黒の中の黒(旧版)   作:エンゲルス

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夢はまた遠い

 自惚れていたのだろう。自分がいる限り正義実現委員会は安泰だと。

 

 錯覚していたのだろう。最悪の場合でもダメージコントロールができると。

 

 心のどこかでは信じていたのだろう。不屈なるトリニティは全てを統べると。

 

 

 

 

 トリニティ自治区内では各部門のスタッフが各々の持ち場で汗を流し、一丸となってエデン条約に向けて着々と準備が進められていた。

 

 正義実現委員会も例にもれず忙しい日々を過ごしていたが、特にハスミの気合の入りようは目を見張るものがあり、ゲヘナ嫌いの急先鋒であったとはとても思えないと専らの評判であった。

 

 ハスミが気を引き締め己が義務に邁進するようになった裏には、自らの進退をかけて困難に挑む後輩の影響があったのは言うまでもない。

 

 『馬鹿な子ほど可愛い』とはよく言ったものではあるが、末妹ととして皆から可愛がられる立場にあったコハルが、補習授業部を通して一皮剥けたという事実は正実の人間たちに良い影響をもたらしていた。

 

「だからってただでさえ忙しいところに、操典の更新までしなくても……」

 

「先輩、転校生相手に手こずったのを相当気にしてるみたいっすよ。これじゃあ来賓をまともに守れないって」

 

 コハルと同じく補習授業部の一員である白洲アズサ。

 

 ゲリラ戦に長けた彼女相手に辛酸をなめた正実は「敵に学べ」とばかりに、ゲリラ戦の訓練をローテーションで受ける羽目になり、こうして正実の双璧たる2人も扱きなおされている最中であった。

 

「私、飛び込みの仕事片付けてきたばかりなんだけど」

 

「物理的に飛び込んできた連中片付けたのはこっちっすよ」

 

 具体的に言えばゲヘナ生がトリニティに飛び込んできたり、トリニティ生がゲヘナに飛び込んだり。

 

 

 美味しそうに焼けたマグロの写真、検問をぶち破っていくテロリストと落第生のパレード映像等々を渡され、

 

『リサ、貴女の本領発揮です。どうにかしてください』

 

『検問強行突破は流石に……』

 

『貴女じゃないといけないの……ダメ? リサ、お願い』

 

『軟着陸なんてとんでもない! きれいさっぱりもみ消して御覧に入れます閣下!!』

 

 

 

「お互い大変ね」

 

「いや、リサはツルギ先輩に口説き落とされただけじゃないっすか」

 

「砲弾から爆弾作るのなんて久しぶりねぇ……」

 

「話逸らさないでもらえます? まぁ確かにそうっすけど。……リサえもん、起爆」

 

「はい、どこでもボム~」

 

 気の抜けた掛け声とともにIEDを起爆するとプレハブが跡形もなく消し飛び、周囲に潜んでいた者達が慌てて移動を始める。

 

 そして敵味方共に落とし穴にはまるわ、地雷は踏むわ、ブービートラップの作りが甘いわと散々な状況がすぐさま露呈し、訓練の必要さを痛感させてくれる。

 

 

 そしてこんな時でも電話はかかってくる。

 

 以前よりSRT解体の件とは別件で、古い装備を買い取って欲しいという要請が連邦生徒会からあり、正実としても特に断る理由がなかった為、ティーパーティー経由で正規の手続きを踏んでいたところであった。

 

 ナギサの承認待ちであった書類が先程ようやく正実に届いた為、最終的なゴーサインが欲しいとのことであった。

 

 そのまま進めるようにと伝えると同時に、正実の施設はどこもかしこもフル稼働で空きがないためホワイトホールに搬入するよう指示を出し通話を終えると、イチカが後ろから抱き着いてくる。

 

「忙しそうっすね~」

 

 背中越しに伝わる筋力以外に起因する敗北感がリサにとっては腹立たしい。

 

「事実忙しいのよ。私も貴女も」

 

「明日は久しぶりに2人揃っての休日な訳っすが」

 

 この猫の手も借りたいような時に、幕僚が2人共非番というのは違和感があったが、先輩たちが気を回してくれたのだろうと納得していた。

 

 それがどうかしたというのだろうか。

 

「デートプラン聞きたいっすか?」

 

「ハスミ先輩にねだったのね……まぁ、イチに任せるわ」

 

「取り敢えず、今日は寝かさないっすよ!」

 

「昔、枕投げと称して窓ぶち破ったの忘れてないなら付き合ってあげる」

 

 

 

 

 

 結局訓練が終わるまでくっついて離れなかったイチカを引き剝がし、黄色い声を上げている姉妹達を蹴散らすと、向かうべき場所へ向かう。

 

