兵藤物語   作:クロカタ

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第7話です。


禁断の芽吹き 7

 化け物に襲われてから数日が過ぎた。

 一誠は、鎧の姿の自分になる時を『変身』という行為に当てはめていた。

 

 紺色のライダースーツに上半身を覆う橙色の甲冑、柑橘系の断面図を思わせるバイザーと、オレンジの茎部分が突き出した兜。

 そして橙色の刀と、腰に装備されていた銃と刀が合体したような武器。

 

 変身という、子供のころの憧れの行為を自分で為せた一誠の心境は昂揚感で満ちていた。童心に帰るというものなのか、一誠は課題そっちのけでこの仮面の戦士の事に熱中した。

 

 頭痛と共に思い起こされる記憶の中で使い方は熟知している。

 だが、気を付けなくてはならないのは、この鎧は使い方次第では人を傷つける道具になりかねないというものである。

 記憶の中ではこの鎧は、白色のまるっこい化け物と戦っている場面がほとんどだった。この力を持っていた人は、人を助けるためにこの力を使っていたと考えることができる。それならば、一誠のすることは決まっている。

 

 この力は誰かを守るために使うものだ。

 

 

 

 

 

 

「と言ってもなあ」

 

 現在、学校が終わり岐路につく途中。

 オレンジロックシードを手で弄びながら、一誠は困ったようにそれを眺める。

 

 今、一誠が生きている現代社会は、普段は化け物なんていない平和な世界。

 よって、前のように都合よく化け物が出るとは限らない。

 

「……課題も終わんないし、色々疲れる……」

 

 休みから復帰した一誠を待っていたのは意外にもクラスメートからの心配の声だった。

 距離を置かれていると思っていたはずが、クラスメートの意外な反応で一誠は暫しフリーズした。

 

 後から唯一といってもいい女友達である桐生藍華に事情を聴いてみると、彼女はたった一言―――

 

『意外と兵藤ってクラスになくちゃならないのよねー、ほら?お寿司の特上握りにかっぱ巻きがないと寂しくなるって感じ』

 

 俺はそんなにさりげない存在なのか!?と思わず突っ込んでしまったが、桐生はくすくすと笑っていた。

 相変わらず分からない奴だ、と思いながら背後で笑っているバカ二人に軽くラリアットした。

 

「………なくちゃならない……かぁ」

 

 

 

 

 

「はわぅ!」

 

 

 

 

 

「はわ?」

 

 背後からボスンと音がする。

 背後を振り向くと、そこにはシスターが転んでいた。顔面から路面に突っ伏している。

 間抜けな転び方だなー、と思いつつ、さすがにこのままではいけないと察し、とりあえずシスターの少女に手を差し出す。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「はい、だ、大丈夫です……」

 

 いきなり英語で話し出した少女にしどろもどろになる一誠だが、目の少女が顔を上げにこりと笑みを向けてきた瞬間、心を奪われる。

 

 風になびく金髪の髪。

 目の前に金髪の美少女がいる。グリーン色の双眸と一誠の瞳が合う。

 一誠はぼーっと呆けたように少女を見つめる。

 

「あ、あの……?」

「………」

「あのぉ………」

「………え!?あ、ああ大丈夫大丈夫、ちゃんと聞こえているよ!」

 

 言えない、見惚れていて何を言葉にしていいかなんて言えない。

 好みドストライクだから、もう『出会い』とかバカなことを思い浮かべるが、あまり沈黙になるとバカなことを言いそうなので、とりあえず目にしたものについて質問してみる。

 

「えーっと。旅行?」

「いえ、実はこの町に教会に赴任することになりましたので……あなたもこの町の方なのですね?これからよろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる少女。

 礼儀正しい子だなぁ、と思いながら一誠は町はずれにある教会の事を思い出す。

 

「この町に来てから困っていたんです。……その、私って日本語うまくしゃべれないので……道に迷ったんですけど、道行く人に言葉が通じなくて――――」

 

「……は?」

 

 今、『普通に言葉が通じている』。

 目の前の少女は日本語を喋ってはいないのか?

