クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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ふっ、出撃。


地上と空の砲撃

 大地を揺るがす咆哮が、乾いた空気を震わせた。

 

 それは、鋼鉄の獣が放つ一斉の雄叫びだった。起伏に富んだ地形を利用して展開した二十両の戦車が、その長大な砲身を一つの目標に向けていた。目標は、地平線に屹立する黒い構造物。八本の機械脚で自重を支え、あらゆる生命感を拒絶した異形の要塞である。

 

 

「全車、撃ち方始め!」

 

 

 第一波、戦車部隊による砲撃。

 

 無線から響く号令を合図に、砲口から閃光が迸る。発射の衝撃が車体を激しく揺らし、排出された薬莢が高温の音を立てて地面に転がった。轟音と共に撃ち出された二十発の徹甲弾は、寸分の狂いもなく黒い巨体へと吸い込まれていく。

 

 直後、その黒々とした装甲表面で、眩いオレンジ色の爆炎が次々と花開いた。地響きが波のように伝わり、衝撃波が巻き上げた砂塵が巨大なシルエットを一時的に覆い隠す。戦車兵たちは固唾を飲んで、その結果を見守っていた。誰もが、これだけの集中砲火を受ければ、たとえ鋼鉄の塊であろうと無事では済むまいと信じていた。

 

 だが、彼らの期待は、砂塵が風に流されて晴れた瞬間に打ち砕かれた。

 

 そこに佇む姿は、攻撃前と何ら変わりなかった。艶を帯びた黒い外装には、凹み一つ、傷一つ見当たらない。まるで今しがた浴びせられた砲弾が、幻であったかのように。

 

 

「そ、そんなバカ、な…」

 

 

 ある戦車の車長が、呆然と呟いた。双眼鏡のレンズ越しに見えるその光景は、物理法則を根底から覆す悪夢のようだった。砲弾は確かに命中した。着弾の閃光も、衝撃も、本物だった。それなのに、何故…。

 

 兵士たちの間に動揺が伝染するよりも早く、異変は起きた。

 

 黒い要塞の頭頂部、蜘蛛の眼のように配置された八つの光源が、一斉に不吉な赤色へと変じた。それは警告であり、殺意の表明だった。

 

 次の瞬間、光源から極太の赤い光線が数条、迸った。レーザー。熱線と呼ぶべきそれは、音もなく空間を切り裂き、大地に灼熱の線を刻みながら戦車部隊へと迫る。照射された地面は瞬時に溶融し、ガラス質の黒い塊へと変貌した。

 

 

「回避! 全車散開しろ!」

 

 

 指揮官の絶叫にも似た命令が無線に響く。履帯を軋ませ、エンジンを最大出力で咆哮させながら、戦車は蜘蛛の子を散らすように回避行動に移った。だが、光速の攻撃から逃れる術はない。

 

 数両が回避間に合わず、熱線の薙ぎ払いに捉えられた。分厚い装甲は、まるで熱したナイフで切られるバターのように溶解し、内部の弾薬が誘爆して巨大な火球となって吹き飛んだ。

 

 

「あ、あれ? オレ生きてる!?」

「ナンデー!? あっ、もしかして、この不死のトーテムとやらのお陰なんじゃ…?」

「ほんとに生き返るなんて…試してみるもんだなァ」

「「「ね〜!」」」

 

 

 残存した車両は直撃こそしなかったものの、身を隠したい気持ちでいっぱいだった。砲手は再び照準を合わせようとするが、その指は恐怖に震えていた。もはやそれは「戦闘」ではなかった。一方的な「駆除」だった。彼らが誇る鋼鉄の城は、巨大な捕食者の前では、あまりにも脆い獲物でしかなかった。

 

 戦車部隊が後退し、膠着状態に陥ったかに見えたその時、戦場に新たな一団が進み出た。

 

 彼らは近代的な軍装とは明らかに異なる、軽装の集団だった。その手には、銃ではなく、奇妙な意匠の斧やツルハシが握られている。そして彼らが運び込んできたのは、兵器とは到底思えぬ石レンガなどのブロック素材、そして赤い粉末が複雑に組み合わさった不可解な装置の数々だった。

 

 

「あれは…まさか」

「マインクラフター…何をしようと?」

 

 

 戦車兵たちが訝しげに見つめる中、その集団──マインクラフターと呼ばれる者たちは、手際よくブロック等を大地に設置していく。それはTNTキャノンと呼ばれる、彼らの世界における最強の破壊兵器だった。

 

 赤い粉末──レッドストーン──で描かれた回路が脈動するかのように光を放ち、粘着質の塊を備えた機構が不気味に稼働を始める。点火役と弾頭役の炸薬ブロックが装填されると、準備は完了した。

