暗闇が支配する、無音の空間。
そこには物理的な床も天井も存在せず、ただ無限の虚無が広がっている。その中心にまるで宇宙空間に浮かぶ恒星のように、五基の漆黒のモノリスが静かに鎮座していた。その表面は光の一切を吸収する絶対的な黒。唯一、赤い光を放つ『SOUND ONLY』の文字だけが、それらが単なる立方体ではないことを示していた。
ここは、いかなる物理的干渉も許されない意思決定の間。現在、一つの想定外の事態を受け、緊急の会議が招集されていた。
合成音声でありながら重厚な響きを持つ声が、静寂を最初に破った。
「先の一件で『ウェルカムパーティー作戦』が失敗に終わり、現在は機動要塞デストロイヤーへの攻撃が行われている」
モノリス【02】からの報告だった。その声には感情の起伏はないが、報告される事態の重大さが空間の緊張を一層高める。作戦の失敗。それは彼らの計画において稀有な事象だった。
「機動要塞デストロイヤーがこの世界に存在したとは、な…」
モノリス【03】が応じる。その声には、僅かながら純粋な驚きの色が滲んでいた。彼らの保有する膨大なデータ、未来予測のアルゴリズム、そのどれにも「機動要塞デストロイヤー」というパラメータは存在しなかった。それは、この世界の物理法則と技術的進歩の系譜から逸脱した、完全なるイレギュラー要素だった。
「我らのシナリオにはない要素だ…異世界からの侵略か?」
モノリス【04】の推論は、最も論理的な可能性の一つだった。『もしも?』と分岐されたこの時間軸も、あくまで科学的法則に支配されているはずだった。このようなオーバーテクノロジーの塊は外部からの干渉、すなわち別次元からの漂着物と考えるのが妥当だった。
「だが、そうでないのは確定なのだろう? 魔法要素はないからな」
モノリス【05】が冷静に事実を指摘する。先の戦闘データがそれを裏付けていた。デストロイヤーが展開した防御障壁は、魔法陣のような幾何学模様を描いてはいたものの、そのエネルギー反応は
彼ら──自らを「パナソル」と称する観測者集団はこの世界の行く末を静かに見守り、そして導いてきた。彼らの手元には、この世界が辿るべき正規の歴史たる「シナリオ」が存在する。それは石化からの復活を遂げた人類が科学の力で文明を取り戻し、最終的には宇宙へと進出する輝かしい物語だ。
その過程で発生する数々の苦難や対立は、人類の成長に必要な試練としてプログラムされている。
本来のシナリオでは、『ウェルカムパーティー作戦』などというものは存在しない。アメリカ科学王国のリーダーであるDr.ゼノの身柄を確保した後、石神千空たちは南米大陸を目指すはずだった。
道中で新たな仲間を増やし、数々の困難を科学で乗り越え、バイクや船、果てはロープウェイといった文明の利器を次々とクラフトしていく。そして最終決戦の舞台は石化光線の爆心地である南米アマゾン奥地、「石の聖地(ストーンサンクチュアリ)」。そこでスタンリー率いるアメリカ科学王国の精鋭部隊との、科学と武力がぶつかり合う総力戦が繰り広げられるはずだったのだ。
だがデストロイヤーの出現は、そのシナリオに大きな修正を強いた。
もっともこの程度の逸脱は、彼らにとって許容範囲内だった。シナリオとは絶対の預言書ではなく、あくまで理想的な道筋を示す航海図に過ぎない。重要なのは、最終目的地である「ハッピーエンド」に辿り着くこと。そのためのルート変更や障害物の排除は、彼らの権限において常に可能だった。
焦りはない。ただ新たに出現した障害の性質と規模を正確に把握し、最適な対処法を導き出すだけだ。
「アメリカ科学王国…まさかA-10機に続き、ガンシップまで再誕させていたとはな」
モノリス【02】が、戦況データの中から新たな驚異を拾い上げる。旧世代の兵器とはいえ、それらをゼロから再製造する技術力と工業力は、この石の世界ストーンワールドにおいては驚嘆に値する。これも、オリジナルの時間軸ではあり得なかったことだ。
「Dr.ゼノが天才でもあり、転生者でもあったからだろうな」
「転生者…分岐したこの世界は、何でもありだな」
「全くだ」
モノリフ【01】が、事もなげに核心を突いた。その情報に、他のモノリスたちがざわめく。ゼノが単なる天才科学者ではないことは把握していたが、その出自までは完全に解明できていなかった。
「まさか我らと同じ存在だったとは…驚嘆に値する」
モノリス【03】の声には先ほどとは質の違う、同類に対するような興味が宿っていた。
彼ら「パナソル」の評議会員もまた、かつて別の世界で生きていた転生者であり、同時にあるゆるバージョン──マルチバース——同一個体の存在でもあった。
そしてDr.ゼノもまた、彼らと同じ源郷──マインクラフトが存在する地球の住人だったのだ。その死因は、彼らがデータベースで確認した中でも特に珍妙なものだった。「牛乳を大量摂取すれば、あらゆる病気は治癒できるのではないか」という突飛な仮説を自らの体で実証しようとし、水中毒に似た症状で命を落としたという。
そのあまりに科学者らしく、そしてあまりに愚かしい死に様は厳粛であるべきこの会議の場で、「爆笑」させたほどだった。
同類への親近感とその死因への呆れが入り混じった複雑な感情が、モノリスたちの間に流れた。
ひとしきりの情報共有が終わり、議題は本題へと戻る。
