お待たせいたしました。
兵藤物語【悪】5話と6話を更新致します。
「……無くなったモノは戻らない」
兵藤一誠は仮面越しに、泣きそうな、それでもってどことない虚しさを感じさせる口調でそう呟く。一誠が無くしたモノ、否、消されたモノはこれから送るであろう幸せな未来。両親が居て、愛する人が居て、仲間が居て、憎たらしくも頼もしいライバルもいて、頼りになる先生もいて、大切な人たちに囲まれているそんな未来。
「ッ……何者だッお前はァッ………」
「………恨んでくれても構わねぇよ」
彼の眼前には地に伏した金髪の男。高価なスーツを着崩し、いかにもそういう感じの青年。その男を見下ろしながら静かに息を吐き出した一誠は、その手に持った【槍】を静かに下ろす。
「ライザー、お前は
「あの人……だとッ何処のどいつだそれはッ!!何故、この俺を狙う!?」
倒れ伏せるその男の名はライザー・フェニックス。そして今、ライザーと一誠が居る場所は、ライザーが住む、冥界のフェニックス領の一画。
彼の豪華絢爛に見える私室は、彼の炎と一誠が変身したライダーの能力によって滅茶苦茶に荒らされている。壁が焦げたように禿げ、至る場所が凍り付いている。そしてライザーの体には、フェニックスの業火でも焼ききれない正体不明の光る鎖が巻き付けられていた。
「お前に言ってもどうせ分からない。いや、誰に言っても理解されないだろうな」
「クッ……貴様ッ、ただで済むと思うなよ!フェニックス家を敵に回すとどうなるか、理解しているんだろうなぁ!!」
「今のお前……いや……貴方にそんな事を言われても、怖くない」
フェニックスは不死の一族、どんな攻撃を食らわせようとも途端に回復し高熱の炎で敵を滅する。
―――しかし、『今の一誠』にはそんな事は関係無かった。
彼は左手の槍を右手に持ち替え、何処からともなく指輪を取り出しその手に嵌める。そして右手でバックルの側方を動かし、バックルの模様―――手の形に当たる部分に重ねる様に手をかざす。
「今の貴方はあの時の俺が勝てたんだ、今の俺が負ける道理はねぇ」
【EXPLOSION―――NOW】
一誠からとてつもない魔力が溢れ出たと思いきや、次の瞬間にはライザーの体は吹き飛んでいた。痛覚という容量を超えた彼が、意識を失うその瞬間―――彼は強く、目の前の怨敵を記憶に刻み込めるように睨み付けた。
「終わったんですかい?」
「……ああ」
ライザーを戦闘不能に陥らせた直後に、白髪の少年、フリード・セルゼンが軽薄な笑みと共に現れる。その姿が返り血に彩られている事に怪訝な声を出した一誠は、若干顔を顰めながらフリードを睨みつける。
「殺してないだろうな……」
「もちのロンっすよ!いやまじで、オレ悪魔目の前にして不殺決め込んだのはマジ初めてっすよ!いやぁ、でもイッセーの兄貴が冥界に連れて行ってくれたからぁ、こーんなフェニックスなんて個人的名のある悪魔ぶっ殺ブラックリストに載っている大物んとこに襲撃できたんだから、ガマンできるもん!」
「うるさいなぁ……お前」
マシンガントークの如く言葉を吐き出してくるフリードに辟易としながら、ライザーを見やる。正直、ここまでは計画通り、今変身しているライダーは、指輪の魔法使い、というものらしく様々な魔法が内包されている指輪を使う事で色々な事ができる。
その中の瞬間移動の指輪を使い、ライザーの住む館に転移した。普通なら無理だろう、正確な場所とそのイメージが無ければ―――だが、一誠には【記憶】がある。ドラゴン恐怖症になってしまったライザーを立ち直らせる為に奮闘するという記憶が―――。
最初の頃は凄く嫌な奴だったが、『イッセー』と関わって成長して―――
「………っ……、帰るぞ」
そこで彼は口を噤んだ。
深く考えると、立ち直れない程の罪悪感と喪失感に襲われそうだったから。
「え、マジすか!もう帰るんすか!?こいつら磔―――あ、すんません、マジ調子乗りました!今日の目的は焼き鳥悪魔とその金魚の糞共を戦闘不能にすればいいだけですもんね!」
「………いい加減静かにしてくれ……疲れてんだ……」
