季節は春の終わりにさしかかり、夏の暖かさを微かに感じ始めた頃。近年、共学となった学園、駒王学園にて、竹刀を振り回す女子の集団から逃げ回っている男子が三人が居た。
「やばい!!捕まったら終わりだ」
「松田!お前のせいだぞ!!」
「なっ、俺だけのせいにするなイッセー!連帯責任だろ!!だからみんな悪い!!」
「ふざけんな!!」
「こらぁぁぁ!!このエロ猿共ぉぉぉぉぉ!!」
「またあの三人ね!!今度と言う今度はただじゃおかないわ!!」
「やべえ、女子メッチャ怒ってるぞ元浜」
「んな事、分かってるよ!―――――おいコラ女子どもコラァ!!俺はお前らのような貧乳には興味ないんじゃコラァ!!」
「火に油そそぐなドアホ!!」
一人は、眼鏡を掛けた知的に見える少年、元浜。
もう一人は、坊主が印象的な少年、松田。
最後に、ややトゲトゲの髪型の少年、兵藤一誠。
彼らが女子の集団から逃げている理由。それは女子剣道部の女子たちが着替えを行っている際に、故意に覗きをおこなったからである。
「あの時、松田がくしゃみなんてしなければッもっと見れたのに……」と、溢れんばかりの煩悩に忠実な一誠は歯噛みしつつ、女子の集団を引きはがすために足を速める。
「お、おい!イッセーおまっ、速くねえか!?」
唐突に背後から松田の声が聞こえる。一誠としては引き離すつもりはなかったのだが、一気に二人を追い抜き、引きはがしてしまたようだ。
普段の彼は登下校や、体育の時間以外ではあまり運動はしないのだが、何故か本人の意図しない力を体が勝手に発揮してしまうのだ。
「げほっ、ひ、ひ~~~~~」
「お、おい元浜っ大丈夫かよ!?」
体育会系の松田はともかく、見た目相応に非力な元浜は、一誠の脚の速さについて行けずにグロッキーになる。
このままでは、元浜があの女子達にボコボコにされてしまう。
「イッセー、俺達は一連托生。死ぬ時も一緒だ」
「…………いくぞ!松田!」
「おう!!」
元浜、お前は中々いい奴だった。心の中にそう思いながら、迫ってくる女子の集団に背を向け走り出す一誠と松田。元浜の顔が絶望の色に染まる。
「む!?ま、待ってくれ!!貴様ら、親友を見捨てるというのか!?――――あ、うわあああああああああ!!」
「安らかに眠れ、親友」
「覗きは命がけだ元浜」
五時限目の授業が始まる直前、ボロボロに変り果てた元浜が涙目で教室に入って来るのを見てほんの少しだけ罪悪感に苛まれる一誠であった……。
「なぁーイッセー、お前、なんかスポーツとかやってたのか?」
「はぁ?うーん、スポーツ何てやったことないぞ?」
「だよなぁ、でもお前スゲェ運動神経いいじゃん」
一日の授業と帰りのHRが終わり、下校時間に差し掛かったころ。カバンに教科書を詰めるイッセーに唐突に松田が話しかけてくる。
「特に、体育とかお前滅茶苦茶先生に褒められてたじゃないか、『兵藤、お前ドーピングしたのか』とか言われて、すげぇ困ってたじゃん」
「いやいや、次の日すげー筋肉痛に襲われるから。つか、クスリなんかやってないし」
あの時は一誠にもよく分からない感覚が彼の体を動かしたのだ。納得がいかないとばかりに首を傾げる元浜に苦笑しながら、一緒に帰るように促すと、ふと視界の隅に見知った顔が映る。
『カズキくーん、一緒にかえろー?』
『ああ、ごめん。先約があるんだ』
『あー、彼女できたんだってね……』
「なあ、一誠。お前の弟って法律で保護するほどの存在か?」
「イッセー、ちょっとだけ、先っちょだけだから。あのクソったれハーレムヤロウに俺のシャープペンシルを突き刺すだけだから」
「お前ら落ち着けよ!?つか、元浜は何時の間に復活しやがった!?」
額に青筋を浮かべ、拳を鳴らし始めた松田と、いつの間にか復活していた元浜を止める。正直一誠も教室の中心でちやほやされている『弟』の顔面に拳を捩じり込みたいが、兄としての立場があるためそんな事はできない。
