洗面所の隅はホコリくさかった。
しかし得るものもあった。
(やっぱり……!! 思った通りです……!!)
自由の魔法少女――毒島ミユは会話の途中で『自分に近いほど毒霧は濃くなる』と言っていた。
それはつまり距離が離れるほど毒が薄くなることを意味する。
密室とはいえ浄化技が届いていない部屋の隅には新鮮な空気が残っているのだ。
ホコリなんて気にせず思いっきり肺に空気を吸い込む。
『かっこいい』のがどういうことなのか、自分は恩人たちから教えられた。
一息を入れる。
覚悟を決める。
勝負は一瞬だ。
その一瞬で、わかってもらう。
手に橙色のマイクを握りしめ、今度は自由の魔法少女へと突っ込む。
「ヒャハ……!! 何がしたいのか全くわからんが、けっきょく無策の突撃じゃねえか!! それじゃあ無理だってさっきからずっと言ってるだろうが!!」
無策。
人によってはそう感じるかもしれない。
私は自分の歌をこの人に聞かせたいだけなのだから。
「不屈ソング!!」
マイクを片手に走りながら熱唱する。
激しい運動をしながらの声出しは日々の訓練があってのもの。
自分の経験に裏打ちされたものなのだ。
……努力は人を裏切らないという言葉がある。
自分自身、半信半疑ではあったが今は信じてみたいと思う。
だって自分の周囲を橙色の音符が飛び交っているのだ。
まるで身を守るビットのように。
「な、なにいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!? そんなの……どう考えてもナシだろ!!」
自由の魔法少女が何かを叫んでいるが気にしない。
浄化技が毒霧よりかは全然アリだろう。
歌は音。
つまりは空気の振動だ。
当然、周囲の空気を浄化することもできる。
橙の音圧が紫の霧を跳ね返す。
既に肉弾戦の射程距離へと入った。
「ヒャハ……!! そんなんでこのアタシが……ヒャ……ヒャハアアアアアアァァァァ!!」
顔を覆いつくすようにのけぞっている。
この少女は予想以上に直接の殴り合いが苦手だったのだろう。
……自由の魔法少女、毒島ミユが敵であるなら、勢いあまって倒してしまうこともあったかもしれない。
けれどその心配はない。
毒島ミユは私の歌をもう聞いた。
もう既に敵ではなく私のファンなのだ。
「不屈アタック・ファンサービス!!」
毒島ミユの手を取り、マイクを押し当てて振動させる。
これはあくまでファンサービスだ。
火力を最小にまで絞ったそれは、毒島ミユの体を横転させ後ろにふっ飛ばす。
立ち上がった彼女の体は鉱石のように輝いて――。
「アンタ……私の体に何をしやがったああああぁぁぁぁぁ!!」
「え……えええええ!?」
毒島ミユの体には本当に鉱石が生えていた。
橙色のそれらは自分の力によるものとわかった。
(自分の手からも鉱石が作り出せます……!! これが私の本当の能力……!! 大きな鉱石を作れば盾になりますし、物質を固定するのにも使える。投石すれば遠距離攻撃もできるしなかなか便利そうです)
「なに冷静に考察してんだクソがーーーーーーーー!!」
エグいほどのファンサにより鉱石まみれとなった手をミユがブンブンと振る。
その姿はファンがペンライトを振るようにも見えなくもない。
すっかり毒霧の濃度は薄くなっていた。
……どうして自分が無意識にこの力を覚醒させたかがわかる。
毒島ミユはここに現れてから一切武器を持っていなかった。
つまり体中から毒霧を発生させていたのだ。
鉱石が生えてその表面積が減った今、散布できる毒霧の量も減った。
自由の魔法少女の毒霧をいま、攻略したのだ。
だが限界だった。
「がは……!!」
橙の光が口から漏れる。
毒霧の中でのステージはさすがにこたえた。
もう体力が尽きかけている。
「まだ倒れてねえのかよ!! なんなんだよオマエはよおおおおおお!! どいつもこいつもアタシの自由を邪魔しやがってよおおおおおお!!」
「……!!」
