ナナシと船酔い
「千空ちゃん千空ちゃん」
「あ?」
「さっきの俺らの話聞いて、スキンヘッドの男の子がね? 大事な話しなくちゃならないって」
皆さんどうもごきげんよう。わたしは、マインクラフターのアレックス。統括のアレックス、でもあるぞ!
さてさて…この者は、何者なのじゃ? のじゃ!
「テメーは…誰だ?? マジで名前出てこねェ!」
「浮かばなくて当然だ。彼に名は無い」
「船員リストを作る時も困ったぞ? ひとまず『ナナシ』と書いたがな」
ゲンが連れてきた村人は、若い男だった。外見から察するに、龍水と同じ年齢であろう。彼は無表情で、四白眼のスキンヘッドが異様な存在感を放つ。その顔立ちはまるで仏像のように静謐でありながら、どこか不気味さを感じさせる。
耳は福耳で、幸運を呼ぶと言われるが、その表情からは喜びの影すら見えなかった。頭には大きな十字傷が刻まれており、何か特別な運命を背負っているかのようであった。
「あ、その、えっと」
無表情で?
どこか不気味を感じさせる?
訂正しよう…ただ人前で緊張してるだけであると! 分かる、分かるぞ。
無表情でいるように見えたが、実際はただ人前で緊張しているだけだったのだ。四白眼のスキンヘッド、仏像のような福耳、そして頭に刻まれた大きな十字傷。これらの特徴が、彼を不気味に見せていたのかもしれない。彼の内面には、緊張と不安が渦巻いているのだと察しられる。
分かる、分かるぞ。自分もかつて、同じような状況で心臓が高鳴り、言葉が出なかったことがある。まっ、今のわたしに心臓、ないんですけど! オ〜ホホホ、ですわぁ!
「あ、ああ。好きに呼んでもらっても構わない」
「うむ! ナナシと呼ばせてもらうぞ…ハ!? 冷汗がこんなに…どこか調子でも悪いのかァァァ!!」
「あ、その、ハハ。調子はうん、悪くないんだ」
「大樹テメー、近すぎだ。緊張させてどうすんだよ? ったく」
彼の目には、周囲の視線が重くのしかかり、逃げ出したい気持ちが見え隠れしていた。そんな彼を見ていると、心が痛む。何故かちょっとハートが削れた。状態異常だろうか。牛乳を飲む…状態異常ではない?? どゆこと?
なんであれだ。人は時に外見や第一印象で判断されがちだが、真実はその奥に隠れている。彼の緊張を解きほぐすために、少しでも声をかけてみよう。そう思い、彼に優しい笑顔を向けた。安心させる温かい、美少女の笑顔を向ける。
彼の心が少しでも、軽くなりますように…自分で『美少女』って言ってしまった…自意識過剰やもしれない…気をつけよっと。
「実は俺、本当は…石神村の人間じゃないんだ」
「なっ!?」
「お、おう。じゃテメーは何処から?」
石神村の住人では、ない? ふっ、真実が判明したぞ…転生者だな間違いない! …決めつけはよくないとあれ程…ッ。
しかし…ふむふむ、なるほどなるほど。
幼い頃の彼は一人、波打ち際に流れ着いた。小さな体は海の冷たさに震え、孤独に包まれていた。その姿を偶然目撃した若い女性村人は、彼の不憫さに心を痛めたそうな。彼を自分の子として育てることを決意した。彼女はナナシを『自分の子』と嘘をつき、愛情を注いだとのこと。
「本当の名は、石神村では浮きすぎるから」
何か特別な運命を背負っているかのような、ではないなこれ。間違いなく、特別な背負ってるだろ。しかもなんだ…赤ちゃんの時だって? …ありますねェ。
「俺の本当の名は…ソユーズ…!!」
「『ソユーズ』って…さっきの宇宙船の宝箱と同じ名前じゃねぇか!!?」
「案内出来るかもしれない。オレの故郷──宝箱ソユーズの在処に」
背負ってましたね〜…ワオ。
「ククク、実におありがてえ。更に良くも悪くも、確実度100億%の情報1つゲットしたな」