「つーか、イッセー。お前、一樹に嫌われてるくせに庇うとかどんだけだよー」
「弟思い、という言葉は美しいものだが、俺達の心情はリア充許すまじ、だ。彼女もちの癖にクラスの女子モテモテなのは許せん」
「ほぼ私怨じゃねえか……」
兵藤一誠の弟、『兵藤一樹』。彼は一誠と兄弟という関係ながら全く性格も何もかもが違う。勉強ができて、周りに優しい事に加え、最近、天野夕麻という彼女ができたらしいの事。
そんな八方美人且つ、クラスの人気者である一樹だが、実に兄の一誠に対しては距離を取っている。同じ家に住んでいるにも関わらず、同じクラスにも関わらず、一誠に対してのみ壁のような物を作り出しているようにも感じれるのだ。
それが一誠にとってたまらなく寂しく思う。彼とて家族とは仲良くしたいとは思っているし、両親だってそう思っている。
「……一樹の事はいいから帰ろうぜ?」
「しょうがねえなぁ、帰ろう帰ろう」
苦笑いを浮かべた一誠に何かを察したのか、二人はニッと笑いカバンを背負い教室の扉へと歩いていく。続いて一誠も出て行こうとすると、不意に教室に残っている一樹と目が合う。
一応、軽く手を振る一誠を興味なさげに見た一樹は、すぐに女子との会話に戻る。このやり取りに慣れてしまった自分を情けなく思いながら、一誠は肩を落として松田と元浜の後を追う。
「待たせた!」
「おせーぞイッセー」
「ははは、悪い悪い」
「そういえば、イッセー。今度の休日に遊びに行こうと計画したのだが一緒に行くか?」
「お!いいね!」
自分は恵まれている、そう思いながら一誠は友人達と共に帰路につく。
エロ談義という名の、青少年らしい話題に華を咲かせ橙色に染まった道を歩いていくと、不意に一誠の頭に鈍痛が走る。
「―――ッ」
「ん?どうしたイッセー?」
「『何時もの』か?」
―――鋭い爪を持つ異形の怪物に襲われる青年。
―――小刀のついたバックルを腰に当てる青年。
―――ゴテゴテとした果物に頭を食われる青年。
―――橙色の戦鎧と鎧と同色の刀を纏った青年。
鈍痛と共に浮かび上がる、身に覚えのない体験。感覚が鋭敏になり、頭部の脈を流れる血の躍動すら感じながら、充血した瞳を心配する二人に向けながら、一誠は気丈に笑う。
「だ、大丈夫だって、さっ、帰ろうぜ」
「……そういうのはホント後々面倒になって来るから病院行けよな」
「お前が居なくなったら、バカ出来なくなるからな?」
「分かってるって。ヤバいと思ったら行くって」
一誠は自分の体に起こっている変化と白昼夢のようにフラッシュバックする見覚えのない光景に悩んでいた。唐突に起こる不可思議なビジョンに一誠は様々な可能性を考えたが、そのどれもが当てはまらない。
前世の記憶にしては青年の背後の空間が近代的すぎる。
妄想にしては、あまりにもリアルすぎる。
そもそも頭痛が起こり始めたのは二年生になってから、一週間周期で思い出される青年の記憶。断片的なもの過ぎてあまり良くは理解できていないが、ダンス、就職、バイトとか訳の分からない記憶ばかりが頭の中で再生されていた。
このまま記憶のようなものが思い出され続けたら自分はどうなってしまうのだろうか?
自分が自分でなくなってしまうのだろうか?
自然に指が震える、このまま自分がなくなりそうな事が起こりそうで、怖くなる。
「帰りどっか寄っていこうぜ」
兵藤一誠は、あるべきものがない。
神器も悪魔になる資格も失っている。
彼に残されたものは、平和な日常を生きる権利と―――――
眩く輝く禁断の果実の種と、『 』という別世界の主人公の歩いてきた『記憶』という『神』から与えられた異例な力だけであった。
次話もすぐさま更新致します。