目を覚まして郵便受けを見にいけば不思議なチラシが入っていた。
「魔法少女ラーメンオープン!! 高潔な味をあなたに!!」
(何ですか……これは?)
私(小学生くらいの少女)は洗面所で顔を洗いながら考える。
魔法少女ってあれか。
物語の中でちょっとえっちな目にあったり、がっつりえっちな目にあったりする……。
いや、もしかしたら真面目に怪物とかと戦うタイプの魔法少女かもしれないけど。
その魔法少女がラーメン屋を開く。
いかんせん無理筋に思える。
正体は隠さなくていいのか?
衛生面は大丈夫か?
とにかくいろんなことが気になるが、鏡で自分の容姿に気づく。
橙色の瞳に橙色の髪(黄土色、土気色に近かったが可愛くない表現なので却下)
髪を染めたりカラーコンタクトを付けた覚えはない。
「なんだ、夢ですか」
一軒家に私みたいな小さな子供が一人暮らしな時点で変だと思ってた。
たぶん親は出張中とか入院中とか生き別れの状態で敵幹部をやってるとかそういう設定なのだろう。
「夢ならなんでもいいか……」
私は最高に
魔法少女のラーメン屋。
せっかくの夢なら行ってみようではないか。
●
「ここですか……」
全身土気色……じゃなくて綺麗な橙色のジャージに身を包んだ私が見ていたのは、何の変哲もないビル。
その一階に「魔法少女ラーメン」のごんぶと筆書き看板がかけられていた。
こんなに堂々としているとこちらが心配になってくる。
「まあ夢ですしね……」
この夢が自分の欲求を表してるとかだとイヤだな……などと思いつつ扉に手をかける。
さあ、いったい魔法少女のラーメンとは――。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
扉を開けた瞬間、隙間から吹雪が漏れてくる。
慌てて締めようとするも、風が強すぎていっこうに閉まらない。
ふらっと入店して一杯食って話のタネにする。
そんな軽い気持ちで入店する店ではなかったのだ。
(ラーメン以前の問題……!! 店の名前に魔法少女とか入れたりする店が普通のはずなかった……!!)
本格的に後悔してきた私は、それでも諦めずに扉を閉めようとする。
さすがにこのまま開けっ放しにするのは近所迷惑だ。
地面などつるつるに凍結してきている。
足場など踏ん張りがきかなくなって――。
「うわああ!?」
滑る。
この時に後ろに滑っていくのならよかった。
扉を閉めようとした前方向の力はそのまま私を店内に引き入れる推進力に。
間の悪い事に吹雪も止んでおり、吸い寄せられるように店に入れられてしまった。
「……」
扉が閉まる。
もう逃がしてはもらえないということか。
このラーメン屋から。
店内は意外なくらい普通だった。
ところどころ床が凍結しているものの、
(もっとハートやリボンでコテコテに装飾されたのをイメージしていた)
壁には黄色い魔法少女のポスター、その横にはメニューを書いた札が
高潔ラーメン。
価格は書いていない。
『高潔たる店には高潔たるラーメンを……』
どこからともなく聞こえた声に身構える。
厨房側、店の奥の扉が青い光とともに勢いよく開いた。
再びの吹雪。
そして出てくる。
青いドレスをまとった少女が。
「凍てつく絶対零度の高潔……高潔の魔法少女、
手をぴんと前に伸ばし、髪をたなびかせ決めポーズを取るその姿はまさに魔法少女。
ポーズが上手くいったためか、何やらすごい得意げな顔をしている。
直感でわかる。
こいつはこの店の店主だ。
こいつ一人で切り盛りしている店だ。
人の話を聞かなそうなこの態度がこの店の在り方と一致している。
とりあえず変身の演出で客を凍結させるのは止めてほしかった。
●
「高潔たるお店には高潔たる注文を……。さあ、高潔なる私に メニューを高らかかつ高潔に宣言することね!!」
「(高潔高潔うるさいな……)その前にひとついいですか? お店で吹雪を出すの、止めた方がいいですよ。そもそも店に入れる気ありましたか?」
「ふふ、高潔な質問ではないけど高潔に回答してあげるわ。どんな質問にも誠意をもって回答する……これこそが高潔たる魔法少女の証明……」
「(いいからさっさと答えろよ)へええ、すごいですね」
「ふふふ、そうでしょう。そして答えは簡単。高潔たるお店には高潔たる客が必要だからよ」
「は?」
「高潔たる客であれば私の浄化技『高潔ブリザード』にも耐えられるはず。あなたは私のテストに合格したのよ。誇りなさい」
「は???」
完全に確信犯。
事故だったら救いようもあったのだが、むしろこの自称魔法少女は自分のやっていたことを信じて疑っていない。
席を立つ。
自分にも店を出る権利くらいはあるだろう。
魔法少女だかなんだか知らないが、少なくとも接客業がわかってない。
「ま、待って!! 一杯だけ……!! 一杯だけ私の『高潔ラーメン』を食べていって!! あなたが初めての客なの!!」
(そりゃあそうでしょうね……)
まともな人間ならそもそも店に入らないだろう。
今日がオープン日らしいし。
「お願い……!! 今日のために頑張って練習したから……!!」
(う……)
自称魔法少女の青い瞳がうるうるときらめく。
こうなると断りづらい。
どう見ても変な人間にこんな絡み方をされるとは。
夢なら早く覚めてほしいものだ。
(夢ですよね、これ……?)
