バイクで安全なところまで進んだ後、私達は共鳴する化粧パクトとぬいぐるみを近づけた。
『ぷはー!! みんな久しぶり!! 大丈夫だった!?』
そんな星ヶ浜ナナの第一声を聞いて歓喜の声が満ちていく。
ぬいぐるみという人っぽい体を得たことで大分見た目がよくなっている。
もう化粧パクトをパカパカさせずともおしゃべりできるのだ。
「ナナちゃんは私が抱っこします」「ずりいぞ不屈!! ほら!! ナナさんこっち来てください!!」「あなた達、星ヶ浜さんはモノじゃないのよ。なでなでなでなでなで……」
思い思いにそんなことを口にする。
一人、気まずそうにしていた風斗木乃シラベこと調和はそんな私達を見て困った笑みを浮かべている。
どうやらもう敵意はないらしいが、さっきまで鬼の形相をして襲ってきたことは忘れてはないらしい。
「ふふ、今日はここで休憩ね。良かったらお姉……じゃなくて私に準備をさせてくれないかしら」
やはりさんざん姉ぶったことを気にしているのか、控えめな調子で言われたその言葉に頷く。
過ちを償おうとしている人を突っぱねるほど狭量ではない。
相手の気持ちを推し量ってこそのアイドルなのだ。
(「この距離なら私達が有利だしね」と高潔が言っていたが台無しなので聞かなかったことにした)
「でも準備っていったい何の……?」
「ふふ、温泉よ。あなた達をお姉ちゃん温泉でもてなすわ。あ……!! 今の私にお姉ちゃんを名乗る資格はないわ……私はお姉ちゃんになれない……。お姉ちゃん失格温泉でもてなすわ!!」
「……もうお姉ちゃん温泉でいいと思いますよ」
ツッコミを入れる相手が増えたのは間違いなさそうだった。
●
真っ暗な夜に緑の湯気が立ち昇る。
魔法力が溶けだした色であるそのお湯は効能として疲労回復、肩こりの解消、新陳代謝も活発にしお通じだってよくする。
少女が三人、体を流す。
いざ温泉へ――。
「おい不屈。なんだその謎の光は」「……なんのことです? 私はただ胸のあたりに橙の光を飛ばしているだけですが」「おいおい見せろよアイドル~。対抗してやろ」「謎の光に謎の光を飛ばして戦わすなです!! マジで!!」「あなた達、騒がしいわよ。お風呂はゆったりと高潔に楽しむもの……ふにゃあ……」「高潔さんいきなりノボせてないですか!?」
和気あいあいとしたガールズトークを楽しみつつ湯につかる(高潔も自前の氷でうまく温度調整をして無事だった)
「いやあ、やっぱりお風呂はいいですねえ……。心が洗われるようです……」「はは。年寄りくせえな」「む……この通りピチピチの子供ですよ、私は」「それはどうかしらね」「え?」
高潔がアヒルの玩具で遊びながら言う。
今の自分達の容姿は魔法力により構成されたもの。
つまりは本当の姿ではない……ということだ。
「不屈さん、あなたは元の世界でアイドルを目指していた。その時は小学生だったのかしら?」
「それは……違うと思います。正確には思い出せないですけど……」
「だったら私と同い年か……年上かも。まあ、あまり関係のない話だけどね」
「……」
お風呂に顔を沈めてコポコポしてみる。
今の容姿、小顔で気に入っているのだがこれも仮のものということか。
何だかちょっともったいない。
「あなたのアイドルを目指す努力が反映されたと見るべきね。そんなに落ち込むことではないわ」
「落ち込んではないですけど……ありがとうです」
あらためて高潔の顔を見れば綺麗な曲線を描くツリ目が特徴的だった。
これも自分にはそう見えているだけなのかもしれない。
そう思うとなんだか不思議な話だ。
私達の本当の姿を、私達の誰も知らない。
「はいポエム一丁あがりました~ってな。見てくれなんか気にしてもしゃあねえよ。ナナさんなんて今はぬいぐるみだしな」
「……。ナナちゃんと調和さん、何を話してるのかな」
星ヶ浜ナナと調和の魔法少女はこの場にはいない。
お風呂に入る前に調和が二人で話させてくれと頼んできたのだ。
……ぬいの姿ではお風呂に入れないし、ちょうど良かったといえばそうなのだが。
