忠義の花、静かに咲く
キリサメは神話より現れた森の巫女のような、幻想的な容貌を持った美少女だった。透き通るような淡緑のロングドレスは、裾に向かってグラデーションを描きながら軽やかに揺れ、まるで草原に降る朝露のように儚くも美しい。
腰元には暗青色の紋様が入り、装飾でありながら彼女の気高さと威圧感を際立たせる象徴にもなっている。胸元には花弁のような白い装飾があしらわれ、そこから翠色の羽根のような意匠が首元を包み、まるで自然と一体化した精霊のような神秘性を帯びる。
肩にかかる漆黒の髪は滑らかに揺れ、翡翠の羽根飾りと共に風に踊る。淡いグリーンのドレスは宵闇に咲く一輪の花のようで、戦場に立つ姿でさえも気品を感じさせた。胸元に咲く花を模した装飾と腰から裾へと流れる蒼紋様は、まるで自然と一体化した精霊のような神秘性を帯びる。
だがその容貌に反し、キリサメは精密なる投擲能力を持つ戦士であった。
石化装置を標的へ正確に放つため日々の鍛錬は欠かさず、感情の揺らぎすら許されなかった。恋を語ることもなければ、寄り添う影すらも無い。石化装置というトップシークレットを知る者として、彼女は自らに“生涯独身”という枷をはめた。
『すべては、頭首様のために』
彼女の瞳には、常に“頭首”の威光があった。威厳がありながらも、穏やかで優しい頭首。誰よりも神聖で、崇拝されるべき存在。モズと共に頭首の“両腕”を担う自覚と誇りが、彼女を支えていた。
しかし、とある日を堺に、キリサメの中で小さな疑念が芽生えた。それは、ほんの些細な違和感。
最近の“命”は奇妙なほど具体的で、時に非情。時に矛盾すら孕んでいた。だがキリサメは深く問うことをしなかった。頭首の命ならば、それに従うことこそ忠義。疑うことなど、彼女の中には存在しないはずだった。
宰相イバラ。頭首の意見を聞いて、実際に指示出しする男。
その瞳は糸目ながらも、常に笑っていた。陰湿な笑顔の裏に何かを隠していると感じたのは、直感だった。
それでもなおキリサメは石化装置を手にし、命じられた標的に向かって投擲を繰り返してきた。反乱者を、石化してきた。そうするしかなかったのだ。自らの存在価値を信じるために。宰相イバラの言葉は、自分が忠義を尽くす頭首のご意思だから。
──だが、実際は違った。
──それは、頭首様のご意思ではなかった。
「頭首はもう…石化されてるんだァァアア!!」
崖の上から叫んだのは外の世界から来た、名も知らぬ男──大木 大樹。その叫びと共に、頭首の“石像”が皆の前に晒された。ペルセウス1号船の甲板上で科学王国と交戦していた、キリサメは目を見開き言葉を失った。
「う、そ…とう、しゅ、さま…?」
頭首は……石像? それでは、今まで“命”を出していたのは誰だったのか? 忠義。信頼。尊厳。全てが音を立てて崩れ落ちる。大樹のその叫びが、彼女の心臓を凍らせた。空気が揺れ、世界が歪む。自らが信じてきた絶対の存在、その導き手であり全能の意志の化身である頭首様が──石像にされていた?