「そりゃあ、あんたあんな工場なんかで寝泊まりしてりゃあ疲れますって!ほら、たまには贅沢しましょうや!!フェニックスぶっ殺し記念パーティーしようぜ!てか今度から毎日フェニックス家襲撃しようぜ兄貴ィ!!」
「………はあ……」
彼の言葉に溜め息を吐きながら一誠は先程とは別の指輪を指に取りつけ、バックルを動かし手を添える。一誠のやろうとしていることを此処に来る際に一度見たフリードは慌てて「おいていかねぇでくれよー」と喚き、一誠の隣に移動する。
【TELEPORT―――NOW】
「悪い、ライザー」
ボロボロの体で気絶したライザーに誰にも聞こえない位の声音でそう呟いた彼は、指輪の力によって白い光に包まれる。
光が収まると、その場には誰もいなくなっていた。
まるで最初から誰もいなくなったように―――。
十数分後、ライザー・フェニックスの住む館の異変に気付いた縁者が彼の元に駆け付けた時には、全てが終わっていた。別宅で暮らしていたレイヴェル・フェニックス以外の眷属達が重傷を負い倒れ伏していたのだ。しかし、最もその場に訪れた者を驚愕させたのは、不死の一族であるはずのライザー・フェニックスが何者かに瀕死の状態にまで追い込まれ、気絶していたことだ。
若手悪魔として、フェニックス家の者として有望視されていたライザーが正体不明の何者かによって戦闘不能に陥られた。その決して無視できない知らせは直ぐに冥界全土へと知れ渡った。
そしてその知らせは勿論、彼の婚約者であったリアスにも―――。
この事件後、目を覚ましたライザーが口にした犯人像は、その場に居た誰もが驚く程のものだった。
曰く、彼は襲撃者を―――
―――白の魔法使い、と呼んだ。
ライザー・フェニックス襲撃事件から約一か月後、リアス・グレモリーが管理する地に新たな災いが訪れようとしていた。
コカビエル―――古の戦いを生き残った堕天使の幹部。彼が各地から聖剣を盗み、魔王の妹である彼女が管理する土地にやってきた。そして、コカビエル以外にもう一つ、悪魔でも堕天使でもないもう一つの勢力も―――。
「お久しぶりでーすっ」
「あらあら、お久しぶりだねぇイリナちゃん」
彼女の名は紫藤イリナ、教会に所属する聖剣使い。相方の聖剣使い、ゼノヴィアと共にリアス・グレモリーが管理するその土地にやってきた彼女は、まず最初に兵藤家に訪れていた。
何故なら紫藤イリナと兵藤
訪れた時は家には彼の母親しかいなかったので、上がらせて貰い、彼の話を聞いていた。
「でね、これが一樹が運動会に出た時の写真なのよー」
「へぇ……そうなんですか」
「あらっ、興味なさそうね」
「いえ、そうではないんですけど……」
小さい頃の一樹の写真を見せられ、困惑するように苦笑いするイリナ。自分の知らない時の友達の写真を見るのが無意識に気に入らないのだろうか、と漠然とした違和感を感じとりながら、イリナはフォトブックを見つめながら首を傾げる。
「……すまないが、この写真は?」
「ん?どうしたのゼノヴィア?」
一樹が映っている写真と、自分が見ている写真を見比べながら隣に居るゼノヴィアは疑問に思う様に手に持った写真を一樹の母親へ見せる。
「え、これ……あら……
「これも……何でこんなに沢山……」
ゼノヴィアの写真を皮切りに一枚、二枚と背景以外何も映っていない写真、背景の子供以外誰も映っていない写真が見つかる。
その中には自分の見覚えがある写真があった。
「あ、これ……」
それは自分が引っ越す前に住んでいた時の写真だった。親友である
「あれ……」
その写真は自分しか映っていない。
おかしい、この写真には
「とても大切なものが映っていた気がするのに、もう年かしら……思い出せないわ」
そうとても大切なものが映っていた。
一樹じゃない、アイツであってたまるか、あんな奴、友達ですらない。でも一樹は友達だ、小さい頃遊んだ記憶もある。一緒にサッカーもしたし、一緒に野球もした。
「違う」
眩しい笑みを浮かべる【彼】が大好きだった。
仲良くしてくれる彼が大好きだった。
だが、アイツは壊した。
アイツがいなければ、私達はずっと友達でいられたのに。
アイツ?アイツって誰だ?
