球技大会も終わり、現在、一誠達はオカルト研究部の部室にいた。
その場の空気は球技大会で見事勝利を収めた感傷に浸るような空気ではなく、ピンと張りつめたような重苦しいものとなっていた。
「どう?少しは眼が覚めたかしら?」
結果だけ言うと、一誠の懸念は現実のものになった。球技大会中、どこかボーっとしていた彼は、リアスや部員たちからの注意に、誤りはすれどどこか非協力的だった。
一樹ですら、黙々とチームに貢献していたのに、木場は終始変わらずポケっとしていたのだ。
「……あ、あの部長、木場にも何か事情が―――」
「もういいですか?球技大会も終りました。球技の練習もしなくていいし、夜の時間まで休ませて貰ってもいいですよね?少し疲れたので普段の部活も休ませてください。昼間は申し訳ありませんでした。少し調子が悪かったんです」
「あ、おい!木場、どうしちまったんだよ。おかしいぞ!」
スタスタと扉へと歩いて行こうとする木場の腕を掴む。
疲れた、だけじゃ理由としては説明しきれていない、ちゃんと説明して欲しい。
「君には関係ないよ」
「関係ないって……オレはともかく、此処にいる皆はお前の仲間だろ?相談くらいすれば―――」
「できないよ、できるはずがない。これは僕のやることで、僕が成しえなくちゃいけない事だ」
容量が得ない。
何かを思い出しながら、徐々に目に殺気が籠もる。
「僕は復讐の為に生きている。聖剣エクスカリバー―――それを破壊するのが僕の戦う意味だ」
「聖剣計画……か」
ベッドに寝転がり、天井を見上げながら一誠は先ほど部室でリアスから聞いた話を思い出していた。
「……」
木場が部室から出て行ってしまった後、リアスから木場の過去について聞かされた。彼は幼いころ聖剣計画に参加させられていたらしく、その計画が木場が聖剣エクスカリバーを恨む理由になっているという。
聖剣を扱うには因子がいる、聖剣計画はエクスカリバーを扱える人間を人為的に作る機関―――木場や、一緒に実験されていた子供たちは聖剣を扱うために必要な因子がなく、適応できなかったら―――
「処分……」
『不良品』と決めつけ、用がなくなったら捨てる。
そんな目に合ったら、自分だって我慢できないだろう。きっと復讐に走ってしまうだろうし、怒りで我を忘れてしまうだろう。
だが―――
「何時までも、抱えていいものじゃない……」
木場からしたら、いい迷惑だろう。
実際、彼は『関係ない』と一誠にピシャリと言い放った。
「……」
ゆっくりと考え込むように目瞑る。悩む事が多すぎる、ただでさえあまりよろしくない頭なのに、これ以上酷使したらオーバーヒートしてしまう。
とりあえず休もう。今日はとても疲れた。
『――――また会ったな』
「………ああ」
自室で目を閉じて、次に目を開けたら目の前に見覚えのある民族衣装を着た男がいた。やや久しぶりな気がするが、一体何の用なのだろうか。
身体を起こしながら、こちらに近づいてくる彼を見る。
「なんなんだよ……また俺に『選択』ってもんを迫るつもりか?」
『いや……今回は必要ない。俺はあくまでお前の成長を促し、見届ける存在だからな。……それに重要な選択肢というのはただ与えられるものではなく、何時だって自分の中で課されるモノだ』
………どういうことだ?
