黒の中の黒(旧版)   作:エンゲルス

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ルーキー、新作ランキングに乗っててビックリしました。
評価、お気に入りありがとうございます。
本作キャラ、片岡リサの「わっぴー」イメージを添付します。


【挿絵表示】


奈梨。氏「名もなき女の子メーカー」
https://picrew.me/ja/image_maker/2243240
にて作成しました。


脳筋は全身が脳

 正義実現委員会が誇る腹ペコ金食い虫『第三屋内射撃演習場』、通称『惨状』『惨劇』は活気に満ちていた。

 

 設計当時の正実委員長がイベントや集会等にも使えるという建前で予算を捻出した結果、当代の正実構成員を全て収めたとしても埋まらないと評判の観客席は、座席占有率七割という快挙を成し遂げようとしている。

 

 その理由は砂地の上でにらみ合う2人の麗人達にあった。

 

 実働部隊の統括者であり、正義の兵にとっては我らが将軍、秩序と領土を侵す者達にとっては歩く処刑台。

 

 

 正義実現委員会参謀課長『仲正イチカ』

 

 

 正実の台所を預かる大番頭、凍てつく瞳と心を持つ万人恐怖、他者の生き血で肥えた狡猾な蛇、そして今年の雛鳥達のトラウマ。

 

 

 正義実現委員会監督課長『片岡リサ』

 

 

 嘗てはバディを組んで正義の暴風雨を運び、今なおとしてトリニティ内外に睨みを利かせる正義実現委員会の双璧。

 

 しかし、正実の1年生や、正実でない生徒達を中心にこうも思われていた。

 

 

「戦ったらどっちが強いんだろう」

 

 

 正実は軍隊である以上尚武の気風が強い、常日頃からそういった視線は内外からは向けられており、軍政と軍令に携わる両陣営の者たちによる「私たちの大将が一番強い」という、言ってしまえばキノコ・タケノコのような話題の種であったのだ。

 

 今回の熱気もそれを反映したものであり、物見遊山の好事家や、イベント好き、単に騒ぎたいもの達が席を埋めていたのだ。

 

 彼女たちによる非公式なオッズでは何れも概ねイチカ有利、バリバリ全線で活躍しているイチカに、後方で椅子を温めているリサがどれだけ食らいつけるかに観衆の目は注がれていた。

 

 リサの側近たちがせっせと物販に励み、即席の投票券を売りさばいているのはご愛嬌。

 

「リサ、お金取ればよかったとか思ってることでしょうね……」

 

「一応は禊ぎのはず……」

 

「イチカには『お手本』になるよう伝えましたが……あの娘達は熱が入り易いので……」

 

「……その時は予定通り私が出る」

 

「盛り上がってるね」

 

「せ……先生......! えと……!」

 

「こんにちは、先生」

 

 思わぬ人物の登場に挙動不審となったツルギに代わり、ハスミが挨拶をする。

 

 2人が先生と関わるようになってからは良くある流れであった。

 

「訓練をしているのかな」

 

「えぇ……まぁ、当人の息抜きを兼ねたエキシビションマッチと言ったところでしょうか。先生はどうしてトリニティに?」

 

「エデン条約のことでちょっとね。後、ニュースを観たよ。頑張ってるみたいだね」

 

「ありがとうございます。その言葉だけで励みになります。ツルギ……しっかりして下さい」

 

 顔を真っ赤にして明後日の方向を向きながらうわ言を繰り返す友人をたしなめると、漸く再起動の兆しを見せた。

 

「ツルギもかっこよかったよ」

 

「!……!?……はい!」

 

 やっぱりだめかもしれない。

 

 

 リサの突貫にイチカが射撃で答えたことで試合が始まる。

 

 牽制射撃を回転しながら跳躍することで躱したリサの行動に、少なくない人間が違和感を覚えたが、疑問は一瞬で氷解する。

 

「今……空中で3回ぐらいジャンプしてなかった……?」

 

 跳躍した人間は着地までの間完全に無防備となるため、連射の利く銃の前で行う戦士はごく一部だ。

 

 しかし、リサの物理法則に対する反則じみた挙動がその選択を可能にしている。

 

 そして対峙するイチカも『ごく一部』に当てはまる戦士である。

 

