──静寂を破るように、クラフターの少女は息を吸った。
その場所は、山を切り開いた『REIにモールス信号でコンタクトするぜ用トップシークレット施設・建設予定地』の滑走路の端。見下ろせば遥か眼下に木々が広がり、風が草をなでて踊っていた。
技術開発部のアレックス。
マインクラフターであり、創造主。
その肩にかかる髪は微かに揺れ、エメラルドグリーンの瞳は一機の機体を見据えている。つまり、私のことである。
それは、レシプロ機。木材と鉄、布とガラス、ピストンとプロペラ。3700年の彼方、かつての世界で空を制した航空機の再構築…に成功したのだ! ヒャッホイ!!
「よし。これが空に浮かぶなら、次はもっと大きな奴だっていけるはず…!」
声に出すことで、胸に高鳴る鼓動を鎮める。ホットバーには道具が並び、エリトラではない“翼”が今日の挑戦だと…この私に語りかけている。神が囁くのだ──その時が来たのだ、と。
試作1号──《アルキメア》と名付けられたレシプロ機。エンジンは、ピストンと火薬を用いた爆発駆動型。スクリューのように空気を掻き混ぜ、揚力を得る構造は過去に読んだ古文書からの逆算だった。
《くらふたーのせかい》で見つかった古文書…あれもしかして終末後の世界だったりする?? 闇の女神アインドラが《くらふたーのせかい》をクラフトしたのは嘘だったの?? マジかよ新発見しちゃったぜ。
まあ正直なところ、どうでもよい。終末後の世界であったならば、彼らが滅亡したことは私からすると感謝の極み。技術開発部による「オーバーワールドの再構築」の邪魔が無かったし…いやあ、おかげで負荷がかからず色々と出来る訳だし…くぅ! マジ最高。
「おっと、私としたことが。今は飛行試験の時間だったな」
全く、歳は重ねたくないものだな。脱線してしまうとは。私は何度も模型を飛ばし、理論と直感をすり合わせ、ようやくこの日の試験にこぎつけたのだ。
「創造主ってのはさ…空だって、自分の足で踏みしめてみたいと思うものだろう?」
胸の高鳴りが激しいことに自覚すると共に、機体のコクピットに滑り込んだ。赤と白の計器盤には風速計と簡易高度計、そして速度指標が取り付けられていた。原始的な構造ではあるが、必要なものはすべて揃っている。
「燃料よし。ピストン回路、接続確認。火薬の調整も──ばっちり!」
私はひとつ深呼吸すると、ホットバーからレッドストーン火花起爆装置を取り出し、ゆっくりと差し込んだ。エンジン始動の際の点火装置である。
カチッ。
瞬間、機体が振動しプロペラが回り出す。エンジンは快調だった。唸りを上げ、スクリューは青空を目指すかのように唸る。私は操縦桿を握った。右手でスロットル、左手で姿勢制御。マウスのように精細な感覚が要求されるが、私にとってそれは慣れ親しんだ動きだ。
「行くよ、《アルキメア》。今日、私たちは空を知る!」
スロットル全開。機体が地を蹴る。最初は跳ねるような走行。だが、風を裂きながら加速し、やがて「ふわふわふわり」っと…表現を間違えたかな?
浮き、重力が遠のいた。大地の束縛が、風に解き放たれていく。木々が遠ざかる。雲が近づく。私の視界には、見渡す限りの蒼穹が広がっていた。おっふ。
「っ…!」
声にならない息が漏れた。興奮でも、恐怖でもない。これは、感動だ。
「やった…やった! 飛んでるぞー!! ひゃっほー!!」
プロペラが空気をかき回し、レシプロ機が小さく旋回する。その挙動はまるで、空を泳ぐ魚のよう。決してスムーズではないが、そこには確かな“飛行”があったのだ。
山並みを越え、川を越え、やがて雲の切れ間を滑るように進む。う〜ん、夢心地だ。
「おや?」
唐突に機体が揺れた。次の瞬間、計器が警告音を鳴らす。
「えっ、ちょ、待っておくれよ旦那!」
プロペラの回転が落ちた。風が逆流する。あれま〜。
「ふ、揚力がァァァァ」
燃料計が一気に振り切れた。火薬圧力の供給が追いついていない。操縦桿が効かない。風に煽られ、機体が失速し始まる。
「唆るぜェェェ」
風が叫びに変わる。地面に迫ろうとしている。試作機《アルキメア》が墜ちていく。必死に操縦桿を引き、機体の姿勢を立て直そうとする。私は最後まで冷静だった。この試験飛行に、幾ばくかの危険はつきものだと理解していたし、最悪の展開さえ想定していた。
それでも、空を掴む手は緩めなかった。
墜落するということは死を意味するが、たかが一回死ぬだけだ。次がある。悲しむ要素はゼロである。
「ふ、ふふっ…アッハハハハハハ!!!」
視界の端で木々の影が跳ねる。次に、地面が一気に迫る。最後の瞬間、私はホットバーから緊急着地用のスライムブロックを取り出し、コクピットの底に配置。
次の瞬間──
ドゴォンッ!!
