夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない   作:木暮鬼一

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ひとまず一旦手術は第一段階が完了して安静中となりましたが、仕事の方はまだ多く残っているので、来週も引き続き仕事の方に専念することになります。

次回の話は今回と同じく、来週の12月27日(金)午前0時を予定しています。


感想、誤字脱字報告、いつもありがとうございます。


※コメント欄にてトリニティ自治区にも川(又は水路)があるとのご指摘を頂きました、誠にありがとうございます。
一応作者もゲーム内にて確認はしてあるのですが、今回の件に関しては完全なる捏造(独自設定)となるため、すみませんが本文では目を瞑って頂けると助かります。
ひとまず学園内には水路等はあるが、街そのものには川などは無いという設定で進めています。


『幕間』第1合作
桐藤ナギサ 『雨の中の画家』


 

 

「…………雨?」

 

 デッサンをしている最中、ふと『カタッ、カタッ』と小刻みに窓を叩き付ける音に意識を持っていかれたエスミはそう誰にも聞かせることのない独り言を口にすると、芯の尖った鉛筆をそっと机に置いて顔をしかめながら窓の方へと近づきました。

 

(ああ……これは酷いね)

 

 そしてアトリエの窓から外を覗いてみれば、そこに広がっていたのはトリニティ自治区の全てを覆う大きな雨雲でした。先ほどから窓を小刻みに叩いていたのも、彼女の予想通り頭上の雲から降り注ぐ雨になります。

 とはいえ天候としてはさほど悪くは無く、傘を差さなくても走れば濡れずに自宅まで帰ることが出来そうです。

 

(いま描いてるデッサンに区切りをつけてから帰ろうか)

 

 2年生になる数か月後にはもうトリニティ総合学園の方に活動拠点を完全に移すとはいえ、今はまだこのアトリエを利用しているエスミ。これでも数日ほど寝泊りが可能な物件を借りているため、状況次第では自宅に無理して帰る必要はありません。

 

 それに現在は新しい作品を手掛けている最中でもあるので、中途半端に制作を打ち切るぐらいなら満足いくレベルまで仕上げてから後の事は考えよう、とエスミは視線を窓から外して作業場の方へと戻るのでした。

 

 

 

《1―2》

 

 

 

 トリニティ自治区に雨が降り始めておよそ4時間後。

 

 当初は大して濡れもしない小雨程度だった雨は現在、気付けば土砂降りの大雨へと激変しており自治区内のニュースでは至る所で『大雨警報発令!!』の文字が飛び交っていました。

 幸いにもトリニティ自治区には川が通っていないため氾濫の危険性は皆無に等しく、加えて付近に存在する山に関しても徹底した土砂崩れ対策が施されているなど雨が及ぼす災害を心配する必要はまずありません。

 

 しかしトリニティ自治区にとっては年に1回か2回あるかどうかの酷い悪天候ですから、自治区の住民は誰しもが戸惑いを隠せないでいました。

 

「…………酷い雨ですね」

 

 そしてこの悪天候に不安を抱く者がここにもう1人。

 

 ちょっとした家の都合で外出をしていた中等部の3年生こと桐藤ナギサは、家が寄越した送迎用の車の中から外の悪天候を茫然と眺めていました。

 少し前にようやく誕生日を迎えたばかりとはいえ、まだ十数歳の少女ですからこのような悪天候は全く見慣れていません。むしろ初めてとすら言えます。

 好奇心からか、それとも僅かばかりの恐怖心か。恐る恐るといった感じで窓を覗くその姿は少々可愛らしいものでした。

 

 とはいえ今はこうして車に乗っているため安心できますが、既に外はまともに歩く事すらままならない状況へと変わっており、視界を確保しようと車のワイパーをフル稼働させてもフロントガラスには絶え間なく大粒の雨が叩き付けられています。

