「ここは……」
変な魔力を纏った女を倒した後、何か目の前が真っ暗になって―――見慣れた森の中へ立っていた。相変わらず霧が立ち込めどんよりとした雰囲気が漂うその森で、首を傾げる。
―――体を襲っていた痛みが無い。
戦いの最中じわじわと自分を蝕んでいた傷の痛みが嘘のように消え失せている事に驚きつつ、毎度毎度出て来るあの男を探そうと周りを見渡すと…………意外に簡単に見つかった。
ある意味いつも通りに森の奥からやってきた民族衣装のようなものを着た男が一誠に片手を上げ、気軽に挨拶してきた。
『よう』
「お前が呼び出したのか?」
『いいや、今回はお前が現実の世界で気絶したから、ここに来た』
ということは、魔法使いに食らったあの一撃で自分は気を失ってしまったのだろうか。まだ事態も収束していないのに気絶なんて、なんとも不甲斐ないと思いながら頭を搔く。
『―――今が頃合いか』
「ん?」
ぼそりと男が何かを呟く。
『兵藤一誠、お前は自分の”これまで”について理解しているか?』
「これまでって?」
『ま、ようするに今まで生きて来てどうだったって聞いてんだよ。何かあるだろ?』
「そうだな……」
本来こんな問答をしている場合じゃないが、この男の話を済まさない限りは出られないらしいので大人しく質問に対する答えを考える。
「―――分からない、かなぁ。前は苦しかったって言ったかもしれないけど、高校に入ってから……今まではこれ以上ないってくらいに楽しい」
『分からないか……なんともお前らしい答えだ。じゃあお前の生きた人生が何者かに滅茶苦茶にされているとしたらどう思う?』
質問の意図が分からない。
一誠は僅かに顔を渋くさせ腕を組むと、十秒程考え込んだ末に言葉を絞り出す。
「一樹か?」
『!』
男としては予想外過ぎる言葉が返ってきた。予想していた答えは『俺は前を見ている』とか『許す』とか出るようなものだと思っていたが――――まさかまさかの自分の予想を上回る答えを言い放った一誠に、男は口角を僅かに歪めた。
『ということは、気付いてんのか。兵藤一樹の行った仕打ち』
「気付いていた、というより……俺の生きてきた人生で一番関わってきたのって両親と弟の一樹だけだし。そんな風に言われれば嫌でも心当たりがある一樹の名前が出て来ちまうよ」
―――朧げながらも一誠は気付いていたのだ、一樹の行っていたことを―――。一樹がアーシアに自分の事を吹聴していた事、子供の頃からの親友のイリナの一樹に対する態度――――一樹が自分に対する視線と言動で……。
『成程、じゃあそれを理解した上で聞くぞ、お前はどうする?兵藤一樹を自らの弟を』
殺すのか。
はたまた地獄の苦しみを与えるのか。
ボロ雑巾のように痛めつけるのか。
―――そう思考が思い至った自分の考えを即座に否定しながら男は自嘲気味な笑みを浮かべる。
なんてバカな事を考えているんだ?兵藤一誠という存在の中でずっと見守っていた自分ならとうの昔に返ってくる答えは決まっていたじゃないか。
どこまでもお人好しで。
どこまでも大馬鹿で。
そして世界すらも救っちまったあの男にどことなく似ている。
案の定目の前の男は、真っ直ぐな目で男の目を見て、はっきりと言い放つ。
「言っただろ。俺はもう後ろは見ねぇって。だから俺は前を向くよ、過去の事は考えない。前を見据えて――――一樹を許す。そしてあいつが苦しんでいる時は……守ってやる。それが兄貴の俺の役目だからな……」
『……ああ、とんだ大馬鹿野郎だなお前は』
「あ、あはは……自覚してる」
『だが……そんな奴にこそ相応しい』
「……え?」
一誠に近づいた男は、彼に手を掲げる。