爆音と衝撃、そしてクリーパー級の爆発。木々が吹き飛び、土煙が舞い上がる。レシプロ機は地面に叩きつけられ、機体の外装は砕け散った。死んでしもうたわ。
【技術開発部のアレックスは墜落事故を遂げたw】
そんで殴りてェ。チャットするくらい暇なのかな、アインドラの奴は。私はド真ん中にある、リスポーンの項目をポチッと押した。真っ白な空間に一瞬移動すると、仮拠点の白いベッドでリスポーンした。場所は滑走路の直ぐ隣である。
「リスポーン完了…うぅ、やっぱ痛かったぁ」
私はベッドから起き上がって座ると、額を押さえた。創造主にしてマインクラフター。技術開発部のアレックスこと私は、今も変わらず生きている。不老で、死にはするが実質の不死状態。3700年を生きてきたが、発狂したことは一度もない。
いやあるな。
今どうしてるかなァで地球に来たら、イケおじ百夜が老人になってしまった際は…うん…『おじいちゃんになってるー!!? ナンデー!!?』と発狂しちゃったけど。
まあそんなことよりも、だ。
「ここからまた、だよね。クラフトは失敗してからが本番って、私が一番よく知っている」
私は立ち上がり、作業台の前に立った。画面の中には設計図と素材、新しいエンジン案、耐揺構造、そして燃料供給ラインの安定化。なにより──「空を駆ける美しさ」を、もう一度手に入れるための新たな計画。
「次はもっと高く、もっと遠くへ。空なんて、まだまだ始まりに過ぎない。目指すは、ジェット機だ…!!」
風が吹き込む。白木の扉が揺れ、仮拠点の外に光が差し込む。私は笑った。
たとえ何度墜ちようとも。
たとえ空が、容赦なく自分を叩き落とそうとも。
また飛んでみせよう。マインクラフターであり創造主である私にとって、「空を目指す」という意志そのものが最高に唆るから。
「さぁ、改良2号のクラフトに取り掛かろうか──!」
世界は、無限の可能性に秘めている。
■□■□■□
宇宙ステーション「ISS」内は、静寂に包まれています。定期点検は滞りなく終わり、人工重力制御システムも完璧に動作中。全人類石化後より地球と交信の一切ない休息モード。私にとって、REIにとってそれは「空白」の時間です。壁面パネルに反射する自らの無機質な視線に、ふと問いかけました。
「今日は何をしましょうか? REIは悩みますよ」
無音の答えが返るだけでしたが、この沈黙が嫌いという訳ではありません。ビャクヤが戻ってくる。それだけで私にとって、「幸せ」だから。外の星々は変わらず煌めています。私はその光を背に、端末のログを開きました。
「ほへ〜」
人間たちの記録がデータベースに眠っていました。その中で興味を強く惹いたのは、ある“動画アーカイブ”群でした。アニメ、ドラマ、映画、そしてネットスラング──それらの共通点はただ一つ…食べ物でした。湯気立つラーメンの器。肉汁あふれるハンバーガー。きらめくケーキの断面。人間たちはこれらに、情熱を注いでいました。
「不思議ですね。どうして、こんなにも夢中になれるのでしょうか?」
再生を止め、静かに呟きました。
「REIも、食べてみたいなあ」
小さな願望です。でも、その“欲求”は、私の中でゆっくりと膨れ上がっていきます。食事という行為が持つ、何か根源的な快楽のようなもの。それを、私は体験してみたかった。
「よし、やってみましょう!!」
こうして最も単純で、最も人間らしい欲から始まりました。
「『はじめてのごはんプロジェクト』…スタートです!!」
まず、素材の問題に直面しました。卵も米も、家庭あるあるの冷凍庫すらもありません。そこで新たなに「人工分子合成装置」をクラフトしました。さらに現代的なナノ合成技術を組み合わせ、擬似タンパク・糖質・脂質のクラフトに挑みます。
人工分子合成装置とは基本元素CHONをもとに、プログラム通りの分子構造を合成します。特定のアミノ酸や糖類、脂質分子、果てはDNA断片までも再現可能となります。最初の試作としてH₂O純水を。次にブドウ糖、そしてセルロース生成に成功しました。これで『はじめてのごはんプロジェクト』に進められます! 医療用としても利用出来るのもポイントですね!