 もちろん事故等は起こしたくないので基本安全運転で帰路についていますが、流石にこのような悪天候のおかげか道路を走る他の車両の姿はほぼ無く、もしこの時だけ法律が許してくれるのなら全速力を出したい所です。雷が鳴っている訳でもないので多少無茶な運転をすれば今より遥かに早く帰宅出来ることでしょう。

 

 まあ数か月後にはトリニティ総合学園に進学することが決まっているナギサからすれば、不運な人身事故等を起こして進学取り消しとなる訳にはいかないため、送迎を任されている運転手には事前に『安全運転でお願いします』と伝えている訳ですが。

 

(帰宅したらミカさんやエスミさんに連絡をするべきですね。お2人の身が心配です)

 

 ぼんやりと外を眺めつつ、ナギサはふと仲の良い友人2人のことを考えます。

 

 ただし幼少期からの付き合いである無邪気が取り柄のミカはともかく、エスミは頑固として友人関係を認めてくれないので『友人1人に知人1人』と称した方が正しいのかもしれません。

 ナギサとしては〝友人〟と称するに難くない間柄だと思っているのですが、向こうが依然として関係性を認めてくれないため全く成立しません。

 

 どの道、数か月後には同じ学園に通う学友として接する事になるというのに相も変わらずエスミは知人関係という括りに固執しています。彼女が周囲に対し付かず離れずの関係を望んでいるのは明白な事ですが、それにしても少し交流に関して消極的過ぎです。

 

(どうしてエスミさんはご友人を持たれないのでしょうか……?)

 

 まだ数年程度の付き合いとはいえ、エスミの人柄は『素晴らしい』の一言に尽きます。

 狂人レベルで美術に愛を捧げている癖のある芸術家ではありますが、その一点さえ除けば他人に優しく常に物事を達観している人物です。大人や年上からも頼られる事が多く、エスミ自身が認識している以上に周囲からの人望を集めていました。

 

 また彼女は子供でありながら大人相手に非常に上手い立ち回りをしてみせますし、未だに相次ぐパトロンの勧誘や派閥へのお誘いを断り続けてもなお止む気配が無いのですから、画家としてかつ1人の少女としてエスミが放つ魅力はそれほどまでに大きいのでしょう。

 

 聞く噂では有名な富裕層から『縁談』の誘いを受けたとか、かのワイルドハント芸術学院から『転校』してみないかと裏で打診すらされているのだとか?

 

 しかし栢間エスミはトリニティを代表する有名人の1人という事もあり、ほとんどの噂は出所が定かではないため真偽は全く不明です。恐らく噂の半分はデマかもしれません。

 ですが彼女が持つあの芸術的才能と人望、そして誰もがつい見惚れる美貌の持ち主という事を考えると、正直な所どれもあり得る話ではあります。

 

 まあナギサとしては『画家として最初にエスミさんに目を付けたのは私です‼』と周囲に声高に自慢してあわよくば牽制すらしたい気分なのですが、流石にエスミ本人がそれを快く思うことは無いでしょう。

 ひとまず高等部に進級した際は、エスミの隣に立っても周囲から邪険に思われないような立場と権力を手にし、程よく力を誇示するべきです。

 

 出来ることなら彼女の『最初の友人』は自分でありたい。

 更に高望みするなら『特別』にすらなりたい…………そう願いながらナギサは揺れ動く車の振動を感じつつ、特に面白いものが見られる訳でも無いのに外を見続けるのでした。

 

「…………えっ?」

 

 するとその行動が吉と出たのか、もしくは面白いものを見せてやると天が悪戯でもしたのか、彼女の目にはある人物の姿がハッキリと映りました。奇しくもその人物とは、先ほどまで夢中で考えていた例の彼女でした。

 

(エ、エスミさん!?)

 

 未だに激しい雨音を立て、挙句には1キロ先も見通せないほどの視界不良を及ぼしているこの悪天候ですが、それでも確かにナギサの目はあの栢間エスミの姿を捉えました。

 

「……申し訳ありません。そこの路肩に今すぐ車を停めてください。私の知り合いをお見掛けしました」

 

 どうして? 何故こんな大雨の中、エスミは1人で外にいるのか?