 

 第二波、TNTキャノンによる砲撃。

 

 号令と共に、TNTキャノンが一斉に火を噴いた。だが、それは砲弾の発射音とは全く異なる、どこか間延びした爆発音だった。推進薬のTNTが爆ぜ、その爆風を受けて弾頭のTNTブロックが空高く撃ち出される。

 

 赤と白のまだら模様のブロックが、おびただしい数、黒い放物線を描いて巨大要塞へと降り注いでいく。それは異様で、どこか滑稽ですらある光景だった。だがその一つ一つが持つ破壊力は、戦車の砲弾にも匹敵する。

 

 とあるクラフターがクラフトしたTNTキャノンは、小隊規模クラスの破壊力を誇った。

 

 しかし、その異質な攻撃もまた、目標に届くことはなかった。

 

 デストロイヤーに到達する寸前、何もないはずの空間で、TNTブロックが次々と弾けて爆発したのだ。まるで透明な壁にぶつかったかのように。空中に、意味のない爆炎の華が次々と咲いては消える。

 

 

「壁…? 不可視のシールドだとでも言うのか!」

 

 

 誰かが叫んだ。その言葉が、兵士たちの間に絶望的な事実として浸透していく。物理的な装甲だけではない。あれは、不可視の防御障壁をも備えているのだ。

 

 そして、無慈悲な反撃が始まった。

 

 要塞の装甲の一部がスライドし、そこから蜂の群れのような無数の小型ミサイルが発射された。白煙の尾を引きながら、ミサイル群は正確にTNTキャノンが設置された陣地へと殺到する。

 

 マインクラフターたちに回避する術はなかった。轟音と衝撃が連続し、彼らが築いた陣地は一瞬にして木っ端微塵に吹き飛んだ。土煙が晴れた後、そこには誰の姿も残っていなかった。

 

 だが、後方の拠点では不可解な──彼らからすれば慣れ親しむ──現象が起きていた。ずらりと並べられたベッドの上に、何もない空間から「ポフン」という気の抜けた音と共に、先ほどまで前線にいたはずのマインクラフターたちが一人、また一人と姿を現したのだ。彼らは装備を全て失い、着の身着のままで呆然とベッドに腰掛けている。

 

 やがて、自分たちの状況を理解したのか、皆一様に膝を抱え、体育座りの姿勢で「しゅん…」と小さくうなだれ始めた。そのあまりにシュールな光景はこの絶望的な戦場において、異質の空気を放っていた。

 

 

「地上部隊では埒が明かねェ…空から叩くぞ!!」

 

 

 第三波、A-10サンダーボルトⅡによる航空支援。

 

 戦況を打開すべく、空の戦力が投入された。多数のA-10攻撃機が、翼を並べて空を切り裂く。その無骨で頑強な機体は、対地攻撃のために生まれた空の狩人だ。パイロットは眼下に広がる異形の巨体を捉え、操縦桿を握る手に力を込めた。

 

 

「全機、攻撃態勢に入れ。あの化け物の注意を引きつけろ」

 

 

 先導するA-10機が急降下を開始する。機首が目標を捉え、パイロットがトリガーを引いた。その瞬間、A-10の象徴たる30mmガトリング砲が咆哮した。

 

 

 ──BRRRRT!!! 

 

 

 悪魔のトランペットと称されるその発射音は、地上にいる者たちの鼓膜を激しく揺さぶる。毎分3900発という驚異的な速度で撃ち出された劣化ウラン弾の弾幕が、デストロイヤーを包む不可視の壁に叩きつけられた。

 

 青白い火花が連続して散り、まるで硬い金属板を高速で削っているかのような甲高い音を立てる。だが、壁は揺らぐ気配すらない。

 

 

「くそっ、傷ひとつつかねェ!!」

 

 

 パイロットは悪態をつきながら機体を引き起こし、同時に翼下に懸架されたミサイルを発射する。対戦車ミサイルが白煙を曳いて目標に殺到し、再び壁の上で炸裂した。無駄だ。全てが無駄だった。

 

 反撃は即座に行われた。デストロイヤーの肩部と思しき箇所から対空ミサイルが数発、A-10を追尾して上昇してくる。

 

 

「ミサイル接近! 回避しろ!」

 

 

 パイロットは急旋回し、フレアを撒き散らしてミサイルを欺瞞する。熱源を追うミサイルがフレアに引き寄せられて空中で爆発するが、その爆風が機体を激しく揺さぶった。僚機もまた、紙一重の機動でミサイルの牙を掻い潜っていた。

 

 

「ヒューッ! こっちの腕も鈍っちゃいねぇぜ!」

 

 