信じられない。信じたくない。けれどあれは…全身が石と化した彼こそが、自分が長きにわたり敬愛し、仕えてきた…頭首だった。
「そ、そんな…頭首様が、あんな…っ」
唇が震えた。手の中の石化武器──メデューサが汗で滑りそうになる。心の揺らぎが、戦士としての均衡を崩してゆく。
その時、彼女の横に佇んでいた男──宰相イバラが、実にねっとりとした声を響かせた。
「ふふん〜、困った顔してるじゃないの、キリサメちゃ〜ん? おじちゃん、そんな表情が大好きでね〜?」
ぞわりと背筋に走る寒気。いつものように冗談めかした声。しかしそこに秘められた狂気を、キリサメは聞き逃さなかった。
「イバラ様…これはどういうことですか?! あれが…あれが! 頭首様だというのなら…私は、いったいなんの為に…ッ」
怒りと悲しみがせめぎ合う中で、キリサメは問いをぶつけた。だが、イバラはくすりと嗤う。そうよ、と。
「石になったあのお方は、確かに“かつて”の頭首様。そして今、この島を統べているのは…ふふっ、キリサメちゃん、君なら分かるでしょ〜?」
キリサメは一歩、後ずさった。イバラの手には彼に頼まれて渡した、石化武器メデューサがある。そのことが、今になって彼女の心を締めつけた。
「島全体を石化光線で包むなど前代未聞、どう考えても限度を超えた乱用です」
「イバラ様、それは本当に…頭首様のご意思なのですか? 違いますよね?」
その声は震えていたが、確かな意志を帯びていた。キリサメは心から信じていたのだ。あの御方がこんな非道を許すはずがない、と。イバラは自分の睨む「可愛くて強い美少女」を見て、高らかに嘲笑った。
「『頭首様のご意志ィ?』 ハッハッハ!! 今は…このおじちゃんこそが、意志そのものなのよ〜ん?」
その瞬間、イバラが石化武器を掲げた。
「お別れの時間ね? キリサメちゃん♪」
「させません!」
「
だが、言葉の続きを告げる前に、イバラの手からメデューサが滑り落ちた。
「なっ!?」
「?」
呆然とした表情。なにかに、圧倒されているようだった。
影。
何かが、影を落としていた。ペルセウスの甲板を、地面を、崖を、自分たち戦士らを。キリサメも、思わず顔を上げる。
空。
そこには──見たこともない、巨大な“未確認飛行物体”があった。
流線形の船体。空を割って出現した“それ”は、もはや宝島の住民からすれば神の来訪に等しかった。雲を切り裂きながら現れた“それ”を、キリサメは言葉を失って見上げていた。
「何…あれは…」
白く滑らかな外殻。鯨にも似た──キリサメたちは知らない──巨大な流線型の塊が、近づいてくる。彼女が知るどの生物にも、どの建造物にも当てはまらない未知の存在だった。
そして、そこには確かな“意志”があった。
まるで島を睥睨するかのように、威風堂々と空を舞う白き飛行物体。その両側面には回転するプロペラ──石化前人類と創造主しか知らない──のようなものが、片舷二つずつ。計四基。音を置き去りにして進むその姿に、キリサメの肌は粟立った。
「空を、飛んでる? あんな重そうな…どうやって?」
ただの帆船とは訳が違う。風任せの漂流ではない。自ら空を切り拓いて進む、明確な“敵意”すら帯びた戦の機構。キリサメの感覚が、本能的にそれを“兵器”と認識していた。もし、あれが敵であるならば…イバラの支配すらも、瞬く間に覆されることだろう。
「な、なんなのですか? あれは…」
思考が追いつかない。ペルセウスだけではない、新たなる未知の存在が空から現れたというのか。空を飛ぶ船など、ただのお伽噺だと思っていた。それこそ百物語に登場する、創造主アレックスも。だが現実として目の前に存在している。視界には、空を飛ぶ船が映っている。それは外なる文明の力なのか、「科学」と呼ばれる遺産か、あるいは…神の天罰なのか。
「何なのよ…何なのよ!! おじちゃんがね、絶対の筈なのにー!!!」
「…」
キリサメの脳裏に過ぎる。すべては、偽りだった。いつからなのか、自分が子供の時からなのか…いずれにせよ、頭首は既に石となっていた。イバラはその事実を隠し、今日まで操ってきた。民を、自分を、そして──信仰を。
「わ、私は…私は…!!」
足が震える。信じた道が崩れた。戦う意味が、存在理由が、泡のように消えてゆく。しかしその中で、キリサメの瞳に一筋の光が差す。空から現れた飛行船。それは未知でありながら、頭首と同じ“意志”を感じさせる何か。
崩れた信仰の残骸の中で、彼女は初めて自分の意志というものに向き合う。
──このまま、嘘に従うか。
──それとも、真実と共に歩むか。
キリサメの視線が、甲板上のメデューサへと向けられた。彼女の中で何かが壊れ、何かが芽生えつつあった。イバラの狂気が島を覆うならば、それを破るものが空から来るのなら──
「なら、私は…!!」
「!?」
キリサメの眼差しが未知への畏怖を超えて、確かな決意を宿した。
■□■□■□
