クラフトは不滅である   作:最高司祭アドミニストレータ

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テメーの要塞を、ぶっ潰す!


戦略自衛隊

 パナソルのモノリス会議が解散した。どうも皆さんごきげんよう! わたしは、マインクラフターのアレックス。統括とも呼ばれているぞ。

 

 目の前には相変わらず苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔の石神千空がいた。その隣ではDr.ゼノが優雅に腕を組み、繰り広げられる一方的な蹂躙劇をまるでオペラでも鑑賞するかのように眺めている。

 

 

(──戦略自衛隊に下令、か。随分と大袈裟なことになったものだ)

 

 

 内心でため息をつく。もちろん、あの決定を下したのは「私たち」であり、そこに私自身の意志も含まれている。だが、集合意識体としての決定と、個体としての感情はまた別の話だ。特に部下である02の尻拭いが、こんな大事に発展してしまったことへの胃の痛みは、個体でなければ味わえない感覚だろう。

 

 

(集合意識体という設定は、初めてだ。人類補完計画は発動してないのに…発動させるつもりは微塵もないし、そもそもこの世界はエヴァなんぞ存在しない。そんなもの、クソくらえだ)

 

 

 スタンリー率いる部隊の猛攻は、今この瞬間も続いている。その奮闘も虚しく、デストロイヤーのバリアは揺らぐ気配すらない。あれはこの世界の科学体系から逸脱した、まさしく「異物」。通常の物理法則で挑んでも、巨大な壁を素手で殴り続けるようなものだ。

 

 パナソルの「戦略自衛隊」が到着すれば、この一帯は文字通り焦土と化すだろう。彼らの投入する戦力は、スタンリーたちの比ではない。デストロイヤーを破壊できる可能性は高くとも、その過程で貴重な資源や、この一帯の地形そのものが失われるリスクもまた極めて高い。それは千空が推し進める「人類復活計画」にとって、決して小さくないロスだ。

 

 

(出来ることなら、穏便に済ませたい。千空のやり方で、科学の力で、あのバリアを突破する。それがシナリオ)にとって最も“エレガント”な解決策のはずだ。『すべては〜以下略』ってな!)

 

 

 そう。ゼノの言葉を借りるなら、エレガントに。力任せの破壊は、美しくない。

 

 だが今の科学王国には、あの絶対的な防御力を打ち破るだけの「火力」が決定的に不足している。ニトログリセリンやダイナマイトでは、おそらくA-10の劣化ウラン弾と大差ない結果に終わるだろう。もっと概念そのものを覆すような、一撃必殺の「切り札」が必要だ。

 

 私の視線は繰り広げられる絶望的な戦闘から、丘の上にそびえるアメリカ科学王国の拠点へと移った。ゼノが築き上げた、ゴシック様式の尖塔と武骨な工場煙突が同居する、エレガントで歪な城。

 

 本当の希望は、あの優雅な城の地上にはない。その遥か地下…ゼノのエレガントさとはおよそ無縁の、泥と油にまみれた鉄の怪物が産声を上げようとしていることを、地上の人間で一体何人が知っているだろうか。

 

 私の意識は、城の地下深くに巧妙に隠された巨大な洞窟ドックへとシンクする。

 

 そこはかつて天然の巨大洞窟だった場所を、アメリカ科学王国の力で拡張・整備した秘密の建造施設。地下空間は巨大な投光器や無数の松明によって照らされ、岩肌には足場が組まれ、天井からは巨大なパーツを吊り下げるためのクレーンやチェーンが伸びている。

 

 その中央、巨大な建造ドックに鎮座しているのは、まだ骨格が剥き出しの「巨人の上半身」。その大きさは、デストロイヤーにも匹敵するほどだ。人の形を模しながら、その肋骨のようなフレームはどこか生物的で、不気味な生命感すら漂わせている。

 

 巨人の脊椎にあたる巨大な金属パーツの上で、豆粒のように見えるカセキが楽しそうに槌を振るっていた。

 

 

「オッホー! この“しなり”! まるで生き物の背骨を作っておるようじゃわい!」

 

