お待たせいたしました。
サーゼクスとグレイフィアの来訪から数日が経った。
どんどん気温が上がり、いよいよ夏らしくなってき頃に兵藤一誠はこれまで体験したことのないイベントを迎えていた。
生徒会からの命令で行われるオカルト研究部全員で行うプール掃除。掃除というからには色々面倒くさいものがあるだろうが、オカルト研究部員達の目的はその後、掃除した後のプールを使用していいとの条件にある。
「ほら、イッセー。私の水着、どうかしら?」
「い、いいと思いますよ」
「貴方こっちを見てないから分からないじゃない」
全員が水着姿、特にリアスや朱乃は中々にデンジャラスな水着を着ているからか、一誠は照れて注視ができない。いくら松田や元浜と一緒にエロ関係の雑誌やビデオを見ていたとしても、実際に本物を見た事はない一誠は、見てもいいか、見ちゃ駄目だという感情で板挟みになっていた。
「イッセーさん、私も着替えました!」
スクール水着を着たアーシアや小猫が更衣室から出てくる。健全な青少年なら此処で何か思うようだが、リアスや朱乃にからかわれるように質問責めを受けていた彼にしては、今の二人の姿は何処か安全に見えていた。
「……何かものすごく失礼な事を考えていませんか?」
「考えてないって、あ、あははは」
「……卑猥な目つきで見ないんですね……意外です」
本とか映像とかなら違ったんだけどね、と内心思いながら準備体操を始める。木場も着替え終わって出てきたようだが、一樹とさっき見かけたゼノヴィアの姿が見当たらない。彼らの姿を探しながら準備体操を続けていると、彼に近づいてきたリアスが一誠にあるお願いをしてきた。
「イッセー、お願いがあるんだけど……」
「……話って何だ」
海パンの上にパーカーを着た一樹は、プールのある屋内に設置されている倉庫の中でゼノヴィアに呼び出されていた。
一樹から見た、ゼノヴィアは原作と変わらない天然が入った聖剣使いの少女。イリナと一緒に居たというところから彼女から何かを聞かされているかもしれないと身構えていたが、一樹が呼び出したゼノヴィアの様子は少し違っていた。
「イリナから、イッセーとお前の過去の話を聞いた」
「……君に関係ないだろ」
「ああ、そうだな」
内心心臓の鼓動が早くなったが、それだけの用なら関係ない、の一言で済ませばいい。
問題はゼノヴィアがリアスやアーシア、部員の皆……学校全体にその噂を吹聴しないかというものだ。
「お前は随分と外面だけは言い様だが、私から言わせて貰うとそれだけの男に過ぎない」
「……君に何が分かる」
「分からないさ、兄を貶めなければ自分の存在を大きくできない卑怯者の考え方はな」
「卑怯者……っ?僕がか!」
一番言われたくない言葉―――これまでの行いに罪悪感の欠片も抱いていない一樹からすればゼノヴィアの言葉は憤りに値する言葉だった。
原作キャラの癖に―――。
サブヒロインの癖に―――。
力任せのパワーキャラの癖に―――。
文面の中でしか知らない彼女にそのような事を言われたくない。
「僕は卑怯者じゃない!」
「……」
声を震わせる一樹を何処か憐れみを帯びた目で見据えながらゆっくりを腕を組んだ彼女が、淡々と彼を『卑怯者』と評する理由を述べた。
「イリナは恐怖していた。お前が今、私を見るその目にな」
ゼノヴィアから見た一樹の目は、まさしくカメラ越しから見るような視線。悪く言えば自分を見ているようで見ていない目。その視線からゼノヴィアは、一樹が何を見ているのかを判断しようとはしていたが、それも諦めた。
どうしようもないからだ。
「ようやく分かったよ。本当に自分の事しか考えてないんだな……お前は。だからそんな風に人を見れる……いや、そもそも人として認識していないんじゃないのか……」
「そんなことない!」