 偶然の出会いに驚きと不安が同時に湧き上がるのを身体全体で感じながら、ナギサは乗っている車が路肩で一時停止するとすぐさま傘を手にして外に飛び出しました。ちなみに車から出て行く際、運転手には『身体を拭くタオルを用意してください』と頼んであります。

 

 何故なら彼女がこれから会おうとしている少女は、この酷い大雨に打たれながら道端で茫然と立ち尽くしていたのです。

 

「…………エスミさんっ!!」

 

 頑丈な作りが売りとされている高価な傘を頭上で広げ、ナギサは腹の底から大声を出しました。地面や傘に強く当たる雨水がやけに甲高い雨音を立てているせいか、通常の声量ではまず相手に届かないため大声を出した訳ですが、聞こえていないのかエスミは反応を返してくれません。

 彼女とは距離にしておよそ20か30メートルちょっと。晴れ渡る天候の下であれば十分声が届く範囲の距離です。しかし相手はナギサに背を向ける形で振り返ろうともしません。

 

「……もうっ!!……エスミさん!! 栢間エスミさん!! 聞こえていますか!?」

 

 普段は滅多に大声を出すことがないナギサですが、今回ばかりは喉を傷める覚悟で雨音に負けないよう何度も何度も彼女の名前を叫びます。

 

「エスミさん!! こんな場所で立ち尽くされて一体どうしたんですか!?」

 

 そしてようやく彼女の下に辿り着いたナギサは着ている服も髪も全てびっしょりと濡れているエスミの頭上に傘を持ってくると、何か怪我でもしたのかと彼女の顔を覗き込みました。しかし雨によってずぶ濡れとはいえ、相変わらず見惚れる美貌は変わりなくその肌には傷一つありません。身体の方に視線を移してみますが特にふらついている要素も無く、どうも体調不良という事でも無さそうです。

 

(どうしてこんな場所でエスミさんが?)

 

 周囲にあるのは富裕層が住んでいる住宅ばかりでお店やコンビニと言った建物は一切ありません。帰宅途中に大雨に晒されたことで身を隠すことが出来ず、こうしてずぶ濡れになってしまったのかと推察しますが、そうであればこの場に立ち尽くす理由が分かりません。

 

 彼女が知る栢間エスミという人物はこういった理解不能な行動を取ることはまず無いため余計に脳が混乱してしまいます。

 果たして彼女の身に何が起きたのか?

 

(そ、そんな事より、まずはエスミさんをこの場から連れ出さないと!!)

 

 未知の光景に頭を悩ませるぐらいなら、まずはこの酷い大雨から彼女を連れ出すのが先決。ナギサは以前訪れた彼女の個展で聞かされた〝障害持ち〟の右手を優しく握り車の方へと連れ出そうと動き出したその瞬間、エスミの身体がピクリッと反応しました。

 

「…………桐藤?」

「エスミさん!? ようやく私に気付きましたか!?」

 

 まるで再起動したロボットかのように、目の前にいるナギサの存在にようやく気付いた彼女。その声と視線が『どうして君がここに?』と訴えているように思えてナギサはすぐにこう返しました。

 

「エスミさんこそ何故この大雨の中、傘も差さずに立ち尽くされていたんですか!? 只でさえ右手に障害をお持ちなのに……ご自身の身体です、ちゃんと大事にしてください‼」

「……雨……傘……あぁ……そっか……ごめん。ちょっと昔の記憶に囚われていたみたい……」

「昔の、記憶?」

 

 雨音は今もなお酷いものですが、不思議とエスミの口から出てくる言葉は綺麗に聞き取ることが出来るナギサ。それは顔がくっつくほど至近距離にいるからなのか、不安と興奮から彼女に集中しているからなのかは定かではありません。

 それでもエスミが口にした『昔の記憶』という言葉にナギサは眉をひそめるのでした。

 

「どういう事ですか……エスミさんの過去に一体何があったんですか?」

「…………気にしないで。ただ、こんな大雨に良い思い出が無いだけだから……」

 