「な!? 私たちの他にも生き残りの人類がその宝島にいる、ということか…?」
「ああ! こいつのおありがてェ情報でなァ。人間が住んでんのが確定した」
宝島は今、無人島ではない。ふむ。
「無人島なら楽だったけどね? 勝手に探検し放題だし」
「相変わらず運の引きだけはドイヒーね? 千空ちゃん」
「ちょ待て待て待て! 話が見えねェ…その宝島の連中っつうのは何
石神村の遠縁の、か。人類が石化した時、宇宙にいて難を逃れた白夜たち。その子孫が代々生きる民となった。百物語に残された創始者の意思は『いつの日か日本を目指せ』。3700年の間に何人も挑戦しては、海に散った…かもしれない。ただ根性で日本まで渡りきった猛者が、クロムたち石神村の先祖というわけだ。
【わたしは罪人です。裁いてください】
【こちらアレックス04、裁定人である。リスポーンは生温い! 責任持って本土発展させろ! ぷぷぷ】
【こちら軍事部のアレックス、2号だ…時間感覚エルフだからこうなるんだぞ? 草だな草】
【ぴえん】
【ダアアアー!!!】
【う、うぅー!!!】
【ぴえーん】
ハハ、これで静かに、静かに…すびばぜんでじだ白夜様ァ…そして、宇宙飛行士の方々…反省じでばず…っ。
【ちゃんとホワイマン倒さないとね?】
ずびば…はい、そうですね! アインドラ様! 創造主の威信を懸けて、フルボッコにしてやりますよ!
「テメーはもう科学王国の仲間だろうが。クククッ」
「ありがとう…ありがとう! この科学の船なら、きっと!」
「相当速かろう! あと何日ほどで着くのだ? 宝島に」
「もう数時間で着くぞ?」
やっぱり時間感覚って大切なんだっなって、そう思うわたしなのであった。さ〜て、部屋に戻ろうっと。
■□■□■□
ペルセウスは、どこまでも続く大海原を進んでいた。
その航跡には、不思議な静寂があった。激しく波を切るはずの大型機帆船が、あたかも大地の上を滑るように進んでいる。甲板を歩く者たちは足元を気にすることなく動き、積まれた荷物も微動だにしない。
強風が吹きつけても、揺れは最小限に抑えられ、波の影響を受けることなく船体は滑るように進む。その異様な安定感は、まるで見えざる力が海そのものを支配しているかのようだった。
それなのに──
「…うぅ…気持ち悪い…」
アレックスが、キャビンの隅でぐったりと横になっていた。
「おかしい。揺れないのに、なんで私、船酔いしてるんだ?」
自分でも理解できない状況に、彼女は眉をひそめる。通常、船酔いは視覚と三半規管のズレによって引き起こされる。目で見た景色は静止しているのに、体は揺れを感じる──その矛盾が脳を混乱させ、吐き気を催すのだ。
「脳、ないんですけど。オホホホ、ですわぁ…うへぇ」
だが、ペルセウスは違う。揺れがない。三半規管に混乱を与えるはずのズレもない。なのに、気持ち悪い。アレックスは苦悶の表情を浮かべながら、自問する。
「これ、まさか“揺れないこと”が原因なのか?」
ペルセウスは、まるで地上を進むように安定している。だが、海の上で“船が全く揺れない”という状況は当たり前なのだ。がもしかすると『体が揺れを予測しているのに、実際には揺れない』という異常な環境が、逆に三半規管を混乱させているのではないか? 三半規管あるか知らないが。
「そんなマンゴ…あっ、間違えた…そんなバナナ」
彼女は必死に理屈を整理しようとするが、吐き気がそれを許さない。少女は、考えるのをやめた。
「…酔い止め、作ってもらおう…なんで牛乳が効かないんだヨォ」
船酔いのメカニズムがどうであれ、今はこの不快感を何とかするのが先決だった。アレックスはかすかに震える手を伸ばし、無線機に手をかけた。
「千空…酔い止めを…頼む…」
《ハァ?? 万能牛乳はどうした?》
「わぁ、蝶々だァ。キャッキャ」