「なら何故イリナは泣いた……ッ?」
大きく一歩踏み出したゼノヴィアが一樹のパーカーの襟を掴みとる。それも凄まじい力で、押さえつけているせいか一樹は怯えた様に声を震わせる。だがゼノヴィアはそれでもその手を緩めない。
忘れられないからだ、一樹と一誠の過去を話していた時のイリナのあの表情を……本当に怖がっていた。ああ、そうだろう、大切な友達との思い出を訳の分からない事で無茶苦茶にされたらそうもなる。
「―――イッセーが何かしたのか?できないだろうな、まだ文字も覚えていないだろう年の頃だ。何かしたとしても、お前が行ったことは仕返しの域を超えている。はっきりと言えないリアス・グレモリーやイッセーの代わりに私が言ってやろう。お前がした事はただの迫害だ」
「子供のした事だろ!!それを今になって引き合いに出さないでくれ!!」
「……いいや、子供だとかそういう域は越えている。なにせつい最近まで行われている事だ。聞いたぞ学園内でお前が吹聴したであろう噂をな」
一部は一誠の身から出た錆のようなものだろう。本人だって覗き等の行為を認めている。だが他が酷いものだった……。
「……絶句したよ、存在すらも否定するようなものばかり……しかもどうだ?比較対象が存在するのはどう考えてもおかしい」
噂、というものは恐ろしい程の影響力を持っている。誰かとも知らない他人に関しての噂ならば、その内容によってその渦中の人物の印象が決定されてしまう。
もし、ゼノヴィアがイッセーの事を知らなかったならば、その噂を耳にしたその瞬間に兵藤一誠という人物に対してのイメージを固定されてしまっていただろう。そう思うと身が凍るような悪寒に襲われる。
一誠がリアスに保護されることになってからその手の噂はなりを潜めたが、長年根付かせてきた悪意はそう簡単になくなるものじゃない。どんなに焼き払おうとも根っこの部分は残る。そして残った部分から深く広がっていく。
絶対に消えはしない呪いのようにイッセーの周りへ侵食していく。
「それは周りが勝手に比較しているだけだ。僕は関係ないッ。そう言う噂をされるのはそう言う事をしている兄さんが悪いんじゃないのか!」
「確かに一誠にも非はあるだろうが、それをわざわざ吹聴する必要はないんじゃないのか?」
「ッ……だから!!僕は!」
「私を駒王学園に入学したばかりで何も知らないと小娘と勘違いしているんじゃないか?生憎、貴様と違って友人を得る際に他者を貶める必要がなくてな、学園の事ならクラスの友人から聞いたからちゃんと理解している」
桐生藍華、という少女がいる。アーシアの友達でゼノヴィアの学園での初めての友人。そんな彼女が私に学園の事について教えてくれている時にふと漏らした言葉が―――。
『一樹くんの言葉は真に受けないように』
―――何処か微妙な表情でそう言った彼女を不審に思った彼女は、この数日間、何気なく他のクラスに聞き込みに行ってみた。……結果はある意味で予想を裏切る結果。
「いっそリアス・グレモリーに報告して何かしら罰を受けさせようとしたよ……まあ、罰を受けたとしても何が悪いと認識してないお前には焼け石に水というものだろうがな」
リアス・グレモリーも眷属達も薄々は分かっているのだろう。だが、分かっているからこそ手を出せないでいる……兵藤一樹がきっと改心し、兵藤一誠と兄弟として協力できる関係となる可能性を否定できないから。
しかしゼノヴィアから言わせてみれば、目の前の男とイッセーは決して相容れない関係だと思っている。恐らく、彼の両親以外で彼を疑心も悪意無く接しようと手を差し伸べるイッセーに対して、拒絶を繰り返し迫害する男が自ら歩み寄ろうとすることはありえないだろう。
「……どんな理由かはこの際どうでもいい。お前と私は関係ないからな。だが、親友であるイリナを悲しませたお前を私は許さない」
