元殺し屋さん俺。今、戦闘用メイドロボ。お嬢様をお守りします。 作:蒼樹物書
二ヶ月程の時が過ぎた。
「再起動。システムチェック……オールグリーン」
ヴランバルド家の別荘、今では本宅の扱いだが。
古びた石造りの平屋。
その小さな一室で目覚める。
「各部動作……支障なし」
ベッドから身体を起こし、簡単な体操をするように機体各部の動作を確認する。
あの、決闘の後。
両肩・両椀・両脚球体関節……動作不良なし。
体操自体は『前』からの習慣であったので慣れたものだ。
「装備変更」
身に纏っているのは、下着と白のシャツ一枚である。そもそも機械人形である私に、スリープモード時の衣服は必要ないのだが。
従者らしい装い。メイド服は貴人の傍に在る際、主人を引き立てるための物。
待機状態であるならば、寒さも暑さも感じない身であれば必要ない。むしろ洗濯の手間を増やすだけだ。
……お嬢様が、着ろと仰ったから。
ひび割れた私の表面装甲……肌を、アサガオにより修復し終えて。
洗浄や塗装など、
けれども、必要ないからと待機状態の時は衣服を纏っていなかった。
『目の毒』
その一声。一刀両断であった。
動作確認中、ゆさり、ゆさりと無駄に跳ねていた胸元の肉を模した冷却材タンクに目を落とす。
巨大であった。
双丘は、138cmの機体全長に対して……ヒトの基準で言うには大き過ぎた。前の世界で言えばFである。
それは小学生サイズの機体には、あまりにも過重量であった。
手足の球体関節を除き、ひび割れた肌を換装したこの身は。
見た目の上では、既にヒトと変わらない……が、少しアンバランスだ。
それだけの大容量の冷却材タンクを必要とする機能が存在するので仕方のないことだが重量が前に寄り過ぎるし足元が見えない不利もあるしいやメイドロイド唯一の死を招く心臓を守れる肉が多いことは有利なのかいやお嬢様の高貴で慎ましい胸部装甲を相対的に貧しい物に見せてしまうかもしれない。
――いや落ち着け。
無駄な思考をしながら、装備変更完了。
黒のワンピースに白のエプロンドレスにホワイトプリム。
メイドの正装である。
ただしメイドロイドの衣服は護衛・決闘と戦闘服である意味合いも持つため、防刃耐火等々と機能性をより重視するため通常の物より重い専用である。
兜や胸甲、ガントレットといった甲冑を物々しくなり過ぎない程度に纏うメイドロイドもいるそうだが。
「任務開始」
準備を完了し自室から出撃する。
仕事の時間だ。
◇
まずは、お嬢様達の朝食を準備する。
台所……平屋の別荘で、数名程度の短期滞在を前提とするここのそれは大きくない。が、ヒト二人を賄うには十分だ。
一口のみの竈に火を入れる。
固定魔法術式を仕込まれた竈は、『私』が『俺』だった頃のガスコンロと使い勝手は変わらない。
鍋に麦と水を入れて加熱。塩は控えめ、その代わり岩塩とスカーレットハーブで漬けられたプラムを解して入れる。
「……」
メイドロイドには珍しく、私は味覚機能も備えている。調理には便利だ。
残った種を口に含んでみる。すっぱい。
先々代からこの領地に住むバイカ老からの献上品だ。
つまりは『前』で言うところの、梅干しだ。
梅粥には溶き卵を回しかけた後、蓋をし蒸らしておいて完成。
竈から鍋を下げて、代わりにフライパンを載せて油を差す。
こちらはフライドエッグを拵える、ターンオーバーが彼女の好みだ。
脇でベーコンを焼いて完成。
先日お嬢様が狩ってこられた、ワイルドボアの肉を塩漬けの後に燻製したものだ。
バイカ老の旦那、パン職人ブレ爺の密かに王国随一と名高いバゲットを添えて。
最後に、竈に湯を沸かせながら食器の準備。
これで準備は全て整った。
「さて」
まずは、アサガオを起こす。
大体は地下の鍛冶場でハンマーか砥石を片手に、石畳を枕に眠っている。今朝もそうだったようだ。
せっかく、彼女の部屋も毎日ベッドメイクしているというのに。
ワーカーホリックは手に負えない。
「おはようございます、アサガオ」
「あー、古代時代より古いかもしれないメイドロイド修復? らくしょーですよらくしょー。神代式燃焼機関? アサガオちゃんってば天才だからー。すーぐ直しちゃいますよー」
個性的な寝言である。
まだ成長途中の細い身体。
その上に馬乗りして。
肩部へ疲労回復を兼ねた微弱電力を流して起こす。