《ダメだこりゃ…待ってろ、今行く》
アレックスの珍しく弱々しい声が、無線の向こうに届いた。
■□■□■□
静寂に包まれた科学船ペルセウスの航跡を、白い泡が穏やかに引いていく。波を切る衝撃すら最小限に抑えられたこの船は、海上とは思えぬほどの安定感を誇る。
それにもかかわらず──
《千空…酔い止めを…頼む…》
弱々しい通信が無線から届いた。
千空は眉をひそめ、指先で送信ボタンを押す。
「ハァ?? 万能牛乳はどうした?」
返答はない。ただ、うめき声の合間に、どこか夢見心地な声が混じる。
《わぁ、蝶々だァ。キャッキャ》
「ダメだこりゃ…待ってろ、今行く」
通信を終えるや否や、千空は足早に船室へと向かった。
奇妙な船酔い
アレックス01。
マインクラフター統括する彼女は、普段なら冷静沈着。どんな状況でも適切な判断を下す存在だ。
(俺の方が冷静沈着だな)
だが、今の彼女は違った。
船室の片隅で毛布にくるまり、顔を青白くしている。普段の威厳ある態度はどこへやら、まるで力なく横たわる猫のようだ。
ペルセウスはほぼ揺れていない。なのに、彼女は明らかに船酔いに苦しんでいる。
千空は腕を組み、観察を続けた。
「船酔いだと…? あり得ない…こんなこと…あはは」
創造主が船酔い。これは異常だ。
この船は波の動きを最大限に抑える設計。普通なら、船酔いを感じる要素すらない。マインクラフター製のただのボートが転覆しないのと、同じなのである。
だが、彼女は明らかに自律神経のバランスを崩している。
(原因が分からねぇが、対策は一つだ)
科学で解決するしかない。千空はすぐさま調合の準備に取り掛かった。
まず、酔い止めの基本は 抗ヒスタミン薬 だ。
ヒスタミンは、三半規管の異常な興奮を引き起こす物質。これを抑えることで、乗り物酔いの症状を軽減できる。
「よし、ジフェンヒドラミンを抽出するぞ」
千空は手際よく材料を集める。
まずは、抗ヒスタミン成分の抽出する。アレカヤシの種子には、ジフェンヒドラミンに似た成分が含まれている。これをアルカリ溶液で処理し、精製する。
次に、神経の興奮を抑える成分の追加。ショウガから ジンゲロール を抽出。これは消化器系を整え、吐き気を防ぐ。ミントから メントール を抽出し、リラックス効果を強化。
最後の工程、錠剤化するための加工をする。天然のデンプンを使い、成分を固める。水なしで飲めるように、口の中で溶ける錠剤に仕上げる。
千空は手際よく調合を進め、酔い止め薬を完成させた。
小さな錠剤をアレックスに差し出す。
「飲め」
「羊さんはいないよ〜?」
「ハァ…ったく、口開けてろ」
「あ〜ん」
虚ろな目をする少女に、少年はそれを彼女の口に放り込んだ。
1分後──アレックスの表情がみるみる変わっていく。
青白かった顔に血色が戻り、焦点の合っていなかった瞳が再び輝きを取り戻した。
「治った!!? えっ? 牛乳でも治らないかったのに?!」
「ルリの時もそれで治療すぐ出来たんだがナァ?」
「申し訳ありませんでした」
まだ半信半疑の表情で、自分の身体の変化を確かめる。
「科学の力、イイね」
「当たり前だ。酔いなんざ、科学でぶっ飛ばせる」
アレックス01は一つ息を吐き、改めて千空を見た。
「ありがとう、千空。ちょっとわたし、外の空気吸ってくるね」
そう言って、アレックス01はゆっくりと立ち上がり、船室を出て行った。
千空は腕を組み、その背中を見送った。
ペルセウスは今日も、何事もなかったかのように静かに滑るように進んでいく。
揺れない船で、船酔い。
科学の力がまたひとつ、謎を解決した瞬間だった。
軍事部のアレックス「わぁ、蝶々だァ。キャッキャ」
隣にいた創造主「?」
牛乳で治療出来ないというパワーワード