「は、はなせッ」
さらに力を強めたゼノヴィアに恐怖しながらももがく一樹だが、ゼノヴィアの力が強すぎて手を解けない。
「悪意に晒された人間が、どのようになるか知っているか?」
「……ッ?」
そして一誠もだ。アイツはとてつもないお人好しだ。お節介で仲間思いで、それでいて強い。だがそんな一誠でもコカビエルの時のような邪悪極まりない一面を持っている。
「私は何度も見てきた。はぐれ悪魔に囚われてきた人間、親の愛を受けられないまま育ってきた子供、教会に次々と訪れてくる行く当てのない人々」
「それと兄さんは関係ないだ―――」
「同じだよ。お前が今までした事と同じだ。皆、この世界に絶望しきっていた……」
教会という枠から飛び出した今、ようやく理解できた。救いを受けられなかたった人々の瞳には何も映されていない。
あるのは、空虚だけ。
「コカビエルと戦っていた時、イッセーがあんな姿になったのはお前のせいでもある」
「……っ!言いがかりだ!!」
「人は誰だって悪意というものがある。だがな、イッセーにはそれがない。光があると事には影が生まれる。だが光だけの人間なんて歪でしかない。不気味なだけだ」
イリナの言っていた事が本当なら、イッセーは少なくとも10数年は同じ事が続いていたはずだ。本来なら、コカビエルの時の姿こそが正しい一誠の姿だったかもしれない。
いや、確信を持って言える。
あの姿こそがイッセーが本来の姿であり人格、彼の中に秘められた恐ろしい一面。
「だから……イッセーはお前でも許してしまう……」
「た、ただのお人好しだろ……」
「何をしても許して貰えただろう?どんなことをしても何もされなかっただろう?……勘違いするなよ、完全な善人なんて存在しない。イッセーは、溜めこんでいるだけだ」
「溜めこんで、いる?」
「それがコカビエルを一方的に嬲っていたあのイッセーが、無意識に溜めこんだ感情が溢れ出たものだと私は思っている」
憎悪と怒りだけをコカビエルに向け戦っていた黒い鎧を纏ったイッセー。
あの時、ゼノヴィアは微かな違和感を感じながらイッセーの戦いを見ていた。怒り、憎しみ、周囲への苛立ち、濁流のように漏れ出した感情のままに戦うイッセーの姿は、ゼノヴィアには泣いているように幻視させた。
「イッセーはずっと笑っていた、とイリナから聞いた。おかしいとは思わなかったのか?……ああ、すまない。お前に人の感情を理解しろというのが無理な話だったな」
自嘲気味に笑いながら謝罪したゼノヴィアは、そのまま額を抑えながらも口を開いた。
「そう言う風になったからだ。……いや、そう言う風になってしまったというのが正しいか。一見、尊い精神を持っているようにも見えるだろうが、笑ってなきゃイリナや家族が悲しむと思っていたんだろな……なんてバカで友達思いな奴だよ。本当に神父に向いている……」
「バカ、げてる」
「お前が言うな、お前だけはそれを言う資格はない」
額を抑えた指の隙間からギロリと一樹を睨み付ける。
「イッセーは自分という存在を肯定され続けなかったから、その分自分以外の他人を肯定しようとしているんだ。其処に自分の存在理由があるからな」
其処でゼノヴィアは一樹のパーカーの襟を突き放すように離し、後ろを向く。
「お前が最初に、イッセーを否定した。それだけで済ませばよかった筈なのに、お前は周囲を巻き込んだ。誰もがイッセーを否定し、イッセーまでもが自分を否定してしまった……」
この状況も一誠のせいではなく、全て一樹に返ってきた罪、そうゼノヴィアは言っているのだ。無言のまま頷き肩を震わせた一樹を一瞥もしないまま、倉庫の出口へと歩いていく。
もう話すことはない。
あるとしてもその価値はない。少なくとも今の兵藤一樹には……。
