元殺し屋さん俺。今、戦闘用メイドロボ。お嬢様をお守りします。 作:蒼樹物書
safemode
system failure
limited run...error
error,erroe,ereor――
限定モードでのシステムチェック、エラーの山が積み上がる。
……身体が、動かない。
そもそも。
ボディへの信号が途絶していた。
「リリム、ずーるーい」
音声情報を確認。情報処理は、機能している。
声紋を照合――カルサ・フォン・ゴルドヴァーン。
……王家の姫。
その声は、まるで玩具を取り上げられた幼子のようである。
「ごめんねぇー、カルサー。たまたま、拾っちゃったー」
棒読みである。
応える声……声紋照合――お嬢様に、似ている?
たまたま、だと?
超深度ダンジョン。
あれは罠だった。
『私』を捕える為だけに、築かれた罠だった。
突然、ヴランバルド家隣接の領地に現れたダンジョン。
状況から、私単独で侵入し無力化するしかないよう整えられていた。
……ロイヤルヴァース家が、ヴランバルドを頼る他ない状況。
王国からの援護は望めず、ローズ嬢のメイドロイドより潜入・暗殺に向いたメイドロイドの存在。
選択肢のない中、私が一人でダンジョンに潜るというシチュエーション。
何もかもが、罠であった。
視覚機能の回復を確認。
まぶたが、ゆっくりと上がっていく。
アイカメラ起動。
「カルサのなのに! ずるいずるいずるい!!」
黄金の姫君。
ゴルドヴァーン王三女、濃紺のドレスに身を包んだ金色。
この国を実質的に支配する、金髪金眼の姫は駄々を踏むようにテーブルを叩いている。
真っ白な石の円卓。
叩かれてその上で揺れる、高価そうな茶器。
状況を確認。
光源、陽の高さから午後早めの時間。
しかし、直光は屋根に遮られている……白い石柱に支えられた屋根。
周囲は緑の絨毯、整えられた芝生が覆っている。
赤白青と、多様なバラの生垣と丁寧に剪定された木々が庭園を囲っている。
貴人の、庭。
……二人の声以外は、確認できない。
茶会の場、オープンテラスの周囲には。
円周を描くように黒炭の影が、無音で二人を背にして林立している。
ゴルドヴァーンの
全周を警護する十八体を視認。
さらに隠密も忍ばせているはずだ。
貴人二人を護る、厳戒態勢。
「ずーるーいー!」
「あはは」
その厳戒態勢の中心にいる二人は、気の置けぬ距離にあるようだ。
肩を掴んで抗議するように揺らす黄金姫……カルサ・フォン・ゴルドヴァーン。
実質的にこの国を支配する、幼き女王に対して。
彼女は、軽く笑うだけだ。
視認。
「――おじょう、さ」
発音機能、回復。
おもわずこえに、でかけた。
違う。
違う違う違う――。
「あら、お目覚め?」
典雅な発声。
こちらを振り返り、認めた黄土色の瞳。
菫色の髪を従えた女は。
声紋情報・映像情報から検索。
お嬢様の虹色に輝く、白銀の髪とは似ても似つかない菫色だが。
黄金を煮詰めたような黄土色の瞳は、どこまでも似ていた。
「おはよう、お人形ちゃん」
リリム・ヴランバルド。
お嬢様の。
実の、姉である。
「――っ」
「あはは、手も足も出ないよねー」
動かない。
我がヴランバルド家、その資産も力も一切合切を剥奪した女。
お嬢様を裏切った仇敵である、その女を目前にして。
……私は、文字通りに手も足も出せなかった。
なぜなら。
手も足も……首の下、丸ごと接続されていなかったから。
システムチェックでボディへの信号が、途絶していたのも頷ける。
頷く首すらないのだから。
――今、私は頭部のみである。
「安心してねー。ボディの方も、丁重に扱ってるよー」
リリムは……お嬢様の姉は、朗らかな笑みで告げる。
遠隔操作機能、信号途絶。
ボディの位置すら把握できない……回復した、感触機能と視覚機能で現状を確認。
私は、クッションの上に置かれた生首状態らしい。
「丁重に、ね」
ふにゃりとした、気の抜けるような声。
底が知れぬ。
私の身体は何に、使われているのか。
「
リリムの黄土色の眼がその時、本気になった。
――この女は、私を試し書きの塵紙のように使い捨てる。
なにか、とてもおぞましい目的のために。
本能的にそう思った。
「ちょうだいっ、カルサにちょうだい!!」
「やー」
まだ駄々を捏ねている姫君に、リリムは雑に拒絶する。
王姫相手にこの態度。
お嬢様の姉である彼女は、ヴランバルドの全てを奪い去った後。
さらに大量のモノを、積み重ねているようだ。
初めて彼女を目にした時……角、羽、尻尾。ヒトの形を捨てた姿。
ヒトを離れた姿。
最初、その姿を視た彼女をリリム・ヴランバルドと認識出来なかった。
彼女は、ヒトを辞めている。
手段は不明であるが、何かしらを求めて。
ヴランバルド家の一切合切を簒奪し、さらに魔の力まで利用している。
ヒトで得られない力の為に。
ヒトであることを辞めてまで、欲している。