首を捻る一誠に。若干に苦笑した男は、人差し指を軽く振りながら、一誠に対して分かりやすく説明し始める。
『まあ、ようするに、あまり他人に命令されるままに行動していちゃぁ駄目だって事だ。お前は人間だろう?悪魔のように主の命令を絶対とする下僕じゃない』
「………」
『何時だって選ぶ権利はお前にある。なんせ、お前を縛る存在はこの世界にはいないんだからな』
最初の意味は理解できたが、後半の意味はよく分からなかった。
思えば、自分の力には多くの疑問がある。ロックシードの力に、バックルの力、それに誰かの記憶。―――素直に答えてくれるようには思えないが、とりあえずは―――
「なあ、俺の力はなんなんだ?」
『………それはお前が一番良く知っているんだがな。まあ、無理に思い出させるわけにはいかないか……』
一誠の質問に暫し考え込んだ男は、近くの木に近寄り其処に成っている特異な形をした実を二つもぎ取る。
『これが、お前のいうロックシード―――ヘルヘイムの森の果実だ』
「………は?でもそれは―――」
『まあ、見てろ』
じっと見つめると、男の手の中で実が光りだし、ロックシードへと変化する。ひまわりの種に似た模様のロックシード。
「……え?ちょ、ちょっと待ってくれ。その実がロックシードならここにある実は全部―――」
『そうだ、なにかおかしい事でもあるのか?言っただろう、ここにあるのは全てお前のものだ。そして―――』
一誠に見せつけるようにロックシードを掲げ思い切り握りしめる。
すると、二つのロックシードは再び眩く輝き、レモンエナジーロックシードに似た別の二つのエナジーロックシードにへと変わる。
『バックルはこの森の力を引き出す、一個人には過ぎた力。だがお前なら正しく扱えるだろう。お前の記憶の中に存在する『男』と同じ思いを持つお前ならな』
そう言うと、男は手に持ったエナジーロックシードを一誠に投げ渡す。
エナジーロックシードを受け取った一誠は、手の中でそれを眺めながら、最後に質問を投げかける。
「この力の名前は……?」
『ふっ、全く、お前は一番手間がかかる……』
何処か懐かしそうに小さく呟いた彼は、楽しそうにくつくつと笑いながら一誠に言い放つ。
人の自由を守るために戦った、一人の戦士の名を―――
『鎧武―――心に刻め、こことは違う世界を救った男のもう一つの名だ』
『ガイム』、心の中で反芻しながら、渡されたロックシードを見つめる。
ようやく知る事が出来た名は、一誠の中で驚くほど馴染むように定着するのだった。
数日後、部活を終えた一誠とアーシアは家までの帰路を歩いていた。
何時も一緒に帰っているリアスは私用で、一緒には帰っていない。一樹は何時も通り一誠と一緒に帰りたくないのか、部室に少し残ってから帰るそうだ。
「………ん?」
自分の家の近くまで近づくと、言い知れない違和感を感じとる。
何だ?と、疑問に思いながら、アーシアの方に顔を向けると、そこには震えるように一誠の手を掴む彼女の姿。
「イッセー、さん」
悪魔である彼女が怯えているとすれば、可能性は一つ。聖なる力に関係する存在が家の中にいるということだ。
家の中には母さんがいる。
もし、フリード・セルゼンというリアスから聞かされた残虐非道な神父が、アーシアや一樹を殺すために家に訪れているならば―――
「ッ!」
「イッセーさん!?」
一誠はバックルとロックシードを取り出しながら、音もなく扉を開け家の中に転がり込む。母さんは何時もいる台所にはおらず、リビングにいるようだ。
廊下の壁に身を寄せ、リビングから感じる三つの気配に冷や汗を流しつつ、ゆっくりと中を覗う。そこには居知らぬ少女2人と母さんの三人。
『久しぶりねぇ、もうこんなに大きくなっちゃって……イッセー喜ぶわよー』
「……あれ?」
別に人質にされているとか、そう言う感じではなかった。むしろ昔懐かしい友人に語り掛けるような口調だ。
「か、母さん?」
「あら、イッセーお帰りなさい。どうしたの?血相変えて」
「はうぅぅぅぅ、良かったです」
やや遅れてアーシアがついて来た時、ふと、彼女の気配を感じとったのか青髪の少女が横目で鋭い視線を向けてくる。
よく見ると、彼女たちの服装は白いローブのようなものを着ており、明らかに日本に住む人の物じゃない。そして彼女たちの側らには異様なオーラを放つ布に包まれた棒状の何かが置いてあった。