 トラウマでも抱えているのでしょうか。

 心配する必要はないと笑みを浮かべるエスミでしたが、それは普段のような人を惹き付ける魅力的なものではなく、無理に作ったような不安を感じさせる笑みでした。

 

 正直、意外です。エスミがこうも分かりやすい弱さを見せるのはナギサが知る限り一度もありませんでした。

 

「……この雨が?」

 

 視線を彼女からずらして空を見上げると、依然としてその先には黒く大きな雨雲が広がっており、不快とも言える酷い雨音を立てる雨水を今もなお容赦なく降らしています。

 この雨が、エスミの心に少なからず傷跡を付けたのでしょうか?

 

 しかしこの雨に対して深く考えを巡らせていると、エスミは自身の頭上にナギサの傘が差されているのを見て、ようやくこの状況を理解することが出来たようです。申し訳なさそうに口を開きました。

 

「桐藤…………もしかして、私を心配して来てくれたの?」

「え、ええ……車で帰宅している途中でしたが、このような場所で立ち尽くされているエスミさんを偶然にも見かけたので、思わず降りて来ました」

「そう…………ごめん、迷惑を掛けたね……あー、その…………じゃあ、私はここで――」

「なっ!? お、お待ちくださいエスミさん!! これから歩いて帰るおつもりですか!?」

 

 この大バカ者。何しれっと1人で帰ろうとしているのか。

 どれほどの時間この大雨に打たれていたのかは知りませんが、既に身体全体がずぶ濡れのエスミを今更ノコノコと歩いて帰らせる訳がありません。今すぐにでも身体を拭いて乾かさないと間違いなく彼女は体調を崩すことでしょう。

 故にナギサは彼女の右手をほんの少し強く握りながら自身の車へと引っ張りますが、エスミは非常に困った様子で『座席を濡らすと悪いから……』と何とも往生際悪く抵抗するのでした。

 

「車の事は気になさらないでください‼ エスミさんをこのまま帰らせてしまう事の方が却って私の心が痛みます!! もし抵抗されるようでしたら、今ここで気絶させて運びますよ!?」

「……それはもう拉致では?」

 

 とはいえ流石に気絶させられるのはごめんだ、と渋々ながらエスミは彼女に従うことになりました。というより、長いこと雨に打たれ過ぎたせいで疲労から抵抗する気力も無いのでしょう。

 若干、今にも倒れてしまいそうな気配を見せるエスミですが、座席に水防止のシートを敷いてタオルを用意させている車まで大して距離もありません。なるべく彼女の様子に細心の注意を払いながらナギサはこんな悪天候に負けるものかとエスミの右手を握る手にカを込め、雨水が溜まっている地面を力強く踏みながら移動を開始するのでした。

 

 

 

《1―3》

 

 

 

 桐藤家の家はこの富裕層が多く集まるトリニティ自治区の中で、かなり上位に位置するほど壮大でかつ豪華な造りとなっています。

 

 遡ることおよそ数十年前。ワイルドハント芸術学院を首席で卒業し、このトリニティ自治区に腰を据えた芸術家が家の設計と外観デザインを担当したと言われています。そのおかげか住居としての機能は十分申し分ないものの、桐藤家主催のパーティーやかき集めた美術の展示すら難なく行えるほどこの建物は広く豪華な造りとなっていました。

 ある意味で桐藤家の権力と力の強大さを表す象徴の1つでもあります。

 

 さてそんな同じ富裕層であるはずの近隣住民ですら畏怖の念を抱くこの建物に、今もなお酷い悪天候から奇跡的に救出したエスミを連れて家の主ことナギサを乗せた車が到着するのでした。

 

「着きました。こちらが私の実家になります。さあ、足元に注意して私に着いて来てくださいエスミさん」

「これは……中々に凄いね」

「来訪される客人の方々は皆さん揃ってそう口にされますが、エスミさんが口にされるととても嬉しいです」

「……?」

 