すると、前回来た時のように一誠の心臓のある場所から光る物体が飛び出し、男の手に収まる。
「またか!?」
『いや―――だが大きな力だ。それに見合う答えをお前は俺に見せてくれた』
男の手に収まっていたのは、オレンジロックシードとは違う橙色の錠前。サイズが大きく、他のロックシードとは違うのは分かる。―――確かこれははぐれ悪魔に襲われた時に黄金色の鍵と一緒に出てきたものじゃないか。
男はソレを見て、にこりと笑みを浮かべると一誠にその錠前を放り投げる。
「こいつは―――」
『お前は見ていて楽しいよ―――さあ、頑張ってこい』
受け取ったロックシードを見ながらそう問いかけようとしたその時、目の前の景色が霞みがかり―――
「待……て」
目の前で一樹がヴァーリに殺されそうになっている場面で意識が浮上した。
何故かアザゼルに担がれていた一誠だが、直ぐに下ろしてもらい、ふらつく体で笑みを浮かべこちらへ向き直ったヴァーリを見やる。
魔法使いの攻撃を喰らった所から激しい痛みが全身に広がるが、お構いなしに二本の脚で体を支える。
「気が付いたのか、兵藤一誠」
「今、何をしようとしたんだ……ヴァーリ」
「殺そうとしただけさ、お前も理解はしているだろう?この男はお前にとって害にしかならない。例え高尚な精神でこいつを生かしてやっても―――恩を仇で返してもおかしくはない」
「は?何を言ってんだ、お前……」
ヴァーリの言葉を足りない頭で要約すると、まるで自分の為に一樹を殺そうとしているように聞こえる。
「お前は知らないだろうが、こういう奴は反省という言葉とは無縁な存在だ。己の行為を肯定し他の行為を否定する、どこまでもどこまでも自分勝手で―――どうしようもなく終わっている。この中で気づいている者もいるだろう。いや、気付いていてもおかしくはない」
「……」
木場の隣でデュランダルを構えていたゼノヴィアの瞳が細められる。
彼女も一度一樹を叫弾したその一人だが、まさかこんなタイミングで、しかも敵になった男に一樹の事を暴露されるとは思ってはいなかった。
「―――だから殺そうと思った、ってか」
「そうだ」
最早憎悪と言っても差し支えない瞳で一樹を見下ろすヴァーリに、一誠は怒りよりももっと別の感情が沸いてくるのを感じた……。それは決して親愛でもないし、憎悪でもない。
レイナーレの時のように一樹が殺されそうになっているというのに、これほどまでに怒りが沸かないのは、恐らくヴァーリは良かれと思って一樹を手に掛けようとしているからだ。
「そっか、なら。俺はそれを止めなくちゃならない」
「………そう来たか」
ゆっくりと息を吐き出した後にそう言い放った一誠の言葉にヴァーリは驚愕の表情を浮かべた後に、子供の様な笑顔を浮かべる。
待ちかねたと言わんばかりの表情だ。
「イッセー……駄目よ」
「大丈夫です。俺……家族を守らなきゃならないんです」
リアスが心配するように一誠に声を掛けるも、彼はヴァーリに視線を固定したまま動かない。
ヴァーリも一誠を見ている。
―――この時、リアスは一誠が何処かへ行ってしまうような奇妙な感覚に陥ってしまった。このまま自分の手を離れて何処かへ行ってしまうのではないか?そういう可能性に思い至ると、彼女の手はおもむろに一誠の手を握りしめていた。
行かせたくないとばかりに強く握りしめた手に苦笑いを浮かべる一誠。
それでも頑なに手を離そうとしないリアスの肩にサーゼクスが諌める様に手を置く。
「リアス、イッセー君を信じよう」
「お兄様……ッ」
本来はサーゼクスやセラフォルー、ミカエルが出るべきなのだが、未だ時間停止により動けない者達が校舎に居る。そんな場所で魔王であるサーゼクスが戦ったならば、身動きできない者達が危険に晒されてしまう。
