。アテンションプリーズ。当モータボートに、転覆という文字はございません。
また、エンストする危険性もございません。頑丈で安定感のある感触が、技術開発部の精密な仕事を証明しておりますので。龍水様、どうぞご安心くださいませ。
「しかし…この船で出れるのか…遂に、海に…!!」
「精錬された相良油田の品質は、問題ねェ筈だかんな」
既に燃料は装填済み、とどのつまり入っている。いつでも出れるのだ。その時、陸側から大声が響いた。
「この匂い…惚れ薬か!!? 好き子でも出来たのか?! 千空!」
「惚れ薬?」
「何言っちゃてんの? 大樹ちゃん」
大樹の豪快な問いかけに、わたしは困惑した。彼の目線は空となった燃料缶だ。燃料を…惚れ薬…?? 状態異常でもあるのだろうか?
「ヒャハハハハ!! ああ言った言った。テメーに惚れ薬って」
ああ、なるほど。すべて合点がいった。大樹が杠への想いを胸に、告白を決意。そのために千空が一肌脱ぎ、クラフトしたらしい。そして“惚れさせ薬”の正体──それは、ペットボトルのキャップから精製したガソリンだった。
「まだ信じてやがったのか雑頭! ありゃガソリンだガソリン」
「ナニー!? そ、そうだったのかー!!?」
「フゥン! つまり千空、貴様が最後に作った旧世界の科学は…ガソリンだった!」
飲んでなくてよかったな、大樹よ。インチキだと流し捨てたのは、正解であったぞ。
ガソリンを飲んだ場合、非常に危険だからな。
ガソリンを飲むと口や喉、胃が炎症を起こして嘔吐や激しい痛みを伴うのだ。気道に入ると化学性肺炎を引き起こし、呼吸困難になることも。成分が中枢神経に影響し、めまいや意識障害、最悪の場合は昏睡状態に陥る。
肝臓や腎臓にもダメージを与え、重篤な中毒を引き起こす可能性がある。大量摂取は死に至る危険も。誤飲した場合、絶対に吐かず、ただちに911番し医療機関へ連絡しよう。
ちなみに実際に体験された方が、なんとマインクラフターとなっておられます。ベテラン医者の麗しい女性が、患者の少女に対してこう言ったのです。
『ガソリン飲むなんて…馬鹿じゃないの、あんた!? 貴女はアホですか?!』
『ぎゅ、牛乳飲めば』
『マイクラじゃあないんです! 治る訳ないでしょう!!? もう一度言いますよ? …貴女はアホですか!?』
『ぐすっ、ひっく…ふぇぇ!!』
『実の娘にそこまでするなんて…勉強になります先生!』
何が言いたいのかと言うとです。良い子の皆さんはガソリン飲まないようにしましょう。
「フッ、新世界で俺達はガソリンを手に入れた! そしてここからは追い抜いていく!」
「ヒヒッ、出すぞテメーら!」
わたしは千空の動きを見つめながら、エンジンの始動に備えて体を安定させた。千空がスイッチを押す。船体が微かに震え、エンジンが低い唸りを上げる。
ブォォォォォン!!!
エンジンの轟音が響き渡り、水面が小刻みに揺れ始めた。3700年の間、静かだった海が、今まさに動き出そうとしている。否、凄まじい速度で動き始めているのだ。
「おおっ!? ジーマねェ」
「ヤベー!! クソ速ェー!!? これが、科学のエンジンか!? スゲーよ! なんかドキドキしてきたぜ!!」
「ハッハー! 遂に飛び出すぞ、日本を! 人類未踏の新世界へ…大海原へ!! 科学の船でなァ!」
わたしはその音に耳を澄ませた。スターリングエンジンの回転音は低く、規則的に響いている。その安定したリズムが、確実に動力が伝わっていることを証明していた。心地よい振動が船体を伝い、水面に広がっていく。
「クククッ、燃料を燃やしてピストンを動かす。内燃機関ほどの爆発力はねぇが、長持ちするぜ」
「速度の安定性も悪くないね」
千空の説明を聞きながら、わたしは船の構造を改めて確認した。ここまで完成度の高い機体がゼロから作り上げられたことに、今さらながら驚かされるものだ。風を感じながら、3700年ぶりに復活したスピードの感覚…最高!
「ヤベー、あっちゅう間に陸が全部見えなくなったぜ」
「水平線など、僅か数キロ先だからな」
わたしは船体の揺れを感じながら、技術開発部が完成させたボートの可能性に思いを巡らせた。
このモーターボートがあれば移動時間が大幅に短縮され、遠征や物資の運搬も格段に楽になる。そして何より──科学の力を持つ者が、世界を動かす時代が再び始まる。科学を独占する独裁者ではなく、皆等しく使える時代がだ。
「初めて見んぜ! 周り全部海とか…寂しいなァ、なんかこれよ、世界に俺らだけみてェだ」
「うん。地球の七割は海だって、知識としては分かってるつもりだけどね」
「ああ、人間が航海を始めても、その5パーセント程度しか把握出来ていない」
人類文明を復興させる。そして、今まで以上に科学を進歩させる。千空と我らマインクラフターがいれば出来る。科学文明復活計画が!
唆るじゃないか、これは…!!!
