兵藤物語   作:クロカタ

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二話目です。


悪魔と人間 2

 悪魔という存在にだいぶ慣れた頃。

 何時も通りにオカルト部にアーシアと一樹、それと偶然居合わせた木場と一緒に移動すると、一誠はオカルト部室から漂うおかしな気配を察知した。

 

「……なあ木場、部長以外の誰かが来てるのか?」

「え?そんな事は―――」

 

 木場の言葉を聞き、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、一誠よりやや遅れて何かを感じたのか、目を細め、顔を強張らせる。

 

「僕がここまで来て初めて気配に気づくなんて……」

「早く開けてよ兄さん、後がつかえてる……」

 

 木場の様子に疑問に思いながら、一樹に急かされ扉を開く。

 部室には、何時もと違う面子がいた。リアスに朱乃に小猫。それに見知らぬ銀髪のメイド。

 

「部長、このメイドさんは誰ですか?」

「………?お嬢さま、彼は……?」

 

 銀髪のメイドが一誠を見て、怪訝な表情を浮かべる。

 

「グレイフィア、彼はこの件には関係ないわ。少し特別な力があるから保護しているの。イッセー、彼女はグレイフィア、グレモリー家の……メイドね」

「は、はあ」

 

 どこかしら機嫌の悪いリアスに少しばかりビビりながらも、木場を見る。木場は「まいったね」と言わんばかりに額を抑えている。

 何が起こっているのだろうか……一樹は何かを察している(?)のか、何かを待つように腕を組んでいる。

 

「全員揃ったわね。では部活を始める前に話があるの」

「お嬢さま、私がお話しましょうか?」

 

 リアスはグレイフィアの申し出をいらないとばかりに手を振る。

 

「実はね―――」

 

 彼女が言葉を発しようとした瞬間、部室に描かれた魔方陣が突然光り出す。

 人間である一誠は使ってはいないが、アレはグレモリー眷属が悪魔家業の時に用いる転移魔方陣だったはずだ。それが何故今、光る?

 

「?」

 

 そう疑問に思う一誠だが、周りのアーシア以外の部員たちは顔を顰めて魔方陣を見ている。……良く見ると、魔方陣の文様が変わっている。

 

「―――フェニックス」

「え?フェニ?なんだって?」

 

 何が起こっているか理解していない一誠は、戸惑いながらも木場に質問するが、彼は聞こえていないのか、視線を魔方陣から外さない。

 ボウっと魔方陣から炎が上がる。突如吹き荒れる熱風と衝撃に一誠は「な、なんだぁ!?」と驚きつつも咄嗟にアーシアの前に出る。魔方陣の上には炎を纏った赤いスーツの男がいた。

 男は自身の体を覆う、火の粉をを腕を振るい掻き消すと、嘆息したように息を吐いた。

 

「ふぅ……人間界は久しぶりだ」

 

 何処かワイルドさを思わせる二十代前半の男。どこかホストっぽい様相に、こいつイケメンなのかッと若干の妬みを抱く一誠。

 だが、彼のその妬みは男が発した次の言葉で驚きに変わる。

 

「愛しのリアス。会いに来たぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 やって来た男は、ライザー・フェニックスという純潔の上級悪魔だった。そして彼はリアスの婚約者という驚きの事実。一誠は思わずリアスを見てしまうが、彼女は乗り気じゃないのか表情を渋らしていた。

 だが、どうにもリアスとの婚約を推し進めたいライザー。

 自分の婿は自分で見つけたいと、自分の意見を曲げないリアス。

 

 二人の意見は平行線に思われた。

 

「……俺もな、リアス。フェニックス家の看板を背負った悪魔なんだよ。この名に泥を掛ける訳にはいかないんだ。こんな狭くてボロい人間界の建物になんて来たくもなかったしな。この世界の風と炎は汚い。炎と風の悪魔にとって耐えがたいんだよ!」

 

 突然、ボウッと周囲に炎を展開させるライザー。子供の癇癪のようにいきなり炎を出した彼に、ジリジリと肌を熱風が襲う。

 

「俺は君の下僕を燃やし尽くしてでも、君を冥界に連れて行くぞ」

 

 殺意と敵意が部屋中に広がる。自身の眷属を殺すと脅されたリアスは、怒る様に魔力を居身に纏い、アーシアは一誠の後ろで怯えるように隠れてしまった。木場と小猫は怯えこそしないが臨戦態勢に入っていた。

 一樹は、一誠の方を鋭く睨み、何かを訴えかけている。

 一誠自身、少しばかりライザーの身勝手な言葉に苛立ちを感じていた。

 

