チート転生アドリアン君 作:ブロンズ探検家
ジーヴ村からシューベトに戻って数日後、俺はリーガル父上の執務室へ呼び出され、前置きなしに父上と会話している。
「アドリアン、デルカル大陸の飢餓対策を行ったという功で、国王陛下がお前をマニル島の王宮に招いて希望する褒賞を与えたいという公文書が届いた」
何時かトランさんが言った通りになっちゃったか。
ただ、セルビス氏と対立しているバベリア国王・ラファエロ陛下の招待を受けて大丈夫か気になったので父上に尋ねてみたが、
「構わん。教皇に先日の件でこちらが怒っていることを示せる」
父上は瞳に激しい怒りを湛えながらばっさり言い切った。
俺が黒い魔力の石で汚染されそうになったのが本気で腹に据えかねたというのが伝わってくる。
うーん、父上とセルビス氏の関係修復は余程のことがない限り無理な気がするなぁ。
恐らく勇士ザファーにとって、あの場に父上が現れたのは完全に想定外だったのだろう。
もし父上が来ていなかった場合、(俺が抵抗しない前提だが)あの場の全員が口封じに殺されているか、あまり考えたくないが、石の力で理性を奪った俺に皆を殺させるよう仕向けていたかもしれない。
本当に危機一髪だった。
……俺が黒い魔力の石に確実に触れた筈なのに汚染されていないのは非常に不可解ではあるが。
だが、父上が割って入ったことで危険な思惑は防がれたとは言え、仮に今回の強引な調査について法で争っても、セルビス氏の絶大な権力によって事実を曲げられてこちらが悪いことにされるのはまず間違いない。
それが分かっているから父上が来ても勇士ザファーは余裕を崩さなかったと思われる。
そんなことをつらつら考えていると、父上は今後の予定について話を進めていく。
「マニル島行きの船便が次にデルカル大陸の埠頭に来るのは早くて3日後だ。そこで了承の返事を王宮に送る。お前自身がマニル島に行くのは先方から迎えの船が来た上で、となるだろう。だが、マニル島付近の海域はこの時期特に荒れやすいので、王宮で褒賞を受け取ってすぐデルカル大陸に戻るとはいかない可能性が高い。波が落ち着くまでマニル島に滞在することを想定した上で荷造りをしなさい」
マニル島は元々特別な海流に乗らないとたどり着くのが難しく、周囲の海も荒れやすい天然の要塞でもある。
今の時期は更に波が高くなりがちなので、数日マニル島で過ごす可能性が大ということだ。
了承の旨を父上に伝える。
……そういえば、フレアはどうしようか。
「ドラゴンのことなら、お前が言うことを聞かせて大人しくさせられるのなら連れて来ても構わないと書いてあるぞ」
国王陛下、寛大すぎませんか?
「過去のバベリア貴族の当主にドラゴンを従えていた者がいるからな。前例がある、ということだろう。……その家は魔力剣が使えるせいで教皇に粛清されたのだがな」
と父上は言う。
軍事面で重要そうな貴族の家も容赦なく潰せるとは、セルビス氏は色々突き抜けているな。
もちろん悪い意味で。
「まあそういう訳でドラゴンを連れて行くのは問題ない。こちらの返信にもドラゴンを伴う旨を記載しておく。お前がマニル島に行く際はラークを護衛に付けるし、お前自身の力もあるから緊急時に身を守る術の不足はないはずだ。だが、ジーヴ村で私が言ったことは忘れないように」
命の危険がある時に政治的な配慮など気にかけるな、ということだ。
こちらも頷いておく。
「それとアドリアン、お前は褒賞に何を望む気だ?」
それは既に考えていたので父上に答えておく。
「ふむ。どこまで許可が下りるかは陛下の差配次第だが、完全に拒否されるということはないだろう。お前の希望も返信に書いておく。だが、バベリア貴族の暗部など触れてはならない情報には注意するのだぞ」
希望の内容はとりあえず父上の視点でも問題なさそうか。
父上が心配しているようなものには触れないことを伝え、俺は執務室から退室した。
それじゃあ早めに荷造りを進めておこうか。
フレアにもまた出張する旨を伝えないと…………これで良し。
やっぱり心を繋げられると意思伝達が早いね。