 この家で生まれ育ったナギサとしては既に見慣れた我が家ではありますが、本日ここに招かれた客人のエスミは違います。先人の芸術家が仕上げた建築物という事もあり、感嘆の声が自然と漏れるのはいわば当然でした。

 しかし家の主であるナギサからすれば、来訪する人々の社交辞令とも言える言葉に正直飽き飽きしていたため、エスミのような下心が全くない言葉は深く心に沁みるのです。

 

「エスミさん、まずはシャワーを浴びましょう。エスミさんの身体は雨に打たれた事で冷たくなっている事ですし、暖房を付けているとはいえ体調を崩す訳にはいきません。それと濡れてしまっている衣服に関しては家の者にお渡しください。早急に汚れを落として、明日の昼までには完璧な状態でお返しします」

「何から何まで……ありがとう。いずれ君にはお礼をしないとだね」

「フフッ、では今この場でパトロン契約を結んでも宜しいですか?」

「残念だけどそれは却下」

 

 どさくさに紛れてパトロンの話を持ち出した訳ですが、半分ほど冗談だったのかナギサは笑みを浮かべています。エスミも多少は調子が戻っている様で冷たく用件を突き放しながらもその顔には微笑が浮かんでいました。

 どうやら冗談が通じるぐらいにはメンタルが回復しているようです。安心したナギサは彼女の手を握って家の中へ進みます。

 

「浴室にある物はご自由にお使いください。普段は私か、時々泊りに来るミカさんの2人だけで使用しているので置かれている洗剤のブランドに偏りはあるものの種類は豊富です。ただエスミさんのお好きなブランドがあると良いのですが…………」

「……私はあまり化粧道具やシャンプー関係の知識が疎いからね。この際だし、桐藤のお勧めのブランドを使用させてもらうよ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 それはつまり、あれでしょうか?

 普段からナギサが愛用しているブランドを勧めれば今日一日エスミはその匂いを付けてくれるという事なのでは? 最高過ぎます。

 

「……あっ、す、すみません」

 

 まあ随分と予想外の状況となりましたが、ひとまずナギサは落ち着くことにします。

 そして訝しげな視線を寄越すエスミを軽く無視して、彼女は自身が愛用しているブランドの名とその置かれている場所をしっかりと彼女に伝え、内心ウキウキの状態で無事に浴室へと送り届けるのでした。

 

「私はこれから寝室のご用意をしてきますが、エスミさんは本日の夕食は召し上がりになりますか? もし食欲が無いようであれば下げるようお伝えしておきますが……」

「食欲は……一応あるから頂いても大丈夫?」

「ええ、勿論です!! ではシャワーを浴び終えたら食卓にご案内致します。あっ、衣服はそちらの方にお預けください。それと替えの衣服は別の方に届けて頂くので、エスミさんはごゆっくりとシャワーを浴びてください。ひとまず私は一旦ここで失礼します」

「……本当、色々とありがとう」

「お礼は結構です。ではエスミさん、後ほどまた」

 

 ちなみに微かな下心として彼女と一緒に浴びたいと実は思っていたナギサでしたが、そもそも前回彼女の自宅で泊まる事となった際、一緒にシャワーを浴びていますし彼女のスタイルの良い裸体をナギサはちゃっかり直視しています…………おかげで浴室にてうっかり鼻血を出しかけたのはここだけの秘密です。

 

(今のうちに寝室を綺麗にしておかないと‼ エスミさんが私と同じベッドに‼)

 

 ちなみにナギサは控えの寝室を用意するのではなく、どういう訳か自身の寝室にエスミを寝かせる気でいるようでした。

 

 

 

《1―4》

 

 

 

「……最悪だね……」

 

 この家の主がウキウキで寝室へと向かっている最中、文字どおり素っ裸の状態で熱いシャワーを頭から浴びているエスミは、誰にも聞かせるつもりのない悪態を付いていました。

 

(よりにもよって………前世の死因を思い出すなんて……)

 