こいつは、何を求めている。
なにを求めて『私』を争っているのか……別荘に、忘れられていたように打ち捨てられた
古い、最新鋭のメイドロイドに遠く及ばなばい性能の私を。
使えるかも。
その、万が一つに期待する程に貪欲な姿勢。
王姫に要求されても固辞している。
何が、彼女を――。
「……別荘を襲っていた魔獣は、貴女の手配ですか」
「ええ、カルサに強請られたから」
やはりか。
地方大会の後。この黄金姫が、私を欲していた以上は仕掛けてくるはず。
だが、妙にやる気がない攻め手。
その理由は、実行者も私を欲していたからこそ。
依頼を受け実行する素振りは見せつつも、入念に仕込んだ罠で自身が確保する。
……堂々と確保した後、この最高権力者からの譲渡を拒める。
こいつは、それだけの立場を持っているということだ。
現王よりも強い権力を。
「貴女の、目的は」
「はーいお口にチャックー」
発声機能停止。
リリムの一声で、自身の機能が即座に停止する。
「お茶会おわりー。カルサ、またねー」
「ちょっとリリムっ!!」
クッションごと、私の頭部が持ち上げられる。
今はまだ、出来ることが何一つない。
カルサの抗議の声を背に、場から立ち去るリリムに身を預けるしかなかった。
◇
白い壁。白い床。
ここは
運び込まれた私の頭部。
リリムの手ずから運ばれた先。
「ようこそ、私の秘密基地へっ」
室内の、頑丈そうな造りの作業台に置かれた後。
リリムは演技がかったような声で、私を迎える。
「王宮地下、ここの存在知ってるのはー、私とカルサだけ」
現王……カルサの父ですら知らない
手足どころか、首から下が丸ごと存在しない状況だが……情報だけは、収集できる。
「リリム、解放を要求します」
端的に、要求を行う。
今、私は虜囚だ。
【***】――実行、可能。
だが、これは最後の手段だ。
限界まで、温存する必要が在る。
先ほどは黄金姫も直近、さらに護衛のメイドロイド達が周囲に控えている状況。
今、この場には彼女と私だけ。
――つまりは、彼女を無力化出来れば。
「貴女の目的を、教えてください」
ならばまずは、交渉である。
彼我の要求を確認する。
私の目的は、お嬢様の傍に在ること。
「んー」
リリム・ヴランバルドは私に背を向けながらラボに備えられた、何かしらの機器を弄りながら。
「実験、かな」
「貴女の目的の為にですか」
「そう」
視線だけ送りながら、微笑む。
先のお茶会の場では口を閉ざさせた話題。
こいつの、目的は。
「サレナ……だったわね。貴女の存在は、とても興味深い」
機器の操作装置を、まるでピアノの鍵盤を踊らせるように叩く。
「こことは限りなく近く限りなく遠い世界。そこからの、来訪者」
――この女は、何を言って、いる。
「それだけでも価値がある。カルサは、貴女の身体……神代鍛冶のメイドロイド、そこに宿った人一人分の魂で実行可能な【***】に興味を持ったようだけれど」
世界の理を超える力。
それが【***】。
王が欲するそれすらも、この女には興味がない。
「貴女、生き返ったのよね?」
「……」
沈黙。
それ以外の手段が思い浮かばない。
「貴女は一度死んで、メイドロイドとして自己を継続している」
女の眼が、黄土色の瞳が――極光に輝いている。
「つまりは、蘇生。完全なる自己継続」
我が国、死霊魔術師の
異世界であろうと、死後の復活はヒトの夢である。
……古今東西・多様な魔法でその試みは行われている。
だが、完全な自己の意識を保ったままの復活は可能としていない。
まさに神の御業である。
「創世神ユキイヴィシュの気まぐれかしら」
この世界の最高神。
神が偶々、不幸な死を遂げた者に二度目の生を与えたような。
そんな奇跡。
「理由は、これから解明する。私に必要だから」
奇跡を解剖する。
必要であれば、神の奇跡ですらも。
「待っ――」
「待たないわ」
ラボの設備が起動する。
作業台……平坦だったその場に、仕込まれた機構が動作を開始。
パネルから数々のチューブが触手のように、林立する。
伸びた鎌首は、中央に鎮座する私の頭部へ殺到した。
「――」
外部からの強制アクセスを確認。
チューブ先端に備えられた、細いドリル状の切っ先。
硬いはずの
「あ」
その声は、果たして私から発せられたのか。
即座の強制機能停止……不可能。
信号途絶、侵入への拒否不可。
ファイヤーウォールも、全てのレジストは機能停止している。
あばかれる。
私の『俺』のすべてが凌辱される。
「ぁっ、ァッ……a」
おじょうさまにも、話していない『俺』のこと。
もらった日常が心地よくて、覆い隠していた過去のこと……。
全てが、すべてが。
「ふぅん」
リリム・ヴランバルドが暴かれた事実に、嗤う。
「そう、
やめろ。
「あはは、男性だったのね」
やめて。
「ヒトから機械になった気分はどう?」
やだ、やだ、やだ――!