■□■□■□
皆さんごきげんよう。わたしは、軍事部のアレックス。現在かの5人と技術開発部は、モータボートの試運転をしている最中である。
《どっから来たのかもう分かんねェ、帰れんのか? これよ》
《フゥン! 心配するな。この俺、七海龍水がいる!》
《これは頼もしいじゃないの、龍水ちゃん♪》
右を見ても、左を見ても、果てしなく広がる蒼穹と、どこまでも続く大海原。陸地の影は一切なく、ただ風が頬を撫で、波が穏やかに揺れるのみ。水平線は遥か彼方へと滲み、空と海の境界さえ曖昧だ。まるで世界の果てに佇んでいるかのよう──
…と、
《100億パーセント正確な座標が欲しい》
《そりゃ欲しいけどさ千空ちゃん。何考えてるの?》
しかし電波灯台にいる、わたしには果たすべき使命がある。それは、試運転中の彼らを無事に導き、帰還させること──極めて重要な任務だ。
《GPSを作る♪》
《『GPS!?』》
《はにゃ?》
《最高かよ…っ》
たとえ海に出られなくとも、ここから彼らを支えるのが私の役目なのだから。
「カセキ、スイカ、出番だ」
「オホー! 携帯電波、全開しちゃうのよ」
「スイッチオン! なんだよ〜」
それは、人工衛星を利用して地球上の現在地を正確に測定するシステム。地球を周回する複数のGPS衛星が常に電波を発信しており、スマートフォンやカーナビなどがそれを受け取ることで自分の位置を特定可能。
少なくとも4つの衛星からの信号を解析し距離を計算することで、緯度・経度・高度を割り出せる。これにより地図アプリでの道案内や飛行機・船の航行、災害時の救助活動など、生活のあらゆる場面で活用されている便利アイテム。
《電波灯台のチェックだ! ここは羽京サマの耳頼みだがなァ》
《…アハハ、最後だけアナログ感満載だね。千空と技術開発部で何とかならなかったの?》
《「「無理デスネ」」》
《イジワルダナ〜》
それが──Global Positioning System! 通称GPS! それをクラフトするの、夢だったのだ!
「海上の皆さ〜ん! こちらの方角、わかりますか?」
《おう! バッチリだぜ》
いつか、衛星を駆使した軍事兵器──「神の杖」を実現させたい。その力を手にしたとき、この世界はどう変わるのだろうか。
だが、今はその構想を頭の片隅にしまっておこう。目の前の課題を一つひとつこなしながら、いつかの時を待つのだ。
「だったらほら! "気持ち" 女の子の方からってのも、ありなんじゃないの〜?」
「「「おぉ〜!!!」」」
「き、気持ち? な、なな何の話でしょう///」
クロム×ルリという、純愛を見届けなくては。ルリ、頑張れ。鈍感なクロムに、君の想いを伝えるのだ…!! 『好きです、結婚を前提に付き合ってください!』っと。あっ、邪魔をする者はたたじゃあおかないぜ♡ NTRは重罪である。
「クロム…わたしは、貴方のことが!」
《ザッザーザー》
「ざ、ざー? ど、どうしたのですか? クロム」
……ハァ??
■□■□■□
「嗚呼〜、お約束だねェ。肝心なトコで雑音が!」
「雑音じゃ、ない」
「「「ん?」」」
【おい! どういうことだ? 千空製とはいえ、彼がクラフトした電話はこの世界じゃ最高品の筈…どういうことだってばよ!?】
それはこっちの台詞だってばよ…ひとまず、念話でこちらの状況を送る。
「どうして…? 急に…どっかから膨大な電波が来たんだよ? 飽和してて、方角すら分からない」
【で、電波!? で、でんぱって…あああの?】
らしい。プラズマ化か、あるいはそれに近い現象でもない限り、千空と羽京が言っていた。どうやら自然現象ではなく、明らかに意図的に、こちらと同じ周波数に被せてきているらしい。
そして、地上の電波灯台から強力な電波を送信したその瞬間、何者かがその異常に気づいたのだ。
【何者かって…それはどういうことだ!!?】
こっちも知りたいわんなもん!!
【そういえば、先程から妙にリズミカルのような? 同じ音、ずっと繰り返している?】
あっ、モールス信号だって。
「俺らへのメッセージだ」
「「「!?!?」」」
【ホワッタ!? 軍事部、技術開発部…すぐこれを解析しろォォォ!!】
モールス信号とは『短点(・)』と『長点(-)』の組み合わせで文字や数字を表し、音や光、電波で情報を伝える通信手段である。19世紀に発明され、電信技術とともに発展しました。
例えば『SOS』は『… ---…』で表され、救難信号として広く知られる。電話やインターネットが無い時代では、世界中の船や軍隊がこの単純ながら確実な通信方法を活用した。緊急時やアマチュア無線で使われる、シンプルながら驚異的な発明。それがモールス信号なのだ。
【解析の結果、これは…!!】
「『W H Y』…ホワイ…何故?」
「「「!!?」」」
《WHY WHY WHY WHY WHY WHY WHY WHY!!!》
ホワイホワイ、うるさ〜い…!!! なんだこいつは!?
「クっフフ! よう…テメーか? 人類石化の黒幕は…ようやく会えたな? 待ちくたびれたぜ、3700年…唆るじゃねぇか…!!!」
【なんだかとんでもない事態になってキタな…こちら軍事部のアレックス! 例のモノで応戦するのだ!】
こちらアレックス01、了解した! 例のモノで応戦する! 悪い顔しておられる千空の了承もいただいた…レコード、セットしま〜す! ホイっと。
「ドドドドン!!!」
《Zhaal’raaz, Ktharr’naa!?⁉︎ Ærrr’xx!! ──》
あっ、プツンなった。
本編でアレックスが使用したレコードは、マインクラフトの「Pigstep」です。
人類石化の黒幕•••何者なんだ•••!!