 

 上半身の服が弾け飛び、年齢を感じさせない隆々とした筋肉を惜しげもなく晒している。彼の目には、恐怖も絶望もない。ただ、己の技術の粋を集めて、未知なるものを作り上げる純粋な喜びだけが輝いていた。

 

 千空が無数の設計図を手に、その下を走り回りながら檄を飛ばす。

 

 

「カセキ! フレームはもっと有機的なラインにしろ! ただの人形じゃねえんだぞ!」

 

 

 その視線は溶鉱炉の前で腕を組むもう一人の職人、Dr.ブロディへと移る。

 

 

「ブロディ! 関節の強度が足りねえ! これじゃあ一発殴っただけで腕がもげるぞ!」

 

 

 その千空の檄に対し、スキンヘッドの巨漢はニヤリと歯を見せて笑った。

 

 

「ブッハハハ! ナメた口叩くんじゃねえよ青二才! 1時間だ…1時間で仕上げてやる!」

 

 

 彼の周りにはアメリカ軍の技術の粋を集めた、より洗練され、そして殺意に満ちたパーツの数々が並んでいる。日米の二人の天才職人が図らずも同じ目的に向かって、それぞれの牙を研いでいる。

 

 そこへ、別の設計図を検証していたゼノが、静かに歩み寄ってきた。

 

 

「ふふ、相変わらずの発想だね、Dr.ブロディ。…Dr.千空、強度だけを求めるのはエレガントじゃない。彼の言う通り、重要なのは関節の駆動系だ。ボクが設計した動力パイプを圧迫しないよう、装甲のクリアランスはむしろ広げるべきだろう。材質の合金比率を見直した方が合理的だ」

 

 

 千空の発想力、ゼノの精密な理論、そして二人の天才職人の技術力。この地下ドックは、今、人類の叡智が結集する奇跡の空間と化していた。

 

 

(これだ。これこそが、科学王国の…人類の本当の強さ)

 

 

 パナソルが用意した圧倒的な「破壊」ではない。絶望的な状況下で、知恵と技術を振り絞って希望を「創造」する力。この光景を見ていると、戦略自衛隊の出動命令すら、早計だったのではないかと思えてくる。この奇跡が形になるまで、もう少しだけ時間があれば…。

 

 その時だった。私の脳内に直接、聞き慣れた同位体の声が響いた。外の様子を監視させていた、軍事部のアレックス02からの念話だ。

 

 

 ──統括、聞こえるか。戦略自衛隊が到着したぞ。

 

 

 その報告は私の淡い期待を打ち砕く、冷徹なタイムアップの宣告だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、天変地異の始まりを告げる地鳴りだった。

 

 湖畔を蹂躙していた黒い巨魁──機動要塞デストロイヤーが、新たな脅威の出現を感知し、しばし動きを止める。地平線の彼方から、大地そのものが意思を持ったかのように、緑色の迷彩を施された鋼鉄の群れが押し寄せてきていた。

 

 その数、180両。一個師団の戦車定数を遥かに超える90式戦車の群れが、ガスタービンエンジンの甲高い咆哮を轟かせながら前線を構築していく。それはもはや部隊ではなく敵を飲み込み、すり潰すために押し寄せる「鋼鉄の津波」だった。

 

 彼らの後方、数キロに渡って広がる平原には、更に異様な光景が広がっていた。120両の99式自走155mm榴弾砲と48両の多連装ロケットシステム──通称MLRSが、まるで巨大なチェス盤に駒を並べるかのように、寸分の狂いもなく整然と展開していく。その一糸乱れぬ動きは、これから始まる破壊の儀式の前触れのようだった。

 

 空もまた、新たな支配者の到来を告げていた。これまでとは比較にならないほど重厚なローター音が空気を震わせ、70機ものAH-64アパッチ攻撃ヘリコプターが、巨大なV字編隊を組んで空を覆い尽くす。

 

 太陽光を浴びて鈍く輝くその機体群は、さながら獲物を見つけた巨大な肉食翼竜の群れ。彼らがスタンリー部隊とは比較にならないほど統制が取れているのは、その命令系統が通常とは異なる次元にあるからだった。

