イリナ、ゼノヴィアと共に聖剣を捜索してから数日の日が過ぎた。
一誠は学校があることから、早朝と学校が終わってから夜遅くまでの短い時間でしか行動できなかった。
一誠自身は学校を休んで捜索に出ようとしていたが、リアス曰く――昼間のような人が多い時間帯は流石の堕天使達も手を出すことはできない―――ということで、昼間だけは捜索には参加せず、普通に学校に通っていた。
しかし、学校にいても街中に堕天使のような危険な存在がいると思うと、一誠は気が気でなかった。加えて、木場が学校に来ていないことが今の彼の不安の一つでもあった。
休日、ほぼ習慣と化しているランニングを終え、シャワーを浴びた後に自室に戻った一誠は夢の中で貰ったエナジーロックシードを用いての変身を試みていた。
「音は……大丈夫、だよな?一回くらいなら」
一回、母さんに見られて怒られたけどそれは何回も変身したからだ……一回だけならセーフだろう。しかも今は休日の7時、別にうるさくしても問題ない時間帯だ。
アーシアとリアスは別の部屋で寝ている、一樹も同じだからその辺も大丈夫。
「変身……」
【オレンジ!】【ピーチエナジー!】
何時もより気持ち少なめの声で、オレンジロックシードと桃の形のロックシード―――『ピーチエナジーロックシード』をバックルに嵌め込む。
ピーチエナジーからレモンエナジーの時より断然テンションが高い声が発せられ、一瞬ビクリと驚きながらも頭上に生成されたオレンジのアーマーとピーチのアーマーに目を向ける。
「うおっ……やっぱり桃なんだな。こいつと何か違うのか?」
ベッドの上に転がっているレモンエナジーロックシードに目を向けながら、カッティングブレードを傾ける。
【ミックス!オレンジアームズ!花道オンステージ!!――――ジンバーピーチ!ハハー!】
頭上で融合されたアーマーが一誠の身体を覆い展開される。
―――だが、ジンバーレモンとあまり変わりはない。代わっている所といえば、レモンの断面のような文様が桃の文様に変わっている所だけだ。
後はソニックアローもアーマーも全然変わってない。
「………うん?」
むしろ力が落ちている感覚すらある。
「不良品つかまされた……?」と考えながら、自分の体を見ていると―――
『あの音……イッセー、またあんなコスプレしているのかしら?』
『コスプレ……?イッセーがどうしたのか?』
『前ね―――』
「……うん?母さんと父さんの声だ」
何故か聞こえるその声に、思わず周りを見渡しても誰もいない。だが確かに声は聞こえてくる。
さらに耳を澄ますと―――
『……イッセー……?どうしたのかしら、こんな朝から……』
「今度は部長の声……?……うーん、まさかこのロックシードは……」
聴覚を強化するフォーム―――という事なのか?戦いにはあまり使えない、というか戦闘力ならオレンジアームズよりは強いかもしれないが、能力は役に立たないだろう。
そもそもオレンジ、イチゴ、バナナ、パインの違いは、武器や身体能力の微妙な差異くらいしかない。それを思えば、この聴力強化はジンバーピーチだけの固有能力と分類できるのではないのか。
戦闘には役には立たないだろうが―――
「これを使えば、もっと聖剣を探す効率があがるかも……よし!!今度はこっちのさくらんぼっぽい奴を試して―――」
『クソッ……クソッ……』
「ん?」
隣の部屋―――一樹のいる部屋からすすり泣くような声と共に何かを罵倒する声が聞こえる。外そうとしたピーチエナジーロックシードから手を離し、耳を傾ける。
『これじゃ……んな……しぬ……なんで応えない……ドライグ……』
「ドライグ……誰だ?」
くぐもった声のせいかうまく聞き取れない。
盗聴しているような気がして気分が悪くはなるが、一樹の様子がおかしい理由が分かるかもしれないので壁に近づき隣の部屋に意識を集中しようとすると……。
「こらァ!イッセーあんた朝っぱらから何やってんの!?」
隣の部屋に意識を集中させたせいか母さんの接近に気付けなかった。
ドンッと部屋を開け放った母さんは、壁に顔を押し付け見るからに怪しげな行動をとっている一誠に額を抑える。
「げぇっ!?母さん!!」
「あんたまたそんな格好して恥ずかしくないの?!今のあんたどこから見ても不審者だからね!?休日だからってはめ外しているんじゃないよ!」
そのままバダンとドアを閉めてしまう母さん。
その光景を、壁の前で固まったまま見ていた一誠は、疲れた様にため息を吐きながら変身を解く。
「……朝飯食べよう……」
何気に言われた不審者という言葉に、ちょっとだけ傷ついた一誠であった。
「さてと、行くか」
