チート転生アドリアン君 作:ブロンズ探検家
「それでは父上、行って参ります」
「ああ。砂漠の魔物だけでなく、リアート村の住民にも十分注意するように。まあお前を誘拐するような命知らずはいないだろうが、念のためな」
私の言葉に頷いた後に執務室から退出する息子を見送る。
子どもの成長は早いとは世間でもよく言われているらしいが、アドリアンは飛び抜けて成長が早い。
また、子は親を振り回すものとも言うが、それでも私達と同じような形で子に振り回される家庭はそう無いだろうと苦笑する。
あの子が産まれる前の私に今の状況を話しても、酒の飲み過ぎだと笑い飛ばされてしまうだろうな……。
今日は急ぎの執務も特になく、椅子に腰掛けて軽く目を閉じると今しがた部屋から出て行った私の息子、アドリアンのことが自然と思い返される。
妻のエステルが病弱であるため難産が予想される中、それでも命を落とすことなく出産を終えた妻と産まれた我が子の姿に心から安堵したものだ。
あの時の気持ちは今でも鮮明に思い出せる。
政務を執り行い、合間合間に妻の容態を気にしつつ息子の成長を見守る日々を過ごしていたが、執事達に話を聞く限りでは、どうもあの子は他の赤ん坊と比べて途轍もない速さで成長しているという。
初めて授かった我が子であるため始めはその報告を聞いても余り実感が無かったが、一般的な子の成長速度を調べ、ようやく我が子の飛び抜けた成長速度を理解することができた。
しかし、他の子どもとの差異は遅いならともかく、早い分にはさほど気にならなかった。
次期領主となることが決まっている跡取り息子の成長が早いのは利点でしかないからな。
それもただ成長が早いだけでなく、聡明であるなら尚更だ。
そう、言葉を覚えたアドリアンは驚異的な速度で文字の読み書きも習得し、そのまま熱心に勉学を進め始めていた。
勉学の補助に講師をつけたりもしたが、皆アドリアンの習得速度に舌を巻いていた。
私自身も政務について今よりも更に幼いアドリアンと少し話をしたが、子どもながら筋道だった思考に唸らされ、思わずハッとするような意見も飛び出してくることから、我が子は祝福された子であると嬉しく思ったものだ。
これまでアドリアンから聞いた政策関連の意見で面白いと思ったものの1つに、軍属の勇士に敢えて農耕をやらせるというものがあったな。
下級勇士には農耕経験者が相当数いる上、体力を使う仕事なので一定の訓練としても利用できる。うまくやれば生産力も上がるだろう。
今回の遠方巡回で首尾よく作物が見つかれば試験的にその手法を導入してみるつもりだが、どのような結果になるか気になる所だ。
アドリアンは頭脳面で優れた資質を示してくれているが、更に喜ばしいことに息子は肉体面においても比類なき才覚を持ち合わせていた。
あの子が訓練を始めたのは、私が伝手を総動員して妻の治療法を探していた時だったな……。
アドリアンもエステルが回復せずに気落ちしているのは知っていたので、体を動かして多少なりとも気晴らしをしたいという息子の願いを受け入れたのが、アドリアンが剣を始めとする戦うすべを学ぶきっかけとなった。
当時手が空いていた小隊長の中で、特に任務経験が充実しているヘクターを講師として当たらせたが、「常人を大きく上回る身体能力に加え、技術の習得速度も凄まじく、教えられる内容は近いうちに経験に基づくものぐらいになる」というヘクターからの報告内容には流石に盛り過ぎではないかと疑ったものだ。
だが、齢6歳に満たない息子が下級勇士を鎧袖一触にし、中級勇士も負かし、上級勇士でようやく渡り合えているという異様な模擬戦闘の光景を目の当たりにし、私はアドリアンが真実天賦の才を持っていることを確信できた。
伝承でありながらも過去に実在した人間の超人にして英雄、
古代のドラゴンを従え巨悪と戦ったと今に伝えられる
かの雷の勇者に並び立つ神才であるのは間違いない。
私が「彼」との取引で「力」を得た時、アドリアンの才能と力を加えることでシューベトがいずれデルカル大陸を制覇することはもはや確定した未来であると夢想していた。