しょうがなしに「高潔ラーメン」を頼むと、「はいよ!! 高潔ラーメン一丁!!」とノリノリの声が返ってくる。
なかなか覚めない夢にいよいよ不安になってくるのだった。
●
「高潔ラーメン一丁あがり!! 高潔な味が損なわれないよう、高潔に食すことね」
「……」
目の前に出されたのは真っ青なスープに氷が浮いているものだった。
「あー、高潔の魔法少女さん? これはいったい?」
「ふふ、麺は最後まで悩んだんだけどコンニャク細麺とさせていただいたわ。高潔なる味をあなたに……」
「じゃなくて!! この青いのと氷っぽいのは何って聞いてるんです!!」
「それは私の魔法力よ。もちろん高潔。口にした時点で私の記憶……このラーメンにかける『想い』が頭に流れ込むようになっているわ。最後の一滴まで思う存分、
「(そんなやばいもんを……!!)口にできるか!!」
「え……」
「あ」
つい本音が口を出てしまったが、こちらも我慢の限界だったのでしょうがない。
高潔を名乗る魔法少女は本気でショックを受けたのか髪の毛がしなしなと垂れ下がっていた。
(魔法少女の髪の毛は感情に左右されるらしい)
言ってしまったものはしょうがない。
むしろウソをつかずに済んだとも言える。
「最初に吹雪を食らわせたのも、こんなラーメンを出すのも非常識です。魔法少女だかなんだか知らないですがラーメンは味で勝負してください。接客も。私じゃなかったらもっとキレてます」
高潔の魔法少女はしょんぼりとしたまま何も言い返さない。
……夢とはいえ少し言い過ぎただろうか?
「高潔ラーメン」のネーミングのダサさにツッコまなかっただけ優しいと思ってほしい。
自分にそう言い聞かせながら「お代、わからないからこれを置いときます」とポケットに入っていたドングリを置いていく。
……これでこの魔法少女は自分の振舞いを見直すだろうし、自分は不思議な夢だったと目を覚ましてから話のネタにする。
これで良かったのだ、これで。
店を出る前に魔法少女の独り言を聞くまではそう思っていた。
「私は……あの人のために頑張らないといけないのに……」
「……」
なぜかその一言が気になってしまった。
「あーもう!! しょうがないですね!!」
「え……?」
「食べるって言ってるんですよそのラーメン!! あと!! どうせ他に客なんか来ないんだからいろいろアドバイスをするって言ってるんです!! このお店、直すところいっぱいあるんですから!!」
高潔の魔法少女がドレスで顔をぬぐう。
次の瞬間には上品な笑みを浮かべていた。
「ふふ……!! さすがは私の見込んだ高潔な客ね!! ……ありがとう」
お
この時になって初めて、この少女に高潔さを感じたかもしれない。
ストレートに感謝された照れ隠しにまずは指摘することにした。
「まずはこのお店、メニューが少なすぎるんですよ。世の中にはいろんな人がいるんだから、いろんなメニューを取り
「たとえば?」
「え?」
急に聞かれても困る。
普通に味噌ラーメンとかでいいと思うのだが、「高潔ラーメン」と並べるには微妙な気がする。
「高潔」はこの魔法少女が連呼しているように、存在を表す概念的な言葉だろう。
同じような言葉を並べる方が統一感があるかもしれない。
その時、ぱっと頭に浮かびあがった。
「……不屈!! 不屈ラーメンなんてどうですか!!」
「不屈ラーメン……」
「その高潔さの欠片もないダサいネーミングはどうにかならないの?」
「お前ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
夢はまだ覚める様子がなかった。