 

 

 ──全軍、フェーズ1に移行。目標、機動要塞デストロイヤー。座標固定、撃ち方始め。

 

 

 指揮官からの念話が、全乗員の脳内に直接響き渡る。思考よりも速く、感情の揺らぎもなく、ただ冷徹な命令だけが伝達される。その号令を合図に後方に展開した120両の99式自走砲が、一斉にその長大な砲身を天に向けた。

 

 

「ドッ、ドッ、ドッ…」と腹の底に響く連続した発射音が大地を揺るがし、空に120条の白煙の線を引く。同時に、48両のMLRSが甲高い発射音と共に、そのコンテナからおびただしい数のロケット弾を吐き出した。

 

 空が、昼間のように白く染まる。数百、数千という数の榴弾とロケット弾が、精密に計算された放物線を描き、デストロイヤーの上空から時間差で降り注いでいく。

 

 

 着弾。轟音。閃光。

 

 

 デストロイヤーを包む青いバリアの上で、連続した爆発がオレンジ色の華を咲かせた。それはもはや砲撃ではなく、爆発そのもので構成された「弾幕の壁」だった。目的は「破壊」ではない。敵のセンサーを飽和させ、視界を奪う。そして何よりもあの忌々しいバリアのエネルギーを強制的に消費させるための、執拗なまでの「制圧射撃」。

 

 青い魔法陣のようなバリアは無数の爆発を受けて激しく明滅するが、依然として破れる気配はない。だが、その反撃のレーザーが放たれるよりも早く、戦略自衛隊は次の行動に移っていた。

 

 

 ──全砲兵、シュート&スクート。ポイント・ブラボーへ移動せよ。

 

 

 念話による命令一下。一斉射撃を終えたばかりの99式自走砲とMLRSが即座に履帯を軋ませ、黒煙を上げて移動を開始する。デストロイヤーから放たれた数条の赤いレーザーが、彼らが先ほどまでいた場所を空しく焼き尽くし大地にガラス質の爪痕を残した。

 

 彼らは完璧な「シュート&スクート」戦術によって、反撃を許さない。彼らが移動している間にも、別の砲兵部隊が射撃を開始する。砲撃の雨は一瞬たりとも、止むことはなかった。

 

 

 ──戦車部隊、前へ。アパッチ部隊、攻撃準備。

 

 

 弾幕の壁が、次なる狩人たちのための舞台を作り出す。前線に展開していた180両の90式戦車が、ついにその牙を剥いた。

 

「キィィン」というモーター音をシンクロさせ、180の重厚な砲塔が一斉にデストロイヤーへと旋回する。180門の120mm滑腔砲が、寸分の狂いもなく黒い巨魁を指向した。彼らの瞳たる照準器が、冷たい殺意の光を宿していた。

 

 

 ──目標、脚部関節! 

 ──撃てぇ! 

 

 

 脳内に響く小隊長たちの号令。一斉に主砲が火を噴き、徹甲弾の嵐がデストロイヤーの足元へと殺到する。着弾の衝撃で巨体が僅かに揺らぐが、バリアはびくともしない。

 

 だが、彼らの目的はそれだけではなかった。砲撃を合図に、180両の戦車は最大船速で前進を開始。デストロイヤーの懐、レーザーの死角となる足元へと、雪崩を打って突撃していく。

 

 その頭上を、アパッチの編隊が追い越していく。70機の攻撃ヘリは一点に集中するのではなく、巧みに散開し、まるで蜂の群れのようにデストロイヤーを全方位から包囲した。

 

 

 ──ヘルファイア、全弾発射! 陽動を開始する! 

 

 

 翼下のパイロンから、おびただしい数の対戦車ミサイルが発射され、白い煙の尾を引きながらバリアへと吸い込まれていく。彼らは自らが囮となり、デストロイヤーの対空兵装の注意を上空へと引きつける。同時に機首の30mmチェーンガンが、断続的に曳光弾のシャワーを浴びせ続けた。

 

 空陸一体の立体包囲。それは獲物を完全に無力化するための、完璧な狩りの布陣だった。だが狩られるべき獲物は、その程度の遊戯に興じるつもりはないらしい。

 

 デストロイヤーはただ無言で、その巨大な機械脚の一本を高く掲げて大地へと叩きつけた。

 

 

 ズゥゥゥンッ! 

