元殺し屋さん俺。今、戦闘用メイドロボ。お嬢様をお守りします。 作:蒼樹物書
睡眠の必要がないこの身体。
昼も夜もないのだが。
メンテナンスの為、アサガオから最低4時間のスリープモードを命じられている。
それでも、通常のメイドロイドより長い時間らしいのだが……古い機体であるので、念を押しているそうだ。
「さて。任務開始」
時刻は午前4時。
『元』の世界と日照時間はあまり変わらず、陽が昇るまで後僅かという時間帯。
ひんやりとした空気が心地よい。
露に濡れた庭、芝生の上。
今か今かと、朝日を待つ静かな時間。
この時間は好きだ。
皆がまだ眠っている、早い時間に涼やかな風を浴びながら。
一日の始まりを待ちその準備をする。
……今朝は、朝食に何をご用意しようか。
お嬢様の体調はどうだろうか。
ああ、アサガオに刀の研ぎをお願いしておかないと――。
――抜刀。
どさり、と首を落とした魔獣ヘルバウンドを認めて納刀。
夜と朝が入れ替わる時間帯、最も暗殺に向いた時間だ。
背後から私の首を捩じ切ろうとしていた魔狼……その首に手を合わせる。
「……索敵完了」
ふう。
今朝は、この一匹のみか。
センサーに反応はなく、勘でも……片付いた、かな。
地方大会の後、お屋敷に戻ってから。
敵襲を受けるようになった。
……あくまで、勘である。
野生モンスターの域を出てはいない。偶々、ここに集まっていると油断は出来る程度の襲撃。
『元』の経験から、油断出来るモノだと思っていない。
これは、襲撃ではなく敵襲だ。
あまりにも的確が過ぎる。
この時間帯、ヒトを最も殺しやすい時間を狙う。野性的な理由ではあるまい。
殺し屋だった『俺』が使い馴染んだ時間帯だ。
恐らくはあの黄金……あの姫君の、指金だろうか。
しかし、迂遠ではある。
この程度の魔獣をけしかけたところで、お嬢様にも私にも、我が家の資産を傷つけるには程遠い。
日々続いてはいるものの、無駄な戦力の逐次投入でしかない。
的確な方法で、無駄な浪費をしているように見える。
まだ、分からない。
あの姫君の狙いが何なのか……お嬢様をお守りする為に、敵の目的は把握しておきたいところだが。
――『今』はいい。
カルサ・フォン・ゴルドヴァーンはそう言った。
威力偵察が目的なのか。それとも――。
「おはよう、サレナ」
「おはようございます、お嬢様」
今は、いい。
いつもより少し早めに目覚められたお嬢様と挨拶を交わす。
とりあえずは安全を確保し、続けられる日常を得ている。
今は、まだいい。
「朝ごはんは回鍋肉がたべたいわ」
えっ、今? 朝ですよお嬢様。
◇
……生姜をたっぷり利かせた湯で米とキャベツを良く煮込んで。
ワイルドボアの挽肉を、少量の辛味噌で炒めたものを少量乗せる。
要素としては回鍋肉と米だ。欺瞞はない。
お嬢様のリクエストと朝の消化能力と、栄養諸々を落とし込んで計算した結果だ。
私メイドロイド、計算に間違いはない。
「回鍋肉……」
少し不満げなご様子だが、その匙は進んでいる。
ヨシ。
アサガオの方には、残った辛味噌炒めを普通に炊いた白米に載せて出している。キャベツは塩で浅漬けに、生姜湯に卵を落とした澄まし汁を添えている。
「重い」
