三話目です
「うおおおおおおおおお!!」
リアスにより企画された眷属強化の為のトレーニング合宿。その道のりの最中、一誠は雄叫びを上げながら―――
「おおおおおおおお!!」
山を登っていた。
背中には、大量の荷物。照り付ける太陽の下で汗を流しながら、懸命に一歩ずつ足を進めていた。
「兄さん、うる……さい。ホンットッ黙、れ」
一樹は一誠こそ少ない量だが、荷物を背負い息も絶え絶えで昇っている。相変わらずの一誠に対して毒こそ吐いてはいるが、どこか覇気がない。
対照的に一誠は、尋常じゃない汗を流しながらも、勢いを衰えさせずにいた。
全ては十日後のレーティングゲームの為――――一誠自身、自分の想定していない動きで体を動かすと、全身筋肉痛に襲われるという事は理解している。
だから、一誠は筋肉痛が起こらない程に体を鍛える事に決めた。酷い筋肉痛に襲われるという事は、自分の動きに体がついてこれてはいないということだ。
それならば、できるだけ体を鍛えておくことが重要になってくる。
それに悪魔じゃない一誠は魔力を使う事が出来ない事から、変身していない彼の武器は己の肉体のみとなる。
かなりの脳筋思考だが、あながち間違ったことではない。
「……イッセー先輩。無理のしすぎじゃないでしょうか?」
「小猫ちゃんはッ……オレよりたくさん持っているじゃないか……」
「……私は別です」
一誠のやる気に軽く引いている小猫。
だがそんな彼女も、一誠より多くの荷物を持ち、尚且つ夕食の山菜を摘むほどの余裕があった。『悪魔の駒』の特性もあっての事だろうが、そんな話今の一誠には関係ない。
「うおりゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げさらに進む。
そんなことを何度か繰り返して、へとへとになりながらも別荘に辿り着く一誠であった。
普段は魔力で隠れているグレモリー家の別荘。
荷物をリビングに置き、水分を取り、少し休憩した後にすぐに修業が開始された。
修業は各自に別れて行われる。
アーシア、一樹は悪魔としての戦い方を学ぶために、木場、朱乃、小猫とトレーニング。
一誠は――――
「邪念を感じるわ。腕立て追加で50回ね。終わったら、スクワット300回に腹筋200回」
「は、はいぃぃぃぃぃ!」
ひたすらに筋トレをしていた。オマケに腕立てする彼の背中にリアスが座るという形である。
基礎体力と筋力の向上。それが今、一誠にできる唯一のトレーニング方法だということはリアスも分かっているのだ。
悪魔であり、赤龍帝の籠手をもっている一樹にも同じことが言えるのだが、彼は現在、朱乃が見ているのでまずはこっちだ。
幸い一誠は身体能力だけは群を抜いて優秀なので、多少無茶な訓練メニューもこなしてしまのでそれほど手間が掛からない。
「197、198……1……99!!200!!」
「終ったようね」
腹筋が終わり立ち上がる一誠。
かなり息が上がっているが、まだまだやる気はあるようだ。
しかしリアスは、一誠にタオルを渡すと―――
「本格的なトレーニングは明日からにするわ」
「え!?まだオレいけます!」
「貴方は人間なの。私達悪魔と違って、身体が丈夫じゃないから、無理なトレーニングで体を壊すわけにはいかないわ」
「……はい」
「もう、そんな顔しないの。オーバーワークは体に毒よ。今日はゆっくり体を休めて明日に備えるようにね」
悪魔になることができない自分を歯がゆく思うように悲痛な表情を浮かべる一誠に、リアスは苦笑してしまう。
今の一誠は少し張り切り過ぎている気がある。あまりやる気が空回りするといい結果に結びつくことはない。ここまでくる道のりのハイテンションさがその証拠だ。
リアス自身、自分の為に頑張ってくれるという事は、とても嬉しく思う。
「体調管理もトレーニングの一つよ。そのかわり明日はビシバシ行くわよ!」
「はい!」
元気に返事をし、別荘に戻っていく彼に微笑ましいものを感じながら、リアスは一つの懸念を思い浮かべる。
「………一樹、ね」
今は、朱乃が見ていてくれている頃だろうか。
正直に言うと、リアスは一樹の事が良くは分からない。彼の『王』としては失格かもしれないが、分からないものは仕方がない。
一誠に対する態度の時の一樹。
リアスたちに接する時の一樹。
あまりにも態度に差異がありすぎる彼の二面性は、リアスを戸惑わせる。どちらが彼の本当の顔なのか定かではない。
眷属達。特に小猫や朱乃は、『家族』という問題に関しては、かなり複雑な事情があるから口出しはできない。……というより、あの二人は自分に口出しする資格なんてないと思っている。