晴天の空に浮かぶは編隊を組む、5隻の戦闘用飛行船。その外殻は渋く陽光を受けて輝き、四基のプロペラが轟音と共に空気を引き裂いて回転する。片舷二基ずつ、対称に設けられた推進装置が絶妙なバランスで機体を支え、静かな漂いにも似た安定飛行を実現させた。武装には多数の機関銃をデッキに配置しており、高速連射で制圧可能。
艦橋の指揮所には少女、アレックス02が立っていた。軍事部の最高責任者。紺色のアメリカ軍将校の軍服を着こなし、その胸元には元帥の階級章と軍事部の象徴たる金色のエンブレムが誇らしげにあった。背筋を伸ばし鋭い眼差しで眼下の宝島を見るその姿には、指揮官としての威厳が漲っていた。
「視認出来たか。ペルセウス2号、3号、新たにクラフトされた4と5号…は全部あるな。よかった」
「軍隊ごっこで全滅しちゃったかと。『海軍vs海賊』…快感でした」
「着陸予定時点は未だ決まってないが、現地の動向次第で臨機応変に対応する」
その声は落ち着いていたが、確かな熱を孕んでいた。緊張感の中にも、どこか高揚を隠せぬ声音だった。その軍事部のアレックスの隣には、全く異なる空気を纏う少女がいた。
「ふっふっふ! ついにこの時が来た! 『準備は万端』ってやつよ!」
「あの島はリゾート地ではないぞ?」
「分かってる分かってる。けれどな? ──胸が高鳴るのだよ!! 海賊の血が騒ぐってもんよ!!」
「略奪するなよ?」
アレックス05──海賊を自称する自由奔放なマインクラフター。
長いオレンジの髪は靡き、太陽の光を浴びてまるで燃え立つ焔のように煌めいていた。翠玉のように透き通った瞳は、下界を見下ろしながらも、どこか冒険の予感に浮き立つような輝きを湛えていた。片目には黒の眼帯。過去の戦いと勝利を語るその装いが、彼女の存在に重厚な説得力を与えていた。
漆黒と深紅の軍服風ジャケットに金糸の刺繍、そして肩に揺れる金の房飾り。胸元を大きく開いた白いフリルのブラウスが覗き、彼女の自由な魂と大胆さを象徴していた。腰には工具と道具が鈴なりに吊り下げられ、黒の網タイツに包まれた脚を優雅に組むその姿には、圧倒的なカリスマと艶やかさが漂っていた。
そして、彼女の頭を飾るのは巨大な三角帽。金の刺繍と、中央にあしらわれた銀色のドクロのエンブレムが太陽の光を受け、眩いばかりに輝いている。
「まるでアニメの世界だ!! 空の船に、海の艦隊。天と海に展開とは!!? …さては2号、ロマンチストだな?」
「せせせ戦略的配置だ。ぐぐぐ偶然ではない」
「声が震えててワロタ」
視線の先、遠くに小さく見える船団──ペルセウスたちが静かに進む姿が、海と空との調和の中に溶け込んでいた。
《ペルセウス艦隊、予定航路に沿って航行中。まもなく射程圏内に入る。が、三連大型主砲は未使用とする。全艦ともに異常なし》
「よし、予定通り。ここまでは完璧だ」
無線越しに伝えられる報告に、02は静かに応じる。05がクスリと笑った。
「相変わらず、言葉が少ない。でも…それが君の良さか」
「同じ“アレックス”でも、マルチバースによっては異なるからな」
「世界線が違えば性格・立場・記憶・過去。すべてが、か」
「それぞれの世界において“別の存在”として生きてきた…死んで今では全員マインクラフターだけども」
アレックス02は 横目にそれを見つめた。彼女の口元にはわずかな笑み──それは戦術家ではなく、一人の冒険者としての共鳴の証だった。
飛行船のエンジンが、低く、しかし確かな鼓動を刻む。片舷2基ずつのプロペラが回転し、合計4基の推進装置がペルセウスの巨体を空に支えていた。帆は張られていない。それほどの揚力を必要としない、この世界の空を読み切った設計だった。
戦闘用でありながらも美しさと機能を両立させたこの飛行艦隊の動きには、ある種の優雅ささえ感じられた。まるで、世界そのものがこの船団のために調律されているかのような調和と静謐。
「準備は整っている、アレックス05。合図を出すのは──君の役目だ」
その言葉に、海賊少女は口元をゆるめ、トライコーンの鍔を指で撫でた。
「了解…さあ、開幕の鐘を鳴らそう!! 第一幕の始まりだ!!」
「耳栓の効果が無いだと!?」
「耳栓してたの??」
その声が風に乗って響くと同時に、5隻の戦闘飛行船は一斉に隊列を崩さぬまま、降下を開始した。
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【水着で楽しんでたぞ? 2号と5号】
「ナニしとんじゃー!!!」
皆さんごきげんよう。わたしは、マインクラフターのアレックス。同志たちからは統括のアレックス、とも呼ばれているぞ。無事、石化されていた頭首の復活が完了した。洗脳状態ではなかったのか??
「苦労されてますな、アレックス様」
「苦労してるよ」
でだ、2号と5号について一つ言わせて欲しい…ナニしとんじゃー!!!
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