 懐に飛び込んだリサが放つ上段蹴りを上半身の動きのみで躱すと、軸足に絡みつき寝技へと誘う。

 

 それを良しとしないリサが振り上げた足を勢い良く降ろし、勢いそのままにサマーソルトで磨り下ろそうと試みると、イチカも遠心力に身を任せ転回を行い離脱する。

 

 そしてこの短いが濃密な曲芸の合間にも、双方の銃弾が激しく飛び交っている。

 

「流石ツルギ委員長の直弟子……うちの二枚看板やってるだけはあるわ」

 

 

「ツルギが鍛えてあげたんだね」

 

「イチカとリサは特に飲み込みが早かったので……あ!、あ、あの、先生も護身術として如何ですか……?」

 

「ツルギが教えてくれるの?」

 

「は、はひ!」

 

「ツルギの扱きに耐えられたのが2人だけだったというのが正確ですね」

 

「ハスミ──」

 アピールを邪魔されたツルギが恨みがましい目を向けたその時、黒い影が窓を叩き凄まじい衝撃音を奏でる。

 

 叩きつけられた張本人は何事もなかったように起き上がると首を鳴らし、戦意をたぎらせながら吠える。

 

「リサァ!! 今度はこっちの番ッ!!」

 

「次は天井の染みにしてあげるッ!!」

 

 普段細めている目を見開き哄笑しながらとびかかるイチカを、ひしゃげたモノクルを投げ捨てたリサが迎え撃つ。

 

 お互い弾を使い切り、残すは己が身1つ。

 

 しかし、弾が尽きたなら拳、拳が砕けたなら脚、脚が折れたなら顎が残っている。

 

 正実の教範には未だ銃剣突撃が有効な戦術として記載されており、近接戦闘は黒い乙女達の嗜みでもあった。

 

 まぁ、通常ここまでやれとは教えていないのだが、彼女たちの場合、手本が『トリニティの戦略兵器』であった。

 

 ここからが本番とばかりに今まで以上に鈍い音を立てながら激しい攻防が行われるが、やがて純粋な膂力の比べ合いに突入。

 

 そのまま取っ組み合いとなり、お互いノーガードのインファイトに移行した。

 

 左の頬を殴られたなら鼻っ柱に頭突きを見舞う、泥臭いキャットファイトに会場のボルテージも最高潮となる。

 

 イチカが血混じりの唾を吹きかけリサの目を潰すと、そのまま顎に右アッパー、そして容赦なく腹にドロップキックを決め地面に串刺しにする。

 

 反撃に出る為に袖からグレネードを取り出そうとした手首を容赦なく踏みつけ、急所という急所に蹴りを加えると、空気を求めて開かれたリサの口に爪先を捻じ込む。

 

 リサが地面を叩き降伏の意思を示すと、天井へ拳を突き上げ勝利を誇示したイチカに大歓声が沸き起こる。

 

 

「凄く強いんだね」

 

「あの2人が特別血気盛んなだけですので……」

 

 暗に、『あれら』やツルギを基準にイメージを持ってもらうと困ることを伝えると、先生は「皆が真面目で良い子だっていうのは知ってるよ」と、気を使ってくれる。

 

「暫くトリニティでの仕事が増えそうだから、皆のこと頼りにしてるね」

 

 

「立てるっすか?」

 

「こほふひ?」

 

 イチカの手を取って立ち上がると、外れた顎で恨み言をこぼすが、顔面を両手で挟むと音を立てて整復し、最後に鼻から血を噴出させる。

 

「死ぬかと思った」

 

「今日はこの位で勘弁してあげるっすよ」

 

「勝った側のセリフじゃないでしょそれ……お互い酷い恰好ね。肩貸してくれる?」

 

「救護騎士団に見つからないように帰るとしますか」

 

 

 

 軽口を叩きながら肩を組み、痛む体を寄せ合う。

 

 お互いの汗と血と泥が混じり合って黒くなり、黒い制服に滴る。

 

 つまらない喧嘩を仲裁して

 

 自分達もくだらないことで喧嘩して

 

 皆で品の無い歌を歌って

 

 ハスミ先輩から怒られて

 

 ツルギ先輩に褒められて

 