「危ないじゃないか!!」

「あ?何だお前」

 

 ギロリと一誠に視線を向けるライザー。気圧されそうになりつつも、負けじに睨みつける。

 一誠が悪魔でない事に気付いたのか、ライザーは若干怪訝な顔をしてリアスの方を向く。

 

「………リアス、何故人間がここにいる?」

「貴方には関係ないわ」

「ふぅん」

 

 ただの人間に見える一誠に興味を失ったのか、展開していた炎を翼に変え、再度リアスを見る。彼女も負けじに魔力を展開させているからか、部室の空気が熱く―――そして重いものに変わっていく。

 

「お嬢様、ライザー様。落ち着いてください。これ以上やるのでしたら私も黙ってみる訳にもいかなくなります。私はサーゼクス様の名誉の為には遠慮はしないつもりです」

 

 仲介に入ったのは以外にも、リアスがメイドのと行ったグレイフィアだった。静かで圧のある彼女の言葉に、表情を強張らせたライザーとリアスは、落ち着く様に魔力の放出を止めた。

 

「こうなることは、旦那様もサーゼクス様もフェニックス家の方々も重々承知でした。正直申し上げますと、これが最後の話し合いの場だったのです。これで決着がつかない場合の事を皆さまは予測し、最終手段を取り入れる事にしました」

「最終手段?どういうこと?グレイフィア」

「お嬢様、ご自分の意見を押し通すのでしたら、ライザー様と『レーティングゲーム』にて決着をつけるのはいかがでしょう?」

 

 グレイフィアの提案に息を吞むように驚くリアス。

 イッセーは『レーティングゲーム』という聞き覚えのない言語に疑問を覚えていた。ゲームと言うからには何かしら勝敗が決まる試合―――という事なのだろう。

 スポーツの様なものなのか?

 

「レーティングゲームは、爵位持ちの悪魔が行う、下僕同士を戦わせて競いあうゲームだよ」

 

 分からない一誠に木場がそう補足してくれる。

 下僕同士―――というからには、リアスの眷属悪魔ではない一誠ではレーティングゲームというものに参加できないという事になる。

 リアスの眷属は朱乃、小猫、木場、アーシア、一樹。

 確か、下僕は女王1、僧侶2、戦車2、騎士2、兵8士の15人分だとすると―――かなり人数としては少ない。これでもしライザーの眷属が15人とか、そこらだったら、リアスが圧倒的に不利だろう。

 

 だがリアスは以外にもレーティングゲームに乗り気だった。

 ……いや―――それしか選択肢がないのだろう。親を納得させるには、自信の力を見せなければいけない。

 

 リアスの挑戦を受けたライザー。

 彼は、リアスの眷属達をぐるりと見渡し、薄ら笑いを浮かべる。

 

「なあ、リアス。ここにいるメンツが君の下僕なのか?」

 

「……だとしたら、どうなるの?」

 

「これじゃ話にならないんじゃないか?君の『女王』の『雷の巫女』ぐらいしか、俺の可愛い下僕に対抗できそうにないな」

 

 フッと嘲るように笑うライザー。

 戦ってもいないのに、相手を貶めるような発言をするライザーに、一誠は言葉に言い表せない激情に駆られた。

 思わず否定の声を上げようとすると、一誠を諌めるように木場が肩に手を置く。

 

「……ッ!」

「落ち着いてイッセーくん」

「木場……でも」

「僕達の為に怒ってくれるのは嬉しいよ。でも、今は抑えるんだ」

 

 肩に置かれた手が震えている。木場も悔しいのだ。

 当事者である、彼が耐えているのだ……悪魔じゃない自分があんな安い挑発に乗っていい訳がない。ゆっくりと呼吸を整えてからライザーの方に顔を上げると、何時の間にかライザーのいる場所には十数人の女性が佇んでいた。

 

「……と、まあこれが俺の可愛い下僕たちだ」

 

「な……っ!?」

 

 15人の眷属、全員女の子。

 つまりハーレム。瞬間、一誠の中で平行を保っていた妬みと平静の天秤が一瞬で、傾いた。

 傾いたのは勿論、妬みのほうである。

 

「すまねえ、木場。オレ限界寸前だわ……」

「決意が脆いよイッセーくん……」

 

 『そりゃないよ』とばかりに額を抑える木場。

 しかし、一誠とて耐えられないとは言ったが、ヘタな事を口に出さないように我慢している。だが、視線だけはどうしても偽る事ができないので、案の定、ライザー眷属の一人に指摘されてしまう。

