コカビエルの事件から数週間が過ぎた。
変わった事と言えば、リアスにとっての新しい下僕であり一誠にとっての新しい仲間ができたことだ。デュランダル使いのゼノヴィア、彼女が悪魔として転生していたのだ。
彼女と少なからず仲の良かった一誠は、彼女が突然リアスの『騎士』として悪魔に転生している事に驚いた。驚いている一誠に困ったように肩をすくめた彼女だが、一誠は彼女には何も言える事はなかった。
神の不在、彼女と短いとはいえ行動していた身としては、彼女がどれだけ主……聖書の神を崇拝していたかは痛い程分かっているのだ。
だから何も言わずに、彼女を仲間に迎え入れた。
「ふぅー」
そんな彼は現在、日課となりつつあった朝一のランニングへと繰り出していた。
鎧武の力があるといえども変身前は生身、基礎的な身体能力は重要になってくるだろう。本当は戦いをしないのが一番なのだが、コカビエルやレイナーレの時の事を考えるとそうはいかない。そう考え、毎朝、早く起きて走っているのだ。
一時間ほど、自分のペースで走った後、呼吸を整えながら歩いていると―――
「………ん?」
町外れの川沿い付近に釣竿を持った黒髪の男が川岸に佇んでいるのが目に入る。着物?甚平?和風な服装を着た外人とも思われるその男は、釣竿と川を交互に見て困ったように頭を搔いている。
何時もは見ない人だなぁと思いつつ道を歩いていくと、男は一誠に気付き手を振って来る。
「おーい、ちょっといいか?」
「え?オレ?」
「そうそう、そこの青少年クン。ちょっと聞きたいことがあるんだが、構わないか?」
聞きたい事とはなんだろうか、とりあえず困っているようなので川岸にまで降りていく。
「どうしたんですか?」
「ちょっとなあ、釣りっていうのを一回やってみようと思ったんだが……これが全く釣れねぇ」
川を指さし、表情を渋らせる男。
一誠も川を覗き込んではみるが、水は綺麗だが魚のいるような感じの川ではない。それに毎朝この川を走っている一誠だがここで釣りをしている人なんて一度も見た事もない……もしかしたら魚がとれにくい場所なのかもしれない。
「ここはもしかしたら釣れる場所じゃないんじゃ?」
「それもそうか?そうだったら、悪いな。呼び止めてしまってな」
「いやぁ、俺も丁度休もうと思っていた所ですし」
ため息を吐きながら釣竿をしまった男は、やや後ろに生えている草原に座り込む。年齢は30半ばくらいだろうか?見るからに大人って感じがする。
「少年、少しおじさんの話し相手になってくれねぇか?」
「別に構わないっすよ」
まあ、まだ帰るには早すぎる時間帯だし少しくらいならいいかな、と思いながら男と同じく座りボーっと川を見ていると―――。
「お前さん、不思議な力を使うそうだな」
「ッ!?」
見知らぬ中年男性から放たれた核心を突く言葉―――。
一誠は、男から距離を取る様に転がり、立ち上がり様にバックルを取り出す。その様子を見た男はその場から動かずに、顔だけを一誠に向ける。
「おいおい大袈裟だな………、それがコカビエルを倒した力か……成程、本当に神器の感じはしねぇ……全く以て非なる力だ」
「何が目的だ……!」
「そう構えんなよ。敵対するつもりはない、どちらかというと……兵藤一誠、お前を見に来た」
「見に来た?」
不敵な笑みを浮かべ男は立ち上がる。
只者じゃないたたずまいに、薄らを額に汗を滲ませながら一誠は男に問いかける。
「あんた……何者だ」
瞬間―――男の背に12枚の黒い翼が展開した。
黒翼の中心で不敵な笑みを浮かべるその男は敵意を感じさせない口調で言い放った。
「アザゼル。堕天使共の頭をやっている。―――よろしくな、兵藤一誠」
結局は何もされずに帰ってこれた。堕天使総督と聞いたから最悪戦闘も覚悟していたのだが、妙な肩すかしを食らった気分だった。
現在は、学校が終わり放課後。朝のうちにリアスにはアザゼルの事を話しておいたのだが、そう言う話は皆が集まっている時にした方がいいとの事で、放課後の部活動で行うことになったのだ。
「冗談じゃないわ」
あまり危機感を持っていない一誠とは違いリアスは今にも紅髪が逆立つ程に怒髪天を突きそうなくらいに怒った。部室のソファーに座っていた一誠は彼女の怒る姿を見てソファーから落ちそうになったほどだ。