朝食を摂り私服に着替えた後に、イリナとゼノヴィアとの待ち合わせ場所に移動すべく玄関で靴を履く一誠。
「イッセー」
靴を履き立ち上がった一誠の背後から、心配そうな表情のリアスが声を掛ける。
ゼノヴィア達と交わした約束のせいで助けになれない自分がもどかしく思っているのだろうか。一誠としては元気づける気の利いたセリフを言いたいところだが、生憎プレイボーイじゃない彼にはそんな台詞は思い浮かばない。
「いってきます!」
「……ええ、頑張って」
とりあえず自分が出せる限りの笑顔で応えて外に飛び出していく。
下手な言葉より、こっちの方が自分らしい。やや人通りの多い道を小走りで走っていく。朝だからか、スーツ姿の人や主婦らしき人がちらほらと自分の横を通り過ぎる中―――
「……あれ?小猫ちゃん?」
小猫が前方から歩いてくるのが見え思わず脚を止めて凝視してしまう一誠。彼女も前方から走って来た一誠の気付いたのか、何かを言いたげな表情でこちらに走り寄って来る。
方向からして、家に来ようとしていたのか?とりあえず手を挙げながら挨拶すると一誠の近くまで近づいてきた小猫はやや声をうわつらせながら一誠の話しかける。
「イッセー先輩……お願いがあります……」
一誠を見送ったリアスは、玄関付近の壁に背を預け目元を隠すように額に手を置いていた。
「イッセー、は大丈夫……」
人間という立場は今の彼にとってはある意味都合の良いものだった。ある意味、悪魔と教会という二つの勢力にも当てはまらない彼は、下手すればどちらにでも傾いてしまう天秤のような存在―――
リアスは心のどこかで一誠が自分の手を離れてしまうのではないのだろうか、という危機感に苛まれていた。彼は自分の眷属でもないし、恋人でも婚約者でもないのに……。
どうしてもライザーに立ち向かう彼の後姿が忘れられない……。
「駄目ね……こんなんじゃ……」
一誠は一言もなしに自分から離れるような人じゃない。
だから今のもどかしい思いは、手を貸すことができない自分への苛立ちのようなものだ。
だから一誠が頑張っている今、自分がこんなところでくよくよしているわけにはいかない。祐斗の事や―――一樹の問題がある。
リアスが兵藤宅に住むに至った理由は、単純に一誠の傍に居てみたいという理由の他にいくつかある。それは一誠と一樹、二人の関係の改善の為―――を理由にした、一樹という自らの眷属を知るためにだ。
「………」
結論だけ言うと、彼は幼くも何処か達観したような言動を取る『子供』。
一誠の両親の話を聞くには、一樹は手の掛からない物静かな子だったらしく、年相応に泣き笑う一誠と違い、笑いはすれど泣くことはあまりなかった大人しい子だったらしい。
懐かしむように、アルバムを捲りながらその事を語った一誠の母親の顔を見て、冥界にいる両親のことを思いだし少しホームシックになってしまった。
「何で、イッセーにだけ……」
彼にだけは心を許さない。むしろ執拗にまで敵視している。
彼が一体何をしたのか?
何が気に食わないのか?
それが分からない。あらゆる可能性を考えても、まったく思い当たるものがない。一誠を贔屓目に見ているわけではないが……。
一般的に見るならば、一誠がしていた覗き等の行為は忌避されて当然の行為だろう。
しかし、その事を蔑むにも、あまりにも度が過ぎているのが問題なのだ。
一樹の事を全て理解しているという訳ではないが、推測を述べるとするなら……一誠の行為云々に対する罵倒等は、本当の理由を隠すためのカモフラージュで、本当の理由は隠している―――というものだ。
「………踏み込むべき、かしら」
一誠のこと、一樹のこと、彼らの過去の事を――――
「それで、小猫ちゃん。お願いって?」
近くの自販機で買ってきたジュースを小猫に手渡しながら、一誠は先ほど小猫の言葉について問いかける。
一誠から貰ったジュースを両手で握りしめながら、小猫はやや俯きながら声を絞り出す。
「祐斗先輩を……助けてくれませんか」
「助ける……でも木場は今―――」
「学校には来ていない……」
聖剣を憎む気持ちは、きっと想像できない程凄まじいものだろう。
だが、それでも小猫は復讐に囚われて、身を削る木場の姿は見たくはない。行き場の失い、拾われた暖かい場所で見つけた仲間だから。
「でも私は先輩が……仲間が、いなくなるは……嫌です。イッセー先輩も……」
本当は一誠に協力したい。
でも、それじゃあ、彼の立場を悪くしてしまうし、迷惑になってしまう。一誠は笑って許してくれるだろうが、きっと小猫は自分を許せないだろう。
