豊かな森と青々とした山々に囲まれた、サクラメント川上流──そこに忽然と姿を現す人工の楽園は、自然界の神秘と科学の意志が交差する異界であった。
鏡のように静かな湖面が山々の姿を映し出し、朝霧がゆるやかに棚引くその岸辺。澄み渡った水は生態系の鼓動を護り続け、そこに生きる者たちに変わらぬ恵みを与えていた。だが、湖畔に広がる黄緑色の帯は、自然の手によるものではない。
空から見下ろせばそれと分かる、規則正しく並んだ作物の列。均整の取れた農道。整地された広大な農地は、一目でそれが人の手によるものであることを物語っていた。
その中心には、コーン畑が揺れている。アメリカの農業文明の象徴とも言えるその作物は、食糧自給だけでなく工業原料としても多用される。燃料、樹脂、エタノール、果ては実験素材に至るまで──とうもろこしは、この地における黄金。
眼下に広がるコーン畑。高さ2メートルにも及ぶ作物が何万本と立ち並び、時折その合間を小さな耕作車が縫うように走る。スチームを動力とするその乗り物は、明らかにかつての時代のものではなかった。文明再建の一環としてゼロから作られたその構造は、どこかノスタルジックで、しかし異様に洗練されている。
農園のすぐ側には広大な放牧地が広がり、草を食む乳牛たちがのどかに蹄を進めている。酪農の導入によってチーズやバター、乳酸菌飲料などが作られ、科学と共に暮らす人々の食卓を豊かに彩っている。
しかも、それらは単なる栄養源ではない。乳糖を分解し発酵を制御する技術は、この文明において再び失われた知識を蘇らせる重要な研究対象でもある。
こうした農業と酪農の融合は、あたかもルネサンス期の理想郷の再来を思わせた。だが、それらは単なる生存のための手段ではなく、知の礎である巨大な建築群と密接に結びついている。
山腹に食い込むようにして築かれたその構造物は、ただの建物ではなかった。灰白色の岩肌を穿ち、その上にそびえるのは、まるで未来と中世が融合したかのような要塞。尖塔と円形ドームが共存し、光を反射するガラス窓が規則正しく並んでいる。煙突からは白煙が立ち上り、風にたなびく様はこの地における蒸気機関の息吹そのものであった。
ひときわ高く伸びた中央塔の上部には、巨大な望遠鏡のような構造が見え隠れしており、それが単なる装飾ではなく、天文学あるいは気象観測の一環であることを示していた。
また塔の根元には研究施設群と生活棟が密集しており、建物同士は高架の渡り廊下で接続されている。その整然とした配置は物理的な効率のみならず、学術的連携をも意識した設計思想に基づいていた。
湖から引かれた水は、段差を利用して作られた落差工へと流れ込み、そこに仕込まれた複数の小型タービンを回していた。稼働するその設備は、石化後の世界において「失われた光」を再生させる第一歩であり、灯りと熱と情報の全てを支える命脈である。電線は岩肌に張り付き、各建造物へと繋がっていた。
拠点の中心、斜面に沿って建てられた巨大建築──それはまるで科学と魔術の邂逅点。蒸気と光の要塞。
この地は科学の名の下に再構築された、新たな「王国」だった。
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「自己紹介がまだだったね? ボクは、ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールド。石化前は、NASAの研究員だった。ボクの名は長いだろうから、ドクター・ゼノと呼んでくれ。親しみを込めて」
そして、その城の主人の前に、一人のメンタリストがいた。その人物の正体はアメリカ科学王国軍を統括する隊長スタンリー・スナイダーに連れられた、偵察NOWの男あさぎりゲンである。
「君は誰かな? どこから来た?」
「あさぎりゲンって名前で、日本でマジシャン的なことやってたのよ〜。ゼノちゃん」
「ゼノちゃん…」
「不快にしちゃったならめんご〜。俺って、誰にでも『ちゃん呼び』しちゃうのよ」
「全く不快にはなってないよ。むしろ…もっと呼んで欲しいくらいだよ! ミスター•ゲン!」
「そ、そう〜。あ、アハハハ」
映画であるような20世紀後半の嘘発見器で分析されているゲンは、改めてゼノの容貌を見た。