「こんなにも早くイッセーに接触……それも堕天使総督が……」
一誠はそれほど気にしてはいないようだが、堕天使総督自らが一誠に接触していた事がどれだけ危険な事かをリアスは理解しているのだ。一誠の異質な力、それがもし悪用されてしまったら、悪魔側は最悪一誠を抹殺するという決断を下すかもしれない。
眷属達にとって、リアス自身にとっても一誠は大切な存在となっている。
「でも、コカビエルみたいに凶暴な奴ではなかったんですよね……」
「見た目に騙されてはいけないわ。どんな見た目でも、堕天使を統括する堕天使の総督よ。甘く見てはいけないわ」
アザゼルが一誠の力に興味を持ったこと自体おかしい事なのに、当の本人は快活に笑っている姿を見て、リアスは軽いため息を漏らし一誠の両肩に手を乗せ彼の目を見る。
「ぶ、部長……?」
「いい?私達は貴方を心配しているの……だから、あまり無茶はしないでちょうだい」
「えと……はい………」
「……分かったならいいわ」
そう言いゆっくりと一誠の肩から手を離す。
数秒ほどの沈黙が続いた後、気まずそうな表情を浮かべた一誠が不意に何かを思い出したように顔を上げる。
「あ、ああ!そういえば今度授業参観がありますよね!部長のお父さんとか来たりするんですか!?」
「え?……多分、来れないでしょうね。お父様とお母様は冥界に住んでいるから……」
「……すいません」
「ふふ、別に謝ることはないわ。……去年の事もあって、少し親には来てほしくないのよ……」
去年の事?リアスは両親と仲が悪いのだろうか……そんな勘繰りをして少し申し訳ない気持ちになってしまった一誠。
「リアス、授業参観の事なら安心すると良い」
突然、この場の誰でもない声が聞こえる。部員全員が声の下方向に目を向けると、そこにはリアスと同じ紅色の髪の男性がにこやかにほほ笑んでいた。
「お、お兄様!?な、何故ここに!?」
リアスの兄……ということはこの人がアーシア達、悪魔の王、魔王、サーゼクス・ルシファー。実際に顔合わせするのは初めてだが、朱乃や木場達がすぐに跪いているので、一誠達も彼らを倣って跪く。
「アザゼルの事なら心配いらないよ、彼はコカビエルのようなことはしない。最も、今回みたいな悪戯はするだろうけどね」
「いえ!そういうことではなくて!」
「今日はプライベートで来ているんだ。ああ、君達もくつろいでいてくれたまえ」
サーゼクスの言葉に、部員たちはそれに従い立ち上がる。
「やあ、我が妹よ。授業参観が誓いのだろう?私も参加しようと思ってね。おっと、勿論父上もお越しになられる」
「ぐ、グレイフィア……貴方ねぇっ」
若干の恨みがましい目で銀髪の女性、グレイフィアを睨むリアスの問いに彼女は頷く。話によれば、グレモリー眷属の学校でのスケジュールは全て彼女に任されているらしく、勿論授業参観の連絡も来ることから、彼女からサーゼクスにそれが知られた、というものだった。
「どんなに厳しい職務だろうが、私は妹の参観日の為なら休暇を取るよ。勿論父上もだ」
「そうではありません!貴方は魔王なのですよ!?仕事ほっぽり出すなんてっ、魔王が一悪魔を特別視はしていけないわ!!」
確かに魔王が気軽に来て良いのかは疑問に思う。一誠自身、まだ悪魔の事については深くは知らないが、種族のトップに立つ人物がそうやすやすとここに来ることはおかしい事だというのは一誠でもわかる。
「いやいや、これも仕事ではあるんだよ。リアス、実は三竦みの会談をここ駒王学園で執り行おうと思っていてね。その為の下見に来たわけだよ」
「――!ここで!?本当に!?」
三竦みの会談と聞いて驚くリアスだが、少し離れた所で聞いていた一誠にはいまいちピンと来ない。木場や小猫、朱乃は驚いたような表情を浮かべてはいるが……。
とりあえず、いまいち反応の薄いゼノヴィアに小声でどういうことか聞いてみる事にした。
「……ゼノヴィア、三竦みって天使と堕天使と悪魔の事だよな?」
「ああ、そうだ。……でも、どういう事だろうか……まさか三竦みの会談とは……」
「それって大変な事なのか?」
「ああ、すごく大変だ。前に言っただろう?切っ掛けがない限り歩み寄らない、と」
