元殺し屋さん俺。今、戦闘用メイドロボ。お嬢様をお守りします。 作:蒼樹物書
――リリィ・ヴランバルド。
私の仕える、お嬢様の名だ。
ひとまず急場を凌げたことで、お嬢様の
この世界のこと、歴史のこと……そして当家のこと。
機械仕掛けの身体というのは、案外便利だった。
それらの大量の情報を、魔法により造られた記録媒体を接続するだけで簡単に取り込むことができる。
「……」
今、私は室内から窓を拭きながら膨大な量の情報を咀嚼していた。
「お、お嬢様っ!? どうかお部屋でお休みくださいっ!?」
「今朝は調子が良いの。それに庭弄りは、貴族令嬢の嗜みでしょう」
窓の外にはアサガオとお嬢様がいる。
ゆったりとした時間。
物思いにふけるには、丁度よかった。
私……元俺、殺し屋やってたらついに年貢を納め死亡。
今はメイドロボ、この世界で言う
うけるー。
護衛と決闘の道具が本懐のメイドロイドだが、与えられた仕事は掃除だった。
通常ならヒトのメイドで事足りる仕事だ。
それを、私が行っている理由。
「これは庭ではなく畑です」
「あらあらトマトが真っ赤に熟して素敵……まるでルビーのよう……青虫がいるわねこの虫ケラが」
「お嬢様!! せめて素手で潰すのは!! せめてお止め下さいーっ!?」
……窓の外が、愉快そうだった。物思いにふけるには、あまりよくなかった。
メイドスミスとお嬢様が畑仕事をしている理由。
それらについては、後ほどにするとして。
状況はイエロー、戦略的撤退を推奨。
オーダー掃除を実行するに矛盾しない為、愉快な状況から離れた地下室の掃除へ移行する。
◇
地下室。
先の決闘前、台車で運び込まれた鍛冶場である。
メイドスミス本来の仕事場だ。
使い込まれてはいるが、物は少ないように思う。まずは、はたき掛けから始めよう。
「――ヴランバルド」
壁にかけられたランタンから、埃を落としながら口にする。
……現在、お嬢様を当主とする我がヴランバルド家。
その血筋は新しい。
一兵卒から戦場で名を挙げた女傑、ヒナギク・ヴランバルドから数え三代目。
当時の王から絶大な信頼を受けた彼女は、隣国と接する地を拝領し貴族となった。
遠い東方の国から流れてきた、ただの志願兵にはあまりにも破格であった。
それだけ、彼女の力が優れていた証明だろう。
彼女の跡を継いだ二代目当主、お嬢様の父君は世間の評価としては平凡だった。
それは、彼があまりにも目立たない存在だったから。
しかし。
隣国に接する領地を、王は無能に預けない。
もし預けるなら……死んでいい、死んで構わない場合だった。
父君は前者だった。
徴兵を行わず志願兵のみで揃えた軍で睨みを利かす。
その稼いだ時間で領地測量とインフラ整備を優先し……彼は外政にも内政にも優れ過ぎていた。
野心をもたず、領民の生活に心を砕く名君。
だからこそ、外敵との戦争も内乱などの問題を起こすこともなく。
何も起こさない語ることもない『平凡な』領主と、世間には評されていた。もちろん、領民や側近達を除いて。
そんなヴランバルド家に生まれた二人の娘。
長女と、次女のリリィお嬢様。
お嬢様の姉である長女は、一転して野心家だった。
自身が頂点に至る為。
その為に必要な『すべて』をできるヒトであった。前の言葉で言う、出世欲の塊であった。
……その結果が、これか。
「ネズミ……動物性タンパク質を確保」
ちぃちぃと鳴く子ネズミを指で摘まんで捕えてみたが、流石にこれは、と逃がす。
野心の為に、その女は父も妹も見捨てた。
病により無念の中で永眠した父と、今なお行方不明である母を見捨て。