「ん?」
青髪の少女ともう一人の栗毛の少女に見覚えがある。だけど何故か思い出せない……親しかった人ならば忘れる事はないはずなのだが、何故か出てこない。
「久しぶりイッセーくん」
「………んんん?」
「あれ?まさか覚えてない?私だよ?」
ややショックを受けた様に自分を指さす栗毛の少女。
一誠は慌てて、自分の頭の中の少ない友達履歴を漁り、少女と該当する友達を探す。―――すると、栗毛の髪という点で一人だけ当てはまる子がいた。
「いや……でも、イリナは男のはずだ」
「え?」
「え?」
「え?イッセーアンタ何言ってんの?」
ぺしっと一誠の頭を小突いた母さんは、彼女達に見せていたであろうアルバムから一枚の写真を引っ張り出し一誠に見せる。
そこには、オカルト研究部の皆に見せた笑っている一誠と、栗毛の子供が映っている一枚の写真。母さんは栗毛の子供の写真を指さし―――
「イリナちゃんは女の子よ?昔は男の子ぽかったけど……アンタまさか気付いてなかったの?」
「私、男の子だと思われたんだ……」
たらり、と額から汗が伝う。一誠の眼前には困ったように頬を搔き苦笑する栗毛の少女―――紫藤イリナ。彼女は背後で口を押えて笑いを堪えている青髪の少女をジト目で睨みつけた後、一誠の方に向き直りニコリと笑う。
「久しぶりイッセーくん、ここに来て会うのが貴方で良かったわ。………それで、後ろにいる子は誰なのかな?」
ジロリと目を細めた彼女から放たれた言葉に何処か寒気を感じつつも、子供の頃の親友との再会を心の中でどう喜んだらいいのか複雑な心境になるのだった―――。
あの後、イリナと青髪の少女は口共る一誠の返答を待たずに帰っていった。―――いや、あれはイリナが早く帰りたかっているように見えた。
彼女の目的は昔懐かしだ町と、友人である一誠に会いに来たらしい。
イギリスに行ってしまった彼女と、まさか再開するとは思えなかった一誠だが、怯えるように背に隠れるアーシアの事を考えると素直に喜べないでいた。
彼女らが帰った後、リアスが帰って来たのだが―――
「よく無事だったわね」
事情を話した一誠とアーシアは、彼女に抱きよせられていた。
悪魔であるアーシアはともかく、人間である一誠には実質危害は及ばないのだが、
リアスには関係ないらしい。
「……兄さん、イリナと会ったの?」
「え?ああ、あれ?一樹とイリナって知り合いだったっけ?」
「………」
ギロリと異常な眼力で一誠を睨みつけてくる一樹。彼が怒るような何かに障ってしまったのだろうか?やや慄きながら、リアスの方に視線を逸らす。
「……昼間、イッセーが言った彼女達とソーナが接触した話では、彼女たちは、私―――この町を縄張りにしている悪魔、リアス・グレモリーと交渉したいそうなのよ」
「イリナが部長に……?」
教会関係者が悪魔と接触を求めるのは、すごく珍しい事なんじゃないのか?
「もしかして、何か取引を持ちかけたり?」
「分からないわ。明日の放課後に旧校舎の部室に訪問してくる予定よ。……こちらに対して危害は加えないと神に誓ったらしいけど……」
「………」
大丈夫なのだろうか?
子供の頃友達だったイリナを疑うのは、非常に心苦しいものがあるが、彼女らは教会関係者でリアス達は悪魔。敵対関係にあるのだ。
もしかしたら、戦いになるかもしれない。その時は自分は『友達』か『仲間』、どちらの味方につけば―――
「ああ!もうこんな考えやめだやめ!!」
パシンと頬を叩き先ほどの考えを取り消す。
自分はバカだ。そういう味方とか敵とか考えられるほど、高度な頭はしていない。なら、その場で自分の思ったことに従がって行動すればいい。それがどんなに愚かだと言われても。
「イッセー?どうしたの?」
「なんでもないっす!!」
ジリジリと晴れるように赤く腫れた頬を見て、心配そうに見るリアスにとりあえずなんでもないと言いながら、一誠は明日の放課後、部室に訪れてくるイリナともう一人の少女についての思いを巡らせるのだった。
ようやく、鎧武の名前が明かされました。
それにしても―――貰った二つのエナジーロックシードはなんなんだ……(棒読み)
次話もすぐさま更新致します。