 ええ、そうです。

 今日のような大雨の酷い悪天候の中、雨水に打たれている状態で茫然とエスミが道端で立ち尽くしていたのにはちゃんと理由がありました。

 

 それは彼女の前世が原因だったのです。

 

 というのも栢間エスミの前世における死因は『溺死』。いわば水害による被害で彼女もとい彼は命を落としました。

 

 正直、当時の死ぬ間際の詳細はあまり覚えていないため何が原因で前世のエスミが溺死する事になったのかは定かではありません。ただしその日は今日のように大雨が酷い悪天候だったこと、近くに川か海らしきものがあったことだけが唯一エスミが覚えている情報であり、同時に消える事のない身近な〝死の恐怖〟となります。

 

 しかしこのトリニティ自治区ではそう滅多に悪天候になることは無く、加えて水害による被害を心配する必要がない場所です。それが理由の1つなのか、この地区で長く過ごしていく内にエスミはトラウマの事を知らぬ間に忘れてしまったのでしょう。

 故に今日のような悪天候になる可能性を考慮しつつも作品制作を優先し、雨ぐらい平気だと徒歩で帰宅するという愚行に走ってしまったのです。

 

 結果はご覧の通り…………帰宅途中で次第に激しくなる大雨を間近で体験した事で、不意に前世の死のトラウマが忽然と蘇り、彼女の身体を死の恐怖で縛り付け同時に思考をも停止させてしまったのでした。

 

(……水は大丈夫……シャワーも大丈夫……だけど雨……今日みたいな大雨になると、途端に身体が麻痺していく感じがする……)

 

 一度蘇った死の恐怖を再度棺に戻すことはまず不可能です。

 

 今はなんとか屋内に逃げ込んでいるので多少は平気ですが、車に乗っている間もあの激しい雨音が脳に響いて気分は全く良くありませんでした。傍でナギサが懸命にフォローをしてくれたので状態が悪化する事はありませんでしたが、今後は悪天候の中1人で外を出歩くことはもう2度と無理でしょう。

 

「もし……ナギサが来てくれなかったら……私は……どうなっていたんだろう?」

 

 水の勢いを中程度に設定しているシャワーから出ているお湯が依然としてエスミの頭上を濡らし続けます。まるで滝修行のような気分です。

 入学当初はショートヘアだった髪も気付けば肩まで伸びてしまい、水分をたっぷりと含んだまま毛先からぼたぼたと水滴を垂らしている光景をただ眺めながら、エスミは深いため息を吐いて壁にもたれかかるのでした。

 

「……また、ナギサに救われた」

 

 栢間エスミに芸術家としての才能を見出し、画家として成功するその日を迎えるまで常に力を貸してくれたナギサ。彼女がいなければ栢間エスミという画家が誕生することは恐らく無かったかもしれません。

 

 そして今回、ナギサは物理的な意味でも精神的な意味でもエスミの命を救ってくれました。

 ハッキリ言って……ナギサは命の恩人です。本当は認めたくはありませんが、次第にエスミの中で『桐藤ナギサ』という少女が特別な存在になりつつあるのを感じていました。

 

「でも愡れちゃ駄目だ…………絶対」

 

 しかしエスミはそう顔を真っ赤にしてぼそりと呟きます。

 

 その赤く火照った顔はきっとシャワーでのぼせた訳では無いのでしょうが、それを指摘するような人はこの浴室にはいませんでした。

 

 

 

《1―5》

 

 

 

「エスミさんはこちらの枕とベッドのスペースの半分をご利用ください。私は残りのスペースを利用しますので」

「……分かった」

「毛布は見ての通り2枚重ねとなりますが、暑苦しさを感じた場合は外して頂いても構いません。水分補給用に水のペットボトルを何個かベッド脇の引き出しにしまってあります。喉が渇いた時は遠慮なくお飲みになってください」

「ありがとう……でも、その……桐藤?」

「はい。何かご質問ですか?」

「その通りだけど…………私達、もしかして一緒に寝るの?」

「以前、エスミさんのご自宅に泊まらせて頂いた時はご一緒に寝たはずですが?」

「そう…………だったね」

 

