あの時の一言で自由には伝わっていた。
桃夢園ノゾミの瞳にはナナしか映っていない。
だったらナナを連れてくるのが一番だと。
そして桃夢園の館にバイクを走らせ、毒霧のセンサーを駆使しついに見つけ出したのだ。
ナナの分身であるぬいぐるみを。
「私のナナ……!! ナナァァァァァァァァ!!」
少女の叫びが地を這い衝撃波と化す。
後に続いた「触るなー!!」は邪魔者と判断した相手への純粋な破壊衝動。
自身が好きな人すらも巻き込もうとして――。
「おらよ!!」
内部のガスをパンパンに膨らませてバイクが爆発をする。
爆風で搭乗者三人を宙へと完全に自由にし攻撃を回避した。
「テメエを殺す自由という名の毒……ってな」
桃色の竜巻がぬいぐるみへと伸びる。
全てを切り刻む勢いのそれが接触寸前のその瞬間――。
「調和ウィップ!! サポートモード!!」
緑のツタがインターセプト。
私の方へとぬいぐるみを弾く。
「みんなが思い出させてくれたのよ……私の本来の持ち味を」
既に駆け出していた私はぬいぐるみへと飛んだ。
両腕と橙のドレスの間にしっかりと抱え込む。
「あなた達ザコが……どうして邪魔ばっかり……!!」
慣性で着地しようとする私に桃色の濁流がなだれ込む。
全てを流し込み跡形もなくす勢いで、鉱石で受けきれない
「高潔ブリザード!!」
私の軌道が変わり、摩擦の消えた床を滑る。
素通りした濁流は横殴りに地下室の壁を貫通していた。
思い出したのはこの世界に初めて来たときのことだ。
魔法少女のラーメン屋に入ろうとして、滑ってそのまま店内に入っていった。
変な世界で、変なことばかりだったけど――。
高潔に、自由に、調和に会えて良かった。
後は――。
「ナナちゃん!! 聞こえてますか!?」
――。
「自分で何とかするみたいなことを言って……結局頼ることになって、都合の良いことを言ってるってわかってます!! でも……あなたの力が必要なの!!」
――。
「私は……桃夢園ノゾミを……希望の魔法少女を助けたいんです!!」
――うん、それがあなたの答えなんだね。
「……!! ナナちゃん!!」
『ごめんね……私がずっと何も言わなかったからこんなことになっちゃって……』
希望の魔法少女の周囲には巨大な竜巻が幾重にも重なっていた。
最早、近づくことすら困難だ。
「ナナちゃんは悪くないです。……良かれと思ったのに、私の言ったことのせいで希望は暴走してしまった……アイドル失格です……」
ファンにしてみせるなんて大口を叩いてこれだ。
自分の未熟さを痛感せずにはいられない。
『ううん、そのおかげでノゾミちゃんは自分は間違ってるかもって思ったの。だから私もしゃべれるようになった……。ねえ、キララちゃん、お願いがあるの……私をノゾミちゃんに向かって投げて』
思わず驚きの声が漏れる。
ぬいぐるみを見てもその表情はやっぱりわからない。
でもナナが強い想いで決心しているのだけはわかった。
恩人を投げ飛ばすなんて本当に褒められた話じゃない。
でも本当に全員が助かる道があるのなら――。
どんなにか
どんなにメチャクチャだって。
私はやり遂げたいと思った。
「ナナちゃん行きますよ……!!」
ぬいぐるみを抱えて天高く持ち上げる。
その体に少しの
片足を上げて思いっきり振りかぶる。
私とて国民的アイドルを目指す身。
始球式でノーバウンド投球を披露する準備はいつだってできているのである。
「不屈
ぬいぐるみが黄色い弾丸と化して桃色竜巻へと突撃する。
竜巻と接触したそれは勢いを削がれ――。
『みんながここまでやってくれたから……だから、私は……!!』
ぬいぐるみが竜巻にめり込むように加速をする。
竜巻を打ち消すそれはまるでドリルのような垂直螺旋回転だ。
ジャイロボール。
ぬいぐるみに付けておいた
『ノゾミちゃんを……絶対に助ける!!』
桃色の竜巻を打ち破り、最終フォームの魔法少女へと突き刺さった。
ぬいが加速を続け、希望の魔法少女は困惑の顔のまま後ろへと吹き飛んでいく。
「ナナ……!! どうして……!!私は今まで全部ナナのために……」
『ノゾミちゃん!! ごめんね今まで黙ってて!! でも……私はこんなこと望んでない!!』
「がはっ!!」と吹き飛びながら希望の魔法少女がついに桃色の光を吐く。
