兵藤物語   作:クロカタ

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三回目の更新です。


揺るがぬ心 5

 血のように毒々しい色をした仮面の戦士と白銀の鎧を纏った戦士が戦っている。暗い廃工場で壮絶な戦いを繰り広げている彼らの姿は、自分の記憶の中で何度も浮かんできた人々の姿に酷似していた。

 

 一人は死力を振り絞るように……。

 

 もう一人は、戦いを止めようと……。

 

 怒りと悲しみに満ちた戦い。

 無意味とさえ思えたその戦いは、血のように赤い仮面の戦士がその手に持ったハルバードで白銀の戦士の腹部を貫いたところで終わりを迎えた。

 

 凶刃によって腹部を貫かれた白銀の戦士の姿がと解け、人間の姿に戻る。だが、顔がぼやけて見えない。まるで霞が掛かった鏡のように……。

 

 

 

「ッ!!」

 

 其処で一誠の意識が浮上した。今自分は何をしていたのだろうか、何時寝てしまったのだろうか、そもそも寝る前は何をしてのだろうか。横になった体制から額を抑えながら起き上がろうとすると、手が冷たい地面を触っていることに気付く。

 

「……また、か」

 

 ヘルヘイム、確かそう言ったか。ここにいるという事は自分はまだ夢から覚めていないという事になる。何時か自分でここに来てみようと念じた事はあったが、それは失敗したので半ば自力で来ることは諦めていたが……。

 

「此処は、綺麗な所だなぁ……」

 

 幻想的とさえ感じる木々、不思議な形状の実と草花。そしてそれらを引き立たせるように薄らと霧が出ている。まるでこの世のものではない美しさに一誠は暫し目を奪われていたが、視線の先の木々の間から奇妙な服装を着た男がゆっくりとこちらへ歩いてくるのを見ると表情を真剣なモノに変えた。

 

『力には慣れてきたか?』

「……振り回されっぱなしだよ」

『それも力を持った運命って奴だ』

 

 一誠の目の前で立ち止まった謎の男。ヴァーリという新たな問題が出てきた後に、この男が出るとは、いよいよ気が滅入りそうだ。

 

『悪魔と人の違いとは何だと思う?兵藤一誠』

「久しぶりに出てきたと思ったら、また訳の分からない事を言うなよ……」

 

 脈絡もなく突然何を訊いてくるかと思えば……もっと分かりやすい質問をしてほしいと内心愚痴りながら不満げに口を尖らせる。

 

『いいや、お前の仲間の聖剣使いが普通の人間としての生活を欲した時、その疑問を抱いたはずだ』

「……まあ、そうだけどさ」

 

 プールでゼノヴィアが人間らしい生活を送りたい、そう言った時一誠はほんの少しだが混乱した。悪魔に転生したのならば悪魔としての生活を送る事を考えればいいのではないか、と。

 

「でもそういうのはよく考えたら、ゼノヴィアは前まで悪魔じゃなかったから、そう思うのは当然じゃないのか?」

『そうだろうな、だが間違えちゃあ駄目だ。根っこの部分では人間も悪魔もそうは変わらない。』

「そうかも、な」

 

 寿命、身体能力、色々な部分が人間とは違うけど、もっと深い所は悪魔も人間も同じかもしれない。現に自分がグレモリー眷属という悪魔達の中に溶け込むことができているという時点である意味の証明がされている。

 

『こんなもんは感覚的に分かっていればいいのさ。どんな種族でも根幹の部分はどれも同じさ、始まりがあって終わりがある』

「……何でこんな話をいきなり?」

『そろそろ悪魔に転生できない自分に嫌気が指してきただろう?自分はリアス・グレモリー達の仲間にはなれても、種族的にはまだ人間であるお前がその立場に納得を感じない、そんな自分に疑問を抱いている……って所だろ?』

「……」

『ま、悪魔と人間の違いについて聞いたのも理由がある……本題に入ろう、今日お前を呼び出したのは、お前に重大な選択が迫っている。その選択次第でお前は、多くの存在を危険に晒す破壊者に成り得るし、多くの存在を救う救世主にもなれる』