残った最後の家族である妹……お嬢様も、捨てたのだ。
ぢり、と暗い炎が頸椎を焼く。
怒りを検知。
――大丈夫、私メイドロイド、機械人形は怒らない。
その結果が、この窮地である。
二代目の急逝により浮足立ったヴランバルド家は、長女の裏切りにより莫大な借金を負うことになった。
本宅であった屋敷を売り払い、多くの勤め人に暇を出し。
領地の為、お身体の弱いお嬢様を無理矢理にでも当主とするしかなかった。
今、栄光にあったヴランバルド家に残っているのは平屋の別荘ただ一つ。
従者も雀の涙である給金でも残ったメイドスミスのアサガオと、私だけだ。
そう、私……使われたことがほとんどなかった別荘、その地下で無造作に置かれていた古いメイドロイド。
長女がヴランバルドの資産を根こそぎ持って行った後にも、残っていたのだ。
恐らく値が付かないほどのガラクタと思われたか……そもそも、存在すら知らなかったのか。
けれども、先の決闘には勝ってみせた。
時の運、戦術の勝利、理由はあるかもしれないが。
最新鋭に対抗し得るこの機体は――。
「サレナー! お嬢様が! お嬢様がワイルドボア狩りに!! 止めてーッ!!!!」
「かしこまりました」
地下室に駆け込んできた、アサガオの悲鳴に思考を中断する。
おっと野生児マインドだぞ我が主?
◇
「けほっ……けほ……ふふ、サレナ」
「はいお嬢様」
「私の命は、あの葉が落ちるまで……ええ、間違いないわ」
「はいお嬢様、あれは枝の先に付いた緑のペンキです。屋根をペンキ塗りしていた際に付着した物と思われます」
粗末なベッドに伏せるお嬢様に応える。
なお、お嬢様はワイルドボアを二頭狩りとって。別荘まで引きずって無傷で帰ってきた後に、吐血して倒れた。
ワイルドボアとは前の世界における猪を三倍くらいの大きさにした魔獣である。
健康なのか病弱なのか、どちらかにして欲しい。
このお嬢様に護衛は果たして必要なのか。
「ごめんなさいね、サレナ」
――私は、サレナという名を与えられていた。黒い艶やかな長髪から、想い立ったそうだ。
お嬢様に縁のある名前らしく、不満はない。
「アサガオにも、苦労をかけて……ダメな主人ね、私は」
生まれつき、身体の弱かったお嬢様。
その上、母は自身が生まれた直後に行方不明となり……父も病に倒れた。
唯一残った肉親の姉には裏切られ。
今、こうして粗末な別荘、唯一の住処で奮闘している。
……彼女に対して、同情も確かにしているのだと思う。
「ねえ、サレナ」
「はいお嬢様」
「サレナは、普通のメイドロイドとは違うわ」
また、胸を突き刺される。
初めてこの世界に目覚めた時、私の目を開かせた声。
真実を射抜く資質。
「……そうね、貴女には……もう、魂が在る」
おそろしいおじょうさま。
私にも分からない、二度目の生。お嬢様は、私を仕えさせてたった二日で真実に辿り着いていた。
メイドロイドとは
所詮は、最低限のヒトらしさを模した戦闘機械でしかない。
だが、私は少し違っていた。
『計算』ではなく『思考』する。
『模倣』に留まらず『創造』する。
ヒトとメイドロイドの、明確な差異である。
私は、メイドロイドとヒトの境界に在るらしい。
そんな存在に、中途半端なガラクタに。
「ねえ、サレナ……私が間違った時。私を斬ってくれないかしら?」
まるで、世間話のように放たれたそれは。
その言葉は。
――何を、言っているんだ。
「貴女には、魂が在る。だから、預けていいと思った」
混乱する。
お嬢様の黄土色の瞳は、底抜けに暗い。
「私の命運、預かった領地領民。王からの信頼も……そして、貴女からの信頼も」
