チート転生アドリアン君 作:ブロンズ探検家
【雷竜の消防士】
我、雷竜イメルは二代目の主・アドリアンの指示に従い、アラムート神殿を改装した教皇城の上空に控えている。
我の体躯は大きく、今はそれに加えて巨大な放水砲を抱えているので、本来ならば現在の時間が夜であることを差し引いてもバベリア町の人間が大いに騒ぐ所だが、主より借り受けた姿のみならず音や気配も含めて隠匿ができる衣を身に纏っているため、町の人間は誰も我に気づいていない。
町の外周に目を向けると、主やあの若竜……フレアと協力して支援をしていた決死隊と呼ばれる者達が、教皇に従う勇士隊に対して非常に優勢に渡り合っているのが見て取れる。
我の視点で見ても、決死隊は練度・連携・装備のいずれにも不足がなく、対して教皇の勇士隊は相当数の勇士に迷いや怯えが見て取れ、教皇の勇士達は数の優位を活かせず決死隊の勇士達に気絶させられていく。
だが、我の経験と直感の双方が、「このまま状況が推移すれば、現状を大きく変える何かが必ず起こる」と強く訴えている。
主はこの後起こる何か……恐らくは、黒い魔力を用いた脅威を払うために我を配置したことが、この戦場に立ったことで、よりはっきり理解できる。
初代主の仲間にも知恵が回るものがいたが……あの人間の台詞が今の状況に当てはまっているように思える。
確か……そう、「戦いは事前準備が一番大切。戦場での工夫も大事だが、戦場に至るまでの工夫がより重要。戦うまでに勝ったも同然の状況を整えられれば尚良し」……そのような言葉だった。
我ではその言葉の真意を完全に汲み取ることはできないが……決死隊の支援に加え、我に依頼した内容を考えると、二代目の主は先の言葉を実践していたように見受けられる。
主が予見されたこの戦いを望む方向に着地させる為……恐らくは、失われる命の数を減らす為……その目的の為にも、あの手間がかかった放水の練習も必要なことだったのだろう……突飛な依頼であったのは否定できないが。
奇特な所はあれども、力量と心根の良さに加えて慧眼も主が兼ね備えているというのは、彼を主に戴くこの身としても有り難い限りである。
それに、先に主に述べた、依頼を必ずやり遂げる、という言葉に偽りはない。
主の主戦場はデルカル大陸であり、我はある意味に置いて主の代理としてこの戦場にいる以上、役目はしっかり果たす心積もりだ。
……ふむ、まだ状況は動かないか。
しかし、この戦場……これも我の経験則と感覚から来るものだが、古き純血神族に由来する意志が濃厚に漂っているように思える……。
恐らくは、神殿長達が人々の動きや世界の流れに干渉して、現在の状況を作り上げたのだろう。
……そういえば、バベリア大陸の神殿長達は、彼らが己に課した最大の任務である黒い魔力への対処……その計画の進捗に合わせ、時代を600年周期で区分けしていたな。
それぞれの時代には、自分達の名を冠しているのだったか。
アラムート・アルア・エリシオン・エイムハード・デュラック……一巡すると3000年……今は確か、2巡目以降のアルアの時代、その末年の筈……。
アルアの時代の締め、そして次なるエリシオンの時代への足掛かりとして、この戦いの舞台をバベリア大陸の神殿長達が結託して用意した、と見るのが自然か。
……口にはしないが、主も神殿長を始めとする古き純血神族達がこの世界の流れを形作っていることを理解していると我は思っている。
そして、神殿長達が作った流れを無闇に変えない範囲で状況を良くする、という動きを主が根幹にしているとも我は認識している。
純血神族の特性を鑑みれば、行動指針としては適切であると言えるだろう。
しかし……能力と意志が伴う者は、得てして流れを超えて世界を動かしうる……主が企図する動きは、実際に可能なのだろうか……?