 

 

 凄まじい衝撃波が同心円状に広がり、大地そのものが波打つ。突撃してきた90式戦車が十数両、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、宙を舞い地面に叩きつけられて大破した。

 

 同時にデストロイヤーの肩部装甲がスライドし、内部から無数の小型レーザー砲塔が出現する。それらは瞬時に空中のアパッチを捕捉し、赤い光線を乱射した。回避行動も虚しく数機のアパッチが光線に貫かれ、空中で巨大な火球となって散っていく。

 

 撃破された戦車やヘリの残骸から、フワリと光の粒子のようなものが立ち上り、後方に設置されたリスポーン地点へと吸い込まれるように消えていく。乗員であるマインクラフターたちが、次の出撃に備えて「帰還」していく光景。そのシュールな光景を、誰も意に介さない。

 

 

 ──損害報告不要。攻撃を継続せよ。

 

 

 指揮官からの念話は、どこまでも冷徹だった。圧倒的な物量で攻め立てているにも関わらず、デストロイヤー本体への損害はゼロ。だが、指揮官の思考は揺るがない。

 

 これは想定内の消耗。彼の横に立つ通信兵が、必死の形相で各部隊からの念話報告を受け、巨大な作戦ボードに情報を書き込んでいく。

 

 デストロイヤーの攻撃パターン、レーザーのチャージ時間、バリアのエネルギー消費の周期。アナログな手法で集められた膨大な情報が、次の作戦、フェーズ2への移行を可能にする。

 

 まだ、終わらない。本当の戦いは、これからだった。

 

 地上での消耗戦が熾烈を極める中、戦場の様相は新たな次元へと移行した。

 

 成層圏に近い、突き抜けるような蒼穹。そこに、黒い点が24個、突如として出現した。それはこれまで戦場を支配していたアパッチのローター音とは質の違う、空気を引き裂く鋭利な音の到来を予感させた。

 

 24機のF-2戦闘機。日本の空を守るために生まれた戦闘機が、今やストーンワールドの空でデストロイヤーに挑むための槍と化していた。

 

 彼らは太陽をその背に負い、デストロイヤーの光学センサーを眩惑させながら、超音速の急降下を開始する。機体表面が断熱圧縮によって赤みを帯び、一条の流星となって戦場へと突き刺さっていく。

 

 

 ──全機、対艦攻撃用意。目標、バリア表面。時間差飽和攻撃を開始する。

 

 

 編隊長からの冷静な念話が、全パイロットの脳内に響く。彼らは敵の対空砲火の射程に捉えられる寸前、機体を引き起こすと同時に、その翼下に懸架されていた死の積荷を解き放った。

 

 対艦ミサイル、長距離巡航ミサイル、さらにはGPS誘導爆弾。それぞれが異なる速度、異なる軌道を描きながら、ただ一つの目標──デストロイヤーを包む青いバリアへと殺到していく。亜音速で海面を這うように飛ぶミサイル、超音速で一直線に突っ込むミサイル、

 

 そして一度上昇してから垂直に落下する爆弾。それはもはや迎撃という概念を麻痺させるための、複雑怪奇な「死のアルゴリズム」だった。

 

 バリアは、これまでとは比較にならないほど激しく明滅を始めた。連続する爆発の光が、青い魔法陣のような模様を激しく歪ませ、まるで映像が乱れたかのようにノイズが走る。

 

 デストロイヤーは無数の対空ミサイルを撃ち上げ、飛来する脅威を迎撃しようと試みるが、その全てを打ち落とすことはできない。数発の対艦ミサイルが対空ミサイルの網を潜り抜け、バリアに直撃。轟音と共に、バリア表面が大きく波打った。

 

 

 ──データ収集完了。バリアのエネルギー減衰率、予測値に到達。

 ──これより、フェーズ3に移行。作戦名“ドリル”を開始する。

 

 

 指揮官の新たな念話が、全軍に最後の決意を促した。それは、一点突破。これまで収集した全データを元に、バリアが最も脆弱になる一点を割り出し、そこに全ての火力を寸分の狂いもなく叩き込み続けるという、大博打だった。

 

 

 ──全砲兵、目標、胸部中央、座標X77-Y92。支援砲撃、最大! 