 

「え、っと……オレ今、英語話してる?」

「そうですけど……何かおかしいことでも?」

「――――!」

 

 記憶とは関係ない。

 この少女が嘘を吐いているのか?いや、そういう風な事をする子には見えない。

 それならば――――

 

 一誠の脳裏に映るのは白銀の戦士。

 

 あの変身を期して自分の中の何かが変わった。

 

「副、作用なの、か?」

「はい?」

「え!?ああ、なんでもない……教会の場所なら知ってる……かも」

 

 町はずれに古びた教会があったはず。

 そこ意外に教会なんて見たことないから多分、そこだ。

 一誠の親切にパァっと表情を明るくさせるシスター。

 

「ほ、本当ですか!?あ、ありがとうございますぅ!これも主のお導きですね!」

 

 涙を浮かべる彼女を大げさだなぁと苦笑しつつ、一誠は件の教会のある場所にまで案内する。

 英語が日本語に聞こえるのも前向きに考えれば、メリット。これで英語のリスニングは楽勝だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁん」

 

  教会へ向かう途中、公園の前を通った時、男の子の泣き声が聞こえてきた。

 声を聴くとシスターは公園に入り、泣いている男の子の傍に歩み寄る。どうやら膝をすりむいて怪我をしてしまったらしい。

 シスターは泣いている男の子に優しげな言葉を掛け頭をなでると、おもむろに男の子の怪我をした膝に手をかざす。すると、パァっと緑色の光がシスターの手から発せられる。

 

「え?」

 

 見れば子供の怪我が見る見るうちに消えていく。

 シスターの行っている現象は何かは理解できないが、一樹の怪我が治ったことや、化け物の事とか色々あった事を考えれば、それほどは驚いてはいなかった。

 だが疑問は生じる。

 

「はい、怪我は治りましたよ」

 

 男の子の頭を一撫でした後、申し訳なさそうに一誠の方を見る。

 男の子が母親と帰っていく光景を眺めながら、シスターは不意に一誠に話しかけてきた。

 

「治癒の……力です。神様からいただいた素敵なモノなんですよ?」

「……」

 

 何故だろうか、一瞬シスターが悲しそうな表情をした気がする。

 一誠は、お世辞にも頭が良くはないから、この少女がどんな人生を生きてきたかは理解できない。

 

 だが、世の中には平等という言葉がある。

 シスターが秘密(?)を明かしてくれたのだ。

 自分もそれなりの秘密を明かさなければならない。っといっても、別段隠すものとは思えないが―――

 

「ふっ……。俺も実は変な力持っているんだ」

「え?」

 

 シスターにオレンジロックードを見せる。

 彼女は、不思議そうにロックシードを見て、怪訝な表情を浮かべる。

 

「俺って、実は………………果物……仮面なんだ」

「果物仮面?……おいしそうな名前ですね!」

 

 ちゃんとした名前決めてなかった。

 ロックシードを見せてカッコつけたはいいものの肝心の所でドジをしてしまった。これではフルーツの申し子の様だ。

 

 しかし、この暗い雰囲気をなんとかできたようなのでとりあえずはよしとする。

 

 そこで会話は一旦中止し、二人は再び教会の方へ向かっていく。

 公園から少し歩いたところで古びた教会に到着する。

 

 見れば見るほど不気味な感じがする。教会に対して不気味という表現は間違っている気がするが、異様な空気というものが肌を震わせる。

 

「あ、ここです!よかったぁ」

 

 教会を見て喜びの表情を浮かべるシスター。その笑顔を見れただけでも来た甲斐があった……等というらしくもないことを思いながら一誠はシスターに別れを告げその場から立ち去ろうとする。

 もうちょっと美少女と話したい気持ちがあるが、前の化け物の事もある。嫌な予感がすることにはできるだけ避けた方がいいだろう。

 

「じゃあ、俺はこれで」

「待ってください!……あの、お礼がしたいので……」

「ごめん、ちょっと急いでるから……」

 

 嘘をつくのは色々苦しいが、教会に入るという行為に直感的な危機感を感じ取ったことから彼女の申し出を断る。

 恩(?)を返せなくて困るシスター。

 困らせるつもりじゃなかった一誠は、内心焦る。

 

「お、俺は兵藤一誠。周りからイッセーって呼ばれてる。君の名前は?」

「え?」

 

 突然の自己紹介にポカンとした表情を浮かべた彼女だが、すぐに笑顔で応える。

 