(ドタバタしてたからナナちゃんとゆっくり話すのも後回しになったんですよねえ……。話せるようになってから襲撃、襲撃でやっと今の状況ですし……)
結局、ナナと桃夢園ノゾミとの関係も聞けていない。
調和とも繋がりがあったのだから、何か関係があるのは間違いないのだろうけど……。
あるいは調和とその辺りのことも話しているのだろうか。
「じゃ、聞くか。二人の会話」
「はい???」
既に自由は低濃度の毒霧を二人がいるテントへと飛ばしていた。
さも当然というにやけた笑顔を見せながら。
「盗み聞きなんて高潔ではないわ……!!」「アタシがいる時点であの二人も織り込み済だろ。ハダカの付き合いってな」「ハ……!! ハレンチよ自由さん!!」「なに想像してんだ」
高潔と自由がちゃぷちゃぷとじゃれ合う中、自分も聞き耳を立てていた。
盗み聞きは確かによくないのだが、これは二人が険悪になってないかを確認するためでもある。
調和の魔法少女にもう敵意がないのはその魔法力からわかるとはいえ、万が一のこともあるのだ。
ウソ。本当は興味本位である。
霧を通してテントの中の様子が伝わってくる。
そこでは調和の魔法少女が星ヶ浜ナナ(ぬい)を見下ろしている。
二人の会話が聞こえてきた。
●
『シラベちゃん、私のぬいぐるみを持っててくれてありがとう!! この胸のベルトもすっごいオシャレ!!』
「ふふ、それはどうも。そう言われるとお姉ちゃんも……あ」
『……まだ気にしてるの? 元の世界でみんなのことを支配しようとしたのは良くないけど……シラベちゃんなりに頑張ろうとしてたんだよね……?』
「ううん、私にあったのはちっぽけな虚栄心だけよ。それであの子のことも傷つけてしまった……。やっぱり私はお姉ちゃん失格よ……」
『……。あの子ってノドカちゃんのことだよね? 少なくともノドカちゃんはそう思ってなかったよ』
「どうしてあなたにそんなことが――」
『だって私がシラベちゃんに会いにいったのはノドカちゃんに言われたからだから』
「え……?」
『風に乗ってノドカちゃんの願いが私に届いたの。お姉ちゃんが苦しそうだから助けてほしいって。あのままだとお姉ちゃんが壊れちゃうからって……』
「……あの子が? でもあの子は私のことを……」
『ノドカちゃんはシラベちゃんのことを嫌ってたんじゃないだって。いつもみんなのお世話を焼いて、自分に構ってくれなくなったから……』
「そんな……。じゃあ私は……」
『……。ノドカちゃんも自分が悪いって言ってたよ。素直になれなくて憎まれ口ばかり叩いてるって。自分はきっとお姉ちゃんに嫌われてるって』
「……」
『ノドカちゃんはお姉ちゃんに元の優しいお姉ちゃんに戻ってほしくて……元の仲の良い姉妹に戻りたかったの。……それだけは確かなことだよ』
「そうだったのね……。あの子がどうなったか、あなたは知ってる?」
『ごめんね。ノドカちゃんは目を覚まさないままで……でも、魔法力で覆われてる状態だったからきっと目を覚ますよ!! 私はその後、モンスターを倒しに他のところへ行ったから……』
「……ふふ、それだけ聞ければ十分よ。元の世界に帰る理由ができたもの。……星ヶ浜ちゃん、ひとつだけ教えてほしいの。あなたの魔法力なら私のテリトリーを破ることはできた。でも、あなたはそうしなかった。……なんで?」
『だって無理やりじゃ意味ないって思ったから!! 私はあなたと……ちゃんとお話ししたかったから!!』
「ふふ……敵わないわね、あなたには」
●
何だか胸があったかくなったのは温泉のおかげだけではないだろう。
調和の魔法少女もまた、少しのボタンの掛け違いで上手くいかなかっただけなのだ。
そして何よりもナナのおかげだ。
時間はかかったけど、その想いはついに届いたのだ。
「やっぱりナナちゃんはすごいです……!! 聞いてましたか高潔さん、自由さん!!」
「ふーん、けっこうちっちゃいな」ちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷ
「や、やめなさい!! 私は高潔!! 全体のバランスをみなさいバランスをー!!」ばしゃばしゃ!!