「アサガオはまだ成長期ですから。たくさん食べませんと」
それに加え
若い子に食べさせたがる疾患を確認、たまには手加減しよう。
とはいえ、きっちり食べてはくれている……私が来る前、お嬢様を優先して自身は適当になってしまっていたらしいから。
地方大会の賞金で得た、僅かな金銭的余裕。
そして単純に人手が増えたことで、アサガオも健康的になりつつある。喜ばしいことだ。
ぷっくりしてきた頬が愛らしい。
「……ちょっとサレナ、何よ」
「今朝もかわいいですよアサガオ」
「サレナ、おかわり」
はいお嬢様。
アサガオの頬をぷにぷに指で突いて精神的充足の補給に勤しんでいた私は、お嬢様の求めに応じて椀に補充を行う。
日常である。
「お嬢様、橋の修復の件でふが」
「資材不足でしょう? サレナ、悪いけれど」
「かしこまりました、お嬢様」
頬をぷにられていたアサガオだが、朝の議題は真面目なものだ。
――領地経営である。
ヴランバルド家領主である、お嬢様。
当然、領地の采配も日常。
橋は物流の要。
つい先日の大雨で破損した、橋の復旧は急務だ。
しかしその為の資材が不足しており、大量の木材を工事現場まで運搬する必要がある。
「アサガオ、地下倉庫に履帯脚部がありましたよね?」
「……メイドスミスとしてはだいぶちょっと、付けたくないんですが」
だが、アサガオは渋面だ。
私は結構好きなのだが。
「重量物を運搬するには理想的な装備です」
「……キャタピラは、ちょっと」
「重量物を運搬するには」
理で押し切る。
正論でぶん殴るのは、いつだって心地よい。
「わーかーりーまーしーたっ!」
やったぜ。
機能性を尊ぶ、技術屋は折れた。
そして。
――きゅらきゅらきゅら。
キャタピラである。
両肩には、切り出された丸太を三本ずつかついでいる。両腕の延長機能付きのロングアームで、太い丸太であっても問題なく保持可能だ。
ここ数日の雨の影響で、泥濘が続く道中もキャタピラは問題としない。
……戦況・作戦目的に合わせて装備を変更するのは、常識だ。
二本脚……ヒトの形で不利な状況であれば、下半身をまるごと無限軌道仕様にする。
無骨な長方形の基部、両輪にキャタピラ。
当然である。
そうして出来合った、私タンクモード。
「いやー助かるよサレナちゃん」
「今日明日中には、橋直せそうだなぁ」
降ろした資材、そこでは十数名の領民達が橋の修復に励んでいる。
収穫期が間近で忙しいであろう人たちが、率先して領地のため。全体のために時間を割いてくれている。
ありがたいことだった。
「……まぁ、見た目はちょっとあれだけど」
「この足元じゃ、馬車も足が鈍るからのう」
あれとは何だ。
タンク型は大荷重にも耐え得り悪路も苦としない、最適解だぞ。
お前もガチタン最高と言いなさい。
「ロングアーム、牽引します」
文字通りに伸びる両腕で、橋の反対側からロープを引き込む。
後はこのロープを手掛かりに、橋桁をかけてゆく。
「……お疲れ様です」
「リリィちゃん!」
「ちょっとおじいちゃん! ご領主さま、ごごご機嫌うるわしゅう?」
足元の悪い中、白い靴を泥で汚しながら。
お嬢様が工事現場を訪れた。
……領主って、こんな気楽に出てくるものだっけ?