「……っ破壊者に救世主だって……?冗談じゃない!俺は、そんな……」

 

 戸惑う一誠だが、そんなこともお構いなしに男は自身の手のひらを一誠の方に向ける。すると一誠の体の中心がドクンッ衝撃のようなものが走ると同時に彼の心臓のある場所から黄金色の光が飛び出してきた。

 

 飛び出した光に思わず息を呑むが、その光はゆっくりと男の手に収まり丸みを帯びた四角い鍵に姿を変える。

 一誠がバイザーを殺したときに出現した『鍵』、ロックシードとは一線を画す性能を誇る正体不明の圧倒的な力。

 

『お前が望まなくとも、コイツの目覚めは刻一刻と近づいている』

「め……目覚め?」

『その目覚めがこの世界にどのような影響を与えるかは……兵藤一誠、お前の手に委ねられる』

「なんだよ、その力って……何で俺にそんな力があるんだよ!!それでどうしろっていうんだよ!!」

『力はただの力でしかない。それを手に入れ、どのように使い、どのように支配し、どのように救うかでその本質が試される』

 

 鍵を手の中で弄びながら話しかけてくる男の言葉に、動揺する一誠。確かにあの黄金の鍵の力は絶大な威力を誇った。だが、強い力にはリスクが伴う……そう、コカビエルの時のような黒い鎧武の姿のように……。

 

「俺は、部長達を……傷つけたくない……大事な人たちを……失いたくない……」

『だが、どちらを選んでもお前は大事な何かを失う』

 

 失、う。

 自分にとっての大事なものが失う。やっと受け入れる事が出来た大切な場所を自分で壊してしまう……そんなことがあってはならない。

 赦していいはずがない。ましてやそれが仲間達を守ると誓った力でなんてあまりにも許容できるものじゃない。

 

「―――俺が、俺だけが失えばいい。それがどんな苦しいものだって、どんなに痛い事でも、それは俺が受けなくちゃいけない罰だ」

『その果てに人間を超越する事になってもか?』

「構わない、それが背負うべきものなら……全部背負ってやる!」

『……やっぱりお前は同じだよ』

 

 若干嬉しそうに笑みを浮かべた男は手の中の鍵をこちらへ放り投げるように体に戻し、懐から三つの物体を取り出しそれをこちらへ投げつける。

 

「うわっと!?」

 

 慌てて三つの物体をキャッチし見ると、それはサクラとタンポポのような文様がそれぞれついたついた二つのロックシードと、スイカを思わせる黒と緑の柄のロックシードだった。

 

『今回はやるつもりは無かったんだが、気が変わったからやるよ』

「は、はぁ?」

『気を付けろよ、ソレはお前の使っているロックシードとは少し毛色が違う。間違っても屋内で使うんじゃないぞ?』

「それっとどういう―――」

『じゃ、次会う時お前がどんな選択を選んでいるか……楽しみだ』

 

 一誠が質問する前に、話しを切り上げた男が手を挙げた瞬間、一誠の視界がボヤける。足元がどんどんおぼつかなってくる中、目の前の男とはまた別の声が頭の中に響く。

 

 ―――ひょ……う……ん―――

 

 兵――うさ―――

 

 誰かが何かを叫んでいる、なんだろうかと微睡みの中で耳を傾けながら閉じていた目を開くと、すぐ前には粘土を握りしめた自分の手……。

 

「兵藤さん!!」

「はいっ!!」

「授業中……しかも授業参観中です」

「……あ」

 

 そういえば今日は授業参観の日で、英語の授業で粘土を弄んでいる所だった。何故英語で粘土かは意味が分からないが、そんな事はこの際考えたくない。周りからクスクスと笑い声が聞こえるのが何より恥ずかしい。

 しかも後ろに目を移すと、頭を抱えている両親の姿。近くの席に居るアーシアは苦笑いしている。

 

「……すんませんでした!!」

「次からは居眠りしないように……おや?」

 

 英語の先生が一誠の手元に何かを見つけたのか、一誠に手に持っている粘土を見せるように促してくる。疑問に思いながら先生に促された通りに手を開いたら―――。

 

 呼吸が止まった。

 