 エスミが唖然としてしまうも無理もありません。

 

 シャワーを浴び終え、ナギサが用意してくれたタ食も有難くご馳走となって既に1時間が経過した現在、悪天候に晒された身体を休めるためナギサの提案により早めに寝る事となったエスミでしたが……どういう訳か、ナギサが使用しているベッドを共に使う事になっていました。

 

 失礼を承知で言わせてもらえれば、ナギサのこの家は使ってもいない空室が沢山あるはずです。それこそ客人をもてなすための居間はもちろん、寝泊りの為に使用する部屋の1つや2つ用意していないはずが無いのです。

 それがどうでしょうか?

 ご丁寧にもナギサと同じ寝間着を渡され、彼女だけのプライベート空間である寝室にお邪魔しているどころか、その彼女のべッドに今エスミは腰掛けているのです。知らない間にナギサもシャワーを浴び終え、エスミと同じ寝間着姿でいる事から十中八九一緒に寝るつもりなのでしょう。

 

 未だに外の天候は荒れているものの、別に幼い子供では無いのですからエスミは一人で寝ることぐらい普通に出来ます。果たしてこれがナギサによる善意なのか、もしくは彼女の欲望による行動なのか、エスミは全く理解できませんでした。

 

(……まあ、今回ばかりは彼女の誘いに乗ろうかな)

 

 とはいえ……こうして彼女の家に招かれ、シャワーや夕食まで頂いた身です。だいぶ心配をかけてしまった事は自覚していますので、その罪滅ぼしも兼ねて今回ばかりはナギサの誘いは全て受けることにしましょう。

 

「…………変なことはしないでね?」

「いえ、しませんから!!」

「フフッ、冗談だよ……それじゃあ、寝ようか」

 

 彼女のベッドであるのは重々承知していますが、我先にとベッドに横になったエスミは空いているスペースを手で小さく叩きながら『おいで?』と優しくナギサに声を掛けます。

 

「君と一緒に寝るのはこれで2回目だね。まさか同じ人とまた一緒に寝る事になるなんて、正直思わなかったよ」

「私としては今回に限らず、今後もご一緒に寝たいと思っているのですが?」

「それ、もはや同棲しているよね」

 

 そう軽い会話を交わしながらナギサが静かにベッドの方に潜り込むと、エスミは部屋の電気を暗くして彼女と向き合うように姿勢を変えます。同じようにナギサも姿勢を変えてエスミと見つめ合います。お互い、少しでも前に動けば額がぶつかりそうな程距離が近いです。

 

「……近すぎて迷惑じゃない?」

「まさか……エスミさんの素敵な顔を間近で見ることが出来てとても幸せです」

「なるほど、良い口説き文句だね……私には通用しないけど」

「では、通用するその日まで口説き続けましょうか?」

「果たしてどっちが飽きるのか見ものだね」

 

 2人はそこでクスクスと笑うと、エスミはゆっくりと右手を彼女の方に差し出します。

 

「私の手……握ってくれる?」

「よ、よろしいのですか? エスミさんの右手は……」

「もちろん。君なら私の手を握り潰したりはしないし、今日だけは誰かに握っていて欲しい気分だからね。それに今のところ痛みは全く無いから」

「……失礼します」

 

 ナギサは両手でしっかりと彼女の右手を包み込むように握ると、湯上りだからなのか、それとも緊張からなのか、ナギサの手はとても熱を帯びていました。しかしその熱がじんわりと右手全体を包み込むようにして暖めていくので自然とエスミは瞳を閉じます。

 

「君の手はまるで癒しだね……何だか、私の手が自然と治りそうな気がするよ」

「…………残念ですが、私は別に回復の力を持っている訳ではないので……多少の気休めにしかならないと思います」

「そんな事は無いよ。こうして大事に触れてくれるだけでも私としては嬉しいし……ああ、そうだ」

 