「デストロイヤーを制圧し、我らの管理下にしたかったのだが」
モノリス【01】が、作戦の本来の目的を改めて口にした。その声には、計画が頓挫したことへの明確な失望が滲んでいた。『ウェルカムパーティー作戦』は、表向きは未知の存在との友好的接触を試みるものだった。しかしその実態はデストロイヤーという比類なき兵器の鹵獲を目的とした、極めて攻撃的な作戦だったのだ。
「アトランティス人への実験もしたかったが、残念だ」
モノリス【04】が付け加える。彼らはデストロイヤーの乗員を、仮説として「アトランティス文明の末裔」と定めていた。その未知の生命体に対し、様々な実験を計画していた。その中には、安全性が全く保障されていないテスト段階の「翻訳ポーション」を投与し、その効果と副作用を観察するという非人道的なものも含まれていた。
「中にいるとは限らん。アンドロイドか、機械生命体の可能性もあり得よう」
モノリス【05】が、冷静に可能性を広げる。いずれにせよ、彼らの目論見は、デストロイヤーの予想外の戦闘能力によって阻まれた。スタンリーやマインクラフターの部隊は自分たちが巨大な計画の捨て駒、あるいは露払いに過ぎないことを知らない。
千空やゼノでさえ自分たちの戦いの裏で、さらに巨大な意志が暗躍していることには気づいていなかった。
パナソルにとって、デストロイヤーは喉から手が出るほど欲しい存在だった。それは、いずれ必ず対峙することになるであろう、人類石化の黒幕「ホワイマン」に対する、この上なく強力な切り札となり得たからだ。
自分たちの技術では到底クラフト不可能なオーバーテクノロジー。その入手機会が失われたことへの落胆は、隠しようもなかった。モノリス【01】が吐露した残念だという感情に、他のモノリスたちも無言の同意を示した。
「デストロイヤーはバリアを起動させ、あらゆる攻撃を防いでいる」
戦況報告が続く。不可視の壁は戦車砲もTNTの爆発も、航空機からの爆撃すらも完全に無力化していた。
「魔法的要素であっても科学的要素であっても、永久に続く訳ではない。必ず、有限」
モノリス【01】の断言は、彼らが持つ経験則と知識に基づいていた。いかなるエネルギーも、無限ではない。障壁を維持するためには、膨大なエネルギー供給が必要なはずだ。問題はそのエネルギー源を枯渇させる前に、こちらの戦力が尽きてしまうことだった。
「今回は科学的要素だ。魔法よりかは、困難なく対処可能だろう」
モノリス【03】の声には、絶対的な自信が満ちていた。魔法という不可知の理であれば解析に時間を要するが、相手が科学技術であるならば、必ずそこに法則と弱点が存在する。それは彼らにとって、解けることが保証されたパズルに等しかった。
虚空に浮かぶモノリスは、いつの間にか七基に増えていた。追加された二基もまた、他のものと寸分違わぬ姿で静かに佇んでいる。黒曜石のような表面には無機質な『SOUND ONLY』の文字と、それぞれの識別番号が静かに灯っている。長く続いた議論が、ひとつの結論へと収束していく。
空間の静寂が、頂点に達した。
その沈黙を破ったのは中央に座すモノリス【01】の重く、そして最終決定を告げる声。それはこれまでの議論や分析を全て内包し、一つの解として昇華させた絶対的な指令だった。
「出来うる限り穏便に済ませたかったのだが、致し方あるまい──」
その言葉にはわずかな躊躇と、しかしそれを振り払う鋼の意志が込められていた。彼らが望んだのは、あくまでシナリオの修正だった。だが目の前の障害は、小手先の修正で乗り越えられるレベルを超えていた。ならば、選択肢は一つしかない。
「──戦略自衛隊に下令。機動要塞デストロイヤーに対する、大規模攻撃を行う」
その言葉が決定稿として虚空に承認された瞬間、七つの立方体モノリスが一斉に変容を始めた。
表面を覆っていた絶対的な黒がまるで液体金属のように波打ち、その内側から鈍色の光沢を帯びた鋼の色が滲み出してくる。『SOUND ONLY』の文字とナンバリングを残し旧エンブレムは高温で熱せられた砂糖のように融解して消え、その跡地から精緻なレリーフがせり上がるようにして姿を現した。
鮮やかな青い傘。その紋章を勝利と栄光の象徴である月桂樹が優しく抱き、荘厳な円環を成している。紋章の上部には『CIVILIZATION RESTORATION FOUNDATION』の文字が、下部には翼のシンボルと共に『PANASOL』の名が、絶対的な権威と理念を体現する新たな組織の顔として、くっきりと刻印された。
「「「始めよう、終わらせよう」」」
「「「始まりの終わり。終わりの始まり」」」
「「「すべては、人類復活化計画のために」」」
「パナソル」が、その真の姿を現した瞬間だった。
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「ハっ! …始めよう、予定通りだ」
下令を受けた戦略自衛隊は、作戦行動に移行した。
アレックス「パナソルの正体は、『マインクラフターと、あらゆるバージョンの私』で構成されているぞ。次回も登場するのか、それはお楽しみにしててもらいたい』
最高司祭「最後までお読みいただき、ありがとうございます。新しい作品も始めましたので、もしご興味があれば是非」
→https://syosetu.org/novel/380731/