元殺し屋さん俺。今、戦闘用メイドロボ。お嬢様をお守りします。 作:蒼樹物書
ダンジョン攻略。
魔物の巣窟、魔族の砦……総称してダンジョンと呼ばれるその、攻略だ。
正攻法は仕掛けられた罠の数々を踏破し、立ちはだかる魔物達を打ち倒すことである。
最終目的は、最深部にいるダンジョンマスターの撃破。
主を失ったならば、迷宮の住人達は離散する。
……これは、魔族達が下剋上を恐れるという性質に由来する。
ダンジョンマスターに次ぐ実力者を、手元に置くことで寝首をかかれる不安は常に疑心暗鬼に貶める。
魔物達に、法も義も在らず。ただ、力あることが正しい。
やられる方が悪い。
だから、支配者となった魔族は配下を低質かつ大量に置くことが多い。
攻略する側としては好都合である。
ただ頭を潰せば、ダンジョンを継ぐ者はおらず。
『正攻法』ではなく、裏攻略を可能とする。
「……」
王都の交通要所、ロイヤルヴァース領地に突如として現れた超深度ダンジョン。
私は無事、潜入を果たしていた。
◇
「今回の装備は、暗殺仕様です」
「短刀があればよかったのですが」
「……本当に、武装はそれだけでいいのサレナ」
出発前。
アサガオに見送られ、ダンジョンが見渡せる場所に立つ。
街道と街道が交差するそこには大穴。
底が見えないが、数多の側道が掘られているようだった。
ここは、大穴の外周に配置された簡易な監視塔から見えず最も近い位置だ。
「斬り落とすべきは、ダンジョンマスターの首のみですので」
「あの規模のダンジョンであれば、敵総数は五百を超えるはず……」
アサガオの不安は、当然だろう。
武装はいつもの無名の刀。その一振りである。
刃一本で五百を相手するのは無謀に過ぎる。
どちらにせよ、千の軍隊か一騎当千の最上級冒険者パーティーでなければ攻略不可のダンジョンだ。
ならば、私の戦いをするのみ。
「左腕、マルチギミック
開錠機能を始め、数多の工作能力を内蔵する腕。
戦闘には不向きな繊細な装備だが、今回の任務におあつらえ向きだ。
「それ以外の本体は通常通りです」
通常通り、つまりは一番馴染んだボディだ。
隠密行動を採るに当たって、手足の一挙動に指先の揺れ一つが精密に動作可能であることは必要だ。
「外装に
全身をすっぽりと覆い隠すような黒い外套。
視覚・嗅覚・聴覚を欺瞞する魔法を施された装備である。
そして、単純にヒトの形を誤魔化すことができる大きな布はそれだけで隠密性能を持つ。
魔物といえど、目で見ることに違いはない。
ヒト型でなければモノと誤認しやすい。
……まぁ、モノではあるのだが。
「せめて、修復の済んだ石弓くらいは……」
「武装があれば、頼りたくなるのが人情ですから」
そう、武器があれば敵を倒すという選択肢を選びたくなる。
敵の無力化は、究極の隠密だが……目撃者がいなければステルスという脳筋である。
メイドロイドの私ではあるが『元』が人間である以上、障害排除という欲に目が眩みかねない。
……脳筋、結構やってたからなぁ。
「では、いってきます」
「お嬢様はローズ様のお屋敷に、守って頂いていますから。存分に」
王都の中心近くで、高性能メイドロイド達が守護するロイヤルヴァース家本宅。その屋敷内なら安全だ。
今回私がダンジョン攻略の為、お嬢様のお傍を離れることに不安はない。
あれ、変態女貴族の屋敷に置いといて大丈夫か私のお嬢様。
急に不安になった。
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
速攻でダンジョンマスターの首を落として帰ってこよう。
そう心に誓うのだった。
◇
とはいえ。
ダンジョン内の薄明りの中。闇から闇へと、足を進めてはいるが。
(敵の密度が高い。総数五百は、安い見積もりだったか)
ゴブリンやコボルト、小型亜人種の魔物で構成されているらしいダンジョン。
連中の戦闘力・知能は低いが繁殖力が高く数が最も脅威とされる。
その利を活かした造りのダンジョンである。
狭い通路に、多くの支道。
大きな穴は最初だけで、まさしく迷宮。
その大量の分かれ道に大量の魔物が潜んでいる。
つまりは、それだけ『目』が多く。そして視線が効きやすい造りというわけだ。