「……聞いてなかったですね」
ため息とともに温泉に身をゆだねる。
温泉で遊んでいる二人を見るにつけても何だか落ち着いた気分だ。
高潔と自由も一癖ある人間だが悪い人ではなかった。
(ツッコミ役として気苦労は絶えないが……)
もしかしたら桃夢園ノゾミも悪い人間ではないのかもしれない。
何かを勘違いしているだけで敵意があってやってるわけでは――。
脳裏によぎる。
桃夢園ノゾミと、もの言わぬ星ヶ浜ナナの体が。
――そんなワケないじゃない。
嘲るような笑い声が聞こえた気がした。
「……!! 二人とも温泉から上がるですーーーー!!」
次の瞬間にはお湯は桃色に沸騰し間欠泉のように吹き上がっていた。
そう、温泉は爆発したのだ。
自分達三人は前転で受け身を取りながらも叫ぶ。
「変身!!」
三つ重なった声の後には
「ナナちゃんと調和さんのところに!!」
頷く時間も惜しいか、既に三人で駆け出していた。
桃夢園ノゾミに何らかの攻撃をされた。
そんな当たり前の事実は確認すらしなかった。
悪寒が走った気がした。
「不屈、背後だ!!」その声に反射的に叫ぶ。
「不屈シールド!!」
鉱石が遮ったのは桃色の謎の光。
私達三人を覆ったそれがわずかに砕けた。
声に反応できなければ背後からモロに攻撃をくらっていた。
「自由さん、助かりました!!」
「いや、さすがの
「攻撃してきた方にも敵はいない……どちらにしろ突っ走るしかないようね」
さっきまで謎の光を出し合ってキャッキャしていたのに。
そんな自分達をあざ笑うかのように唐突に桃色光線は飛んできた。
(ナナちゃんと調和さん……無事でいてください……!!)
『みんな!!』
正面から星ヶ浜ナナ(ぬい)が調和に抱きかかえられこちらに向かってくる。
(よかった……とりあえず合流は……!!)
「横からだ調和のアネキィィィィィィ!!」
桃色光線が横殴りに調和の魔法少女を飲み込もうとし――。
「調和ウィップ・サポートモード!!」
地面から伸びた緑のツタに持ち上げられ、調和の魔法少女は上空へ回避。
ぬいを抱えたままツタに自分を放り投げさせ、私達の隣へと着地した。
「ナナちゃん!! 調和さん、ありがとうございます!!」
「……あなた達のおかげよ。あなた達が私に姉の誇りを思い出させてくれた……。これからは私も戦うわ。元の世界に戻るために」
「高潔な志ね。調和の魔法少女、あなたを高潔だと認めるわ」
「悠長なこと言ってる場合じゃないみたいだぜ……!!」
自由の一言に全員が警戒する。
謎の光が四方八方から一点へと集まっている。
ただならぬことが起きている。
もう既に桃色の光は凝縮され、立ち上がり、少女の姿へとなっていたのだから。
桃色の長い髪はかわいらしさもありつつ自己の存在を主張するよう。
そして桃色の瞳は――。
「久しぶりね……ナナ」
『……!! ノゾミちゃん……!!』
星ヶ浜ナナしか映していなかった。
「ノゾミちゃん……!? じゃあこの人が……」
私の声に桃の少女――桃夢園ノゾミが反応する。
どこまでも深いその桃色の瞳が私をとらえる。
ぞっとした。
「あなたが……あなた達がナナを苦しめる悪い子たちね……」
その瞳は雄弁に物語っていたのだ。
「このカラフルなウジ虫どもが」と。