マニル島からの迎えの便が来たとの連絡を父上から受け取ったので、俺は出発の準備を整え、シューベト東門へ移動している。
マニル島行きが決まってから10日程経過しているが、正直全く退屈しない毎日だった。
基地でフレアと訓練したり遊んだりしていたというのもあるのだが、なんといっても俺を背中に乗せて飛行しても全く問題ないくらいフレアの体が成長したというのが大きい。
安全な秘密基地内でフレアが俺を乗せて飛行して問題ないか確認した後、待機期間中はフレアの背に乗り、シューベト領内を飛んでもらっていた。
一切の障害物を無視して風を切って空を進む感覚は、控えめにいっても最高だったなぁ。
スピードは落ちるが2人乗りも可能そうなので、今回俺の護衛を務めるラークさんも一緒にフレアに乗ってもらい、そのまま埠頭へ飛んでいくことにした。
「まさかドラゴンの背に乗って空を飛ぶようなことになるとは思いませんでしたよ」
苦笑しつつも元気そうなラークさんとフレアを伴い、王宮のマークが記載された船に向かう。
搭乗する人を確認している勇士に各々名前を告げ、船に乗り込んだ。
……フレアが人間の言葉で名乗ったのは船上の全員が愕然としていたけどね。
ドラゴンが船に乗るというのは聞いていても、言葉を話すということまでは話が回ってなかったようだ。
しばらくして正気に戻った船員が帆を張り、改めてマニル島に向けて出航となった。
やや揺れが激しい船旅になったが、誰も怪我することなくマニル島に到着した。
巨大な海の魔物が襲ってくる場面もあったけど、ジーヴ村にいた頃より更に強く大きくなったフレアにブレスを浴びせられた魔物はすぐに逃げていったので、特に船へのダメージもなく航海は終わった。
一旦マニル島の迎賓館へ向かって割り当てられた部屋に荷物を置き、その後王宮に向かうことになった。
なお、フレアを王宮に入れるのは流石に無理なので、迎賓館付近の空き地で待機してもらっている。
迎賓館を出てからルイスさんというラークさん並みかそれ以上に優れた体躯の王宮勇士に案内いただき、無事にバベリア王宮の玉座の間まで辿り着けた。
さて、ここから謁見となるが、父上の手紙で事前調整はある程度できている。
ただ、謁見の作法で変なミスはしないよう気を付けておこう。
緊張はしたけど、つつがなく国王陛下との謁見と褒賞の授与は終わった。
国王陛下は威厳と穏やかさを兼ね備えた立派な方だったが、同時に、常に落ち込んでいるような印象を受けた。
やはり、ご息女のソフィア姫が島流しとなってしまったのが堪えているのかもしれないな……。
俺が褒賞として国王陛下に願ったのは「王宮が管理する図書館の蔵書を閲覧する権利」である。
マニル島にある王立図書館は最新の書籍から古代言語で書かれたものまで数多くの書物を収集・保管しているが、一部の書物を除いて一般公開されていない。
それらの書物を閲覧する権利を願い出て、無事国王陛下より許可をいただくことができた。
フレアがいればマニル島に飛んでいくことも十分可能だから、王立図書館に今後も足を運べるしね。
勿論完全フリーとはいかず、「王室や貴族の家に関連する書籍は一部閲覧不可」・「私的なメモを取るのは構わないが写本は禁止」という条件が定められた。
前者は父上が懸念していた知ってはいけない情報……貴族の黒い部分をつついてトラブルになるのを防ぐため、後者は写本による情報拡散で保管している蔵書の価値が落ちるのを防ぐためだろう。
再びルイスさんの案内で迎賓館付近まで戻るが、マニル島周辺の波が荒れてきているという連絡を迎賓館前に来ていた船員の方から受け取った。
当然ながら王宮側も海が荒れることは想定しているので、波が落ち着いてデルカル大陸行きの船便が出せるようになるまでは迎賓館で寝泊まりして問題ない旨を予め伝えられている。
やはりしばらくマニル島で過ごす必要があるようだ。
図書館の蔵書を読む時間が取れるからある意味好都合なんだけどね。
ルイスさんに案内をしていただいたお礼を伝えるが……彼は俺になにか言いたそうだ。