まるですべてを飲み込む、金色の沼底。
「全て噛み締めて。それから、唾棄するかもしれない。それでも、私は――」
お嬢様の使命。彼女の果たすべき宿命。
その為にそれ以外の全てを、斬り捨てるかもしれないと。
まるで、お嬢様の姉と同じように。
「その時、貴女は。私を斬り捨ててくれるかしら」
「……はい、お嬢様」
にこり、と儚い笑顔を浮かべるお嬢様。
まるで『これから間違える』ことを決めているような……諦観にも、安堵にも似たような笑顔だった。
――私は、お嬢様を、殺すことを約束してしまった。
依頼を受け、殺す。
それが日常で、馴染んでしまった精神。
前世から続いているこの心が、これ程にも憎く思ったのは初めてだった。
◇
「リベンジですわぁぁぁあああ!!」
「名誉どこいった」
「余りある我がロイヤルヴァース家の名誉、ちょっとやそっと賭けて失ったとて問題ありませんことよ!」
再戦である。
またかよ、と三日も置かず呼び出された立ち合い役の男はげんなりしていた。
場は前回と同じく、別荘前の平地。
同情する。
再びの対決となる、ローズ・ロイヤルヴァース……青のドレスを身に纏った、お嬢様に執着する声のでかい変態女貴族。
つい先日、名誉を賭けて負けたはずの女は負債を蹴り飛ばした。
その前には、首を落としたはずのメイドロイド。
両腕を強制排除して失った私も、アサガオにより翌日には再接合し自動修復機能で全快している。
首を落とされたくらいなら、資産も人員も潤沢な相手が回復しているのは道理である。
「前回は! 油断していただけですわ!! あんな不格好なメイドロイドで騙し討ちなど!!」
まぁ、騙し討ちであることは否定しない。
「今度こそ、領地に貴女の身体に地位資産、貴女の身体も頂きますわぁぁぁあああ!!」
「よし殺せ」
「はいお嬢様」
変態貴族の狙いはお嬢様の身体だった。この女は死んでよかった。
「……サレナ、今回の武装は」
「はい、分かっていますアサガオ」
左腕、旋鋸内臓バックラー。
左肩、自動巻き上げ石弓。
右腕、短剣。
前回使用した、撃鉄式短槍は炸裂排除のため破損。修復は出来ていない。
破損の少なかった石弓と短剣を装備。
左手から左肩ハードポイントへ移設し、回転鋸を仕込んだ丸盾を空いた左腕上部に固定している。
メイドロイドとしては重武装ではあるが、近接戦闘に主眼を置いた装備である。
未だ機能不全を抱えている旧式の私には不利となる近接戦闘……そうせざるを得ない。
何しろ、残っている装備はこれだけだから。
借金により、本宅の屋敷すら売り払わなければならない我が家の財政事情。
むしろこれだけの装備を整えられただけ、アサガオの尽力が察せられるというものだろう。
――後は、私の仕事だ。
「お嬢様を、お守りします」
「……頼むわよ、サレナ」
アサガオの縋るような声。しばらくまともに眠れていないようだった。
煤と油に塗れたままの同志へ、静かに頷く。
前のような、騙し討ちは通用しまい。
だが。
それでも、お嬢様の為に。
「リリィ・ヴランバルド様。この戦いに、賭けられるものを」
「そうだな。私の従者を侮辱したこと……それを、サレナに謝罪して頂こう」
「――っ!!」
ローズが激昂する。
お嬢様は、今度こそ彼女を砕くつもりだ。
ロイヤルヴァースは、我が家と隣接する領地を預かる歴代の名家。
王家に近い血筋を持ち、平地と交通要所に外海への港まで領地に抱える大貴族である。
その一人娘であるローズに、落ち目の貴族が。人形への謝罪を求めたのだ。
「……泣いて、許しを請わせて差しあげますわ」