 正直言って気が重い。

 

 しかし、呼び出された以上は馳せ参ずる他ないのが勤め人の辛いところだ。

 

 しかも今回の相手はナギサと違って言葉遊びが好きなタイプではないというのが、面倒くささに拍車をかけている。

 

 故にその相手、聖園ミカから伝えられた言葉に絶句すると同時に、その正気を疑ってしまった。

 

「だから、ほんのちょっと警備を緩めてほしいなって。それだけ」

 

「出来かねます。ただでさえセイア様が襲撃されるなど情勢不穏な中、エデン条約の件まで抱えているのですよ。そのような情勢下で外部の人間、しかも複数人を見逃すわけには……」

 

「正義実現委員会が本気を出す前はどうにでもなったよ。だから貴女達はちょっと警備を緩めてくれるだけでいいの。簡単でしょ?」

 

 理解した。

 

 セイア暗殺の黒幕が誰なのか。

 

 そしてその人物が何故今回このような頼みごとをしてきたのかも。

 

 故に解せないことがある。

 

 リサの知る限り、ミカはトリニティの頂点とは思えない程腹芸が下手であり、行動に深い考えを持たないただの無鉄砲な少女である。

 

 陰謀どころか、むしろ他者を慈しみ、友を愛し、弱者の傷に寄り添う優しさを持つ、ただの女の子なのだ。

 

「ミカ様は勘違いしておられます。我々は思うところさえあれ、ナギサ様と敵対している訳ではございません」

 

「ナギちゃんは何が何でも補習授業部を退学にするつもりみたいだけど」

 

「許しがたいことですが為政者としては道理が通っております」

 

 しかしいくらゲヘナ嫌いとはいえ、何故ここまでの暴挙に出るのか。

 

 仮にティーパーティーの主導権を握りエデン条約をご破算にしたところで、首領を手に掛けられた2派は確実に敵対するであろうし、それ以外の派閥も当然この事態を静観しないだろう。

 

 そもそも彼女が引き入れようとしているアリウス残党が如何程の戦力を保持していようと、信の置けるものではないのは確かだ。

 

 アリウスはゲヘナ同様、いや下手をすればゲヘナ以上にトリニティへの敵対感情を持っていてもおかしくはない。

 

 今回の杜撰なクーデター計画も、単にアリウスがトリニティを混乱させる為にミカを利用しようとしていると考えるのが妥当だ。

 

「ミカ様。何を吹き込まれたのかは存じ上げませんが、アリウスに良いように使われているだけなのでは?」

 

「ううん、全部私の計画。私がトリニティを新しく強くして、ゲヘナとの決着をつけるの」

 

「そうなる前に良くて蜂の巣、悪ければトリニティが崩壊しかねません」

 

「うん、だから正実にも力を貸して欲しいな! ナギちゃんから聞いてるよ、リサちゃんはいざという時の為に独立とかクーデターも平気でやっちゃうし、どうせそのための準備も万端だって!」

 

 痛いところをつかれた。

 

 しかし今回の行動といい、発言といいリサの神経を逆なでる。

 

 ミカはここまで立ち回りの下手な女であっただろうか。

 

「ミカ様。貴女のことは個人として尊敬しております。軽挙妄動は何卒」

 

「嘘じゃんね。なら何でそんな準備してたの?」

 

「逆です。実行していないのは、少なくとも価値の分配者としてのティーパーティーに信を置いていたからに他なりません」

 

 正義実現委員会が正義実現委員会であるのはトリニティの一団体であるからだ。

 

 仮にトリニティから独立したとして、正義実現委員会は正義実現委員会のままでいられるのだろうか。

 

 何よりリサの同胞達はそれを望んでいない。

 

 トリニティが、ティーパーティーが、守るに足らなくなってしまえば、正義実現委員会は正義実現委員会でなくなってしまう。

 

 恐らく今のミカにはどれだけ言葉を尽くした所で理解はされないだろう。

 

「これ以上失望したくはありません。失礼」

 

 

 

 

 

「また間違えちゃった……」

 

 セイアを殺したミカは後戻りできない。

 

 故に前に進むしかなかった。

 

 だが事態は刻一刻と悪くなっていき、これで正実もミカを敵として認識しただろう。

 

「リサちゃん、泣いてたな……」

 

 リサは正実の中では尊敬され全幅の信頼を置かれているが、目つきの悪さと普段の行いから悪評の絶えない生徒である。

 

 それが怒りを顕に、泣き出しそうな、逃げ出しそうな顔をして去っていった。

 

 涙こそ流してはいなかったが、そういう風に捻じ曲がってしまっているのだろう。

 

 リサは、リサの心はあの時確かに悲鳴を上げていた。

 