「ふふっ、プラムさんたら。また、大人っぽくなったわね」
「あ、ああありがとうございますっ」
大工の孫娘、プラムさんは背いっぱいの礼を尽くそうとしている。かわいい。
お嬢様の隣にはアサガオが控えている。バスケットに、お弁当を詰めて持参してきていた。
「みなさーん、お疲れ様です! お食事をご用意してきましたー!!」
差し入れである。
地元パン職人ブレ爺の食パンを耳ごとスライスした薄切りに、卵ペーストとワイルドボアのハム厚切り。
千切りのキャベツとキュウリもたっぷり挟んだ、サンドウィッチというよりハンバーガーのようなそれを大量に仕込んでおいた。
紙で包まれたそれを、アサガオが配ってゆき。
お嬢様が、領民達に茶を注いでゆく。
……私は、冷却モードで加熱した各部を冷やしながら眺めている。
良い、領地だと思った。
領主は民を想い。
領民は主を想っている。
必ず、お支えしよう。
そう想う心を、強くして。
「――河童だァ! 河童が出たぞぉ!!」
えっ。
◇
……河童である。
『前』でも知っている、河童の姿であった。
二本足で立ち、水かきを備える二本の腕……嘴を備える頭には、ちゃんと皿も乗っている。背には甲羅。
疑いようもなく河童である。
どうなってんだ異世界ファンタジー。
「クァァアアッ!」
怪鳥のような声を上げながら、川の上流から迫る河童。
ただし。
「大きいですね」
「ええ、50年モノは固いわね」
巨大であった。
川幅10メートルは優にあるにも関わらず、狭いとばかりに闊歩する巨体。
その身の丈は、視覚測定で8.4メートル。バスを『縦』にしたようなサイズ感である。
……河童ってこういうサイズ感の妖怪だっけ。
この世界における河童とは、川に棲む魔物の一種。長い年月に比例して、巨大となる大型モンスターだ。
「逃げろぉ!!」
「畜生、せっかく直した橋が!!」
とはいえ、危機である。
お嬢様とアサガオが領民達の避難誘導をしてくれているが……このままでは、河童はただ川を進むだけで、作りかけの橋を破壊する。
やるしか、ないか。
「戦闘モード起動」
腰に刀……常在戦場、いつだってアサガオ特製の革製ベルトで携えているが。
両腕は伸縮性ロングアーム、脚部はタンクである。
あまりにも通常装備とは勝手が違う。刀術を扱うに、この両椀では即席できない。
巨体相手ならば、火器が効果的だが……贅沢は言ってられない。
「クァッ! クアッ!!」
逃げ散る領民達を背に、戦闘態勢に移った私を河童も認めたようだ。
威嚇の声を上げながらこちらへ接近してくる。
あちらも、遠距離戦の備えはないらしい。
格闘戦である。
……ならば。
「八卦良い」
接近する河童に、ロングアームを伸ばす。
ヒト型であるが故に当然在る、腰骨を両手で掴む。
相撲である。
異世界でメイドロボになった上、ガチタン構成で河童と相撲を取るハメになるとは思わなかった。
「ガぁ!?」
河童は、異世界格闘術に困惑しつつも対応しつつある。
この世界のモンスターである河童……河川棲息の魔物は、水場で最大の力を発揮する。
水場から、引き上げ地に落としさえすれば!
大真面目である。
メイドロイドはいつだって理知的だ。
巨大な敵手に対して、対抗し得るロングアームで拘束・膂力に優れるキャタピラで力勝負。
「――大・雪・山……!!」
以下略。以下略である。
右キャタピラを全力回転、超信地回転を起こし捩じりをかけたロングアームで河童を遥か上空へ投げ飛ばす。
錐揉みに回転しながら空へ上る河童。
「おろしィッッッ!!」
あ、言っちゃった。我慢できなかった。
当然重い頭を下にして地に落ちてくる河童。
高度は加速を促し、巨体は重量という威力を保証する。
いくら柔い泥濘の地面であっても、その破壊力はオリハルコンを凌駕する。
「……勝負あり」
河童は致命傷となる頭の皿を、粉砕され絶命した。勝利である。
「戦闘終了。尻子玉は無事です」
「サレナ、タンクに臀部はありません」
そもそもシリコダマって何ですか。
……何だろ。
◇
「オーホッホッ!」
「帰れ」
「お帰り下さい」
「死ね」
死ね!? とお嬢様のお言葉で真顔になるローズ嬢。
三者三様の迎撃であった。