「私はお前に何もしないし、この事を誰にも話さない」
「……ぅ」
「ずっと其処で燻っていろ。卑怯者」
ゼノヴィアが出て行った後の倉庫には、外から聞こえるオカルト研究部達のたのしそうな声しか聞こえなかった。
「……はぁ」
少し熱くなってしまった。一樹のいる倉庫からプールのある場所へと足を進めたゼノヴィアは、熱くなった頭を冷やそうと、少し泳ごうと思っていた。
プールでは木場が泳いでおり、縁沿いではアーシアと小猫にイッセーが泳ぎ方を教えているのが見えた。……リアスと朱乃はビーチよろしく横になっている。
「あっ、ゼノヴィアさん」
「ゼノヴィアか」
「……やあ」
さっき一樹に行った手前少し気まずいながらも、イッセー達のいるプールの縁沿いに座り脚だけをプールに入れる。水を弾く感覚にこそばゆいものを感じながら、アーシアに手を引かれてバタ足をしている小猫にクスリと笑みを零す。
「泳げるようになったか?」
「……少しは」
「それはよかった」
前の自分なら悪魔が泳げないと聞けば信じられないと信じられないと思っていただろうが今は違う。自分も悪魔になったし、色々周りを取り巻く環境も違ってきた。
悪魔として……いや、普通の女子高生としての自分はこれから何を目標にして生きて行けばいいか。それがこれから先重要になるだろう。
「なあ、イッセー」
「ん?何だ」
アーシアに手を引かれ泳いでいる小猫を見守っているイッセーに話しかけてみる。リアス・グレモリーには悪魔としての生き方をある程度教えては貰ったが、それ以外の事には聞いていなかった。
「私は悪魔になった」
「……そう、だな。俺は何も言うつもりはないぞ?というより言われても困るからな」
「分かっている。ただ……もう私はエクソシストでもシスターでもない事をやっと自覚してな。今まで日常に浸透してきたことを全て一変し、新しい事をしなければならない」
「あー、そうだよな。俺はよく分からないけど、悪魔って聖書とか読むと頭痛がするんだよな。教会に居たゼノヴィアとアーシアにはつらいよな……」
確かに聖書の文面を言葉に出すとかなりの頭痛がする。
その事は自分にとって中々に大事な事なのだが、とりあえず今は置いておこう。
「だから考えたんだ。イッセー、普通の人間として暮らしてみたい、とな」
「……?悪魔になったんだから、悪魔の生き方を学んだ方がいいんじゃないか?」
「まだ私は君と同じ年だ。そう言う難しい事はもうちょっと年を取ったら考えるよ。……教えてくれないか?普通の学生は普段どんなところで遊ぶか、どんなことを勉強しているかを」
ずっと血生臭い事ばかりやって来た身だ。知らない事をやってみたいと思っていた所だ。これを機に楽しんでみるのもいいかもしれない。
まだ実感はないが、悪魔の寿命はとてつもなく長い。
その長い期間の中で自分が高校生であるのはごく短い今だけ……それなら今のうちにできることはやっておきたい。
「……え、ええ……普通の学生……ファミレス行ったり……映画……お店とか……いやそれじゃ、おかしいだろ……彼氏彼女じゃないんだし……えーと。あ!じゃあ皆で行こうぜ!!」
「皆?」
「アーシアや桐生、松田と元浜とで遊びに行こう!部長や皆とだっても良い!そうすればアーシアも皆も遊べるし、ゼノヴィアの言う普通の学生ってやつも分かるだろ!」
「……ああ、それは良い考えだ」
「だろ!」
にっ、と眩しくなるほどの笑顔を浮かべたイッセーは喜ばしげにアーシアの方にその事を伝えに行く。その後姿を見ながら、イリナが一誠の事を慕う理由が分かった気がした。
ゼノヴィアに罵倒されるってすごくご褒bッ心が痛くなりますね……。
ドライグは転生に関する罪を突きつけたとしたら、ゼノヴィアは転生後の行いに対する罪を突きつけました。
次話もすぐさま更新致します。