クライマックスシリーズ・ファイナルステージ、第4戦。
7回裏、神奈川の攻撃。
1番山田、2番小坂が凡退した中で。
文売の投手が見据えた先には、3番センターの秋山。
2-0とスコアボードに刻まれており、神奈川にとっては2点ビハインドという状況。
文売優勢な空気感に満たされているそんなムードでも、初球のカーブを思いっきり振り抜く秋山は、ひたすら相手投手の目に視線を向ける。
明らかな逆境、明らかなアウェー感。
それでも秋山には、その程度など逆境ではないのかもしれない。
高校時代、一時選手生命を危ぶまれるほどの大怪我を負っても。
注目されていた高校時代はそのこともあり成績不振に陥っても。
ひたすら、野球に熱を注いでいたという。
打撃、守備、走塁、送球……確かに大怪我をする直前までは、どれも高水準の野手だったかもしれない。
秋山は一度その身体能力を失っている。
打撃面も守備面も走塁面もなにもかも以前のようにはいかず、荒れていた時期もあったようだ。
それでも、それでも。
秋山は野球を続けていたかったそうで。
だから諦めなかった。だから続けた。
だから、取り戻せた。
次に相手の右腕から放たれたストレートを、秋山は振り抜いた。
高く舞い上がった打球を見届けると、秋山は一塁に歩きだす。
神奈川ファンの待つライトスタンド。打球は神奈川ファンの一団に紛れていった。
右拳を突き上げ、三塁を回る。
本塁直前、立ち止まり、バク宙を行う。
これで2-1。秋山の一撃は、確かにひとつの大きな壁をぶち抜いた。
『神・奈・川! 神・奈・川! 神・奈・川!』
神奈川コールが東京ドーム内に木霊する。
「秋山ようやったー!」
「いいぞ神奈川! 追い上げろー! ここからー!」
「小笠原もかっ飛ばせー!」
俺にとって初めてのクライマックスシリーズでの試合。
この日は、俺にとっても選手にとっても、そして球団にとっても記念すべき日になるだろう。
結果からいえば、リーグ優勝を果たした文売ガイアントの勢いは留まるところを知らず。
その勢いに圧される形で、神奈川はファイナルステージ敗退となった。
でも、敗戦したあの日は、確かに大きな手応えを得られた。
神奈川ファンからの温かい拍手と声援。
あれがようやく、神奈川に向けられたのは、とても大きな意味を持つ。
2000年代に暗黒期を迎え、2010年代は資金難、有力選手の退団と相次ぎ、そして最後には身売りもしている我が球団だったが、このチームは暗黒期をようやく抜け出した。
フロント、首脳陣の士気も高まっている。もちろん、選手たちも。
今までにないほど、上昇ムードで満たされている。
さて、日本シリーズは文売が制して完全優勝となった今季。
シーズンも終わり、選手たちがオフを迎える中、俺たちはフロントとして来季の選手編成、契約更改、首脳陣の見直しと大忙しだ。
特に投手タイトルをほぼ独占した斉藤の年俸は大幅に見直し、複数年契約といかねばなるまい。
もちろん、今季大活躍した選手たちもだ。
一方で、今季あまりにも振るわなかった選手、また素行不良が過ぎた選手に戦力外通告を出したり。
そういった精算も、フロントがやらねばならない。
今季はホームに客足が集まり、収入も大幅に増えているので、来季も活躍できそうな選手たちに奮発できそうだ。
それだけでも、俺はホッと胸を撫で下ろしたくなる。
契約更改も終わり、息を吐いていると、普段この場に姿を現さない人物が。
「お疲れさんです、長月さん」
「ああ、お疲れさまです。中さん」
来季も続投が決定した神奈川監督の中監督だ。
彼も神奈川に来て、来季で3年目となる。
「中さん、来季どうでしょう? 今時点での戦力的に」
「いいんじゃないんですか、今でも。ドラフト次第では本当に優勝できますよ。……あ、そうだ」
「どうされました?」
「いや、大したことじゃあないんですが、来季、日本シリーズ終了後にあれがあるんで……」
「もしかして、プレミア12のことですか?」
「そうそう、それです」
中監督は口を一瞬結ぶが、すぐにまた開く。
「……来季のプレミア12、たぶんうちの選手もけっこう招聘されますよ。特に期待の若手は」
ただ、とつけ加えて。
「……正直、
そうだった、と頭を抱える。
この世界の野球日本代表は、国際大会で勝利したどころかか善戦できたことがほとんどない。
世界相手に善戦した試合も、昭和まで遡る。それぐらいだ。
WBCだけでも第1回は予選敗退、第2回も予選敗退と、特にいいとこなしだ。
そのWBCは再来年――2025年に開催される。
そこでなんとか勝ち上がってほしい、と願っている。
そこでふと思い出したことが。
「そういえば中さん、第2回WBCって、
「……? いえ、いませんでしたが」
なるほど、と頭を抱える。
来シーズンこそ優勝を狙い、そしてその後の国際大会の優勝も狙う。
そんな一年になりそうだ。