「ごちそうさま……でした……」
「さすがは私の認めた高潔な客……スープの一滴まで飲み干す高潔な食べっぷりだったわ。で、どうだった?」
「……」
恐る恐る口にしたスープからは高潔の魔法少女がこのラーメンにかける想いが伝わってきた。
客を選り好みするために放っていた浄化技の位置調整は
さらに厨房に仁王立ちして客にニラミをきかせる練習……。
発声練習だって忘れない。
「高潔ラーメン一丁!!」と気勢の良い声は毎朝のボイストレーニングから生み出されるものだった。
浮かんでいた氷を口に入れる度に毎日の様子が伝わってくるのだ。
「ひとついいですか?」
「何かしら? 高潔な意見であれば受け付けるわ!!」
「……ラーメンを作る練習をしろーーーーーー!!」
麺はコシが弱くて普通にまずかった。
●
「ラーメンを作る練習……高潔な
「どういたしまして……」と椅子に背を預けてうなだれる。
「高潔な盲点ってなんだよ」などとツッコむ元気はあまり残っていない。
どうもこの魔法少女は
高潔と名乗るからにはルールや規則にはうるさいのだろうけど……。
「……」
改めてこの店唯一のメニューが書かれた札を見る。
おかしなところだらけなので今更感はあるのだが――。
「何で価格が決まってないんですか? というか支払いがドングリで納得したらダメじゃ……」
「……? 何を言ってるの? 魔法少女の支払いといえばドングリでしょう?」
「当然みたいな口調で言われるとイラッときますけどそうなんですね。ま、私のポケットに入ってたのは都合よく感じますけど」
「順序が逆ね。あなたがお金を支払おうとしたからポケットにドングリが生成された。あなたの魔法力によって、ね」
なるほど魔法力。
さすがは夢。
設定がフレキシブルだ。
さっきのラーメンでも使われたし、夢の不整合を埋めるための便利設定なのだろう。
ということでこの魔法少女のように自分も魔法力を行使して――。
「って私も魔法を使える設定なんですか!?」
「設定って何? ここにいる以上、使えるはずでしょう? ここがどこであるのか、私にも図りかねてるけど」
「……私も変身できる?」
「はい。可能か不可能かでいえばできるはず。能力の高さはわからないけどね」
「……私も魔法少女?」
「部分的にはそう。私に聞かれても困る」
「……私も戦う?」
「部分的にはそう。いま襲われたら私が守ってあげるけどモンスターに直接襲われる可能性がある」
「……私もえっちな目にあう?」
「……」
「そこで黙らないでください!!」
敵勢力の名前がモンスターとかいうド直球なのはこの際おいておこう。
変身したら怪物と戦わされるうえにえっちな目にあうなんてどんな罰ゲームだ。
「……一応、モンスターがそんな攻撃をしてくるなんて聞いたことはないわね。その……え……えっ……えっち!!」
「無理して言わなくてもいいです。じゃあ高潔さんはそのモンスターと戦ってたんですね?」
「おそらくは。……私もこの世界で目覚めてまずはラーメン屋を作ったからそれ以上のことはあまり知らない……。でも私の魔法力がささやくのよ。モンスターだけは野放しにしてはいけない……あいつらは魔法少女の……いえ、この世界全てのものにとっての天敵なのよ」
「……」
土気色のジャージに目を落とす。
逃げるには動きやすそうだが戦う恰好とは思えない。
真っ先に「逃げる」という選択肢が出てきた自分になぜか
「怖がる必要はないわ。高潔な私が断言する。あなたの橙色、とても綺麗だもの。そんなに悪い事にはならないわ」
「そんな歯の浮くようなことを言われても……。だいたいモンスターってなんです!! そんなのが街にいるんですか!?」
「もちろん可能性はあるわ。やつらはどこにでも現れる。一説には人間の不安や
「……私、いまけっこう不安になってますが」
「じゃあ出てくるかも。モンスター」
その時だった。
轟音とともにラーメン屋の壁が破壊されたのは!!