「余計に戻れなくなっちゃったな……ごめんね……」

 

 

 

 

 

「リサ、お風呂先貰ったっすよ」

 

「ごめん、ホワイトホールで浴びてきた」

 

 自らのベッドで読書に興じていたイチカは、リサの顔に驚愕するも平静を装う。

 

「酷い顔してるっすよ。また厄介ごとっすか?」

 

「イチ……私、何があっても……正実の皆を護るから……貴女の傍にいさせてくれる?」

 

「別に今まで通りじゃないっすか……」

 

 隣に座るよう促すと、リサはしな垂れかかり肩を揺らしながら語り始める。

 

「違うの……もう私にはコントロールできない……トリニティはお終い……最悪銃を向けなくちゃいけなくなるかもしれない……」

 

「頑張ったのに……セイア様は殺されて……ナギサ様は全てを疑って……ミカ様は優しいふりしてただけだった……! でも……頑張ったの……許されない事もしたかも知れない……けど頑張ったの!」

 

「リサ……」

 

 ここまでヒステリックに喚き、嗚咽を上げるリサを見るのは久しぶりであった。

 

 要領を得ない言葉の中には、イチカが初めて耳にするような機密が混じっていたため、声が響かぬよう胸中に頭をうずめさせる。

 

「ナギサ様に疑われたのは私がいけないの!? 正実が力をつけざるを得なかったのはティーパーティーがあんなだから! それでも皆がトリニティを護ろうと必死になってるのにミカ様は外患誘致! そしてまた私達が批判される! セイア様の状況を知った時だって! ツルギ先輩はあんなに悔しがってたのに! ハスミ先輩だってゲヘナが嫌いなの押し殺してトリニティの為に駆け回ってるのに! 皆……トリニティの為に……なのにッ!」

 

「リサ、大丈夫全部聞こえてるっすよ……」

 

「ごめん……コハルのこと……私が悪いの……私が差し出したの……条約締結までの人質だって……でも……退学だって……」

 

 

「もう……いや……私はトリニティの為に銃を取れない……取りたくない……私にそんな資格はないし……トリニティには正義なんて……」

 

 胸の中ですすり泣くリサを痣ができるほど強く抱きしめ、もつれ合うように押し倒すと、肩に歯を立てることで答えが返される。

 

 

 

 

 

 疲れ果て気を失い、死んだように眠る半身を撫でながら、イチカは幼き日を思い出す。

 

 大人しく執念深いリサが虐めっ娘にボロボロになりながらも食らいついてたのを、暴力性を持て余していたリサが気まぐれで助けたのが2人の交流の始まりだった。

 

 喧嘩の弱いリサはイチカの腕力に憧れ、器用貧乏で飽きっぽいイチカはリサの執念に憧れた。

 

 飽きっぽいイチカに合わせて、毎日のように手を変え品を変え知識と娯楽を提供し、常に新しい世界を見せてくれた。

 

 短気で、最終的には力づくで解決しようとするイチカを諫め、利益と矜持を教えてくれた。

 

「イチはお日様だからね、私は月になるの。お日様が届かない場所は月が照らすの」

 

「じゃあ私が偉くなったら、リサのこといっぱいこき使うからね」

 

 あの時は2番手宣言程度にしか思っていなかった。

 

 月が輝くのは表のみが美しいから、隕石の多くが月に阻まれ地球が守られているのと引き換えに、月の裏側は醜く傷ついている。

 

 そのことを知っていたらイチカはあの場でリサの言葉を無邪気に肯定できただろうか。

 

 誇りの為に武器を取り弱きを助ける、そして何より自らの才覚でのし上がる事ができる組織、正義実現委員会に2人が入ったのは自然な流れであった。

 

 リサはそこで剣先ツルギという圧倒的武力に出会った、出会ってしまったのだ。

 

 リサは誓いを守り、正義実現委員会の為に無慈悲な女王の仮面を被ろうとした。

 

 心はあの日の無邪気な乙女のまま、誰に望まれたわけでもなく、孤独の荒野を歩かねばならないと思いこんで。

 

 リサという生き物は圧倒的力の下でしか生きられない、そしてリサを人たらしめていたのは血を流してまで守りたい無垢な他者の存在。

 

 正実の中で誰よりも人間の汚さを目にし、誰よりも手を汚してきた兵は、誰よりも人間の奥底に善性があると信じていた。

 

 

「大丈夫。正実は強いっすよ」

 

 

 

 

 夜にすいこまれ 心がさむくなる

 子供の頃を 想いだすよ

 

 ひとりぼっちで 歩きはじめたから

 もうふり返ることは出来ないね

 

 灰色の日に 行きづまっても

 あきらめは出来ないの Meybe Tomorrow

 

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