 

「ライザーさまーこの人間、変な目してるー」

「ん?何だ人間。まさか羨ましいのか?」

「………」

 

 口に出すな。今口を開けると、焼き鳥野郎とか、種まき鳥頭とか、色々問題発言をしてしまう。自分は関係ない部外者なんだ。軽はずみな発言でリアスに迷惑を掛けてはいけない。

 

「……何だ、つまらない……そうだ」

 

 必死の形相で無言を貫く一誠をつまらなそうに見たライザーだが、ふと思いついたように笑みを浮かべ、リアスの方に顔を向ける。

 

「リアス、君と俺達の下僕じゃ数が違うだろ?数合わせとしてその人間を入れてみたらどうだ?盾代わりにでも使えるだろう?」

 

 ライザーの提案にクスクスと笑うライザー眷属達。ライザーも隠すことなく笑っていた。

 一誠は、動かない。バカにされたのははらわたむせ返るほど、イラッときた。だがそれとは別に―――

 

「部長、オレ出ます。そのレーティングゲーム」

「イッセー!?」

 

 自分が居るせいで、部の仲間達が馬鹿にされたのはどうしても我慢できなかった。ごく短い期間しか一緒にいなかったけど、リアスも朱乃も木場も小猫も、一誠を仲間として見てくれた。悪魔になれない自分をだ。

 役に立ちたい。

 このいけ好かない鳥野郎の出した提案だろうが、乗ってやる。

 

 一誠の参加表明に、驚愕するリアス達。ただ一樹だけが、ギシリッと歯軋りするように背後から一誠を睨みつけ、一誠の腕を乱暴に掴む。

 

「兄さん!何考えてんだよ!」

「離せ、一樹」

「レーティング・ゲームには悪魔しか参加できないんだよ?兄さんみたいな只の人間が出たらただじゃ―――」

「そんなこと分かってんだよ!!」

「ッ!?」

 

 一誠の怒鳴り声にビクッと体を震わせる一樹。力の弱まった一樹の腕を乱暴に振り払い、ライザーを睨みつける。

 

「―――ズの、癖に」

 

 背後で一樹が何かを呟く声が聞こえた気がしたが、今は関係ないだろう。それよりもこの場で決定権を持つグレイフィアの言葉の方が重要だ。

 ライザーが薄ら笑いを浮かべ、グレイフィアの方に振り向く。

 

「決まりだな。構わないでしょう?」

「……お嬢様、彼はレーティングゲームに参加できるほどの実力をお持ちで?」

「彼は―――」

「待てリアス。こっちの方が速いだろう?ミラ、やれ」

 

 瞬間、ライザー眷属の中から棍を持った少女が飛び出してくる。ミラと呼ばれた少女の視線の先にいるのは一誠。

 

「ライザー!いきなり何を!?」

「テストだよ、テスト。オレから提案したんだ。別に構わないだろ?」

 

 ライザーの滅茶苦茶な言動にリアスは歯噛みする。ライザーは始めから一誠を参加させるつもりなどなかったのだ。『ただの遊び』――――爵位を持つ悪魔にあるまじき、相手を軽んじる行為。

 慌てて木場に命令を送ろうとするが、突然の事からか、間に合わない。

 

「イッセー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前にはミラと呼ばれる少女。手に持った獲物は棍。

 常人を超えた反射神経を備えている一誠にとって、たかが『兵士』ごときの攻撃を避ける事は容易だった。だが今は―――

 

 後ろにアーシアと一樹がいる。

 避けたら、間違いなく二人のどちらかに当たってしまうだろう。アーシアは避けられないにしても、一樹は反応くらいはできて居る筈なのだが、何故か背後の彼は身動き一つしない。

 ―――選択肢はない。

 

「ハッ!!」

 

 一誠はゆっくりと横にずれる。打突の矛先を背後のアーシアと一樹から逸らすためである。

 だがゆっくり動いたからには、相応に棍は一誠の元に辿り着くので、棍を掴む暇もなく、一気に棍が腹部目掛けて突き進んでいく。

 

「ぐぁっ……ッ」

 

 一誠の腹部に勢いよく打突が鳩尾に突き刺さる。いかに人間外れでも耐久力は人間。防御力は悪魔には遠く及ばない彼が、『兵士』とはいえ悪魔の攻撃を食らえば、相当のダメージを負う。

 

「フッ」

 

 手ごたえを感じ、笑みを浮かべるミラ。

 目の前の男の意識を完全に断ったと判断し、棍を引き抜こうとすると―――

 