「どうして……私といっしょにいたくないの!? 他の人なんかみんなあなたを苦しめ――」
『私は……そんなこと思ってない!! 全部自分が好きでやっていたことだから!! だから――』
ぬいぐるみがよりその輝きを増した。
まぶしいその姿はまさに夜空に走る流れ星。
『私は……キララちゃんともキョウちゃんともミユちゃんともシラベちゃんとも、もちろんノゾミちゃんとも……みんなでいっしょにいたい!!』
「あ……」
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
最終フォームは瓦礫に叩きつけられ巨大なクレーターを形作る。
巨大な羽が、大きな胸のリボンが、桃をあしらった長いブーツが……無敵かと思えたその姿が形を維持できず空へと消えていく。
後に残ったのは泣きじゃくる私服の少女だった。
少女の方へとぬいぐるみがトコトコと歩いていく。
『ノゾミちゃん……どうしてこんなことをしたの? みんなと戦うことなんてなかったのに。……もしよかったら教えてほしいな』
「だって……ナナが他の子といたら……ナナがその子と仲良くなっちゃったら……私が独りになるから……」
夜空の下で鼻をすする音が響き渡る。
なんてことはない。
希望の魔法少女の動機は
仲の良い友達を誰かに取られたくない。
ただそれだけのものだった。
「それにこんなことをして……もしもナナにキラいだって言われたら私は……!!」
『キラいになんてならないよ。……だってノゾミちゃんはたくさん私のことを考えてくれたから!! だから……謝るのは私の方なの』
「ナナ……ナナァ!!」
少女がぬいぐるみを抱いたまま、さめざめと泣く。
高潔と自由と調和とそして
戦いは終わった。
桃夢園ノゾミ……いや希望の魔法少女とはもう戦う必要はないのだ。
●
希望の魔法少女がぬいぐるみを抱いたまま私達へと頭を下げる。
どうやら改心してくれたようだ。
『みんな、あらためてごめんね!! 私がもっと早くしゃべっていたら……』
「ナナは悪くないわ!! 悪いのは全部私!! もしもナナを悪者扱いしたらその時はわかってるわね? クソゴ……こほん」
(本当に改心してますか、これ)
自由がメンチを切ってたり、調和が不穏なニコニコ笑顔を浮かべている。
「あとでビンタしていいかしら?」とつぶやく高潔をなだめながら話を進める。
気になっていたのは一つのことだった。
「希望さん。私達はみんなナナちゃんの思い出の品を持ってました。もしかしたらあなたも……」
「……。私がこの世界に持ち込んだ
その時だった。
ぬいぐるみが発光して宙に浮いたのは。
「ナナ!!」と希望が叫んだ時にはぬいぐるみは天高く夜空に浮かんでいた。
いったいどうしたことかとワチャワチャしていたら更なる異変が起きる。
ぬいぐるみに向かって化粧パクトが、湯切りが、リボンが、そしてナナの体が飛んでくる。
それぞれが黄色く発光し共鳴をしている。
薄々気づいていたが希望の魔法少女にとっての思い出の品はナナの体そのものだった。
「一体何が起ころうとしているんですか……!?」
「……ナナは理想の魔法少女だったわ。誰しもが認める存在だった……」
「こんな時に何を……」
「違う!! ナナは【理想】の魔法少女だったと言っているの!! 万人の想いを背負ったその力……魔法力の全てが解放されたらどうなるか!!」
私が【不屈】であるようにナナは【理想】だった、ということだ。
夜空に浮いていたそれらが姿を消す。
地下室から地上へと出て、轟音のする方を向けば小高い山の向こうに何かが見えた。
のっそりと山から姿を現したそれが
小高い山が
そう、あれは人だ。
黄の髪と瞳を持った。
理想の魔法少女、星ヶ浜ナナがついに真の姿になったのだ。
超巨大なその姿にあえて名前を付けるなら星ヶ浜ナナEX。
あまりのことに
木々が揺れ大気が震える。
しゃべる時の予備動作で空気を吸っているのだとわかった。
どうやら私達にお礼を言うらしい。
復活できたお礼を。
『み”ん”な”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!! あ”り”が”と”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”!!』
全員の鼓膜が破裂した。