どうしたのだろう。
「いや、何。デルカル大陸で名を馳せるアドリアン様と手合わせしてみたいと思ったのです。これでも、王宮最高勇士ですから」
なんと!確か王宮最高勇士は王宮で一番強い勇士が就く役職のはずだ。
つまり彼が、バベリア王宮最強の勇士ということか……。
もしかしたら、教皇の手の者に酷い目に合わされた俺のことを国王陛下が気にかけてくれたのかもしれない。
「ルイス殿……」
ラークさんが窘めるような声を上げるが、ルイスさんは豪快に笑う。
「ははは!!過去の英雄に並び得るというアドリアン様の強さがやはり気になってな。ドラゴンを連れてくるほどの剛気さも兼ね備えていらっしゃるようだしな。それで、いかがでしょうか?」
図書館に行くのは明日からにする予定だったし、今日は他にすることもないので、俺はルイスさんとの手合わせを了承した。
「感謝を。ではそちらの空き地で模擬剣にて手合わせといきましょう」
俺達は空き地に移動し、ルイスさんから受け取った模擬剣を構えている。
模擬戦である以上過度な力は無用のため、発揮する身体能力は大幅に制限しておく。
ルイスさんもある程度俺との距離を取った後、俺と同じ摸擬剣を構えた。
ラークさんはため息をついているが、審判をしてくださるみたいだ。
おっと、フレアも気になったようでこっそり模擬戦を見ているな。
程よく互いの戦意が高まった後、ラークさんの試合開始の合図に合わせて俺とルイスさんは剣をぶつけ合った。
……強いな。王宮最高勇士というのは偽りではない。
ルイスさんはラークさんの実力を大幅に上回る勇士だ。
恵まれた身体から繰り出される豪快な剣技を磨き上げられた技術も上乗せしてこちらにぶつけてきている。
態と隙を晒して自分の懐に飛び込ませようというフェイントなども交えているから、恐らく格闘や投げ技等にも精通しているのだろう。
身体能力そのものは大きく制限を掛けた今でもこちらがルイスさんを圧倒的に上回っているが、ルイスさんの体勢を崩してもリーチ差や本人の経験を元にしているだろう機転で即座に立て直してくる。
だが、俺も自身の身体能力以外に異世界の剣術・体術を並行して磨いてきている。
この模擬戦では異世界技術の適用を全てオフにしているが、異世界の技術を磨いていく上で身に付いた感覚・観察眼・心眼・体捌き等は例え異世界技術を意識的に使用せずとも確かに活かせている。
取得した技術をただ使うだけでなく、使いこなす領域に俺は到達している、ということなのだろう。
磨いた感覚から短期決戦・持久戦のどちらでも十分勝機があることを確信しながらも、ルイスさんの剣撃を捌いていく。
これほど強い勇士と手合わせする機会は貴重なので、今回は持久戦を選択した。
……もう50合以上は撃ち合った頃だろうか、ルイスさんが遂にフェイントではない隙を見せた。
俺はその隙を逃さずルイスさんの模擬剣を掬い上げるようにして遠くへ跳ね飛ばす。
そして、ルイスさんが格闘戦を仕掛けてきても対応できるよう集中を切らさず剣を構え続けたが、
「そこまでです!」
ラークさんが模擬戦の終了を宣言したので剣を下ろした。
「いや、お強い。こちらの完敗でした」
と、ルイスさんが一礼しながら言ってくる。
「こちらこそ、ありがとうございました。貴方はこれまで手合わせした中で最強の勇士です」
と、俺は頭を下げつつルイスさんに本心からの言葉を言う。
「最強、ですか……」
む、ルイスさんの声に少し影が刺しているな。
こうして互いの力を競った仲なので、悩みがあるなら聞く旨を伝える。
俺が第三者だからこそ話せることがあるかもしれないしね。
「……そうですね。少し、話を聞いていただけないでしょうか」
ラークさんにお願いして一時的に席を外してもらい、ルイスさんの話を聞いてみた所、
どうやら王宮最高勇士の座を教皇派のとある勇士に譲り渡すべき、という話が出ているそうだ。
教皇派の勇士が弱ければ実力不足で一蹴できるが、どうやら教皇側から推挙された人物は俺と同じく超人的な力を持っているため、突っぱねるのが難しく困っているそうだ。