「え、エクセレントです!素晴らしい、見た事の無い形ですが細部が精細に作られている!」

 

 粘土でできた『鍵』。

 それが一誠の手から零れ落ちるように机に落ちた。夢で見た時のように、自分の体に入って来た時に見た時のように、全く同じ形の物体が、其処に有った。

 

 

 

 

 

 

「これがイッセーの言っていた『鍵』……?驚くほど良くできているわね」

 

 授業参観が終わったその後、事の重大さに気付いた一誠は一旦アーシアとゼノヴィアと別れ、英語の授業の一環で作ってしまった鍵と、何時の間にかポケットの中にぎゅうぎゅう詰めにされていた三つのロックシードを部室で待ち合わせていたリアスと朱乃に見せた。

 

 二人は『鍵』の出来栄えに驚いているようだが、渡した一誠の心境は気が気でない。無意識に作り出したものが今まで自分に不思議な力を齎してきたその根源に近い形状をしているからだ。

 

「この形と類似する物があるか調べてみるわ」

「お願いします……」

「不安だろうけど今は我慢してちょうだい……後は、こっちの新しいロックシードね。うーん、どう見る、朱乃?」

「少し形が違うようにも見えますが……相変わらず玩具みたいですわ」

 

 サクラの文様が描かれたロックシードを拾い上げ眺めるリアス、朱乃はタンポポの方を触ってはいるが、二つともボタンを押してもやっぱり作動しない。やはり一誠ではないと動かせないようだ。

 

「……やっぱり動かないわね」

「試しに使ってみます」

「ええ、お願い」

 

 サクラのロックシードを受け取り、側面のボタンを押す。何時ものロックシードなら此処で音声が鳴るはずだが、今度は何故か何も鳴らない。

 レモンエナジーロックシードの時のように特別な条件でしか使えないのか?一瞬勘繰ってしまったその時、一誠の掌に載せられているロックシードが、その手から勢いよく飛び出した。

 

「うわっ!?」

「っ!イッセー退がって!!」

 

 飛び出したロックシードは空中で制止すると、なんと巨大化しながら変形を始めたのだ。あまりの奇天烈な光景に驚く三人。

 空中で変形を終えたロックシードはガシャーンと部室の床に着地する。変形したその姿に、あんぐりと口を開けた一誠だが、次第に状況を飲み込むと……。

 

「バイク……?」

 

 そう呟いた。

 白と薄い桃色が混ざったバイクに変形した。唐突にヘルヘイムにいる男の言葉が脳裏をよぎる。

 

『屋内で使うんじゃないぞ?』

 

 ………。

 

「確かに屋内じゃ……使えないよな」

「はぁ……果物の次はバイクと来たわ。イッセー、この際だから試しに乗ってみなさい」

「え?でもここは部室じゃ……」

「走ったらだめよ、乗るだけ。これが貴方の元にあるという事はなにかしらの意味があるかもしれないじゃない。貴方の事を知る可能性があるなら試してみるべきよ」

 

 確かにそうだ。リアスの言葉に納得しながらバイクに跨る。今まで自転車位しか乗った事は無かったが、なんとなくだが使い方が分かる。なぜなら、バイクの跨った瞬間、頭の中にこのバイクに乗って戦っている自分と同じ仮面の戦士の姿が途切れ途切れに浮かんだからだ。

 

「サクラハリケーン……こいつは、サクラハリケーンですよ」

 

 ロックシードとは違う、移動の為に用いるロックシード、その名はロックビークル。サクラハリケーンの他にダンデライナーの使い方も分かった、こっちは空も飛べるので、かなり便利だ。

 

「これがあれば移動も楽ですね!」

「免許は持っているの?」

「あ、持ってません……」

「変身している状態なら乗ってもいいけど、生身じゃ乗っては駄目よ。緊急時ならいざ知らずそれで捕まったら元も子もないわ」

「はい……」

「落ち込むことないじゃない……」

「イッセー君は男の子ですから、しょうがないですわ」

 

 確かに免許無しでは捕まってしまう。使うのは緊急時だけにしておこう。それかリアスに許可を貰えばいい。スイカらしきロックシードの能力は生憎分からなかったが、これはオレンジロックシードと同じようなものなのだろう。……多分。

