その日から私は怪物と戦い続けた。
空腹になったり、眠くなることもなかった。
怪物が
橙の髪に橙の瞳。
この時になって確信した。
自分は人間とは別の存在に変わりつつあるのだと。
そして頭の中で声がささやくのだ。
『夢を諦めずに戦い続ける。それがあなただ』と。
「……」
いつの間にか怪物に囲まれていた。
戦おうかと思ったが、力は湧いてこなかった。
これ見よがしにと怪物の攻撃が私をとらえる。
のけぞった私は地面に大の字。
起き上がる気力すらもうなかった。
もう疲れた。
このまま全てを終わりにしよう。
怪物の隙間から女の子の姿が見えた。
もしかしたらこの戦いに巻き込まれたのかもしれない。
思えば全ての歯車が狂ったのはアイドルを目指したその瞬間だったのかもしれない。
分不相応な夢を持たなければ、怪物と戦うハメにもならなかったし、プロデュンヌもこの女の子も巻き込まれることもなかったのだ。
本当に笑ってしまう。
キラキラした存在になりたいなんて、そんな子供じみた理由で――。
「変身!!」
女の子が何かを取り出して叫んでいる。
かわいそうに。
そんなことを叫んでも現実では何も起こらないのに。
「うおおおおおお!! スターステッキーーーーーーーーー!!」
女の子がまたも叫んでいる。
黄色い棒を持っているがたぶん気のせいだろう。
巻き込まれたのはちょっとアレな子だったらしい。
周囲の怪物も空気を読んだのかのけぞっている。
「くらえ必殺……」
お、いいね。
往年のアニメよろしく謎ビームでも出してみる?
「マジカル超新星爆発ーーーー!!」
棒から放たれた黄色い閃光は地面へと着弾。
そのまま周囲の怪物を巻き込むドーム状大爆発を巻き起こし敵を全滅させ――。
……って、え!?
周囲にもう敵はいなかった。
黄の光に巻き込まれたそれらは一瞬で蒸発したのだ。
(自分が無事なのは都合が良い話だと思ったが、無事なのだから仕方がない)
そして爆発を起こした張本人である少女は、こちらを得意げな顔で見ているのだ。
黄色い髪に黄色い瞳。
そして胸に大きなリボンが付いた黄色いドレスを身に纏って。
少女はニコニコと笑みを浮かべながらこちらに来て、こちらの無事を確認すると頼んでもいない自己紹介を始めた。
「私はナナ!! 魔法少女をやってるの!!」
「ま……魔法少女……!?」
魔法少女と言えばアニメとかでちょっとえっちな目にあったり、がっつりえっちな目にあったりするアレか?
まさか自分から名乗る人間がいるなんて。
「うん!! 変身して怪物たちをやっつけていってるの!! 見たところあなたももしかして……?」
「……私は魔法少女なんかじゃないよ」
夢破れた一人のちっぽけな人間だ。
良く言って化け物と戦い続ける
「でもあなたも平和のためにモンスターと戦っているんでしょ? だったら――」
「違う!! 私は……私は……!!」
綺麗事ばかり言う少女に自分の想いを吐き出す。
アイドルを目指していたこと。
デビューの舞台で怪物が現れたこと。
自分が恩人を半ば見捨てようとしたこと。
今はふらふらと何の目的もなく戦い続けていたこと。
「こんなのどこが魔法少女だって言うのよ……!! そんなドレスで着飾ったって、ただの化け物じゃない!!」
相手に向けたはずの言葉が自分を深く傷つける。
私は涙を流していた。
ナナと名乗った少女が私に近付く。
叩かれるのかと思ったが、その手は私を優しく抱き寄せた。
相手も泣いているのがわかった。
「つらかったんだね……。でも私は知ってるから。私達は化け物なんかじゃないって」
「知ったような口を叩かないでよ!! 私の夢はもう……!!」
「終わってなんかないよ。モンスターを全部倒して平和になって……それでキララちゃんはアイドルになる。ううん、なってほしい」
「……」
しばらくは沈黙が流れる。
体に接した黄のドレスに温もりを感じた。
まるで私の心を温めてくれるような。
「……あなたも『声』が聞こえた?」
この力に目覚めた時に鳴り響いた声。
その時に思ったのだ。
この力の原動力は自分たちの意志だ。
いわば自分という存在に刻まれた
「私は……夢を諦めない想い……言わば不屈の心みたいなのが力の源なんです。笑えるでしょ? 要するに夢が叶わないことが私の象徴なの。それでも……まだアイドルを目指せなんて言える?」
夢が叶ったら、それはもう『不屈』ではないのだ。
きっとアイドルになれないことこそが『自分』という存在に織り込まれているのだ。
そして運命という目に見えない操り糸で戦い続ける。
でもドレスを纏った少女はお構いなしに笑顔を見せるのだ。
「キララちゃんの夢は叶うよ。私、キララちゃんの話を聞いて絶対にアイドルになるべきだって思ったもん!! 夢のために頑張れるのは……なんというかカッコいいいよ!!」
「カッコいい……私が……?」
初めて言われた言葉だ。
でも悪い気はしなかった。
誰かに「かわいい」とか「かっこいい」とか思わせるのはアイドルの本分だ。
遠くで轟音が聞こえた。
ナナがその方向をキッっと見やる。
「私はもう行かなくちゃ!! キララちゃんはダメージが残ってるだろうし休んでて!!」
「え……でも……」
「ふふ、大丈夫!! キララちゃんが寂しくないように……これをあげる!!」
そう言ってどこからともなく取り出したバッグから化粧パクトを差し出してきた。
「ふっふっふ!! 魔法少女秘密アイテムのひとつ……私オリジナルの化粧パクト!! それを私だと思って……!! なーんてね!!」
(聞こうとしたのはそんな連続でモンスターと戦って大丈夫かだったんだけど……ま、いっか……)
それにしても手製の化粧パクトなんて凝ったものを。
伊達に魔法少女を名乗っている訳ではないらしい。
「じゃ!! また会えるといいねキララちゃん!! 次はステージのお客さんとして……だったりしてね!!」
「あ……」
ナナは地面に閃光を放ち反動で飛んでいった。
私はその様子を見ながら、手にした化粧パクトを握りしめるのだった。
「魔法少女なんて……今時自分で名乗るなんて……。でも」
案外、そういうのが大事なのかもしれなかった。
化粧パクトを握りしめれば光に包まれる。
次の瞬間には橙のドレスを身に纏っていた。
これは運命への反逆だ。
こうなったのは自分が今まで歩んだ道のりを認めてくれた人がいたからだ。
恩人と言ってもいいその人は、もう姿が見えなくところまで行ってしまったけど。
私にとっての恩人が、もう一人増えたようだ。
「いつかこんなかわいい服をステージの上で……」
夢が叶うその時まで私は諦めない。
そして叶った後も輝き続けるのだ。
物事を決して諦めない不屈の少女として。
ナナの姿を見ることはそれっきりなかった。
それでも黄のドレスの温もりは私の心から消えることはなかった。
私の記憶にある出来事は、ここまでだった。