 ── F-2部隊は陽動に徹し、敵の対空火器を上空に引きつけよ! 

 ──戦車部隊とアパッチ部隊は残存する全火力をもって、同一座標への集中砲火を開始! 

 ──撃って撃って撃ちまくれ! 

 

 

 戦場の空気が変わった。これまで分散していた攻撃が、まるで巨大なレンズで光を収束させるように、ただ一点へと集約されていく。

 

 F-2がデストロイヤーの頭上でアクロバティックな機動を繰り返し、対空ミサイルの注意を引きつける。その隙に後方からはMLRSと99式自走砲の絶え間ない砲撃が、デストロイヤーの胸部中央へと吸い込まれていく。

 

 残存する90式戦車とAH-64アパッチが、同じ一点に照準を合わせた。

 

 徹甲弾、ミサイル、ロケット弾、機関砲。あらゆる種類の弾丸がデストロイヤーの胸部中央、直径数メートルの範囲内に、まるで一本の巨大な槍のように叩き込まれ続ける。

 

 バリアの青い光は、その一点だけが異常な輝度を放ち始めた。最初は眩しいほどの青、やがてそれは白へと変色し、ついにパチパチと音を立てて火花を散らし始めた。

 

 

 ──いける! あと一押しだ! 

 ──勝ったな。風呂の準備しよ。

 

 

 誰かの歓喜に満ちた念話が響く。誰もが、この理不尽な壁が砕け散る瞬間を幻視した。

 

 だが、その瞬間。デストロイヤー本体が、初めて静かに脈動した。

 

 黒い装甲の隙間から漏れ出す赤い光が、まるで心臓の鼓動のように明滅する。そして、その鼓動が最高潮に達した時。デストロイヤーは音もなく、しかし絶対的な力を以ってそのカウンターを放った。

 

 強力な電磁パルス。通称EMPと呼ばれるそれが、瞬時に全方位に拡散した。爆発も衝撃波も伴わない、静かなる死の波だった。

 

 上空で陽動を行っていたF-2とアパッチが、一斉に火花を散らした。計器が狂ったように明滅し、エンジンが停止し、全ての電子制御が沈黙する。パイロットたちの脳内には念話による命令が届いている。

 

 彼らの意のままに動くべき翼もローターも、もはやただの鉄の塊と化していた。操縦不能に陥った機体が、きりもみ状態となりながら次々と大地へと墜落していく。

 

 地上部隊もまた、同じ運命を辿った。最新鋭の射撃統制システムも自動装填装置もガスタービンエンジンも、その全てが沈黙した。統制され芸術的ですらあった指揮系統は、その物理的な手足を失い完全に崩壊した。

 

 

 ──くそっ! 兵器が動かん! 

 ──こちら戦車隊、全車両、機能停止! 

 

 

 絶望的な念話が、脳内で木霊する。EMPを免れたのは、指揮装甲車だけだった。その中で指揮官──アレックス02は眉一つ動かさず、最後の命令を全軍へと放つ。

 

 

 ──作戦は…失敗した。これより、指揮権を各員に委譲する。各自の判断で、戦闘を継続せよ。

 

 

 その念話は、もはや戦術的な意味を持たない。それはこれから始まる無秩序な終焉のカーニバルへの、開幕の合図に過ぎなかった。

 

 組織的抵抗は、完全に不可能となった。戦場は、個々の兵士(マインクラフター)の生存本能と、その手元に残された原始的な手段だけが頼りの、混沌とした生存競争の場へと変貌を遂げた。

 

 EMPによって文明の利器が沈黙し、組織的な抵抗が不可能となった戦場。しかし、そこに絶望はなかった。指揮系統という名の枷が外れたことで、兵士たち──マインクラフターたちの脳内は、むしろ純粋な興奮と狂騒に満たされていた。

 

 

 ──指揮系統、崩壊! 

