「そんなに明かりを点けたら虫が寄って来るぞ?」
「クククッ、呼び寄せてんだよ大樹。この誘蛾灯でなァ」
皆さんどうもごきげんよう! わたしは、マインクラフターのアレックス。創造主、とも呼ばれているぞ。
「ヨーロッパアワノメイガ。コーンが主食の蛾だ。すぐ近くに大量のコーンがある…!!」
ワニのお腹の中にアメリカ大陸特産、そして続々と流れて来る黄色の粒。ふふ、間違いない。上流に生えているのだ…命のコーンが!
「蝶か…美しいな」
「おお? いや蛾よ」
「蝶も蛾も、皆が勝手に呼んでるだけだもん…妖しい綺麗さがあるね」
5月下旬に到着したはよいのが…この時期って収穫時期だっけ? 時期的にイエローデント大先生、つまりコーンの収穫は当分先だったような…マイクラ骨粉でないと、あんな一級品は出来っこないはず。収穫は10月から、だからな。
「コハク…いや、村の連中全員だ。テメーらそもそも、このタイプの蛾、見たことあるか?」
「ハッ! 確かに言われてみれば初めて見るが、蛾の種類など気にしたこともないな」
「こいつらの飯は穀物や衣類だ。つまり人間様が石化して文明崩壊から3700年後のストーンワールドじゃ、相当数が減ってる筈なんだよ」
まっ、気にすることもないか! 寝よっと! わたしはラボカーに乗り込むと、迷わずマイクラ製ベッドにダイブした。
「殺気…ッ」
「殺気ですと…銀狼殿! 私の後ろへ!」
「あ、ありがとう〜。あ、アハハハ」
ふかふかのクッションに包まれる感覚が心地よく、自然と顔が緩んだ。外界の雑音を完璧に遮断する柔らか〜いヘッドホンを耳に当てて、更に快適な睡眠をサポートしてくれるアイマスクを装着しようか。
「硝煙? 銃か…それも、かなり使い込んでいる…」
「フフ、ちゃんとしてますね敵は。誘蛾灯に引き寄せられたのは、どうやら私たちのほうだったようですね」
「ど、どういうことなの??」
嗚呼、これこそ至福。誰にも邪魔されない完璧な眠りの世界へ、わたしはゆっくりと沈もうとしている。う〜ん、最高かもしれない。
「総員ボートへ!!!」
「いい!? ひぃ!!?」
「マシンガンだ!」
技術開発部が開発した、プロトタイプのヘッドホンを耳に当てる。内蔵されたノイズキャンセリング機能は完璧に近く、外音を遮断するだけでなく、頭脳に合わせて微かに変化する環境音を流してくれるという優れものだ。脳か…知的種族だからマインクラフターも、多分ヒトと同様あるんだろうな100億パーセント。
穏やかな風のような、あるいは深い森に差し込む木漏れ日のような音が、意識の奥へ静かに染み込んでいく。そこへ、滑らかな肌触りのアイマスクをそっと装着。瞬間、視界は完全に闇に包まれ、五感のほとんどが眠りへと最短距離で誘導される。
「フゥン、ナメるなよ? 船乗りの操舵を! 水の防壁だ…!!!」
身体は軽く、心は穏やかだった。何も考えず、何も気にせず、ただ今この一瞬に満たされているという感覚。目に見える景色も、耳に入る音も、肌に触れる空気さえもがすべて、深い眠りのために最適化されていた。小さな揺れにさえ安心感があり、それは母の胎内にいたころの記憶を呼び起こすかのように、本能的な安らぎを与えてくれる。
我が母はもう、死んでるかもしれないな。寿命というのは嗚呼、悲しいかな。泣いちゃうよね。
「全員大した怪我はないか!」
「やっぱしアメリカは無事だった、ってこと!?」
「人間ひとりもいねぇんじゃ、ハァハァ、ねぇのかよ」
「それは無いな。石像が放置されていた説明がつかん」
やがて、思考は水底に沈むように緩やかに薄れていき、重力の存在すら忘れさせるような深い静けさが訪れる。身体の境界が曖昧になり、自分という存在が空気に溶けていくような感覚が、心地よい夢の入口を示していた。何もかもが満ち足りていた。
この瞬間のために一日を頑張ってきたのだと、どこかで確信している自分がいる。言葉も、動作も、目的も要らない。ただこの安らぎに身を預け、眠りの深淵へと落ちていくだけでよかった。
「ありうるとすれば千空と同じ、自力復活者」