「こんな、もんかよ」

「へ?」

 

 棍ががっしりと右手で掴まれ動かない。

 驚愕のあまり棍を離し、後ずさりしたミラを苦しみながらも一瞥した一誠はライザーに良く見えるように棍を床に叩き付けるように投げ捨てる。

 

「これで、いいだろ」

「な……っ!?」

 

 予想していなかった結果にライザーも驚愕の表情を浮かべる。グレイフィアも僅かながらに顔を顰め驚いているようにも見える。

 

「チッ……分かった。認めてやるよ。せいぜい頑張るんだな、人間くん」

「……偉そうにしてるんじゃねえよ。自分から提案して来た癖に」

 

 ここまでされて、黙る事をやめたのか遠慮なくライザーに対して暴言を吐きつける一誠。

 

「なんだと!?手前ェ人間の分際で―――」

「ライザー様、先ほどの行為は少し度が過ぎているかと思いますが?」

「ぐ……」

 

 一誠の言葉に、怒りの声を上げそうになるライザーだが、すぐさまグレイフィアが戒める。彼女から見ても先程の凶行は眼に余るものだったらしい。

 ライザーも偶の根も言わず黙りこんだ。

 

 ざまぁみろ、と小さく呟きながら、一誠は壁際に背を預ける。本当はその場で転がりまわりたいほどの痛みが腹部から押し寄せてきている。レイナーレの時とは違って、接触面積の少ない棍であろうことか鳩尾を突かれたのだ……下手すれば内臓が破裂していてもおかしくない。

 だが、今は弱り切った姿を見せてはいけない。まだ、せめてライザーが帰るまで平静を装うように努める。

 

「イッセーさん!大丈夫ですか!?」

「大丈夫大丈夫。オレ結構丈夫だから」

 

 『最近は打たれ強くなっている気がするし』と、ぎこちない笑みをアーシアに向けそう言うと、彼女は一誠の腹部に手を当て神器『聖母の微笑』を発動する。

 

「アーシア?」

「我慢しなくていいんです。痛いときは痛いと言ってください、私がいるんですから……」

 

 優しい彼女の気遣いに、思わず目頭が熱くなってくるのを感じる。

 一誠が感動に打ち震えていると、対談が終わったのか、ライザーが眷属達と一緒に魔方陣で元の場所に帰っていく。

 静まり返った部室―――そこでようやく緊張の糸が切れたのか、アーシアに治療されながらも一誠はずりずりと床に座り込む。

 安心した様に息を吐いた一誠にリアスが近づく。

 

「イッセーあまり無茶しないでちょうだい……肝が冷えたわ」

「すいません」

 

 アーシアに治療され、顔色が良くなっていく彼に安堵の表情を浮かべるリアス。

 だが、表情を一転させ、深刻な表情で一誠に警告するように話しかける。

 

「……今からでも遅くないわ。レーティングゲームに出るのはやめなさい。ライザーは手加減なんてしないわ」

 

 一誠の実力は分かっているつもりだ。あの姿になれば、ライザーの眷属くらい難なく倒せるだろう。だが一誠は人間だ。変身していない状態、つまり生身でフェニックスの炎を受ければ只では済まない。悪魔ですら致命傷に至る炎だ。人間なんて消し炭だ。

 できることなら、やめさせたい。

 しかし、一誠はリアスの気持ちとは裏腹に、ゆっくりと首を横に振る。

 

「前にも言ったんすけど……オレッて馬鹿なんです」

「……?」

「オレがバカにされるのはどうでもいいんですよ、俺は慣れてますからね。でも部長と皆があんな奴にバカにさるのはどうしても我慢できません。だから、部長がやめろって言っても戦います。足手纏いなんかにはなりません」

 

 一誠の真っ直ぐな目にリアスは眼を見開き、そしてしょうがなさそうに笑みを浮かべた。

 

「困った子ね……貴方がそこまで言うなら、私は何も言わないわ。そのかわり明日から十日後のレーティングゲームまで私の別荘でトレーニングよ!」

 

「はい!!」

 

 リアスの言葉に、同意するように返事を返す部員達。その声色にはこれから先の戦いに怖じ気づくものなど一人もいない。

 

 

 

 

 だが、ただ一人だけが別の事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………アーシアはもういい。チャンスはまだある」

 

 

 

 

 

 

 不協和音が彼らの『和』を乱す。

 

 




夜這いイベントは起こりませんでした。

ライザーが予想以上に下種になってしまった……まあ、別にいいですよね。
上を行くゲスがいますし。

次話もすぐさま更新致します。


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