アザゼルが戦っている時は自分たちがその者達を守っていたのだが、今はテロの鎮圧と共にその場を離れてしまった。
ましてや相手はあの白龍皇、手加減して相手できる存在じゃない。
だから、今は動けない。
バックルを腰に付けた一誠がヴァーリの前に立つ。コカビエルを楽々倒せる相手に恐怖が沸くと思えば、いざ前に立つと不思議と恐怖は抱かなかった。
「その傷で戦えるのか?」
「戦える」
「………ふ、やっぱりお前が赤龍帝だったらよかった、本当にそう思う」
「赤龍帝は一樹さ。俺はただの人間だ……ちょっとだけ変な力を持っちまった人間だけどな」
ヴァーリは一誠のその言葉を否定しようとし、喉元にまで出かかった言葉を飲み込んだ。人間だからこそ、悪魔にも堕天使とも戦えるし、凄い成長を見せてくれるのではないか?と思い至ったからだ。
神が神器という存在を人間にしか宿せないようにしたのも、人間の可能性を信じていたからこそかもしれない。そう考えてから一誠という一人の人間を見ると、悪魔と人間のハーフでもある自分はもっと強くなれるのではないのか?と思ってしまう。
「前、お前から仲間にならないか?って勧誘しただろ?」
「ああ、今でこそ言えるが『禍の団』への勧誘だ」
素顔を晒して一誠と会った時、ほぼ衝動的に誘ってしまった話か。何故こんなタイミングでそれを言ってくるかはヴァーリには理解できないが、バックルを装着し自身の心臓のある位置に右手を置いている一誠を見て、正直に答える。
「―――今の内に言っておく。俺はお前の仲間になるつもりは無い」
それはヴァーリにだって分かっている。今この状況で仲間になりたいとでも言われたら興冷めだ。
しかし一誠はまだ何かを話そうとしてるので、疑問に思いながら耳を傾ける。
「もし……少し前の俺ならお前に着いて行っていたかもしれない。でもさ……俺には沢山の仲間がいる。護りたい人達がいる―――」
一誠の言葉と共に彼の右手から橙色の光が漏れ出す。―――対面に居るヴァーリと弱っている一樹にしかその光は確認できないが、確実にその輝きを増していっている。
「どんな思惑かは分からねぇが……ありがとう。俺を勧誘してくれて……ったく、何で礼なんて言ってんだろうな、今から戦おうとしているのに」
ガジガジと恥ずかしそうに頭を搔いている一誠だが、彼の覚悟に呼応するように強く輝きを増した光に背後の面々がようやく気付く。
だが、ヴァーリには一誠から放たれる光よりも、彼の口から放たれた言葉に衝撃を受けていた。目の前の男は「ありがとう」と言ったのだ。彼の弟である一樹を殺そうとした自分に―――。
「はははは……全く、可笑しくて、律儀な奴だ……お前もそう思うだろ。アルビオン」
『ああ、こんなバカ正直な人間は数えるほどしか見た事はない』
「だろうな……」
笑みの混じったアルビオンの声に自身も微笑を浮かべながら、頭部を鎧で覆い魔力で体を満たす。
手負いだろうが関係ない、これまでの覚悟を見せて貰った相手に手加減等できるはずがない。―――確信してしまったのだ、この男が自身の生涯のライバルになる存在だという事を―――。
「―――勝負だ、ヴァーリ」
「ああ、勝負だ、イッセー」
互いに鼓舞するように名を呼び構える。ヴァーリはゆっくりと浮き上がり、魔力を鎧から迸らる。一方の一誠は右手に【角ばった橙色の錠前】を握りしめ、それをゆっくりと顔の横に掲げ黙祷するように閉じていた瞳を見開く。
「変……ッ身」
【カチドキッ!!】
一誠の頭上に圧倒的な存在感を放つ球体が現れた。
これで今日の更新は終わりです。
次回は一樹の視点と、カチドキ鎧武VSヴァーリですね。