自由の魔法少女は叫び声を上げている。
まるで小さな子供がダダをこねるみたいに。
「こんなんで逆転されたらコッチがたまったもんじゃねえんだよ!! ずっと穏便に済ませようって言ってんのに……!! なんでわかんねえんだよクソがよおおおおおおおお!!」
自由の魔法少女は鉱石をまといつつもまだ禍々しいオーラを発していた。
……結局は
でも不思議と後悔はなかった。
何となくだけど、星ヶ浜ナナがこの場にいたら同じ行動を取っていたんじゃないかと思うのだ。
「クッソが!! さんざん暴れた後に感傷に浸りやがって……!! もう容赦しねえ!! 今すぐ終わらせて……!!」
「いいえ、終わりじゃないわ」
「な……!! まさか……!!」
気付く。
ミユを吹っ飛ばしたということは、一人の魔法少女が『自由』になったのだ。
高潔を名乗る気高き魔法少女が――。
「凍てつく絶対零度の高潔……高潔の魔法少女!! 氷鏡キョウ!!」
「な、なんだよ……!! アンタさっきまでそこでノビてただろ!? アタシの近くで高濃度の毒霧を吸い続けていたはずだ……!! なんで……!!」
「高潔で簡単な話よ。あなたの能力に気づいた後に私はノドと鼻孔に魔法力で氷のフィルターを作っていた……。息苦しかったしなかなか体力が回復しなかったけど……誰かさんの高潔な行いのおかげで負けていられなくなってね」
もしかしなくても自分が手加減をしたことだろう。
魔法少女は魔法力さえ残っていれば周囲の様子を感じ取ることができる。
そして『高潔さ』に反応して高潔の魔法少女の力が回復した……ということらしい。
魔法力が想いの力というやつなら、あり得る話ななのかもしれない。
「高潔剣!!」
延ばした手の先から氷の刃が現れたかと思えばそれをがっしりと握りしめていた。
……前回はモンスター相手に接近戦で不覚を取っていたが、その弱点を克服したのだ。
見るからに鋭そうな刃は小さな子供なら一太刀で十分そうな――。
「こ、高潔さん……? あなた何を……?」
「ほら、得意の毒霧はどうしたのよ自由の魔法少女? あなたの浄化技は範囲が広い分、火力があまりないのね。だからこそ
「ヒャ……ハ……」
自由の魔法少女がフードを深くかぶって身をこわばらせている。
その姿は完全に無力なただの少女。
狩る者と狩られる者は完全に逆転していた。
高潔が自由へと歩を進める。
その手には氷の刃を握りしめたまま。
氷の刃は振り上げられ、淀みない動きで振り下ろされた。
「ダメです!! 高潔さあああああああん!!」
「きゃ、きゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
ザシュ……と小気味良い音だけが部屋に響き渡った。
氷の刃は自由の魔法少女……のすぐ横の床へと突き刺さっていた。
「高潔スラッシュ・半歩ずらし」
「高潔さん……!!」
「何、その顔は……? まさか私がこの状況で相手にトドメを刺すとでも?」
正直そう思っていた。
高潔でない相手には容赦しないとのではないかと。
「……不屈さん、あなたはこいつにトドメを刺さないと決めたのでしょう? だったら私はその決断を尊重する。相手が悩み抜いて決めたことを無視するのは『高潔』じゃあないでしょう?」
「高潔さん……」
この人は本当にたまにだけど本物の高潔さを見せつけてくる。
本当にたまにだけど。
「さ、自由さんには湯切りも返してもらわないといけないし、命令したやつについて聞かないといけないわ」
「……?」
ここに来て気づく。
自由の魔法少女――毒島ミユが妙に静かだということに。
そこに座っているので逃げられたわけではない。
いまさら反撃の機会を伺っているわけでもなさそうだが……?
ミユのスカートに紫のシミができているのに気づいた。
高潔がやれやれと口にする。
「この子、失神して漏らしてるわ」
「何を?」とは聞かない。
たぶん魔法力だろう。
話は当分、聞けそうになかった。