奴らは夜目がヒト以上に通るという性質もある。
潜入する側にとっては、最もやりにくい。
このダンジョンを攻略するなら、真上から
……悲しいかな、ここは異世界だ。
だからこうして地道に潜入だ。
根気との勝負である。
潜入開始から、既に二日。
陽の差さぬ地下ではあるが、魔物も生物である以上睡眠を必要とする。
杜撰ではあるが警備ローテーションは組まれており、交代で休んでいるようだ。
その交代タイミング寸前を狙い、前進する。
数がいくら多くとも、狭い通路は視線が制限される。
全長8.4メートルの河童と相撲を取るよりは、潜入は得意だ。
(しかし)
造りは巧い。
攻める側にとって、されたくないことを徹底している。
通路の作りに配置もそうだが……目的地が、見えない。
ダンジョンマスターの居場所といえば、ダンジョンの最奥。
上下左右に曲がりくねった道は、進む者の前後感覚を欺瞞する。
どこに向かえば最奥なのか。
下に進んでいたと思えば、上に上がり。
上に上がっていたと思えば、下に進む。
……とはいえ。
ダンジョン内のマッピングは進んでいる。
潜入用装備はその威力を十分に発揮して罠の解除、敵の警備欺瞞と……『元』の技能も相まって見つかる気はしない。
地道ではあるが、これが目標へ近づく最短であるはずだ。
首を刈るにもまずは目標を発見しなければ。
(マッピングデータ照合、大通路D-17)
虱潰しに、ダンジョン内部を調べながら。
物資運搬用らしい、大きな横穴。その陰に潜む。
(……声?)
十八体のゴブリン達が、それぞれ大きな麻袋を担いで奥の倉庫へと運んでいる。
その一つ。
――今、麻袋の一つが動かなかったか。
その多くは、近隣の村から強奪した食料や資材だろう。
――今、麻袋の一つから聞き覚えのある声が出ていなかっただろうか。
「たすけてっ、おじいちゃん!」
ああ。
ついこの間、聞いた声だ。
橋工事の際に大工である祖父を手伝っていた孫娘、プラムの声。
……あの子の村も、襲われたのか。
このダンジョンがあるロイヤルヴァース領地と、我がヴランバルド領地は隣接している。
なら、我が領地の村が襲われていないなどという無邪気な油断は不要である。
食料と資材に並び、あいつら魔物が必要とするモノとして彼女は拉致されたのだろう。
……ゴブリンやコボルトは、繁殖力に優れる。
その母体はヒトの雌だ。
つまりは、プラムは魔物の胎として――。
「抜刀」
行動に理論性欠如を確認。
即座、修正の必要を認む。
「うるさい」
「うるさいうるさい五月蝿い……!!」
行動中止を求めるそれを、黙らせるように刃を走らせる。
抜刀にて十一体を破壊。
返す刃で三体破壊。
乱雑に、縦で下ろした刃で一体破壊。
「ギっ、ギィィィッッッ!!」
合わせて十五体を破壊したところで、ようやく声をあげるゴブリン。
その手には、プラムを納めた麻袋を握ったままだ。
さっさと、その汚い手を放せ。
首を腕ごと逆袈裟に斬り捨てる。
「……えっ、サレナ、さん……?」
麻袋を解いて、傷だらけのプラムを解放。
彼女の開放を優先した為、残った二体には逃げられてしまった。
ゴブリンの声により、ダンジョン内の異変は知られ。
逃げた二体によりこちらの戦力は把握されただろう。
潜入任務は、失敗だ。
「プラム。本当に、ごめんなさい」
マジごめん。
プラムの無事を確認したことで、急速に冷静を回復。
採るべき行動を採る。
大通路から目前であった倉庫。
そこは食料・資材の保管場所であると同時に廃棄集積所でもある。
手近にあった、つまりはゴミ捨て場に。
せっかく救出したプラムを投げ込んだ。
――ゴブリンやコボルトは嗅覚にも優れる魔物、特にヒトの雌の匂いには敏感だ。
しばらくの一時退避の為、その匂いを覆い隠せる悪臭漂うゴミ捨て場に隠すことは合理的である。
つい先ほど、理論性欠如を認められた
もう一度、マジごめん。
……とはいえ。
駆ける。
ここからは、時間を贅沢に使える状況ではない。
隠れるべきは隠れながらも、奥へ奥へと駆けてゆく。
人質救出を為すならば、今すぐにダンジョンマスターの首を落として敵戦力を全て無力化するしかない。
ゴミ山に要救助者を隠したのは、あくまで一時凌ぎでしかない。
どこだ。
どこだ、どこだ、どこだ――!