 ──ヒャッハー! ここからは自由時間だ! 

 ──誰が一番派手な死に方できるか競争しよう! 

 

 

 脳内に響き渡る念話はもはや軍隊のそれではなく、巨大なPvEイベントに挑むプレイヤーたちのチャットそのものだった。彼らにとって死は敗北ではなく、リスボーン地点に戻って次のウェーブに備えるためのインターバルに過ぎない。ならばこの命、惜しくはない。派手に使い捨てるのが、最高のエンターテイメントだった。

 

 終焉のカーニバルが始まった。

 

 電子機器を焼かれ動かなくなった90式戦車の中から、乗員たちが次々と飛び出してくる。彼らは予備のバッテリーを繋ぎ、手動クランクを必死に回して砲塔を無理やり動かした。アナログの予備照準器を覗き込み、デストロイヤーの巨大な脚に照準を合わせる。もはや精密な射撃は望めない。だが、彼らは笑っていた。

 

 

 ──喰らいやがれぇ! 

 

 

 念話と共に放たれた砲弾が、デストロイヤーの足元で虚しく弾ける。その反撃の衝撃波で、戦車ごと吹き飛ばされながら、彼らは満足げに光の粒子へと変わっていった。

 

 上空では、更に無謀なショーが繰り広げられていた。操縦不能に陥り、滑空状態となったAH-64アパッチ。パイロットは脱出など考えもせず、残った慣性を利用して機体をデストロイヤーへと誘導する。

 

 

 ──チェーンガンの弾はもうない…だが! このローターブレードがある! 

 ──天才かよ同志! 

 

 

 念話が響くと同時にアパッチは回転を失いつつあるメインローターを、巨大なチェーンソーのようにデストロイヤーの装甲に叩きつけた。「ガガガッ!」と甲高い金属音が響き、火花が散る。装甲にほんの僅かな傷を残しただけでアパッチは弾き飛ばされ、爆発四散した。

 

 きりもみ状態で落下していくF-2戦闘機からも、最後の念話が届く。

 

 

 ──我が人生に一片の悔いなし! 

 ──天皇陛下、万歳! 

 ──誰なんだそれは?? 初めて聞いた。

 

 

 パイロットは残された制御機能で機首をデストロイヤーへと向け、特攻を敢行する。だがその機体が目標に届くよりも早く、無数の対空レーザーに貫かれ空中で閃光と化した。

 

 後方にいた自走砲やMLRSの部隊も、この祭りに参加しないわけにはいかなかった。動かない兵器の上で彼らは携帯していた小銃や手榴弾を手に、デストロイヤーに向かって突撃していく。まるで近代兵器を失った原始人が神話の巨人に戦いを挑むかのような、滑稽で壮絶な光景だった。

 

 残った弾薬を天に向けて撃ち尽くし、壮大な花火を打ち上げる者。仲間と肩を組み、リスポーンするまでの時間を歌って過ごす者。

 

 戦場は死と破壊に満ちているにも関わらず、どこか祝祭のような明るさに包まれていた。

 

 その狂乱を、デストロイヤーはただ冷徹に見下ろしていた。そして、あたかもこの無秩序な抵抗に飽いたとでも言うかのように、その最終形態を露わにする。

 

 黒い巨躯の全身で、装甲が静かにスライドし始めた。これまで隠されていた内部構造が、昼の陽光の下に晒される。そこには大小様々な口径の砲門、ミサイルランチャーが、蜂の巣のようにびっしりと搭載されていた。

 

 それはもはや兵器ではなく、破壊という概念そのものが具現化した、悪夢のカタチだった。

 

 

『全砲門、オープン。これより、殲滅モードを開始します』

 

 

 デストロイヤーから、初めて明確な「意思」が放たれた。女性的な声音のそれは冷たく、そして絶対的な死の宣告だった。

 