―――お前は誰だ。
「イリナ、大丈夫か……?」
ゼノヴィアの声にふと我に返る。気付けば何時の間にか手に持っていた一樹の写真を握りつぶしていた。友達だと思った彼の写真を握りつぶしてしまったが、なんの罪悪感も沸かない。反面、自分しか映っていない写真の方が彼女には尊く見えた。
「すいません、写真……」
「いいのいいの、いくらでもあるから一枚ぐらい構わないわ。その写真もイリナちゃんにあげるわ」
「あ、ありがとうございます!」
一樹の母の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべたイリナは、写真を大切そうに仕舞い立ち上がろうとすると、近くに悪魔が近づいてきているのを感じ取る。
ゼノヴィアに目配せしながら、聖剣に手を掛けながらこちらに近づいてくる悪魔に警戒していると―――。
「―――ただいま」
声が、聞こえた。
その声を聴いたその瞬間、彼女は怖気が立った。
気配の近さから見て声の主が悪魔。だからだろうか、理由も分からずにイリナは―――。
「イリナ、落ち着け」
「どうしたの、いきなり―――私はこれ以上なく落ち着いているよ」
今にも聖剣を取り出し、斬りかかりそうな程の殺気を放ち、笑っていた。今まで見た事の無い相棒の姿に微かに動揺しながら、殺気を収める様に促す。この場であの程度の下級悪魔なぞ、三つ数える間に殺せるがこの場には一般人が居る。
ゼノヴィアは無理やりイリナの聖剣を握る方の腕を抑え、立ち上がると同時に彼女を玄関までに連れて行く。その最中、一人の下級悪魔―――否、悪魔に転生した人間がイリナを見て、驚いたような表情を浮かべ、片手を上げる、一言言い放った。
―――久しぶりだね、イリナ。
この時、自分が手の力を緩めたのを心底悔いた。
イリナは自分の腕を抜け出し、目の前の下級悪魔の顔をグーで殴ったのだ。人間である彼女のそれほど強くもない拳を鼻に受けた彼は、そのまま玄関に倒れ気を失った。
悪魔とも思えない貧弱さにドン引きしながら、ゼノヴィアは奥の方にいるであろう彼の母親を気にしながらイリナに声を掛ける。
「……悪魔といえど、友達じゃなかったのか?」
「違うよ、コイツは違うよ。私もよくは分からないけど、違う」
「違う、とは?」
「私も分からないわよ。でもね……彼はここには居ないの」
「彼……?」
妙な確信があるイリナの言葉。
その声音に何処か執着のようなものを感じさせられた事に、冷や汗を流しながらもゼノヴィアは、先を往くイリナの後を無言でついていくのだった。
「コカビエルゥ?」
閑散とした廃工場、その屋内に一誠とフリードは居た。フリードは自身の武器の手入れをしながら、興味深々といったように、人が寝れる程度に整えられた寝床で横になって休憩している一誠に疑問を投げかけた。
「ああ、コカビエルがこの町に来る」
「何で知ってんの?……と聞いても教えてくれーのは分かってんので聴かねぇっすけど、だからどうするんでぃ?ぶちゃけオレ堕天使幹部なんてムリゲーっすよ」
「分かってる……だから俺が殺るんだろうが……日時は分かってる」
ライザーと戦わなかったせいでグレモリー眷属が合宿を行っておらず強くなっていない。一樹の成長を阻害できたことは嬉しい事だが、そのせいで彼らが強くなれないのは駄目だ。ここは一つ手を打っておかなければ。
「その間、必要があればグレモリー眷属を足止めしろ」
「勿論、殺すなっしょ?」
ぶーぶーっとむくれながら光の剣の柄を懐へ戻すフリード。生来彼は残虐な性格、ここまで従えてはきたが、下手な事して暴走させるわけにはいかない。
「ああ、だけど……兵藤一樹は痛めつけても構わない」
「ヒュー、マジかよ。アンタどんだけ一樹くん嫌いなんすか!!もう、ブレなさすぎてフリード君尊敬しちゃう!!」
この時、一誠は特に意識していなかったが、フリードから見れば彼の表情は憎悪に染まっていた。「絶対に殺す」という思いがフリードにビシビシと伝わる。その憎悪を間近で受け、フリードは一誠についてきて正解だったと再認識する。
一誠にはカリスマがある。それもフリードが大っ嫌いな誰からでも好かれるようなカリスマ性が……だがそのカリスマ性はどういう訳か逆方向へ向いている。どういう理由かは分からないが、裏返った。
純粋な復讐に燃える彼は、フリードからすれば最高の見世物だ。どういう末路を辿るか、どういう復讐を遂げるか。それが楽しみで楽しみでたまらない。
「……飯でも食いに行くか……」
「オレ、ジャパニーズスシ食べたいでーす!」
「……顔は隠せよ」
「あいあいさー」
後は、一緒に行動していて暇じゃない事が大きな理由、と言えるかもしれない。無意識ににやぁと歪な笑みを浮かべた彼はバサリとフードを目深に被りながら、立ち上がるのだった。
おや……イリナのようすが……?
今回は二巻が始まる前にライザー叩きのめして、レーティんゲームをすることを阻止しました。なので、今回の話は三巻になります。
白い魔法使いの絶望感って半端無いですよね。
というより、基本的に白い悪ライダーって皆、強いイメージがあります。
斬月・真(ミッチ)とかエターナルとか……。