そしてなにより、当事者の一誠があまり気にしてはいないので、口出ししようにも出せない。
これも、もしかしたら、一樹の――――
「……こんなこと考えているようじゃ駄目ね」
眷属の問題は自分の問題。
『自らの下僕を疑ってしまうようでは『王』失格だわ』と呟きながら、リアスはアーシアと一樹が訓練を行っている場所へ赴くのだった。
「部長、すいません」
一日の修業が終わった。
だが一誠は夜中にも関わらず、別荘の外に出ていた。
空いた時間でしっかりと体を休めた一誠は、帰って来たリアス達と、夕食を摂り温泉に入った後、皆の目を盗んで屋外で自主練習に励んでいた。
ベルトを腰に巻いた彼の足元には5つのロックシードが置かれている。
一誠は満足気に頷きながら、周囲を見渡す。
「……うっし、ここまでくれば大丈夫だな」
お世辞にもこのベルトは静かとは言い難い。大体、変身する時に流れる音声は誰の声なのだろうか。……一誠としては個人的に気に入っているので、あまり気にする事ではないが……。
一誠は、ロックシードを覗き込むように屈み、レモンを模したロックシードを拾い上げる。
「なんだろうな、コレ。他のロックシードとは違うんだよなぁ」
透明感のあるクリアブルーの外面に、レモンを思わせる黄色い装飾。そして若干大きい感じがする。他のロックシードは少しコンパクトな感じがするが、これはなんというか……少しゴテゴテしている感じがある。
「もういっちょ試してみるか」
ロックシードを上方に掲げ、勢いよくバックルに嵌め、錠前の部分を押し込みロックする。
この次にカッティングブレードで切れば、変身できるのだが、ロックシードは一誠を拒むように反応を示さない。
「やっぱ、おかしいな。……うーん……俺の集中力の問題か?なあ?」
物言わぬロックシードに話しかける一誠。傍から見ればものすごくシュールである。
だが本人はいたって真剣。ゆっくりと深呼吸する。
「よしっ!兵藤一誠、集中しよう!うん!」
もう一度変身を試みる。
他のロックシードで変身できたのだ、きっとこれでも変身できるはずだ。
しかし何度試しても結果は同じ。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
やけになって押しまくっても、錠前が勝手にはずれてしまうだけである。ツンデレ?ツンデレなのか!?と徐々に訳分からない事を口に出てきているが、一誠自身自分の発言には気付いて居はいない。
よく分からない、事で無駄に体力を使ってしまった一誠は、地面に落ちたレモンのロックシードを拾い、消沈したように顔を鎮める。
「……別の方法でやんなきゃダメなのかな……でも、どうやったらいいんだよー……いやいや!!ここで諦めたら駄目だ!できなくてもやってやる!!」
うおおおおおおおおおおおおお、と変身を試みようと四苦八苦する一誠。
「全く、聞かない子なんだから……」
そんな彼を木の陰から見つめる、紅髪の少女、リアス。一誠は隠れて出てきたつもりが、彼女にはモロバレだったらしい。
「ふふ、でも一誠君らしいですわ」
「朱乃……」
彼女の背後から声を掛けたのは、朱乃。彼女もリアスと同じく、夜中に別荘を出て行ってしまった一誠を折って来たのか、それとも―――
「リアスが出て行くのが見えたから」
「そう……」
特に何も語らず、一誠の方を見る。
当の彼は、うが―――ッ!と叫びながら変身しようとしている。夜中に抜け出すことには、少し注意しようとは思っていたが、こんな所を見せられては怒る気にもなれない。
………あの変身に関しては、自分たちには何もできる事が無い。―――一応は神器関連の書物については調べはしたが、一誠のようなベルト型の神器はあれど、姿を変える神器は見つからなかった。
「お兄様に報告するべきかしら」
「今はいいでしょう。というより時期ではないわリアス。今はライザー・フェニックスとのレーティングゲームに集中するべきよ。報告はそれからでも遅くはないでしょう?」
「……そうね」
ライザー・フェニックス。不死身の悪魔。
彼を打倒するには、神クラスの一撃と弱点をついた攻撃しかない。正直、勝利を収める確率はかなり低いだろう。
「リアス?」
「……なんでもないわ」
闘う前から、怖気づいてどうする。
フェニックスにだって弱点はあるはず、それに自分には頼もしい眷属達と、一誠という自分を慕ってくれる仲間がいる。
『変身!海老反り!!』
「………あの子、なんだかおかしな方向に行ってないかしら?」
どこか迷走しつつある一誠に、少し心配になってしまったリアスなのであった。
次話もすぐさま更新致します。