「その言葉、そのまま返すよ。ローズちゃん」
二人は、幼馴染だ。
領地を隣とする貴族同士、それは当然の交流であった。
だが、決闘である。
「
火蓋が切られた。
「戦闘開始」
石弓の先制をちらつかせながら、バックラーを正面に構え突撃。
先の決闘で、敵手の速さは石弓を凌駕すると証明されている。
その他の武装はレイピアより間合いに劣る。
距離を詰めねば勝負にすらならない。
だから、突撃する。
「脅威度をハイレベルに設定」
敵手は、当然こちらの思考を理解している。
前の敗北を学習している。
レイピアの刺突、盾と腕の二重装甲ならば受け切れる。
心臓さえ守り切って零距離まで接近すれば、近過ぎる距離ならば、短剣で一方的になます切りだ。
そして肉薄状態での石弓射撃で、敵の心臓を射抜く。
先手は譲る。メイドロイドのこの身なら、腕の一本なんて安いものだ。
だから。
「捕まえました」
性能差を過信した、こちらの心臓を狙った突きが来る。相手はまだ旧式のこちらと装備を侮って、丸ごと串刺しに出来ると信じている。
相手は、こちらの心臓を貫けると信じている。
アサガオの鍛えた盾が、そう簡単に貫けるものかよ。
そのはずだった。
そのはずだったのに。
「――右脚、動作、不能……?」
レイピアは、こちらの出足である右脚を貫いた。
脚が、止まる。止まってしまう。
嘘だ敵は一撃で、騙し取られた勝利を正しく取り戻すために正道の勝利である一撃必殺を狙うはずだ。そのはずなのに。
私の、無防備な右脚を貫いた。
驕っていたのは、私だった。
脅威度をハイレベルに設定。
その言葉は、私よりメイドロイドらしく嘘偽りなかった。
――敵はこちらを侮ってなどいなかった!
確実に、私を殺しに来る!!
「両肩部、グラヴィティスタン起動」
ずしん、と上方から圧し掛かる重量。敵手の両肩部が展開、紫電を弾けさせながら重低音を響かせている。
特殊魔法兵装、グラビティスタンは一定地点に重力を与える装備だ。
あまりにも高価な装備の為、相手を制圧するという能力に優れているが王家直属メイドロイドにもほとんど使用されていない。
「ぐっ……a、Ah...!!」
重いバックラーが、与えられた重圧により構えから下がっていく。
この重力下では、石弓もまともに動くまい。
軽いはずの短剣も、今はもう振るうには重過ぎた。勝ち筋は絶えて、既に死地である。
動け、動け、動け動け動け!!
レイピアを私の右脚から引き抜いた敵は、下がってゆくバックラーから覗きつつある心臓を狙っている。
この心臓を貫かれたならば。
地位も、名誉も……父も姉も失ったお嬢様は、最後の全てまで奪われる!
「サレナ」
私の背後。
お嬢様の声が。
「――」
――その時、お嬢様が何を言ったのか。記憶領域に残っていない。
「はい、お嬢様」
【***】実行。
機体状態レッド……システム機能率2%。
兵装……自動巻き上げ石弓、旋鋸内臓バックラー共に重力異常により機能不全。短剣、動作に不備在り。レイピアに対し射程不利。
性能・装備共に不足を認識。限定条件にて右腕武装を拡張認識。不足ならば。
足せば良い。
短剣を、東国式片刃直剣として使用。
すでに抜き身で携えたはずの短剣は。
左腰に下げた、鞘に納まる日本刀へ『化けた』。
与えられた重力によって動かないはずの身体が動く。
その型は、居合の構えであった。
――余りある物理的不足を【***】にて埋める。
「抜刀」
◇異世界トピック◇
【ローズ・ロイヤルヴァース】
大貴族ロイヤルヴァース家の一人娘。リリィとは旧知の仲であり、お嫁さんにしたいと思っている。