ドラフト会議、それから選手たちとの契約更改なども纏め終わり。
コーヒーを口に含み、んべっと舌を出す。
「長月さん、コーヒー苦手なら飲まなくていいんですよ……」
「いや、そういうわけにもいかんよ。選手たちも苦手克服頑張ったりしてるし」
「長月さんのそれは克服というより無茶じゃないですか?」
「うん間違いない」
ぶっちゃけ部下からなめられまくっているのは俺、
元の身体の主はだいぶ酷い編成やごり押しをしていたそうだが、それじゃあ球団から人が出ていくばかり。
というわけでこの長月裕治というGMになってからは、まずイメージの改善に取り組んだ。
要は今まで堅苦しかったらしい人間から、一転してフランクな人間に変貌させたのだ。
……まあ俺がそういう人間だっただけだが。
しかしこれには問題もある。
それが先のなめられているような態度を部下や現場に取られることだ。
フランクすぎるのもいかんとは思うが、これが俺だ。許せフロント。
だがその分、チームというかフロント含めた球団の空気は過去一番の良さだと話す部下がいてくれるほど。
だからやめられない、止められないのだ。
「そういえば、もうすぐオープン戦だよな?」
「確か今日の午後でしたね。楽しんできてください。応援用バットいります?」
「いらねーよ!? ってか俺一応GMだからね!?」
「はいはい」
「いや、はいはいじゃねーって!?」
部下に適当にあしらわれ、肩をがっくり落とす。
どうしてこうなったと叫んでやろうか。
横浜市内にある二軍用の球場に足を運べば、そこでは選手たちがキャッチボールをしていたり、守備練習のためにノックを受けている様子が散見される。
と、キャッチボールをしているうちのひとりに近寄ると、その人物はボールをグラブを構える相手に放り投げてから会釈してくる。
「あ、こんにちは。長月さん」
「お疲れ斉藤くん。どうだい?」
「昨日の白米うまかったです」
「いやそっちじゃないから!? 調子だよ、調子!?」
「すみません」と言いつつもケラケラしている我が球団のドラ1にほんのちょっと頭を抱えそうになってしまう。
選手たちからもなめられているようなのが俺の実情だ。
「ぶっちゃけそこそこですね。特に良くもないですが悪くもないですよ」
「期待はして……いや、俺にこんなんだからあえて期待はしないでおくぞ」
「いやーすみません。そんなこと言われたらバッターボックスに入ってもらわないと」
「え、なんで?」
「オレの全力の一球、ぶつけにいきますんで」
「コラ! ボールは人にぶつけちゃいけません!」
ルーキーからもこんな対応だよ、どうなってんだよ俺への評価。
しかし互いにゲラゲラ笑いだすものだから、他の選手たちにも、
「え、GMにボール当てられるって本当ですか!? なら日頃の恨みを晴らすチャンスですね!」
「よし、なら俺はカーブぶつけるわ」
「いや俺はあえて頭の上からフォークボールで」
「それでも股間にストレートをぶつけた方が痛そうッスね。忌憚のない意見ってやつッス」
「お前らふざけんなよ!? んなの全部打ち返したるわァッ!」
といじられまくってしまう。
こうなってくると収拾がつかなくなる。ツッコミ、どこへ!
と、わいわいがやがやの雰囲気になり始めていたところを、二度手を叩く音が響く。
「お前ら! わかったから練習戻れ! GMには俺があとでお前らの分ぶつけてやるから!」
「いやちょっと待てよ」
神奈川ブルーホエールの監督――
『はい!』
選手たちが応答し、散り散りになって各々練習に戻っていく。しれっと俺をいじってたのは知らないことにする。
「お疲れさまです中さん。……今俺のこといじって……」
「ああ、お疲れさまです長月さん。……知らぬことですね」
「まあいいか……。それより選手たちはどうですか?」
「はい、けっこう仕上がってきてますよ。……特に、今年のルーキーたちは気合い入ってますよ」
「えっ、そうなんですか」
「ですね。その中でも斉藤、ようやってますよ」
使うとしたらまずはオープン戦で使いたいですね、とつけ加えて。
やはり見込みどおり、期待はできそうとのことだ。
「で、今日がその斉藤の先発登板ですよね。どこまでやれるのか確かめていきましょう」
「……ただ」
「ただ?」
「まだ身体が上手く纏まってない印象なんで、そこらへん気をつけながら登板させようかと」
まあ、言われてみればそうではある。
まだ一年目、しかも高卒新人だ。基盤作りは重要なことだ。
「んじゃあお願いしますね、中監督」
「試合終わったら選手たちの憂さ晴らしに付き合ってやってください」
「言い方不穏すぎません!?」
時計が午後1時――13時を回り、神奈川の選手がそれぞれのポジションに就いていく。
マウンドには入団したばかりの高卒新人、斉藤克巳。ふう、と肩の力を抜こうとしているのが窺える。
オレンジ色のグローブを片手に、硬球を右手に掴んで。
セットポジションに着く。構える。キャッチャーの方を見向く。
斉藤が見据えるはただ一点、キャッチャーミットのみ。
投球練習。それでもさながら本番のような空気に満ちる中。
グローブでボールを覆いながら、腕を大きく掲げ。
投じられた、第一球。
鞭のようにしなる右腕から放たれ、外角高めの、ストライクゾーンに入った。
キャッチャーから返球され、もう一球。
こちらは内角低めのストレート。しかしストライクゾーンには入ってなさそうだ。
三球目。真ん中に放たれたのは、右に速く曲がる変化球。
関係者用の席から見ていても、球のキレは間違いなくいい。
うちのチームによく入ってくれたなと思えるほどの逸材なことを、改めて知らしめられる。
……なのだが、今日ばかりは相手が悪すぎる。
相手チームの打順を一瞥し、溜め息を吐く。
なんでこいつぶつけてくるんだよ、ともう頭を抱えるしかない。
「……4番、ここ正念場だぞ」
斉藤に言い聞かせるように呟く。
今日の相手――
――
「なーんで新人に
近鋼の4番、
滅多に三振をしないことで有名で、なおかつ長打力もある外野手。
1、2、3番はまだどうにかなるだろう。だが、この4番との対決となると、ルーキーでは厳しい。
最低でも2打席、いや3打席は打たれることを覚悟しておいた方がいいかもしれない。
「……さぁて、頼むぞ……」