二日かけたダンジョンマッピング、その最中にある程度の方向や魔力性質は把握している。
その大まかな目立てに賭けて走る。
「たすけてー、ゴブリンの孕み袋なんてやだー」
駆けている中。
……何か、棒読みじゃないか?
とはいえヒトの声である。プラムのような犠牲者が、一人であるとは思えない。
見過ごせず、数多ある支道の一つに入る。
幸い周囲に敵影はないが……粗雑な木製の檻、その奥に生存者を確認。
「ああっ、貴女様は勇者様なのだわー」
かなり棒読みである。
不味い気が、する。
目の前の少女。
菫色、緩やかなウェーブのかかった長髪のヒト。村娘らしい、麻のワンピースを纏った姿。
穴倉の奥、素足は傷と泥で汚れている。
やけに白い肌が赤と茶で犯されている様は、痛ましい。その、はずだ。
「ありがとう、ゆうしゃさま」
囚われの村娘の。
その目は。
愉悦に曲がっていた。
「【**……ッ」
――【***】起動、中断。
実行条件の一部達成を認めつつも、起動動作に不全を確認。
「カルサが、欲しがっているようだけれど」
菫色の、村娘が擬態を解除する。
その頭頂には禍々しいツノを備えて、背には長大な蝙蝠羽。腰からは、巨大な爬虫類を思わせる太い尾。
腐肉で象られたようなドレスを身に纏う姫。
「この程度」
領民の、たまたま知己となった村娘を助けるために不合理を為した愚かな人形。
メイドロイドの首を、ただの手刀だけで落とした彼女は溜息する。
――ごとり、と自身の首が落ちる音を聞く。
なにもの、だ。
喪失しつつある認識機能の中、最後に
おじょうさまと同じ、黄土色だった。
◇
「……調査隊が帰りましたわ」
ローズ・ロイヤルヴァースの顔色は優れない。
要所に突き立てれた牙、超深度ダンジョンは崩壊した。
事後に送られた調査隊は最奥まで、内部を確認。
ひしめいていたモンスター達は残らず離散し、追撃の領兵でほぼ殲滅。
少数が森や小さな洞窟に身を隠そうとも、脅威とはなるまい。
「その、サレナは」
「見つからなかったのね?」
その成果に反して、ローズの表情が冴えないのは。
ダンジョン崩壊の結果を招いた、ダンジョンマスターの不在。
その理由となっているであろう
……恐らく、サレナはダンジョンマスターと接触している。
だが、戦闘に至って勝利していたならば。
主人の元に帰ってこない理由がない。
もし、敗北していたならば。
その残骸がダンジョン内に残っていないはずがない。だからこそ、調査隊は徹底させた。
「そう」
未だ、帰還しない理由があるならば。
ダンジョンマスターにより、共にこの場を離れた。それ以外に想定がない。
あのサレナが、甘言で誘われるはずがあるまい。
で、あるならば強制的に回収されたのであろう。
生死を問わず。
ローズの、震える声での報告に。
彼女の主であるリリィは、全くもって平静であった。
「……お嬢様」
残った彼女の従者、アサガオが縋るような声をあげる。
相棒の、サレナの安否が不安で溜まらないといった顔だ。
サレナが音信不通となって、早二週間。
ローズの屋敷に、二人は身を預けたままだ。
ヴランバルド家に残された最後のメイドロイドを、失った二人の少女達に出来ることは待つことだけだった。
喪失感と無力感、陽が昇る毎に積み重なる絶望。
サレナが加わったことで得た日常はまた元の、終わりに歩を進める日々に戻ってしまっている。
「大丈夫よアサガオ」
あの子は、私の『依頼』を必ず果たすから。
病に病み心労で疲れ切った、サレナの主は。
「必ず、帰ってくるわ」
自身を殺すべき従者の帰りを、信じていた。
◇異世界トピック◇
【魔族】
ヒトや動物と異なるモノ、それらは魔物と呼ばれ知能が高いモノは魔族と区分される。
魔族は魔物を使役し、主にダンジョンに座を置く。
さらに上位のモノは魔貴族、そして最上位は魔王と呼ばれる。