「しっかり持っててよ不屈さん!!」
「持ってますよ……」と両手でしっかりと化粧パクトを構える。
無論、今度は吹っ飛ばされないようにするためだ。
結局、化粧パクトは無事だったものの星ヶ浜ナナの声は聞こえなくなってしまった。
「人の思い出の品に何しとんねん!!」と揉みくちゃになりそうになったものの高潔な謝罪により和解。
もう一度、星ヶ浜ナナの声を聞くための儀式を始めるのだった。
「しっかり持っててよ不屈さん!!」
「その台詞、2回目ですよ。いいから早くしてほしいです……!!」
へっぴり腰のまま湯切りが近づく。
湯切りと化粧パクトは再び接触した。
『ぷはあ!! さっきはビックリさせちゃったね!! ゴメンゴメ――』パカパカパカパカパカパカパカパカ
「ひ……」
「高潔さん!! ビビッて引かないでください!! ナナちゃんがしゃべれません!!」
「だ、だってえ……」と涙目になる高潔の気持ちもわからなくもない。
化粧パクトが高速で開閉する様はいささかシュールだ。
いったん落ち着いて考える。
要は湯切りと化粧パクトが接触していればいいのだ。
手に持っている必要は必ずしもないかもしれない。
湯切りを貸してもらいテープで壁に固定。
その中に化粧パクトを入れてみた。
『ふうううう!! 大分しゃべりやすくなったよ!! 二人ともありがとう!!』パカパカパカパカパカパカパカパカ
「い、いえ。星ヶ浜さんのためなら当然かつ高潔です」
さっきまでビビりちらかしていた癖に……なんて指摘するのは野暮だろう。
それよりも聞かなくてはいけないことがたくさんある。
「ナナちゃん……本当にナナちゃんなんですか?」
『うん!! 私、星ヶ浜ナナ!! 魔法少女でしゃべる化粧パクトをやってます!!』
「その名乗りは必要です……?」と呆れつつも、確信は深まった。
単純に声が似てるからだとか、性格がそうだからとかじゃない。
もっと心の深い部分で『この化粧パクトは星ヶ浜ナナだ』と感じているのだ。
そして、隣にいる高潔の魔法少女もまたそう思っているらしかった。
「星ヶ浜さん……どうしてこんな姿に!? いったい誰にやられたんですか!?」
『……。いや、それが私にもわからなくて!! 気付いたらこの場所にいたんだよ!!』
じゃあ自分達と状況はさほど変わらないということか?
眠って夢を見るように突然この場所にいて、元にいた世界のことが断片的にしか思い出せない。
なんで化粧パクトに宿る精霊みたいになっているのかは謎だが……。
『それは不思議じゃないよ、キララちゃん』
「え……?」
心を読まれた。
それはきっと目の前の化粧パクトと化した星ヶ浜ナナも魔法力を有しているからだ。
『キララちゃんが化粧パクトを大事に持っていてくれたから、私はここにいることができたんだよ!! キョウちゃんの湯切りだってそう!! 二人のおかげで私はこうしてしゃべることができたんだ!!』
「でも……私は化粧パクトのことを……」
この世界に来た直後は思い出すことができなかった。
ラーメン屋のチラシが入っていたから何となく向かっただけだ。
自分を立ち直らせてくれた恩人のことを、私は忘れていた。
『それでもまた、見つけてくれた』
「……!!」
『キララちゃんが諦めなかったから。だからまたこうしてお話しできてるの!! どうしてこうなってるのかわからないけど……いっしょに頑張ろう!!』
『さすがにこの体は不便だしね!!』そう言っておどけるようにパカパカする。
その様子を見て、思わず笑みがこぼれてしまった。
こんな姿になっても、星ヶ浜ナナはやっぱり素敵な魔法少女なのだった。
●
「さ、ナナちゃんも見つかったことだしとりあえず外へ……」
「まだよ、私達はまだ大事なことを聞いてない」
「高潔さん……?」
高潔を名乗る魔法少女の瞳が鋭い視線を投げかける。
背筋に凍るような冷たさを感じる。
恐らく並みの魔法少女ならこの視線だけで凍ってしまうのだ。
無事だったのは自分が不屈の名を冠する魔法少女だったからに他ならない。
忘れていた。
星ヶ浜ナナの捜索で協力していたとはいえ、高潔の魔法少女が何者であるかはよく知らないことを。
「星ヶ浜さん。私が最初に『いったい誰にやられたんですか!?』と聞いた時にあなたは一瞬黙った。それはこの世界を作った原因となる人物を知っているからじゃないですか?」
「え……!? ナナちゃん、そうなの!?」
『……』
化粧パクトは湯切りの中で閉じたままだ。
なおも高潔の魔法少女は続けた。
「最初からおかしいと思っていた。異空間を創り出してそこに人を閉じ込めるなんて並みの芸当じゃない。よほど力のある魔法少女が関わっているのだと推測できる」
冷静に伸びていく論理。
今までの様子とは別人のようだ。
ことによると、これが『高潔の魔法少女』の真の姿なのかもしれなかった。
「星ヶ浜さん、一瞬でもあなたを疑ったことを申し訳なく思います。けれど私が知っている限りではあなたが一番魔法力の高い魔法少女だった。この世界の成り立ちにも関係しているかもと思ったんです」
「で、でも!! もしかしたらモンスターのせいの可能性もあるんじゃ……!!」
「本当にそんなことができると思う? あの単純な破壊者どもに?」