「私はアーシア・アルジェントと言います!アーシアと呼んでください!!」

「じゃあ、アーシア。また会えたらいいね」

「はい!必ずお会いしましょう!」

 

 ぺこりとお辞儀するアーシアに手を振って別れを告げる。後ろを振り向くとこちらに向かって手を振るアーシアの姿。

 

「いい子だったなぁ」

 

 ゆっくりとした足取りで家に帰る道を歩く。

 アーシアは不思議な力を持っていた。もしかしたらアレがレイナーレの言っていた神器というやつなのか。彼女の治癒の力は一誠から見てもすごい力だった。

 一般的に超能力とでもいうのか?

 

「これで変身するとは違うのかな……?」

 

 手に持っているオレンジロックシードを眺め呟く。

 もしかしたらこの錠前もバックルも神器というやつなのか?レイナーレに狙われた一樹も同じような力を持っているのか?

 いっそ、リアス・グレモリーにすべてを話して相談に乗ってもらおうか。

 

「……うーん」

 

 悩む様に唸りながら歩いていると、曲がり角からいきなり男が飛び出してきて一誠とぶつかる。ボーッとしていたせいかぶつかった拍子に相手を突き飛ばしてしまった。

 

「うわ!?」

「……痛っ」

「大丈夫か―――――って一樹じゃないか」

 

 いきなり飛び出してきたのは一誠の弟である一樹。

 地面にしりもちを付きながら、ぶつかった相手が一誠だと分かると、一誠が差し出した手を払いのけ、自分で立ち上がる。

 

「何やってんだよ、兄さん」

「何って今、帰ってるんだけど」

「……ならさっさと帰れよ」

 

 そう苛立たしげに一誠に言うと、一樹はこちらに視線を移さずに一誠が来た方向に行ってしまう。何を苛立っているのだろうか、それが全く分からない一誠。

 

「あ、そうだ!一樹、お前オカルト部に入ったんだってな」

「………だったらなんだよ。兄さんには関係ないだろ」

「いやー、休み明けで学校に来たらスゲー噂になってるしな。どんな部活か聞いてみようかなって」

 

 実際、一誠が休んでいる間は、かなり話題になったらしい。

 休み時間にイケメンで有名な木場裕斗が教室に訪れて来たとか――――

 

「うるさい。アンタみたいな恥知らずのバカはボクに関わらないでくれないかな?ボクの領域に近づかないでくれ」

「…………ははは、悪い。ちょっと出しゃばっちまったかな」

「チッ……ボクはやることがあるんだ。兄さんに構っている暇はないんだよ」

 

 吐き捨てるようにそう言い放ち、一誠から離れていく一樹。

 一誠は軽くため息を吐きながら、家のある方向に足を進める。

 

 また、こうなった。 

 

 一樹とのこのやり取りはもう何年も続いている。

 一樹は一誠の何が気に入らないのだろうか?

 兄として接しようとしているせいか?

 ――――何故、こうにも邪険にされなくてはならないのか?

 

 黒い感情を必死で抑え込むように頬を両手で叩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長年、蓄積されてきた苛立ち、鬱憤は早々解消できるものじゃない。

 何時しか溜まりに溜まった感情は、ダムが決壊し吐き出される激流のように一誠の感情を赤色に塗りつぶす。

 

 兵藤一樹―――否、転生者、『カズキ』は理解してはいなかった。

 

「クソッ……何でいない?何で出会わない?ボクが出会うはずなのに………」

 

 自身の部屋の中で呟く声は、隣室の一誠の耳には決して届かない。

 考えもしないのだろう―――彼が『自分が探し回っていた少女』と偶然にあっていたなんて―――

 

 

 

 

 

 

 『カズキ』は転生の際、自分を送り出した男の言葉を理解してはいなかった。

 

 男はこう言った『『兵藤一誠』と同じような事をしようと思うな』、と。

 

 『主人公』の行った事、言動、行為、そのすべては別人には成しえないという事、特に『兵藤一誠』という人物の歩むであろう物語は、誰にも真似ることができない、彼だけにしか紡ぐことができない奇跡に満ちた『物語』。

 

 『一樹』は理解しようともしなかった。

 誰かの行いを自分が代わりに行うという愚かさを――――

 




次話も更新致します。

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