将来の話とはなるが、ルイスさんと教皇派の勇士が手合わせを行い、その結果で最高勇士の座に就く者を決める可能性が高い、とのことだ。
加えて、同僚の勇士達に教皇側へ擦り寄る気配があり、悩みが深くなっていると言う。
「王宮に忠を誓った身です。陛下と陛下の民のためにどんな困難も乗り越える所存ではあるのですが、現実は厳しい。こうしてアドリアン様にも負けていますから」
やや自嘲気味にルイスさんは語っている。
確かにこれは難しい。
ルイスさんの語ったことが事実であれば、ルイスさんは将来的に最高勇士の座から引き摺り下ろされる。
加えて教皇派に鞍替えした勇士達から後ろ指を指されたり、最悪もっと酷い状況に追い込まれる可能性がある、ということだ。
この状況を正攻法で回避することは無理だな。
ならばせめて、ルイスさん自身が胸を張って進める道を選択できるように……。
「では、環境や考え方を変えてみるのはいかがでしょう?」
と、俺は提案してみた。
「環境や考え方?どういうことでしょうか?」
ルイスさんが尋ねてくるので説明する。
環境の方だが、件の勇士が常軌を逸して強く、最高勇士の役職を奪われるのが確定的なら、教皇派の勇士が周囲に増えてきている分最高勇士の地位に固執するのはリスクが高くなっているので、いっそ自分で最高勇士の役職を手放して別の部署に移ってしまうのはどうか、というものだ。
ルイスさんほどの実力者なら、例え最高勇士なんて看板がなくても、国王陛下やバベリア王国の民にとって頼もしい存在であるのは変わらないのだから。
「斬新な発想ですね……。確かに自分から最高勇士の座を手放すというのは考えたことがありませんでした……」
顎に手をやりながらルイスさんは呟いている。
考え方の方だが、役職としての最高勇士が最も強い勇士の証であるのなら、この役職に就く者が変わってしまうのはしょうがないと割り切り、「最高勇士」という言葉通りの存在を目指すのはどうかとルイスさんに話してみた。
「言葉通りの……?」
ルイスさんが首を捻っているので重ねて説明をする。
最強の存在というのは1人しか居らず、加えて怪我や病気、あるいは他者の台頭など様々な要因で移り変わってしまう。
だけど、誰かにとって最高の存在というのはそんな要因では左右されない。
例えば、ジーヴ村の孤児院にいる釣りの才能が花開いた背の低い男の子にとって、釣りの手ほどきをしてくれたサーチさんは最高のヒーローだろう。
これはサーチさんが世界一の釣り人だからではないはずだ。
ルイスさんにとって大切な存在にルイスさんのことを最高の勇士だと思ってもらうには、必ずしも役職としての最高勇士である必要はないのだ。
国王陛下・バベリア王国の人々・その他ルイスさんが力になりたい人にとって最高の勇士になる。
これに重きを置くようにすれば、これまで見えなかった道が見えるかもしれないと俺は話を締めた。
最高勇士の座の重さが分かってない、単なる気休めに過ぎないと言い返されるかも、なんてことも思ったが、ルイスさんは俺の主張を真剣に聞いてくれた。
「……失いそうなものに固執せず、自分にとって真に大切なものを見つめ直す事で新しい道を見いだす……なるほど」
ルイスさんはこちらに向き直り、頭を下げてきた。
「ありがとうございます。非常に参考になる意見でした。今の話を元に、改めて国王陛下と共に今後について考えてみようと思います」
声色に張りがある。多少なりとも力になれたのなら良かった。
「こちらの話を聞いてもらったせいではありますが、もう遅い時間です。短い距離ではありますが、迎賓館までお送りしましょう」
そうして俺達は改めて迎賓館前までルイスさんに送っていただいた。
さて、些少とはいえ模擬戦での消耗もあるし、今日は夕食を食べたら早めに寝てしまおう。
明日からは図書館での読書がメインだ。
速読はできるとはいえ、時間が限られるから読みたい分野を整理しておかないと……。
マニル島の各種施設等はオリジナルとなります。