……私が得た力では動かせない現実をアドリアンに突きつけられるまでは、な。
私の考えを揺るがせるきっかけとなったあの問いをアドリアンにしたのは、シューベトの復興作業がひと段落した後、しばらくしてからだったか。
アドリアンは自分から町の復興に力を貸しており、高い身体能力を活かして領民に協力していた。
そこまでしないでもよいのだがと個人的には思っていたが、自領の領民を労われる領主と労われない領主の2択であれば前者の方がまあいいだろう。
畏敬を持たれない恐れがあるからあまり馴れ馴れしくなりすぎても困るが、そこは行き過ぎた対応をした領民がいればこちらで注意をすれば良いのだから、大した問題ではない。
十分復興に協力したであろう所でそろそろ切り上げるようアドリアンに伝え、領民もアドリアンもそれを受け入れたしな。
渋っている町の子ども達もいたが、それは息子の人徳と思えば良いだろう。
熱心に勉学と訓練に励むアドリアンが、気分転換を兼ねて領民に顔を出す分には殊更目くじらを立てるつもりもない。
復興が更に進んだある日、アドリアンは今日のように私の仕事が少ない時に執務室を訪ね、勇士の巡回業務に参加をしたいと許可を求めてきた。
アドリアンの実力は十分過ぎるほどにある上、領内を直接見て回るのも良い経験になると思い、そのまま承諾をした。
だが、巡回業務にあたる上で、アドリアンが追加で出した要望があの問いのきっかけとなった。
1つ目の要望であるヘクターの小隊で巡回業務に参加することは別に気になるものではなかった。
アドリアンがヘクターのことを尊敬しているのは承知しており、ヘクターの人格も問題ない。
アドリアンがより実力が高い勇士を教官役に望むのなら、ラークに任せるか、時間は限られるが私が手解きすることも考えていたが、息子は単純な力量以外の要素をヘクターに見出したのだろう。
ヘクターの予定も空いているため特段気にせず許可を出した。
問題となった2つ目、巡回業務のついでに荒地でも育ちそうな野生化した作物を採取したいという要望を聞いた時、私はそのまま了承するつもりだった。
アドリアンが領主の息子としての勉学の合間に植物や地学について学習しているのは知っていたので、実地でも学んだ内容を確認したくなったのだと推測できたことに加え、気晴らしなり趣味なり私に言っていない本当の目的があったとしても、病気の母を気遣い領民を労われるほどに善性が強い上、とても理性的な息子が愚かな真似をするとは考えられなかったからだ。
許可を出す言葉をアドリアンに伝えながらも、同時に脳裏に声がした。
非常に頭の良いアドリアンがこの希望を出したのは、私が推測したもの以外にきちんとした理由があるのでは、という声だ。
現時点でも政務でしっかりした意見を述べられるほどに賢いアドリアンならあり得ると思い、続けて今回の希望を出した理由をアドリアンに尋ねた。
仮に言い淀んだり「趣味です」と言った答えが返ってきたとしても、笑って許可しようという軽い気持ちで、だ。
……アドリアンから返ってきた答えは、シューベトの存亡にも関わりかねない重過ぎる理由だったのだがな。
「泉の枯渇と火山の噴火か……」
椅子の上であの時アドリアンが述べた理由を改めて口にする。
デルカル大陸に存在する3つの泉のうち、リアート村近郊にある古代神モレルの泉・ジーヴ村近郊にある古代神マリーの泉は既に枯れている。
今も稼働しているのはシューベトが確保している古代神レフガトの泉だけであり、それがシューベトの豊かさの源泉でもある。
……泉は無限の資源を産みだすから問題ないと反論するのは可能ではある。
あるのだが、本当に無限かなど確かめた訳もなく、現実に枯れている泉がある以上、領を預かるものとして万が一泉の加護が得られなくなった際の備えは必要だという意見には頷く他ない。
バベリア大陸には5つの泉があるが、こちらも4つの泉が使用出来なくなっている。
唯一泉の秘蹟を扱える現代の超人、教皇セルビス殿ですら最後に残った泉を小規模に稼働させるのが精一杯という厳しい現状もあるのだ。