 1年生にしょうもない嘘を吹き込んで

 

 不味いトリニティ伝統料理に文句を言って

 

 ……それが私達の日常だった。

 

 

 

「ダメ! 会場組との連絡がつかない!」

 

「オープンで流して!」

 

「もうやってるよ! 多分有線も無線全部逝った!」

 

 

 アリウスの攻撃は想定済みだった。

 

 

「自治区外とも繋がりません! 楽観的に見ても学内の通信は……」

 

 

 調印式会場を狙った斬首戦術も想定済みだった。

 

 

「正面玄関、陣地構築完了しました!」

 

 

 ゲヘナも、トリニティも信用した覚えなどなかった。

 

 それがどうだ、大半の仲間の安否が不明で、高位の指揮官は軒並み調印式で瓦礫の下。

 

 付近の部隊を1人でも多くかき集めたが、たかが知れている。

 

 ホワイトホールにある武装は各々の手持ちのみだというのに、未知の敵にも備えねばならない。

 

 

「各隊編成完了。命令をリサ先輩」

 

 

 あぁ、私か。

 

 そうか、現状最高位の指揮官がいて組織だって動けるのはここか。

 

 情報も武器も支援もない。

 

 敵は死に至る攻撃手段を有しているという。

 

 調印式会場に援軍を出さないといけない。

 

 指揮所であるここを守らなくてはいけない。

 

 今も外で持ち場を守っているかもしれない仲間を探しに行かないといけない。

 

 自治区内の避難誘導に出ないといけない。

 

 私の命令が必要なのか。

 

 私のミスを血で補填するために、姉妹達に死んで来いと命令しなくてはいけないのか。

 

 

「パイプでも何でもいいから武装を。正義の為に、最後の1人に至るまで」

 

 

 その日、片岡リサは己の無能さ故に存在意義の全てを奪われた。

 

 

 

 

 

 

「何ですかこれは」

 

 ただでさえ忙しい日常の業務にエデン条約絡みの仕事まで増え、正義実現委員会は悲鳴を上げていた。

 

『頼もしい協力者が得られて喜ばしい限りです』

 

『ごめんね☆』

 

 こちらが蒔いた種とはいえ腹立たしい女狐たちだ。

 

 ゲッソリとした上官に、毅然と書類を突き出す1年生の顔は煤で汚れている。

 

「例の立てこもり事件の中間報告です」

 

 こちらが検分の報告書で、こちらが戦傷者のリストで……などと机に不愉快な塔を積み上げていってくれている。

 

 イチカがエデン条約の仕事に多く駆り出されている分、本来イチカのハンコが必要な仕事の一部をリサが代行しているのだ。

 

 嘗て人が身の丈に合わない高層建築を作ろうとした時、神はこれを破壊して戒めたというが、実に霊験あらたかといわざるを得ない。

 

「貴女もお疲れ様です。シャワーが混んでいるようならこっちのバスルームも開放しますので……」

 

 先日は何故か恍惚としながら逃げ回る露出狂相手に大捕り物をしたかと思えば、今日は転校生が弾薬庫に立てこもって、貴重な人的資源を救護騎士団に送ってくれた。

 

 

 明日はきっと良い日になるよね……

 

 

 催涙弾は一先ず正実の物を融通して、授業に支障が出ないよう取り計らうようにしよう。 

 装備班に連絡を取ろうと内線に手を伸ばしたリサの下にモモトークが入る。

 

「ハスミ先輩から? 緊急じゃないといいのですが」

 

 内容を要約すると、成績が著しく悪い生徒は、新設された補習授業部という部活に籍を置くようナギサが定めたらしく、正実からはコハルが連れていかれたらしい。

 

「ナギサ様……もう少し格好のつく名目にしてくれても──」

 他の生徒の名前を見て、ハスミが連絡をよこした意味を最後まで読まずとも理解した。

 

 理解したからこそ内線の受話器をひっつかみ法務班を急かす。

 

 

 

「浦和ハナコと白洲アズサの仮釈放の書類一式! 今直ぐよ!! 本人? シャーレの超法規的措置とやらでとっくに連れていかれたわッ!! だ・か・ら! そう書くしかないでしょうッ!!!」

 

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