 地上からのレーザー照射も加わり、空は赤い光線とミサイルの白煙が乱れ飛ぶ死地と化していた。

 

 

「埒が明かないじゃんよ…火力を上げろ! 105mm砲を使え…浴びせろー!!」

 

 

 第四波、AC-130ガンシップによる制圧射撃。

 

 隊長スタンリーの声が、共通回線に響き渡った。その声に応えるかのように戦場の上空に、更に巨大な影が現れた。二機のAC-130ガンシップ。その巨体から「空飛ぶ要塞」とも「死神」とも呼ばれる天空の砲台だ。

 

 彼らは危険な低空には降りず、安全な高高度をゆっくりと旋回しながら、その腹部に備えた恐るべき兵装の照準を定めていた。

 

 

「目標、巨大構造物。40ミリ、105ミリ、斉射用意」

 

 

 機内のオペレーターは、赤外線モニターに映る目標を冷静に捉え、淡々と命令を下す。

 

 

「撃ち方、始め」

 

 

 次の瞬間、AC-130の側面から、断続的に砲弾が吐き出され始めた。40mm機関砲がリズミカルな音を立てて弾丸をばら撒き、105mm榴弾砲が腹に響く重い発射音と共に、巨大な砲弾を撃ち下ろす。地上から見れば、それはまさに天罰のようだった。空から降り注ぐ死の雨が、デストロイヤーの周囲一帯を連続した爆炎で埋め尽くしていく。

 

 だが、その光景もまた、虚しいだけだった。

 

 全ての砲弾は不可視の壁──かろうじて確認できる魔法陣のような幾何学的な青いバリア──に阻まれ、その表面で無力な閃光を放つのみ。まるで分厚いガラス板を叩く雨粒のように、ただただエネルギーを浪費していく。

 

 

「効果なし。目標のシールド、健在」

 

 

 オペレーターの報告は、絶望的なほどに冷静だった。

 

 反撃のレーザーが、闇を切り裂いて高空のAC-130へと伸びてくる。パイロットは即座に機体を傾け、回避行動に移った。巨体ゆえに俊敏な動きは出来ない。レーザーは機体のすぐ側を通過し、空気を焼く不気味な音を残していった。直撃こそ免れたものの、クルーたちの額には冷たい汗が滲んでいた。

 

 

「……もうちょいでやられるところだったぜ」

 

 

 攻撃は、終わらない。

 

 地上では、生き残った戦車部隊が距離を保ちながら牽制の砲撃を続けている。空では、A-10がミサイルを避けながらガトリング砲を浴びせ続け、そのさらに上空では、AC-130が旋回しながら絶え間なく榴弾を撃ち込んでいる。

 

 もはや、それは敵を破壊するための攻撃ではなかった。あの不可視の壁に、何か変化はないか。エネルギーは無限ではないはずだ。いつか、ほんのわずかでも綻びが生じるのではないか。その一縷の望みに賭け、彼らは攻撃を続けていた。

 

 圧倒的な存在を前にして兵士たちの心には、「クソがァァァァ!!! スクラップに出来ねェェェェ!!!」ことへの絶望が色濃く影を落としそうになる。しかし、それでも彼らは引き下がらなかった。引き下がるという選択肢は、誰の頭にもなかった。

 

 攻撃は、続く。彼らが持ちうる全ての弾丸が尽きるか、あるいは、あの黒い要塞が沈黙する、その時まで。

 

 戦場の喧騒の中で、誰もが同じ決意を胸に、ただひたすらに引き金を絞り、砲弾を送り込み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ科学王国領の大地を、戦火が覆っていた。

 

 高度一万メートル。漆黒のステルス偵察機が、青空の中を静かに滑空していた。機体は陽光を吸収するような深い黒に包まれ、レーダーに映ることもなく、ただ冷徹に戦場を記録し続けている。

 

 眼下では、機動要塞デストロイヤーに対する総攻撃が展開されていた。

 

 

 “TNTキャノン部隊、全員リスポーン。”

 “攻撃無効化率:99.9%。”

 “装甲貫通不能。ただし、連続衝撃による影響は不明。”

 “航空支援効果:限定的。A-10およびAC-130、生還。”

 “地上戦力、継続戦闘可能。”

 

 

 デストロイヤーは未だ健在。地上部隊は奇跡的にも、生き残っている。

 

 戦火の中でなおも戦い続ける兵士たちを記録し、ステルス機は静かに旋回を始める。漆黒の機体の側面には陽光を受けて、青く輝く青い傘のロゴが刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それは、Civilization Restoration Foundation Panasol。文明復興財団パナソルの紋章。

 

 

 音もなく、影のように。ステルス機は、青空の彼方へと消えていった。

 

 

【挿絵表示】

 




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