私がこのお屋敷に勤めてから、19度目の来訪。
……借金の返済と、領地経営。
私の地方大会優勝で繋いだ、金銭面の問題。
それは、定期的に決闘を挑んでくるローズ・ロイヤルヴァースからもぎ取った金で解決しつつある。
18連勝で、払えなくもない額を毎回きっちり頂き。
ようやく問題解決が見えてきた。
我が赤貧のヴランバルド家、大切な金蔓……否、資金源ではあるが。
「もうそろそろ飽きた、ローズちゃん」
「ちょ、そう言わずもっと構ってくださいまし!!」
「ローズお嬢様、勝率計算不可。撤退を推奨」
青のメイドドレスに金細工のレイピア。
ローズの従者は、人形ながら諦め顔であった。
「……
毎度、付き合わされる役所の人も災難だ。
事務的に、決闘に賭けるモノを二人の貴人に問う。
「金を」
「もちろん――ッ」
「「戦闘開始」」
私と、敵手の意図が合致する。
早く終わらせよう。
抜き打ちにて、一刀両断。
敵手もいろいろと、試してはいるようだが。
まだ、私の方が速い。
ごとり、と首を落として。
「終わりました」
「ご苦労様。さ、お茶にしましょう」
私はお嬢様に頭を撫でてもらい。スムーズに反省会という名の、お茶会へ移行。
ここ最近、いつもの流れであった。
「……うぅー……」
斬り落とされた、自身のメイドロイドの頭を大切そうに膝に載せながら。
ローズ・ロイヤルヴァース嬢は涙目であった。
「ローズちゃん、何か悩み事?」
いつも通り……ではあったが、彼女の幼馴染であるお嬢様にはその変化は目に見えていたようだ。
「――かなわないわね」
重なる敗北、見抜かれた弱み。
諦めたようにローズ嬢が息を吐く。
「我がロイヤルヴァース家の領地、その交通要所なのだけれども」
ローズ嬢の傍仕えのメイドが、近辺の地図をテーブルに広げる。
大動脈であるロイヤルヴァース領地、その根元といえる関所付近。
赤字が大きく×字を記している。
「超深度ダンジョンが、突然出現しましたの」
ダンジョン――インストールされた、情報から検索。
魔物の巣を始めとして、洞窟や竪穴に構築された魔族の要塞。
その出自や規模は、それぞれではあるが。
魔法が跋扈するこの世界だが、強度や深度は時間を要する。
それが王国の要所に突然、超深度で出現……異常だ。
「調査隊を幾度も派遣しましたが」
その異常に相応しく、棲息する魔物は強力。
罠の数も多く、王都公認ギルドからA級ダンジョンとして早々に認定された。
A級とは千名以上の軍勢もしくは、最上級冒険者パーティーでなければ攻略不可という等級だ。
「魔都と落ちた北大陸、西部戦線も安定しない状況では王国も手は貸せないと」
今。
……いや、始まりからずっと戦いに満ちてきたこの王国にはいつも手が足りない。
「少数精鋭……つまりは、ダンジョンマスターを潰すしかない」
お嬢様の言葉は的確だ。
ダンジョンは、ダンジョンマスターにより管理運営される。
その手を離れたならば、大規模小規模問わず崩壊する。
「強力なメイドロイドによる、一点強襲」
「ええ、それしか手がありませんわ」
お嬢様の言葉に、ローズ嬢が同意する。
領地の危機、要所に突き立たれた大深度ダンジョンという牙。
それを折るに自身の信頼するメイドロイドを送りたいだろうに……頼って、きたのか。
「お願いしますっ! リリィ、力を貸して……!!」
ローズ嬢が、頭を下げる。
家の格も、何もかも天と地となってしまった幼馴染に。
プライドを身に纏う鎧とした、高貴な彼女が。
「――お嬢様」
「ええ、分かっているわ。サレナ」
傍に控えた私は、少しだけその背を押す。
幼馴染の身勝手を許すには、ほんの少しだけ助力が必要なようだったから。
「行きなさい」
「はい、お嬢様」
こうして。
私のA級ダンジョン攻略は決定した。
……メイドの仕事ってなんだっけ。
お嬢様へのご奉仕である。
やってやりますよクソァ!!
◇異世界トピック◇
【河童】
水棲モンスター。頭部の皿状結晶が弱点。それを補うように、年月と共に巨大化する。
全長を伸ばすことで、弱点を攻撃から守る生存戦略である。
相撲というか大雪山おろしで頭から叩き落されるのは想定外だったようだ。