「……うふふ、やだ。つい意地悪しちゃったわね」
甲高い、機械音と共に。
私の頭部に挿入された数多のチューブが、接続を解除する。
――機能、一部回復を確認。
しかし私の全てを曝け出されて。
暴かれ、嗤われ、見透かされた傷は回復のしようがない。
「あ、あぁ……」
みられて、しまった。
「やっぱり」
リリムが、私の頭部をその胸に抱きかかえる。
機能が一部回復したというのに、私は何ひとつできない。
あまりにも、大きな傷。
『俺』が私で在る為に必要な、純粋を破壊された。
「おじょうさま、ごめんなさい」
「サレナ、貴女は私に必要なモノだった」
破壊した女は、妹を裏切り魔に身を落とし王国も欺いて。
それでも必要とした私を、大切そうに抱き締め。
「これで、叶う」
◇
「ただいま、リリィ」
「……ここは、お姉様の家ではありません」
帰って、きた。
ヴランバルド家の別荘、今は当主であるお嬢様の本宅。
そこに私は帰還を果たしていた。
余計な、
私がダンジョンで身柄を奪われ、恐らく十日前後。
出迎えた、お嬢様とアサガオ。
二人の疲弊が目に取れる。
「もー、それが姉に対する態度ー?」
「お姉様は、もう少し自身を顧みられた方が良いかと」
それでも、
「せっかく、返しに来てあげたのに」
私は、相も変わらず頭部のみ。
蓋が開けられた木箱の中である。その下には、私のボディ……お嬢様から頂いた、無銘の刀も収められている。
組み立て前の人形。手も足も、乱雑に木箱の中。
ただ無力に、お嬢様を見ている。
「しばらく預けておくわ」
私の納められた木箱を、たった一人でリリムに付き従う赤のメイドロイドが差し出す。
乱雑な扱いだが、抗議すらできない。
「また、頃合いを見て取りに来るから」
まるで、何時でも回収できるロッカーに収めるように。
「それまで預かっていてね」
リリム・ヴランバルドは私を返却した。
帰還に喜ぶことなど、出来はしない。
明確な敗北と隷従である。
「返しません。絶対に」
なのに。
姉と同じ、黄土色の瞳を。
――極光の黄金。
世界を照らす光で輝かせながら、宣言した。
「そう」
妹の、決意を前に。
『私達』の敵は、楽しそうに去っていった。
赤のメイドロイドがそれに続く。
緊張が、解かれた。
アサガオが腰を砕きながらも、這うように私の収まった木箱に手をかける。
疲労で弱った力だが、何よりも喜びがそうさせていた。
「されな」
ごめんなさい。
彼女にも、謝るべきはたくさんある。
ダンジョンに潜入する際、もっと耳を貸していれば。
超深度ダンジョン、そのダンジョンマスターであった存在があれ程の脅威だと仮定していたならば。
石弓ひとつでも手段となっただろうに。
結果、この醜態だ。
……頬が、温かい液体に接触。
否、アサガオの涙が……温度が、帰ってきたのだという心地よさを思い出してくれる。
「サレナ」
お嬢様も、疲れ切った顔。
病で弱ったお身体のはずなのに。
わたしが、護るべきお方なのに。
護っていただいた。
凌辱され、汚され、簒奪された私を。
わたしは――。
どうお返しすれば良いのか。
「おかえりなさい」
「……ただいま、もどりました」
今は、こうするしかない。
ただ――今この場に大切な人と居ることを喜ぶ。
そして。
備えるのだ。
お嬢様の『絶対』を御護りする為に。
◇異世界トピック◇
【創世神ユキイヴィシュ】
この世界を創った最高神の女神と信仰されている。
世界から魔を駆逐し人々に繁栄をもたらす為、使徒を遥か遠き世界から遣わすとされる。
その使徒には、世界の理を覆す力が与えられるそうだ。