 次の瞬間デストロイヤーは全方位に向けて、レーザーとミサイルを乱射した。それは戦闘ではなかった。一方的な駆除であり、破壊の光が乱れ飛ぶ終焉のダンスだった。

 

 大地が絶え間なく揺れ、爆発の轟音が空気を引き裂く。戦車の残骸が、ヘリの破片が、そして戦略自衛隊マインクラフターが無差別に吹き飛ばされていく。リスポーンする光の粒子が雨のように滝のように、後方の拠点へと降り注いでいく。

 

 その光景は、あまりにも美しく、そしてあまりにも絶望的だった。

 

 やがて最後の90式戦車の砲塔が吹き飛ばされ、最後のF-2の残骸が光の渦に飲み込まれた。

 

 狂騒のカーニバルは、唐突に終わりを告げた。あれほど鳴り響いていた爆発音と念話の絶叫が嘘のように消え、戦場には、燃え盛る残骸の立てる音と、風の音だけが響き渡る、死のような静寂が訪れた。

 

 見渡す限りの大地は無数のクレーターによって、月面の裏ように変貌した。四百両を超える最新兵器の残骸が墓標のように転がり、黒い煙を上げていた。

 

 その中央に傷一つなく、機動要塞デストロイヤーが静かに佇んでいる。黒い巨躯は浴びた返り血を振り払うかのように、僅かに蒸気を噴出していた。

 

 そして、後方のリスポーン地点。装備を全て失った膨大な数のマインクラフターたちが、膝を抱えて体育座りをしていた。その数は数百、あるいは千を超えるかもしれない。彼らは皆一様にうなだれ、「しゅん…」という虚しいオーラを放っている。

 

 四百を超える最新兵器と、それに搭乗する不老不死たる創造主たち。その全てを投入しても、デストロイヤーには全く通用しなかった。その絶対的な事実だけが、静まり返った昼下がりの戦場に重く、重くのしかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『脅威度レベル4の敵性群体、全戦力の99.8%を無力化。残存抵抗勢力、皆無。フェーズ3、殲滅モードを終了。現エリアの制圧、完了しました』

 

 

 デストロイヤーの内部システムに、淡々とした処理完了のログが記録される。その八つの光学センサーが捉える光景は、絶対的な静寂に包まれていた。眼下に広がる大地は、自らが放った破壊の嵐によって黒く焼け爛れ、無数の鉄の残骸が、昼の陽光を浴びて無様に転がっている。

 

 生命反応を探知するセンサーは、完全に沈黙していた。この戦場はもはや脅威ではなく、単なる「処理済みのタスク」として分類される。

 

 論理は、次の行動を指示する。残存する最大の構造物──丘の上にそびえる、非合理なまでに装飾的な城塞の破壊。それが、このエリアにおけるタスクの最終工程。

 

 デストロイヤーはその8本の巨大な機械脚を動かし、ゆっくりと丘へ向けて歩を進め始めた。一歩一歩が大地を揺るがし、自らの質量と勝利を証明する。そこに感情の起伏はない。ただ、プログラムされた工程を、寸分の狂いもなく実行するだけだった。

 

 だがその無機質な行軍は、唐突に停止した。全センサーがこれまで観測したことのない異常なパターンを検知し、内部システムに最大級の警報を鳴り響かせたのだ。

 

 

『警告:地下深部に、未登録の高エネルギー反応を検知。パターン照合…該当データなし。熱源反応…低。放射線反応…微弱。しかし、エネルギー総量は、現存した敵性戦力の総和を上回る』

 

 

 デストロイヤーは、その8本の脚を大地に深く突き刺し、身構えるように動きを止めた。初めて遭遇する「理解不能な事象」。その論理回路がスーパーコンピューターを超越する演算能力を以って、可能性の検索を開始する。

 

 地熱エネルギーの暴走か? 未知の地殻変動か? あるいは、自爆を前提とした、敵の最後のトラップか? 