「……」
確かにそうだ。
ラーメン屋で襲撃してきた怪物も、私が元の世界で見た怪物も破壊の限りを尽くす存在だった。
裏を返せば、こんな
搦め手ができるのはどちらかといえば――。
「そう、魔法少女よ。誰かが私や星ヶ浜さん、そしてあなたをこの空間に閉じ込めた。もしかしたら
ぞっとする。
この少女はずっと原因を追っていたのだ。
誰に責任があるのか追及するために。
「敵は魔法少女よ。特定でき次第、高潔に断罪すべき――私はそう思うわ」
高潔の魔法少女、氷鏡キョウは最後まで言い淀むことなく言い切った。
●
「魔法少女が……敵!?」
衝撃の一言。
驚愕の真実。
魔法少女といえばちょっとえっちな目にあったり、がっつりえっちな目にあったりする正体秘匿のスーパーヒロインだったはずだ。
その魔法少女が敵――。
「ふふ、いくら不屈の魔法少女たるあなたでも驚きを隠せなかったかしら……この私の高潔な推論に」
「……。よく考えたらよくある設定な気がしてきました」
『二人とも!!』
湯切りの中で化粧パクトがタップダンス。
その必死さは痛いほど伝わってくる。
『人を疑うのは……よくないよ……』
「星ヶ浜さんの気持ちはわかります。しかし魔法少女の数が増えてきたことで、その中には魔法少女にふさわしくない者も出てきた……これは事実かと」
化粧パクトは心なしかうなだれている。
そう、自分はかつて星ヶ浜ナナに『魔法少女』と呼ばれることで救われた。
この呪いとも思える力を未来に向かうためのものだと思えるようになった。
しかし、その定義を逆に利用する者が現れたら?
感情を拠り所に無尽蔵に湧く力は、一体どこへ向かうのか――。
「不屈さん、その
『でも……それじゃあ魔法少女じゃないって言われた子は……』
「星ヶ浜さんはそれでいいんです。私達に理想を示してくれればそれで……。ふさわしくない魔法少女への対処は私がやる。現実的かつ高潔に……。どんな汚名をかぶろうとも、ね」
高潔の魔法少女に認められたのは果たして幸運だったのか。
いずれにせよあのラーメン屋での出来事が大きな分岐点にはなっていたようだ。
あそこで高潔判定がくだらなかった場合、少なくとも高潔の魔法少女と敵対することになっていたのだろう。
「あなたはどうなの? 不屈の魔法少女? 相手が魔法少女だったとして……いっしょに戦ってくれるの?」
「え……? 私は……」
自分は不屈だ。
どんな困難にも耐える自信はある。
しかし、積極的に戦えるかと言われればイマイチぴんとこない話だった。
他者を傷つけるのは良くないことだけど、傷つけられて何もしないほどお人よしでもない。
恩人であるナナの想いは
洗面所にある鏡の前で立ち尽くす。
目の前には酷く弱々しい少女が突っ立っているだけだ。
なんだかそのうち息苦しくなってくる。
精神面での負担が体力に反映されているのだろうか。
「はあ……はあ……こんな簡単な質問に答えれないようでは……まだまだ……ね……」
「って高潔さんの方がめちゃめちゃ息苦しそう!? これって一体……!?」
『キョウちゃん!! キララちゃん!! 本当に勝手なお願いだけど――』
何かおかしい――。
脳(魔法力)のセンサーがそう告げた瞬間、化粧パクトの方へと向かう。
高潔もそう思ったのか手を伸ばす。
結果、湯切りは高潔の手に、化粧パクトは自分の手へ。
化粧パクトには確かに黄の光が残っているが、しゃべることはできなくなった。
言いかけた言葉もわからないまま。
「ナナちゃん……!! 高潔さん、湯切りを渡してください!! 私が預かりますから!!」
「二人で分けて持っておくのが安全よ。どちらかが逃げれたら星ヶ浜さんはとりあえず助かる。……私は逃げるつもりはないけどね」
言葉とは裏腹に高潔の顔色は悪い。
そもそもここは自宅地下の洗面所。
逃げ場なんてない。
心音が悪い意味で高鳴っている。
次に聞こえてくるのは足音だ。
洗面所へ向かう階段を誰かが使用している。
この状況で味方が来てくれると思うほど能天気ではない。
微かに見えた人影は緊張する暇もなくその姿を見せた。
現れたのはフードを目の高さまでかぶった少女だった。
セーラー服の上から無理やりパーカーを羽織ったような恰好は、まるで全身を紫のベールで包むよう。
間違いない。
こいつも魔法少女だ。
「あー、良い感じに弱ってんね。土気色が意外と持ちこたえてんな……」
気だるそうな独り言が聞こえた気がするのはお互いが魔法少女だからだろう。
相手との距離は10メートル以上はある。
今にして気づいたがこの自宅は地下が丸ごと洗面所になっている。
当然それ相応の広さがある。
本当に魔法少女同士の戦いが起こるならおあつらえ向きの
高潔の魔法少女が一歩を踏み出す。
まるで戦うのは自分の仕事だと言わんばかりに。
「私は……凍てつく絶対零度の高潔……氷鏡キョウ!! あなたも魔法少女なら名乗りなさい!!」
「は? アニメの見すぎじゃねえのか……。まあいいや、そんなに聞きたきゃ聞かせてやる」
紫の少女はおどけるように、あるいは小馬鹿にするように笑い声を上げた後、言った。
「テメエを殺す自由という名の毒、
いかにも敵。
魔法少女とは思えない高笑いが洗面所に響き渡った。