アサガオは、睡眠時間不足で疲労が残っているようだ。肩部の疲労蓄積が、より多い。
ゆさ、ゆさと電気刺激に合わせて肩を揺らして。
「……!」
必然。
刺激により勢い良く起き上がったアサガオの顔面を、胸部装甲で思わず迎撃してしまう。
冷却材タンクの間、たっぷりとした肉感を模したその谷間へ突きこんだ彼女は質量に顔を埋める。
今朝はより勢いが良かった為、脱出できないようだ。
もがくアサガオに、不思議な官能を覚える。
――あっ、かわいい。
思わず抱き締めてしまった。
「……!! ……!!!!」
疑似感覚、母性を確認。
私と同じく小柄なアサガオの抵抗が段々と小さく、弱々しくなっていく。
ああ、かわいい。
かわいいですよアサガオ。
私の胸部装甲、その谷間で再び永い眠りにつこうとする鮮やかな赤髪を撫でる。
「……死ッ」
あ、やべ。
◇
「お嬢様、無駄にデカい乳で私を窒息死させようとしたメイドロイドの解体処分を検討願います」
「いただきまーす」
「はい、召し上がれ」
テーブルにはお嬢様とアサガオ。私はティーポットを片手に、傍に控えている。
主人と従者が、同じ食卓を挟むなどあり得ないはずだったが……私たちの、日常だった。
「そもそもサレナはメイドロイドらしくありませんっ! メイドロイドとはもっと計算性能に優れて」
「お嬢様、お茶のお代わりはいかがですか」
「ええ、ありがとう」
ティーカップに茶を注ぎながら、アサガオの早口を聞き流す。あいつメイドロイドのことになると早口になるんだよな。
まぁ、用意した朝食は口に合ってくれて良かった。旺盛な食欲で、見る間に皿が空き面積を増やしている。
メイドスミスは肉体労働が多い。
まだ成長途中であるアサガオには、朝からでもタンパク質や脂質、エネルギーとなる食事を多く摂って欲しい。
塩が多めの味付けは、主食であるパンを進ませる為。
逆に、病で消化能力が落ちているお嬢様には麦粥でカロリーを摂りやすく。少量でも、バランスの良い鶏卵で栄養を。
梅干しの酸味で、少量の塩気でも食欲を刺激する。
カロリーをもっと摂って頂きたいので、油も足したいところだが……そこは、お嬢様の体調次第だろう。
「焼肉たべたい」
お嬢様は、病弱な身体に反してメンタルは中学生男子だった。
体調はよろしいようだ。
「……あの、ベーコン。召し上がられますか?」
「いただくわ」
アサガオが、おずおずとフォークに刺したベーコンを差し出す。
すぐさまお嬢様が咥えるように口にする。
もきゅもきゅ、と小動物っぽく咀嚼するお嬢様……お嬢様かわいい。
硬い肉はゆっくり、たくさん噛めと教育されていた結果だろう。
それはそれとしてお嬢様かわいい。
「お嬢様、デザートにアップルパイを焼いております」
「いただくわ」
かわいいお嬢様甘やかしたい欲のまま勧める。
食欲旺盛であった。喜ばしいことだ。
たっぷりの砂糖とバターを使ったデザートで少しでも瘦せ細った身に、肉をつけてくれれば。
前日から仕込んだアップルパイも報われる。
「サレナ、私のは?」
「アサガオの今朝分はカロリーオーバーです。三時のティータイムまでお待ち下さい」
「デーモン! ユダ! アケチ=ミツヒデ!!」
金柑頭が語彙にあるってどうなってんだこの世界。
甘味に狂った同僚を、メイドロイドとヒトの性能差で制圧しつつ。
――この新しい日常を噛み締めていた。
◇
朝食の片付けを終え、洗濯。
衣服、ベッドシーツ諸々を小川で洗い庭の洗濯干しへ。
たった三人分である為、私一人でも問題はない。キッチンメイド私、スカラリーメイド私、ランドリーメイド私。
メイドロイドである私は学習すれば、どんな仕事も可能である。
これまで家事全般をこなしてきたアサガオに教えてもらったので、現在我が家のメイドらしい業務は私が行っている。
疲れを知らない機械の身体。出力・正確性共にヒトを超越するメイドロイドは家事をするにも向いている。
護衛・決闘の為に造られるメイドロイドに、ヒトで実行可能な家事をさせるのは異例らしいが。
「……」
幸福を感知。
しあわせなきもち。
日常が、こんなにも嬉しいものだとは知らなかった。
見上げる空は雲一つなくは青い。
遠く二つの月が、それぞれ白と黒の円形を浮かべている。
ああ、ここは別世界なんだな……そう、実感する。
ベッドシーツを物干しにかけながら。
ふと、風に揺られる芝生へ振り返る。
ここは、二ヶ月程前に決闘した場だ。