鋭角なシルエットを描くロングコートが、彼の長身をさらに際立たせている。漆黒の生地には幾何学的な意匠が施され、前面には銀の十字が三本、無機質な秩序を宿していた。肩口には鋭く切り込まれた白のアクセントが入り、まるで雷光のように冷たく鋭い印象を添えている。
左目には大きなX型の眼帯がかけられ、額から頬にかけて斜めに走るその存在感は、一瞥するだけで異質さを強く印象づけた。
銀髪は後方に流れるように整えられており、前髪はやや跳ねて風を受ける波のように立ち上がる。顔立ちは端整だが、その鋭い輪郭と細い顎の線が、彼の冷ややかな雰囲気を強調する。ネクタイは濃い紫色で、黒の装いに沈むことなく知的な差し色となっていた。
両手には純白の手袋が嵌められ、その指先は異様に細く長く、精密機械のような正確さを思わせる。全体から放たれる印象は洗練と冷厳、そして非人間的な精緻さそのものだった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさァ」
「なんだい? ミスター•ゲン」
「コーン農園についてなんだけど…」
ハイライト消しているゼノに、ゲンは質問したいことがあった。そう、それは──
「なんで骨粉撒くだけで成長するの!!? おかしいよね!!」
「撒く? 嗚呼、スチーム噴霧器が撒いていたものの正体を知りたいのかい? ふふ、いいだろう! ゴホン! 正確には『超加速植物・成長剤』だ…普通のはずなんだがね? そうだろう、スタン?」
「普通の訳ないじゃんよ?? 俺もマジシャンに同意だ」
さながらアレックスらマインクラフターみたいだと、メンタリストは口には出さずツッコミを入れた。なんてことだ。自分が知っている科学はどこに行ったのだろう。
ゲンは、アレックスらマインクラフターの顔を思い出した。骨粉ホイしてよし成長したぞ収穫だな──なんて都合がいいんだ、と口には出さず思わず心中でツッコミを入れる。創造主の超常現象が、このゼノの科学王国にも蔓延しているのだ。
あれだけ「ゼロから地道に科学を〜」なんて美談に感動していたのに、この展開はあんまりだと、ゲンは肩を落とした。
「超加速植物・成長剤。脱灰処理を施した骨粉末に酸化チタンと硝酸アンモニウムをミク──」
「オッケー、ゼノ。もう十分だ。あんた、ハイライト煌めき過ぎて目が痛いぜ?」
「む? もうちょい説明させてくれてもいいだろうに。遠路はるばる、日本からやって来た客人にこれくらい…えっ、ダメ? …ケチだね」
確かに、ゼノは天才だった。だが、その才能はあまりにチートじみていた。しかも、その性別さえ自在に行き来するというのだから、ゲンの価値観は根底から揺らいでいた。ポーション飲めば煙と共に姿を変え、男から女、女から男。
先ほどまで美女だったというゼノは、今目の前で手袋を直しながら、どこか退屈そうに微笑んでいる。
これはもう、ゼノが不老不死だったとしても何も不思議ではない。ベッドで蘇っちゃわない?? 尋問されているゲンは、深いハァンをした。
「ミスター•ゲンら少年科学王国のリーダー…その科学者は誰かな? 是非とも、名前を教えt」
「ドクター•大樹」
「あれこんなにもあっさりとは、実にエレガントだね」
「あんたのファンタジー目の当たりしたかんね」
「ふふ、科学だよ」
そして科学王国のリーダー千空の幼馴染の高校生を、影部者としてその名を吐き出した。ゲンは詫びた。理由は、超加速植物・成長剤とポーション以外にもある。そう、それは…自分がいるこの部屋には千空の写真やら縫いぐるみやらフィギュアやらで、点在していたからである。
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『こちらは大人のプロ集団だ。君たち仲良し少年チームの科学ごっことは、訳が違うのだよ』…だと? …アハ! アハハハ…ッ。
「アレックス何してんだ?」
「フゥン…奇妙な行動をしているな」
「オッホー! ペルセウスを空母にするなんて唆っちゃうじゃないのよ!」
「クククッ、人間サマだけでするかんなァ」
野郎ぶっ倒してやる…!!!
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