我が主は何故か自身の力を卑下する所が時折あるように見受けられるが、客観的に見ても、主は傑出した能力を持つと断言できる。
我が思うに、神族を比較対象に加えた上でもこの評価は動かない。
分かりやすい例として、我が抱える放水砲から放たれる予定の黒い魔力の浄化剤が筆頭となるだろう。
主の手掛けた浄化剤が黒石窟を浄化可能であるということは、黒い魔力への対応能力という一点に置いて、我が主は神殿長を凌駕しているという動かぬ証明でもあるのだから。
……そんな飛び抜けた才覚を示している主が、明確な自分自身の目標を持ち、相応に多くの場面で己の行動を己で決めているように見える現状、例え古き純血神族達に気を使っているとしても、彼らの思惑を揺るがすことが本当にないのか……甚だ疑問ではある。
影響範囲が限定的なバベリア大陸では然程気にする程のことでもないかもしれないが、主が長く関わっているデルカル大陸にて計画を巡らせている古き純血神族達はそうもいかない。
細かな調整を加えつつも計画通りに進んだと思いきや、最後の最後で軌道修正を余儀なくされる……狙った結末には辿り着いたが、内実が想定と大きく異なる……何かしらの問題がデルカル大陸で進行している計画に発生してもおかしくないように思えるが、果たしてどうなるか……。
もしもの話ではあるが、主がより積極的にバベリア大陸に関わっていた場合は、この大陸にいる神殿長の誰かしらが狼狽えるような状況になっていたやもしれん……僅かばかり見てみたくもなる場面ではあるが……。
…………む!来たか……!
教皇城奥に濃厚な黒い魔力を感じる……まだここまで届く魔力の波動は小さいが……。
しかし……今我が割って入ると、城の中にて戦う神族や人間を城の崩落に巻き込みかねない。
そのまま黒い魔力の保持者を倒しきれるのならば我の出番はないだろうが……恐らくはそうはなるまい。
更に暫く待つと、黒い魔力が爆発的に膨れ上がり始める。
この脈動は恐らく生物のもの……しかも城の正面に飛び出るという意を感じる。
我は直ちに位置を移動し、想定される黒い魔力の保持者を狙い打てる場所を陣取りつつ放水砲を構え、発射ボタンに爪を添える。
果たして、教皇城の正面を崩しながら、莫大な黒い魔力を蓄えた巨大な闇色の竜がバベリア町へと躍り出てきた。
奴の原型は……アンシエントドラゴンか……。
しかもこの魔力の保有量……体に溜めきれない魔力を空に蓄えていたというアルア神殿長には及ばないように思えるが、それでも我がこの闇竜と正面から戦えば敗北は必定だろう。
……だが、こちらの手の中には切り札がある。
闇竜が体の上から瓦礫を振るい落とすべく身震いした隙を狙い、闇竜の背後となる空に陣取る我は奴の頭に狙いをつけ、放水砲の発射ボタンを押し込んだ。
瞬間、膨大な量の黒い魔力の浄化剤が狙い過たず闇竜の頭部に叩き込まれていく。
『ぐう!?これは……み……ず……?ウ、グ、ガァアアアァァアアァァアアアアアア!!??』
凄まじい勢いで浄化剤がぶつけられた闇竜の頭部表面は、ドロドロに融解している。
……やはりか。
主と雑談した際、黒い魔力に長く侵された生物で自我を持っている個体に主の浄化剤をぶつけた場合、激痛と共に肉体を破壊しながら浄化が進むと聞いたが、あの闇竜も例外ではない。
ならば、闇竜が混乱しているうちに機動力……すなわち、翼を奪う!