【***】。
記憶領域に『それ』は記録されていない。
メイドロイドとして、私は異端らしい。異常とはアサガオの言だ。
あの時。
私は『それ』により間違いなく奇跡を起こした。
お嬢様の為に。
短剣を日本刀に化かすという奇跡。それだけならば、魔法技術によって為せなくはない。
だが、重力加算によって動かないはずの身体がいつの間にか居合の型を為して。
あの抜刀……抜刀と言っていいのか不確かなそれを為したのは、奇跡を超えて異常と言う他ないだろう。
私は、一体、どんなモノに魂を宿してしまったのだろうか。
ヴランバルド家の別荘、その地下にひっそりと捨てられていたメイドロイド。勤勉なメイドスミスであるアサガオにも、理解しえない程に古い型。
本来ならば、メイドスミスの魂をひとかけら与えられて機能するのがメイドロイド。
その人形にまるごと『俺』一人分の魂が注がれたのが私だ。
最新鋭・正道のメイドロイドの決闘に二度も勝利し。
奇跡を起こして見せた。
これから、どうなるのだろう。
幸せになると、不安になる。
抱き締めた幸福を、失うことを恐れる。
はじめて、知った恐怖だった。
「……ヴランバルド家のモノか?」
その到来は、必然だった。
後ろから不躾にかけられた声に振り返る。
灰色のスーツに身を包んだ長身の男。ぴっちりと整えられた金髪。後方には、同じく灰色に身を包んだ部下達。
身長差から、身分……否、これはヒトから道具に対して向けられる目だ。
ぴり、と緊張が首筋に走る。
「リリィ・ヴランバルドはどこだ」
「……失礼ですが、貴方は?」
「ちッ、人形が……王国財務省、資産管理局の者だ」
◇
――夕食時である。
今晩はクリームシチューに、ワイルドボアのローストポーク。お嬢様の主食には、鶏胸肉の乳粥をご用意した。
ジャガイモ、ニンジンにタマネギは別荘脇の畑で取れたものだ。
鶏胸肉も数日前に飼育していたのを一羽潰して、塩漬けにしていたのを使っている。
牛乳や麦は領民達から献上して頂いた物を節約しながら使っている。
つまりは、金がないのである。
貴族の食事は分かりやすく贅を、権力を実感させるものだ。
だが、我がヴランバルド家は極貧貴族であった。
先々代・先代からも慎ましい生活ぶりではあったそうだが……貴族の食卓としては、あまりにも貧しい。
「いただきまーす」
「頂きます」
なのに、お嬢様は天真爛漫であった。
幼子のように、無邪気で。何の不満も、不足も感じさせないほどに。
「……お粗末様でした」
食後のお茶を、お嬢様とアサガオに注いで。
昼前に現れた男について考える。
あの男、その要求はシンプルな内容だった。
税金払え。
そう、我がヴランバルド家は。
王国への税も支払えぬ程、極貧であった。
「ねぇアサガオ」
「はいお嬢様」
「サレナの整備状況はどうかしら」
まるで、明日の天気について尋ねるように。
「はい、出来ることは出来ました。ただ武装面が……石弓とバックラーは芯から歪んでしまったので」
アサガオはメイドスミスである。
メイドロイド本体についての技術を修めていても、武装面は専門外とは言わずとも不足。
先の決闘の際、重力によって機構面が歪んでしまっている。
バックラーは盾としてのみならば、使えるだろうが……短剣は【***】により役目を終えて破砕した。
「使える武装は、残っていないのね?」
丸腰である。
お嬢様に危機が迫ったのならば、台所の包丁でも剪定鋏でも使ってお守りするつもりであったが。
闘いには、不足である。
「……はい、お嬢様」
「そう、了解したわ」
節約とお嬢様の健康の為、薄く淹れたお茶を優雅に一口した後。
「――決闘大会に出場して、稼ぐしかないわね」
私の武装不足を解決する為、武器を買う金を。
訪れてきた、役所の借金取りに支払う利息を。
……メイドロイド同士によって行われる、決闘大会の賞金にて決済する。
アサガオは極度の衝撃により、ローストポークを咥えたまま気絶した。
私、丸腰だってばお嬢様!!!!
◇異世界トピック◇
【胸部冷却材タンク】
メイドロイドの莫大な出力によって生じる熱を冷却する為、スライムを原料とした冷却材が積載されている。積載量は機体によって必要量が異なる。
本来の目的に加えて心臓を守る緩衝材、女性らしいボディラインを形作るにも機能する。
一部好事家は臀部にも巨大な冷却材タンクを装備させることがある。