 

 その後、サクラハリケーンを色んな角度から眺めていると、部室に立ち寄ったであろう木場がなにやら興味深い事をリアスに話しているのを聞いた。

 

 何やら学園でコスプレ少女が写真撮影をしているという物だ。今日が今日なので色々な人たちが集まって来るとは聞いていたが……随分と珍妙な事が学園で起こっているようだ。一誠自身、コスプレ少女という言葉に心が惹かれはしたが、一誠だって男の子。目の前で鎮座しているカッコいいバイクを前にしてはその場を動く理由にはなり得ない。

 

 リアス達に此処に「まだ此処に残る」と伝え、部室に残った一誠はもう一つのロックビークルを手に弄びながらサクラハリケーンのアクセルに当たる部分を軽く握る。

 

「……もう動かした気になってるな」

 

 記憶の中では動かしている。

 街を駆け。

 薔薇の文様が描かれたバイクを駆る赤いライダーと競い合い。

 風を感じ、戦い、そして次第にサクラハリケーンは光に包まれると同時に回転し―――。

 

 

 

 

 あの森、ヘルヘイムへと入り込んだ。

 

 

 

「…………おかしくないか……?」

 

 

 自分の記憶の中のヘルヘイムと自分の知っているヘルヘイムが明らかに違う。いや、ヘルヘイム自体は同じだろう、違うのはその在り方。

 何で記憶の中の森が、俺の中にある?

 あれは俺の心の中の存在の筈じゃ……。あの男だって俺がいる現実の世界とは違う世界。そして、生物が存在しない世界と言っていたじゃないか。

 

 だが頭の中の『記憶』がその言葉を否定する。妄想でもなんでもない記憶がヘルヘイムの実在を示しているのだ。中華服を身に纏ったライダー、騎士を思わせる赤いライダー、トンカチを持ったライダー、黒槍を携えたライダー、盾と刀のライダー――――。

 

 一誠は無意識に自身の心臓がある場所を抑える。

 息ができなくなるほどに恐ろしい憶測が頭の中に浮かんでは消えていく。

 

「俺の中にヘルヘイムが?……でもあの森には……」

 

 あの緑色の生き物がいない。

 森の果実を食み成長する怪物……いやそれはどうでもいい。問題なのはロックシードが生成される場所はヘルヘイムという事だ。

 それが自分の手の中から出てくる。

 記憶の中の『彼等』はロックシードを取り出して変身していた。自分のように出現させている訳ではないのだ。形だけ同じ……『彼等』と自分の違いが突きつけられる。

 

 今までは自分は『彼等』の力を持っていると思っていた。摩訶不思議な力だけど、記憶の中の輝かしい活躍をしている彼等と自分は全く違う。

 

「は、はははは……俺って一体なんなんだよ……」

 

 黄金の鍵、ヘルヘイム、謎の男、ロックシード、それらが一誠の心を蝕むように侵していく。

 

「……あ――――ッ分からねぇ!!」

 

 頭を抱えながら部室のソファーに座り、そう嘆息する。自分の事も、力の事も分からないことだらけだ。

 でもそれだけでは一誠は力を使う事を迷いはしない。自分に宿る力にどんな意味があるかなんてどうでもいい、一誠にとって……リアスや仲間達、自分を取り巻く全ての大事なものを守るための力があればそれでいい。

 

 なにせ自分はバカだから、難しい事をいつまでも考えてられるほど賢くないから。それに、もう迷わないと仲間達の前で誓ったから。

 

「……あ、やばっ授業始まっちまう!」

 

 サクラハリケーンを元の錠前に戻し、部室から出て行った彼の胸中には自身の力に対する恐怖はなかった……。

 

 




人外フラグが立ちましたが、そうなるのはもうちょっと先です。

バイクを手に入れました。でも免許持ってないから日常では使えないです。冥界なら……許可を貰えば普通に使えます。

スイカは近いうちに使う予定です。
……スイカで皆のド肝を抜くのが楽しみです。

今日の更新はこれで終了です。

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