「元の世界に戻らなくていい……? それってどういうことですか?」
「ふふ、言った通りの意味よ。お姉ちゃん、思うんだあ。この世界の私達の体は魔法力でできている……寝るのも食べるのも
言葉にぞわりとしたものを感じる。
この自称姉――調和の魔法少女は恐ろしいことを口にしている。
私達は既に、永遠を手にしている。
「そ、そんなのダメです!!」反射的に口にした言葉はゆったりとした笑みに返された。
「何がダメなの? お姉ちゃん、ツタを通してあなた達の記憶は探らせてもらったの。……あなたはアイドルになりたいんでしょう?」
「そうです!! だから元の世界に戻って――」
「戻ったらなれなくなるんじゃない? アイドルに」
「な――」
何を言っているのか理解したくない。
調和の魔法少女は垂れた髪を楽しそうにいじっている。
まるで虫をつついて遊ぶ子供のように。
「ふふ、今の世界にずっといれば『元の世界に戻ったらアイドルになれるのに……!!』ってずっと言い訳できるじゃないの。もしも元の世界に戻って
「……私はデビューまで……してて……」
「そのデビューってのは本当にキラキラしたものだったの? 正直、労力に見合ってなかったんじゃないの? モンスターが出るなんてトラブルで台無しになったのは不運だけど……これから先も似たような事態はあるかもしれないよ? そもそも元の世界ってモンスターが現れてパニックになってたし娯楽産業なんて続ける余裕あるのか、お姉ちゃん疑問に思っちゃうなあ。あなただってうすうすそう思ってるんじゃないの?」
「違う!! 私は本当に……!!」
「ふふ、無理しなくても大丈夫。あなただって本当は諦めたいんでしょう? お姉ちゃんがそれを
二人とはおしゃぶりをくわえてハンモックの上でゆらゆらしている二人のことだ。
そういえば自分はこの二人の過去を知らない。
「高潔ちゃんはもともと真面目な子でクラスの学級委員に立候補したけどおしゃべりでスポーツができる子に投票で惨敗……。自分一票しか入らなくて周りからもバカにされてたみたい。魔法少女になってからも周囲とソリが合わなかったり、親に自分だと気づけてもらえなくてショックを受けてたのね……。挙句の果てに浄化技を暴走させて町ひとつ凍らせてる。……けっきょく大事には至らず星ヶ浜ちゃんに励まされたみたいだけど、こんな子が元の世界に戻って幸せになれるのか、お姉ちゃんわかんないなあ」
「高潔さんが……」
「自由ちゃんも似たようなものね。毎日インターネット漬けで学校にも行ってなかったみたい。魔法少女になってからも家にこもろうとしてたけど、魔法力が強いとみるや周囲から持ち上げられて……でもメインの浄化技が毒霧だとわかった途端に気持ち悪がられたみたい。本人がキレて毒を世界中に巻き散らそうと画策しているところを星ヶ浜ちゃんに止められたって感じ……。ふふ、この子もとんだ困ったちゃんね」
高潔も自由も人に言えない過去があった。
それ自体は別にいいのだ。
人に見せられない心の傷は誰にだってある。
「あなたはナナちゃんの知り合いじゃないんですか……? どうして……」
「ふふ、元の世界で星ヶ浜ちゃんは私に会いに来てくれたんだけど……ちょっと事情があってね。戦っている姿は知ってるけど、お姉ちゃん直接お話したことはないんだあ」
……自分達三人は多かれ少なかれナナに救われている。
だがこの自称姉は違ったのだ。
何となくわかる。
この人は心に闇を抱えたままこの世界に来た――。
逃げ場なし。
おしゃぶりが近づいて来る。
何か打開策は――。
(ダメです……情報が少なすぎます!! 少しでもいい……糸口があれば……)
「ふふ、もうわかったでしょう? あなたは私の妹になるしかないの。さ、この森の中でずっとお世話されるのね」
「……ばぶ」(諦めてはダメよ……)
ハンモックの方から確かに聞こえた。
ばぶばぶしつつも高潔な一言が。
ハンモックは揺れ続けていた。
いや、揺らし続けていたのだ。
ハンモックの揺れに合わせて重心を傾けて。
「ばぶばぶばぶばぶ……」(私はあなたに教えてもらった……最後まで諦めない不屈の心を……!!)
限界まで達した振幅から高潔の魔法少女が宙へと放り出される。
そのまま棚の方へと
「ばぶうー!!」(絶対に届けるわ!! この状況から逆転するためにアレを……!!)
「高潔さん……!?」
「ふふ……お姉ちゃんがそんなこと許すと思った? 舐められちゃったなあ……」
止めに入った時はもう遅い。
猛ダッシュの自称姉が今まさに立ち上がらんとしていた高潔を捕まえようとしていた。
自称姉の足に何かが飛びかかる。
それは自由の魔法少女だった。
「同じ方法で……!! あなたまでお姉ちゃんに盾突くつもり!? 元の世界で問題ばっかり起こしてたんでしょ!? 大人しくお姉ちゃんに管理されていなさい!!」
「ばぶ……」(管理されるだあ……? んなもん全然自由じゃねえ!! アタシは確かにデキた人間じゃねえよ……。それでもな!! ちょっとずつでも真っ当に生きて行こうってもう覚悟できてんだよ!!)
「この姉不幸者があーーーーーーーーーー!!」
「自由さん!!」と叫んだ時、自由の魔法少女は既に調和の魔法少女に振り払われた勢いで壁にぶつかっていた。
してやったりの視線の先には高潔の魔法少女だ。
はいはいからよちよち歩き。
そして棚の上の写真に手をかけていた。
自分はあの写真に何が映っているのか確認できなかった。
でも恐らく、高潔の魔法少女はハンモックから何かに気づいたのだ。
この状況を覆す何かに。
「ばぶ……!!」(受け取りなさない不屈さん……これが今の私の全力全霊……)
おしゃぶりが吹っ飛んだ。
「高潔ブリザード!!」
微弱な冷風とともに写真が宙を舞う。
調和の魔法少女の手をかいくぐったそれは、私の手へと吸い込まれていく。
力を使いすぎたか、その場で崩れ落ちる高潔さんに最大の感謝をする。
(これが高潔さんの渡してくれた手がかり……え?)
写真に写っていたのは四人。
二人の成人男女を挟むように、両脇に小さな女の子。
何の変哲もない家族の写真だった。
「ふふ……あははははは!!」
調和を名乗る魔法少女の笑い声が部屋を覆いつくす。
まるで植物のツタが建物に絡みつくように空間を支配していた。
「そう、それは私の家族写真よ。元の世界でも私はお姉ちゃんだったの。残念だけどあなたのお仲間は私が名実ともにお姉ちゃんであることを証明しただけだったみたいね」
「……」
写真を注意深く見る。
成人の男女――恐らくは父親と母親はどことなく困っているように見えた。
そして、それぞれに手を繋がれた少女だちは互いによその方向を見ているのだ。
まるで頑なに視線を合わせないように。
(これってもしかして……)
一瞬のためらい。
人の過去に踏み込むのは自分自身、褒められた行為じゃないと思う。
だが一方で、この事実を指摘しなければ目の前で高笑いを続けている少女のことはわからないままだと思った。
意を決して、言った。
「妹と仲が悪かったんですか……?」
部屋に鳴り響いていた高笑いが止まった。