放水砲の発射口を闇竜の翼膜、それも薄い箇所に向け、浄化剤をぶつける。
手際よく発射口の向きを変え、左右の翼膜の一部を浄化の副次効果で溶かし切ることで闇竜が空に逃れる可能性を潰した後は、放水砲の発射方式を変更するボタンを押し込み、放水を直射式から拡散式に変えて闇竜の全身に黒い魔力の浄化剤を浴びせていく。
『ギャァァァアアアアァァアアアアァァアアアアアアアア!!?』
浄化剤によって全身が溶け出している闇竜は絶叫をあげつつも地面を転がり、放水から逃れようとするが、そうはさせぬ。
相手の動きに合わせて自身の位置取りと放水砲の向きを調整し、常に闇竜へ浄化剤が当たる状態を保ち続ける。
闇竜が転がり回って教皇城付近の家屋を更に破壊してしまったのは誤算だったが、此奴を放置していれば際限無く被害が拡大したのは間違いないので、人間達には飲み込んでもらう他ない。
幸い戦いの影響で非戦闘員は避難しているようだしな。
……よし。暫く浄化剤を闇竜に浴びせ続けた結果、奴はもはや四肢を投げ出して力無く痙攣するのみ。
だが、まだまだ黒い魔力が闇竜に残存しているので、再び放水方式を直射に切り替え、黒い魔力を多量に蓄えている箇所を順に浄化していく。
といってもほぼ全身だがな。
頭部・背面・肩・四肢・翼・尾……順々に浄化剤をぶつけて黒い魔力を浄化していき、もう闇竜が身動きすら出来ぬほど肉体を破壊されたことを確認してから、闇竜の体で完全に浄化された箇所を持ち上げて此奴をひっくり返し、今度は腹側に隈なく浄化剤を当てていく。
腹側の浄化が完了する頃には、闇竜は城を飛び出した時と比較して見る影もない姿を晒しているが、まだ黒い魔力の残存を感じるな。
……ふむ、魔力が留まっているのは、頭部と身体の内部か。
まだ浄化剤の残量はあるので、仕上げといくとしよう。
我は再度闇竜の頭部に浄化剤を浴びせ、続けて奴の口をこじ開けてから黒い魔力の浄化剤を口内にも叩き込み、すぐに闇竜の口元を踏み付けて強制的に浄化剤を奴の体内に流す。
闇竜の体内に浄化剤を注ぎ込む作業を3度ほど終えた頃には、闇竜は最早日の出を待たずに命を失うだろうことは間違いないという有様になっていた。
浄化剤の残存量は残り1割5分という所だが……闇竜の様子から潮時であると判断する。
ポツポツとにわか雨が降り始める中、我は踵を返して翼を広げ、ドラゴンバレーを目指して飛行を開始した。
家屋の件のみは残念だったが……それ以外については文句を付けようがないだろう。
全ての生命を脅かす黒い魔力を払い、主の依頼を完遂したことに満足感を抱きつつ、我は自身の棲家へ無事に帰還を果たした。
巨大な闇色の竜が教皇城から躍り出るも、何故か虚空から大量に銀色の液体が闇竜を狙って降り注ぎ、闇竜が溶かされながら沈黙させられるという意味不明の現象に見舞われた、現在雨模様のバベリア町に1体の赤いドラゴンが舞い下りる。
赤いドラゴンはバベリア大陸のデュラック神殿長に仕える守護動物、かつてはアンシエントドラゴンの脅威からシューベトを守り抜いたマグリックドラゴンのテーマルだ。
テーマルはバベリア町から強大な黒い魔力を感じ取り、町の人々を守るべくデュラック神殿から飛来したのだが……。
『こ、これは……まさか、ジュードなのか……?』
教皇城前に転がる巨大な残骸を目にし、テーマルは戦慄しつつそう呟く。
その残骸は辛うじて黒い竜に見えなくもないが……それは目も耳も鼻も崩れさり、角や翼もドロドロに溶け落ち、口の中も舌や歯や喉が融解しているようだった。
四肢や尾は肉が溶け落ちたのか、骨が彼方此方から覗き、腹側の一部からは内臓が零れそうになっている。
残骸は身じろぎすら出来ず、喉も潰されているので呼吸音と何の意味も示せない音がごく僅かに口から漏れるのみ、という状態で、誰がどう見ても致命傷という有様だ。
アラムート神殿長の守護動物にして、神殿長を裏切り泉の戦争を引き起こした、魔女狩りの真の元凶とも言えるアンシエントドラゴンのジュードは、こうして自身の行動に伴う負債を全く予期せぬ方向から取り立てられる羽目になったのだった。
結果だけを見れば、「自分が黒い魔力から世界を救う」というジュードの野望がある程度果たされたとも言えるが、彼自身にとっては何一つ納得できない救済の形だろう。
尚、テーマルのバベリア町来訪後、にわか雨が止んで少し時間が経った頃に復活したアラムートが残骸を目にすると、彼は魔力を用いて全ての苦痛を残骸から取り除き、残骸を眠るように消滅させたという。
その行為がジュードにとって最期の救いとなったかは定かではないが……。
本話は魔女の泉Rコンセプトブックの内容を含んでおります。