「コーン栽培もそいつか! コーヒーの異常成長も…やはりあるのか、大規模農園が…!!!」
「クククッ!! だとすると、死ぬほどおありがてーがな。最悪ダークサイドの科学使いと戦うことになるか。ライトサイドの科学王国vsダークサイドの科学王国…負けられねえなァ? そんだけは!!」
夢と現実のあわいに漂いながら、意識の輪郭がゆっくりと溶けていく。頭の奥にあった雑音のような思考が、次第に遠のき、気配だけを残して消えていく。その消え際にほんの少しだけ引っかかるものがあったが、それを追うほどの力も、執着も残っていなかった。
眠気は優しく、だが抗いようもなく強く、すべてを平らにしていく。思い出さなければならないことがあったような気がしたが、その「気がする」すらも曖昧になって、心は波のように穏やかに揺れるだけだった。
身体のどこにも力が入っておらず、重さも感じない。皮膚と空気の境界すら曖昧で、自分の形がぼやけていくような心地よさに包まれる。呼吸は浅く、整っていて、鼓動は耳の奥で微かに響くだけ。自分の存在が音と温度と静けさだけで構成されているような、奇妙な安堵がそこにあった。
「…で、こいつどうする?」
「クッフフ! 今回は何とかなったが、危うく俺らはあの世行きだったんだ…お礼はしとかないとなァ?」
思考が完全に途切れる前、わずかな映像が頭に浮かんだ。特別でも何でもない、どこかで見たような空。風に揺れるカーテンの隙間から差し込む光。遠くで鳴いている鳥の声。記憶の底に沈んでいた光景が、意味を持たないままふわりと浮かび上がり、また静かに沈んでいく。
その一瞬一瞬が、今の心を満たすには十分だった。願いも、焦りも、後悔も、すべてが遠く、触れる必要のないものとして霞のように漂っている。
眠りへと完全に沈み込む直前、胸の奥で小さな波紋が広がる。それは「今この瞬間が永遠に続いてほしい」とも、「この静けさを知ってしまったことが少し怖い」とも似た、言葉に出来ない感覚だった。けれどその感情さえも、すぐに穏やかな眠りの水面に飲まれて消えていく。
ただ何もないことの満足が静かに、確かに心を満たしていた。
「テメーのことは忘れねーよ…クッフフ!!」
「悪い顔ね〜、千空ちゃん」
夢の奥底で何かが舌に触れた瞬間、異物感がじわりと広がった。冷たく、ねばついた感触。甘ったるさが腐臭のように舌にまとわりつき、後から襲ってきた薬品めいた苦味が喉奥を焼いた。反射的に喉が跳ね、胃が暴れ出す。わたしの身体が警報を鳴らすよりも早く、意識の底から浮き上がる。えっ、ナニどうなっt──
くぁwせdrftgyふじこlp!!?
瞬間、ヘッドホンとアイマスクをもぎ取るように引き剥がす。瞼が開いた瞬間、照明の残光と現実の混乱が視界を灼き、叫びが喉から突き上がった。口を覆っても止められないえずきと、全身を駆け巡る戦慄。意味のわからない不快感が脳を貫き、わたしはベッドから転げ落ちるように倒れ込んだ。
床に叩きつけられた身体が反射的にのたうつ。四肢は制御を失い、痙攣するように暴れ回る。冷たい汗がスキンを伝い、口内に残る異物の味が脳を焼く。どこかで涙腺が決壊していた。理解よりも早く、感覚がすべてを否定していた。
「ちぃとだけ怒らせてくれや…ナニ優雅に寝てやがんだテメー!! この、この…ッ」
わ、わたし何も悪いことしてないのに! というかなんで皆して絶対零度の目してるんd…ギャー!!!
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「さあアレックス、君の大好きなアメリカ洗礼だぞ」
「アレックス様、お覚悟を」
「アレックスちゃん、これプレゼントしちゃうね♪」
「ハッハー! 悪い美女にはお仕置きしなくてはな」
「ウェ〜イ! たっのし〜いぜ!!」
「あはは、怖いな」
「流石の科学少年サマもドン引きだわ。100億パーセントな」
嗚呼、どうして…。
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