「……それって、その三竦みの会談をする切っ掛けが有ったって言う事?」
「恐らくは……」
コカビエルの事件……じゃあないな。それじゃあ堕天使と悪魔との問題だし。そもそも会談なんて何処の勢力から提案したんだろう。
「会うのは初めてかな?兵藤一誠君」
「え、は、はい!!」
突然、サーゼクスに声を掛けられてビックリしながらも返事をする。少し考えに耽っていたからか、話しの前後も掴めぬまま、サーゼクスの方に顔を向ける。
「ライザー・フェニックスとの試合、私も見ていた。人間である君に私達の悪魔のゲームに参加してしまったことについては本当に申し訳ないと思っている」
「い、いえそんな……」
「しかし、それとは別に君には感謝している。魔王ではなく、一人の兄としてね」
リアスとライザー・フェニックスとの婚姻は、魔王として納得はできても、家族としては納得できない。魔王と言う立場であるが故に口を出せなかったのだろう。
だからこそ分かる。この人は本当に妹である部長を大事にしているんだって……。
「……ライザーの時、俺……人間とか、悪魔とか関係なくて……っ。うまく言えないんですけど……えと、部長や皆の助けになりたくて……必死でした!!」
何を言っているんだろう俺、と言った後から一誠は自己嫌悪に陥りながら肩を落とす。すると、前の方からクスクスと笑う声が聞こえる。顔を上げると、サーゼクスが朗らかに笑っていた。
「ハハハ、妹の周りは本当に良い者達に囲まれている。兵藤一誠君、良かったらこれからもリアスの事を支えてほしい。悪魔でも人間も関係ない、自分の心を素直に言葉にできる君なら、私も安心して任せられる」
「はい!!」
「お兄様……」
種族は違えど、種族の王からの頼みに一誠は内心誇らしく思い返事を返す。その返事に満足そうに頷いたサーゼクスは、リアスの方に話を戻そうとするも、不意に何かを思い出したのか、すぐにこちらに向き直り、先程とは違った子供のような笑顔を浮かべる。
「息子に君の変身した姿を見せたいんだ。一緒に写真を取ってもらってもいいかな?できれば変身も見せてくれれば―――」
「お兄様!!」
グレイフィアにハリセンのようなもので張り倒されたサーゼクスを苦笑いしながら見た一誠は、目の前の光景を見てふと思う。
ほんの少し前では考えられなかった非日常の世界。
それに加え、こんなに人に囲まれた生活を送って自分はいいのだろうかと思えるほどの充実感。
そんな遠くに見えた日常の中に、不安な事もできた。
堕天使総督アザゼルとの接触。
敵意はなかった……。むしろあったのは自分の力に対しての興味。個人的な思いとしては堕天使幹部であるコカビエルより強いアザゼルと戦うような事態は避けたい。
まあ、それは今の状況ではどうしようもない。
一樹の神器の中の存在、赤龍帝ドライグの事とか、コカビエル戦の時に見せた『黒い鎧武』の事。
『黒い鎧武』にいたっては一誠自身もよく分かってはいない。
その時の一誠は、ただただコカビエルを『倒す』とばかり考えていただけ……それ以外の感情は一切無く、またそれが疑問に思わないほど、自然に、異様に、元からそう思っていたように一誠に頭に存在していた。
あの時は仲間たちのおかげで自分を取り戻すことができたが、自分が元に戻らなかった時を考えると震えが止まらなくなる。
リアスはあの時の一誠を『イッセーじゃない』と評しているが、一誠の考えは違う。
あの時の自分のしたことは全て覚えている。
コカビエルを一方的に嬲っていたことも、一時とはいえ仲間を見捨てかけたことも―――それを覚えているからこそ言えることがある。
あれは……自分自身だ。
自分の中で燻っている凶暴な『闇』。
自制すらできない程の狂気。―――だが、それは突発的に誕生したものではなく、自分が創りだしてしまった感情。
「どうしたのイッセー?」
「あ、いや、なんでもないです!」
「?」
自分の知らない自らの一面。
それが今の一誠をどうしようもなく不安にさせる。
サーゼクス様は特撮が大好き。
一誠は、自分の心の闇を自覚しました。
後は……アザゼルに有った事くらいですね。
今回の更新はこれで終わりです。