真っ黒な狼(でかめ)がそこにいたのだ。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁ!! 本当になんか出てきたああああああぁぁぁぁぁ!!」
「逃げなさい、私が相手をする」
「こ、腰が抜けて動けないです……!!」
高潔の魔法少女が自分よりも一回りも二回りも大きい相手と
鋭い牙と爪は獲物を殺すための純粋な凶器。
大きな口は少女達の体を優に飲み込むほどだ。
普通なら失神してそのまま
目の前の魔法少女の本気を、まだ知らない。
「高潔ブリザード!!」
初手必殺技。
逃げれない身としてはありがたい限りだ。
そう思っていられたのは一瞬の間だった。
青い
そのまま爪でドレスを引き裂き、前足で完全に魔法少女を床へと押し付けた。
「こ、高潔さーーーーーーん!!」
「……速く逃げなさい。高潔な私による高潔な助言よ。私の浄化技は範囲が広い分、一点突破を許してしまう。……相性負けね」
「冷静に敗因分析なんてしている場合じゃ……!! このままだとあなたは……!!」
狼が余った手を振り上げている。
魔法少女の防御機能であろうドレスを引き裂くそれが、本気で振るわれたら。
「一般人を守るのも魔法少女の仕事よ。……最後にもう一度あの人に会いたかったけど……」
高潔の魔法少女が力なく笑う。
それは自分自身を、あるいはボロボロになってしまった店内を卑下しているように見えた。
「あなた、魔法少女がえっちな目にあうか気にしてたわよね。そんな心配はないわ。だって……」
もしも、そんな状況になるくらい、魔法少女がモンスターに追い詰められているなら――。
「魔法少女は、モンスターに殺されてしまうから」
このまま逃げ出してとして誰も自分のことを責めはしないだろう。
魔法少女ですら敵わなかった相手で一般人ができることなどないのだ。
そもそもこれは夢だ。
恐怖のあまり、どこかで目を覚ますであろう夢だ。
そんな夢で勇気を出してなんの意味がある?
そう、逃げてしまえば――。
黒い爪が魔法少女に振り下ろされた。
鋭い弧を描いたそれは――。
「ウダウダうるさいんですよ……」
面を食らう高潔の魔法少女を尻目に、普通の少女である私が
「自分は高潔だ、代わりになるから逃げろ逃げろって……私の気持ちは無視ですか? 私は逃げることが誰よりも嫌いなんですよ……!!」
思い出してきた。
自分という存在を。
夢が叶わないとわかっていたとしても、決して諦めたりしない。
そう、自分は――。
「大地を照らす不屈の輝き!! 不屈の魔法少女……
魔法少女だ。
「不屈アタックーーーーーー!!」
叫んだ時には手には橙に輝くマイク型の武器が。
漆黒の爪を払い除け、勢いのままマイクを狼の喉元に突き立てる。
押し込んだそれは高速で振動を始め、狼の体を揺らしていく。
狼の体から橙の光が漏れて、そのまま派手に爆発させていく。
あまりの衝撃で破壊された壁から衝撃が広がり、店中の壁は壊れた。
ラーメン屋は
ふうっと息を吐く。
……無我夢中だったが自分の姿がジャージからドレスへと変わっていることに気づいた。
「ふふ、だから言ったでしょ。あなたの橙色……とても綺麗だって」
「高潔さん!! 無事でしたか!?」
「ええ。まあ、あのまま戦っていても高潔に逆転できたけどね。……あなたの高潔な行いに助けられたわ」
一方的にやられてたやん……などと言うのは無粋だろう。
それにしても、だ。
「魔法少女になってヤバめの怪物と戦うなんて……夢なら早く覚めてほしいです……」
「あら、目覚めたじゃない。魔法少女としてね」
上手いこと言ってる場合か……とツッコむ場面ではないのだろう。
頭に走馬灯のように記憶が甦っていく。
そう、これは夢だけど夢じゃない。
思い出すのはあの日のこと――。
自分が本当の意味で、初めて魔法少女になった日のことだった。