そんな彼女の気持ちをなんとなくだが理解したうえで、一誠は買ったジュースを一気に飲み干した後に空を見上げながら、小猫に話しかける。
「全く、木場も幸せ者だな……小猫ちゃんにこんな心配されるなんてな」
「イッセー先輩?」
快活に笑い、手に持ったジュースを一気に飲み干した彼はぐしゃりと潰した缶をゴミ箱に放り小猫に向き直る。
「俺に任せろ!ぶん殴ってでも木場を助ける!なんというか……約束する!」
「イッセー先輩……」
顔を上げる小猫を真っ直ぐに見て、拳を握りしめる。
自分のやる事は始めから決まっている。友達を―――皆を守る。
「俺だって木場の事を聞いた。あいつがどんだけ苦しんで、悔しい事も全部とまではいわないけど、分かる。だからといってアイツに復讐をやめろなんて綺麗言は言わないけどさ……でも、うまく言えないけど、放っておけないよな」
「………はいっ」
「それに後輩からの頼みなんだ。断るとカッコ悪いからな!」
へへっと子供のように笑う一誠に、小猫もようやく微笑を浮かべる。
「じゃ、俺そろそろ行くから!」
「頑張ってください……それと、イッセー先輩にも……怪我はしてほしくない……です」
「おう!」
手を振りながら、走っていく一誠の後姿を見て、小さく腕を振る小猫。
駆け出した一誠は、気合いを入れるように頬を強く叩きながらイリナとゼノヴィアのいる場所まで真っ直ぐ走り出す。
朝、連絡された待ち合わせ場所は待ち合わせ場所は、何故かファミレス近く。敢えて人通りの多い場所を選んだのかと、勝手には納得はしていたが、何時もの場所とは違うので怪訝に思う。
「……やべぇ、ちょっと遅れてる」
携帯をポケットにしまいながら曲がり角の先にあるファミレスへと足を進める。
すると、目の前に奇妙な光景が映る。
『迷える子羊にお恵みを~』
『どうか、天に代わって憐れな私達にご慈悲をぉぉぉぉぉ!!』
ズッコケた。思い切り、力の限り。
この娘達は何をやっているのだろうか、待ち合わせ場所で。これはアレなのか?遅れてしまった自分が悪いのか?
でもまさか路頭でお祈りを捧げるような奇行に出るとは思っていなかった。
「なんてことだ。超先進国であり経済大国日本の現実か。これだから信仰の匂いのしない国は嫌なんだ……くっ……イッセーは何故来てくれないッ」
「毒づかないでゼノヴィア。路銀の尽きた私達はこうやって、異教徒どもの慈悲無しでは食事もとれないのよ」
「なにやってんのぉぉぉぉ!!」
「あ!イッセーくん!」
「イッセー助かった!」
まるで救世主を見つけたような表情―――こんな時に見たくはなかったよ……。
「どういうことだよ!?お金がないって!?」
「元はと言えばこいつのせいだ!イリナが詐欺まがいの絵を購入するから―――」
「何を言うの!?この絵には聖なるお方が書かれているのよ!展示会の関係者もそんなこと言っていたわ!」
デデーンとどこからともなく額縁に入れられた絵を取り出すイリナ。まじまじと見てみるが、どう見ても頭に輪っかのついたオッサンの姿しか見えない。
「………多分、騙されたぞ。イリナ」
「え!?嘘……」
「ほら見た事か」
「なにをー!ゼノヴィアだって興味津々だったじゃん!」
「それは最初だけだ!」
「後から、ぐちぐちと~子姑か貴方は!!」
「こしゅうとめ?……なんだか分からんがすごくバカにされた気がするぞ!!ああどうしてこんなちんちくりんがパートナーなんだ……主よ……これも試練ですか……」
「頭抱える事ないじゃない!」
「うるさい!これだからプロテスタントは異教徒だというんだ!我々カトリックと価値観が違う!もっと敬え!!」
「新しいものを取り込むことの何処が間違っているのよ!そっちこそ古臭いしきたりに縛られているくせに!!」
「なんだと異教徒め!」
「そっちこそ異教徒!」
「………」
終いには額をぶつけて取っ組み合いを始めた聖剣使いのポンコツ2人。
ファミレス前なので、周囲の注目も相まってだんだん恥ずかしくなった一誠は、問答を繰り返している二人の頭に軽く握った拳を振り降ろす。
「落ち着けって!」
「あてっ」
「痛っ、何をするイッセー痛いじゃないか」
「喧嘩はやめなさい!お腹空いているんだろ!?奢ってやるから中に入るぞ!」
「む、すまないな。イリナ反省しろ」
「何で貴方に言われて反省しなきゃいけないのよー!」
声を潜ませながらまた口喧嘩をしている二人にこの日何度目かのため息を吐きながらファミレスに入る。……お金足りたかな……不安だ。
この時点で仲良くなっていたら、こんな感じかなと思いながら書きました。
それと……リアスが一樹のいる家に住んだ理由も少しだけ描写しました。
次話もすぐさま更新致します。