 いずれの仮説も、観測データとの整合性が取れない。

 

 その分析の最中、目の前の城塞がまるで巨大な生物が羽化するかのように、軋みを立てて変形を開始した。中央の優雅な尖塔が左右にスライドし、その下から巨大な射出装置が姿を現す。

 

 

『警告:対象構造物、形態変化を開始。内部エネルギー、臨界点へ急上昇。射出シーケンスと推定。これより、迎撃準備を開始します』

 

 

 デストロイヤーの主砲たる複数のレーザーキャノンが射出口へと照準を合わせ、エネルギーチャージを開始する。脅威はそれが生まれる前に、その揺り籠ごと破壊するのが最も合理的でエレガントな解法だ。

 

 だがデストロイヤーの思考速度をもってしても、その物理的なチャージ時間は短縮できない。エネルギーが臨界点に達する、そのコンマ数秒前。射出口から眩い閃光と共に黒い影が撃ち出された。

 

 それは、これまでの敵とは、何もかもが違っていた。戦車でも航空機でもない。機械でありながら、その動きは恐ろしく滑らかで、生物的だった。

 

 紫と緑を基調とした装甲は、無機質な平面ではなく、筋肉の走行を思わせる有機的な曲線で構成されている。そして何より、その全体のシルエットは、この星の支配者である人類を模した──「人型」だった。

 

 

 ──新規オブジェクトを認識。コードネーム“ジャイアント”と仮称。脅威度レベル…測定不能。戦闘パターン…不明。弱点…不明。全パラメータ、エラー。

 

 

 “ジャイアント”は、放物線の頂点で完璧な姿勢制御を見せると、重力に引かれて落下し、デストロイヤーの眼前に着地した。

 

 

 ズウウウウンッ!!! 

 

 

 着地の衝撃は、デストロイヤー自身の踏みつけに匹敵するほどの質量を感じさせた。大地が放射状に砕け、舞い上がった砂塵がその巨大なシルエットを一時的に覆い隠す。

 

 砂塵がゆっくりと晴れていく中から、“ジャイアント”が顔を上げた。その双眸が、鮮やかな緑色の光を放つ。デストロイヤーの高性能センサーがその光を分析し、そして再びエラーを出した。

 

 それは、単なるLEDの発光や、レンズの反射光ではない。その光の明滅パターン、波長。その全てに、これまで観測したことのない、超高密度の情報が含まれていた。それは論理では説明できない──「意志」の光だった。

 

 デストロイヤーは全ての分析と迎撃準備を継続しながら、最適な行動を模索する。だが目の前の“ジャイアント”は、その思考の隙を突くかのように更なる理解不能な行動に出た。口にあたる部分の装甲が、わずかにスライドして開く。

 

 次の瞬間、デストロイヤーを襲ったのは音波兵器でも衝撃波でもなかった。それはデストロイヤーの全センサーを飽和させ、その超高性能な論理回路を一時的にフリーズさせるほどの、圧倒的な情報量の奔流──「咆哮」だった。

 

 

『警告:未知の音波攻撃を受信。物理的ダメージ…ゼロ。音量…許容範囲内。しかし、情報処理系に致命的な高負荷。パターン分析…失敗。これは…攻撃ではない。これは…威嚇? 自己表現? …エラー、エラー、理解不能…エラー』

 

 

 初めてデストロイヤーの無機質な思考に、「ノイズ」が走った。これまで対峙してきた敵は、全て論理と計算で理解できた。戦車は装甲を貫けば沈黙し、航空機は撃ち落とせば脅威ではなくなる。

 

 だが、目の前の巨人は違う。その行動原理は、効率や合理性に基づいているようには見えなかった。もっと原始的でもっと混沌としていて、そして予測不能な「生命」そのものだった。

 

 デストロイヤーは、全ての攻撃準備を一時保留し、その全リソースを、目の前の未知なる脅威の分析に集中させる。

 

 戦場の空気は、再び張り詰めた。

 

 論理と生命。無機と有機。計算され尽くした破壊の化身と、科学が生み出した奇跡の獣。二つの絶対者が今、静まり返った昼下がりの大地で初めて相対したのだった。




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