……自分達が制御しきれていない代物に思考停止して命運を委ねるのは危険だと、言外に息子から指摘されている気がするのは穿ちすぎだろうか。
この考えに頷いている自分を自覚してしまったため、苦悩は深くなっている。
私が手に入れた「力」を自身がきちんと理解した上で制御できているか、という問いかけを己にすれば、否と答えざるを得ないのだ。
アドリアンは今回の活動に出る理由としてカルダリア山の噴火も挙げていたが、こちらはより直接的な脅威と言える。
カルダリア山は過去に噴火したことがある火山で、現在は噴気が見られないがいずれ必ず噴火すると推測されている。
山が噴火した際に流れる火砕流・溶岩流は、位置の関係上最悪の場合はシューベトの町とレフガトの泉を通ってもおかしくないのである。
そうでないとしても、噴火の際に吐き出された噴出物により、耕作地は大きな被害を負う可能性がある。
火山の堆積物で一般的な作物を育てられない土地はシューベトにも相当数あるが、噴火の状況次第でそんな土地も広がってしまうだろう。
シューベトの壁を厚くしても、兵を集めても、アドリアンの力でも、私の「力」でも、意思なき天災は止められず、回避もできない。
耕作不適地でも育つ作物があるのならば、予想される天災の備えとして役立つ以上確保した方が良いというのは尤もな意見であった。
運に恵まれたのかもしれないが、それ以上にアドリアンは入念に下調べをしていたのだろう。
こちらの想定を遥かに上回る速度で目星を付けていたのであろう作物を発見し、エステル経由で発見した作物を農家に引き渡していた。
エステルが生育に成功した救荒作物をリアート村とジーヴ村に提供する提案を出した時は正直拒否するつもりだったが、泉の加護がない地での栽培記録などを提供させて将来の備えとすればシューベトの利益にも繋がると当のアドリアンは主張し、一応一理あると考え条件付きで認めた。
だが、アドリアンはおそらく気質的にはエステルに似ているので、他村の連中に必要以上に甘い対応とならないよう私が気をつける必要があるだろう。
まあシューベトの益になるかをアドリアンはきちんと考えているから、少なくともエステルほど極端な他村重視の判断はしないとは思っている。
持ち帰ったあの黄金芋の取り扱いに関する判断もまず妥当なものであったからな。
黄金芋は輸出すれば売れるというアドリアンの言葉を受け入れ、息子が縁を持ったという大陸渡りの行商人達に試しに売らせてみたが、こちらが全く想定していない程の高値で取引されるようになってしまい唖然としたものだ。
黄金芋がバベリア国王の目に止まったこともそうだが、息子は天運すら併せ持っていると思えてならない。
真の英傑は二物も三物も与えられるというが、かの勇者と同じくアドリアンもドラゴンすら従えてしまうかもしれないな。
私が持っているものがものだから、「あの連中」は有り得ないだろうが……。
今日アドリアンはリアート村近郊での巡回を兼ねた作物捜索に出発している。
最早私からも一本取れる程の力量を備えたアドリアンが村の連中にどうこうされるとは思えないが、万が一に備えてラークも付けたから問題ないだろう。
砂漠でも育つ作物などあるのだろうかと疑問に思うが、準備を怠らず幸運にも恵まれている息子ならあっさり見つけ出せるかもしれないとも考えている自分にまた苦笑する。
かつてシューベトを脅かしたあのリアート村の愚か者共に利益供与するのは不愉快だが、シューベトが今後も存続する一助になる上、別に戦う力を引き渡す訳でもないからと己を納得させた。
……それなりに時間が経ってしまったな。
少ないとはいえ、そろそろ執務を進めるとするか。
ふむ、最初の書類はバベリア貴族からの連名での依頼とあるが……。
……黄金芋は富裕層によほど人気があるのだな。
やれやれ。黄金芋の作付け面積を増やす必要がありそうだ。
黄金芋を外部に流出させない農家をエステルと共に選定するとしようか……。
雷の勇者:魔女の泉Rに出演しているとあるドラゴンの主人(故人)
彼はバベリア貴族の血脈であるため、実在の人物として広く人々に伝わっているものとします。