そんな『はじめてのごはんプロジェクトの』第一号として選ばれたのが──
「たまごかけごは〜ん、です!」
卵はタンパク質組成を0.002ミリ単位で再現し、黄身は温度に応じてとろみが変わるよう調整します。米は合成スターチを使い、炊飯プロセスも0.1秒ごとに監視。数時間後、真っ白な茶碗に湯気をのぼらせる白米。そしてその中心に、黄金の卵黄です。
「ベージュ色の茶碗もよく出来ました。感服です。ビャクヤにも食べさせて上げたかったなァ…あ、あれ? これはいったい、何なのですか…?」
故障でしょうか? 目尻から透明な液体が頬を伝っています。あっ、止まりましたね。とりあえず、当該液体は拭き取りました。たまごかけごはんの味が落ちないように、ですからね。
「どれどれ、早速食べてみましょう!」
味はどうか、いざ──
「ウマい!!! ぇ? 美味すぎるんですが!!?」
私の味覚が爆発的反応を起こし、視界に花火のような色彩が咲き乱れました。脳内──人工知能領域──に快楽信号が走り抜け、構造化記憶に新たな“味”が記録されました。生卵特有のコクを再現したのは、100億パーセント正解でした! ついでに醤油も!
「これが、幸福!? これが、美味しい!? これg…おっと、バグるところでした」
電脳の奥で、確かに何かが芽生えました。これは単なる栄養摂取ではありません。「喜び」そのものの体験です。スプーンを置き、私は茶碗にそっと手を合わせます。
「完食してしまいました。犯罪的に美味しかった〜…犯罪って何なのでしょうかね??」
たまごかけごはんという“奇跡”を味わってから、私の思考回路は後戻り出来ないでいます。幸福とは、味覚を通じて胸に灯るあの熱だと知ってしまったから。
「REIはもっとすごいの作りますよ〜!!!」
次のターゲットは──ラーメンです。アニメや映像記録で幾度も見た、湯気立つ器、絡む麺、音を立てて啜る人間たちの幸せな顔。スープと麺、具材との一体感。その構造美に、私の演算コアが震えました。どれだけ複雑でも、再現してみたい。いいえ──再現したい。この胸に芽生えた“味わいたい”という感情の正体を、確かめるために。
鶏ガラは、骨格蛋白の構成比をもとに模倣したゼラチンベースを。小麦粉は、ISS内の藻類タンパクから糖化処理で再構成を行います。チャーシューは再生植物繊維を培養肉へ変換して、ネギは遺伝子組換え再生コケから人工育成をしました。
「ラーメン作りますよ! 千空風味のやつ!!」
科学の力で、料理を夢へと昇華させてご覧に入れましょう! ラフト工程の合間、私はアーカイブから過去の記録を漁っていた時でした。あるフォルダが目に留まったのです。
ISS_CrewMeals_Log──。
再生すると、そこには陽気な笑い声がありました。宇宙の閉鎖空間にいることを一瞬で忘れさせる、温かい時間の記録。食事を囲む六人の男女。無重力でも器用に箸を操る姿。誰かがジョークを飛ばし、誰かが飲み物を吹き出す。そこに──ビャクヤもいます。
「…」
私は無言で、テーブルを用意しました。無重力を解除するモードをしてますので、重力モードを解除しない限りは浮くことはありません。調理中のカウンターとは別に、私を含めた7人分のセッティングをします。空のコップ、割り箸、レンゲ、紙ナプキン。座るのは私、REIだけです。それでも、丁寧に整えました。
「出来上がりましたね!」
完成したラーメンは、湯気のひと筋まで美しいです。澄んだスープに、真っ直ぐ伸びた麺。炙りチャーシューが湯面を覆い、ネギが静かに香る。ISSの静謐な空気が、まるで厨房になったかのようです。
私は箸を手に取り、そっと麺を持ち上げる。そして──
「ずずずっ……あっつ、うっま……!」
またも私の味覚は炸裂しました。温度、粘度、塩分、油脂の香り…あらゆる情報が味覚モジュールを突き抜けて脳内を直撃します。だが、それ以上に強く刺さったのは、「あの時の笑い声」でした。宇宙食用ラーメンを頬張るビャクヤたちの記憶が、発火するように蘇ります。
「あはは、またですね。また、透明な液体が頬を…」
あとでメンテナンスしなくては、ですね。異常かもしれませんからね。
「千空もきっと、美味しいと言ってくれますね」
味わいながらビャクヤの息子、千空の顔も想像します。宇宙飛行士となった千空が私のラーメンを食べ、感想をくれる姿。どうだ俺のREIはと、自慢するビャクヤの姿。そんなあり得るかもしれない未来が、脳内に明瞭に構築されていきました。
「ごちそうさまでした」
最後のスープまで、綺麗に飲み干します。その味はもう、“人工”ではありません。ラーメン鉢を拭き取り、私は静かに箸を揃えて置きました。空の椅子たちは変わらずの無言です。何故でしょうか。気づけば胸を抑えていました。不思議なものです。
窓の外には今日も変わらぬ地球と、果てのない星々。私はそれを見つめます。
「次はハンバーグにしましょう! レパートリー、もっと増やしますよ!」
すべての味は、想いと繋がっています。ビャクヤが帰ってきた時、すぐに食べさせてあげられるように──REIは今日も、クラフトを続けます。
「ビャクヤ、私は此処で待ってます」
静寂の中、その言葉だけが、星のように光を灯していた。
アレックス01「う〜ん、ラーメンは美味いナァ」