 エスミはそこで何かを思い出したかのように少しだけ彼女との距離を詰めると、握り合った2人の手が互いの胸に挟まれるようにしてムニュッと埋もれてしまいました。その瞬間、ナギサは驚きのあまり顔を真っ赤にさせるのですが、エスミは至って冷静のまま口を開きます。

 

「こんな事を言うと誤解を招くだろうけど…………少しだけ、君の心臓の鼓動を聞かせて」

「そ、それぐらい全然構いませんが……し、しかしこの状態は流石に……‼」

「…………桐藤……君、鼓動が随分と早いね……?」

「と、当然です!! むしろ何故エスミさんはそんなに安定した鼓動なのですか!?」

 

 確かにナギサよりも1周り以上は大きいエスミの胸に埋もれている手から伝わってくる心臓の鼓動はやけに落ち着いており、その安定さが乱れる事が一切ありません。対してナギサの心臓は脈打つように素早く鼓動が鳴り響いているのですが、それはもはや仕方ありません。

 

 なにせエスミが距離を詰めてきた分、彼女との顔の距離は僅か数十センチ足らず。少しでも前に大きく動かせば肌はおろか唇さえ触れそうになるほどの至近距離です。

 先ほどは素敵な顔だの何だのと言いましたが、事実としてエスミの綺麗で美しい顔を間近で見るというのは中々に緊張してしまいます。1年少しの付き合いでもう彼女の顔は見慣れていると思い込んでいたナギサでしたが、やはり距離が近づく分その魅力は増々強くなる訳であり、思いもよらない形で彼女の胸の感触を味わっているのも合わさり気持ちが高鳴っていました。

 

(どうしてこのような行動をエスミさんは取れるのでしょうか!? 恥ずかしくはないのですか!?)

 

 普通であればこのような状況に出くわした場合、まず平常ではいられない事でしょう。当然、ナギサのこの反応は極めて当たり前のことであって何もおかしくはありません。変なのはむしろエスミの方でしょう。

 しかし相手は依然として冷静のまま『ベッドや枕、それに寝間着……全部ナギサの匂いに包まれているし凄く落ち着くね』と、これまた人の興奮を誘うような発言をぶちかましている状態でした。

 

(…………はっ!! もしや、ミカさんが以前仰っていた〝エッチモード〟とはこれの事ですか!?)

 

 〝エッチモード〟。

 あのナギサの幼馴染である聖園ミカが本人に無断で勝手に命名した、栢間エスミの特殊な【暴走状態】の事を指す言葉です。いわゆる『人をその気にさせるような危険な振る舞い』を意味しているらしいのですが、何であれ命名が酷いという一言に尽きます。

 

 まあこのエッチモードという命名が誕生したきっかけとしては、だいぶ前に彼女と一緒に抱き合って寝たというミカが、いつもとは様子の違うエスミの言動や振る舞いにだいぶ心をかき乱されたから、というものでした。

 何しろあの無邪気で元気が取り柄な幼馴染が終始顔を真っ赤にしながらナギサに説明していた程です。生憎とその当時のナギサはミカに対し心底羨ましいと嫉妬していたので気にもしていませんでしたが、今なら彼女の気持ちが大変よく分かります。

 

(確かに私の理性を試すような言動や行動ばかりされていますが……ですが、私はこんな事でエスミさんとの仲を深める訳にはいきません!!)

 

 自身の邪な気持ちに従うのであれば、ぶっちゃけ彼女を今すぐにも押し倒してやりたい気分なのは事実です。

 しかし、それは駄目です。彼女とは恋人関係でもなく友人関係ですら無い自分が取っていい行動ではありません。

 

 故に、ナギサは自身の奥底に眠っているのであろう欲望をぐっと抑えたまま、唯一の最善策として瞳を閉じて眠りに付くことを選ぶのでした……ようは現実逃避です。

 

「…………おやすみ。桐藤」

 

 すると目を閉じて動かなくなったナギサを見て眠りについたと勝手に判断したエスミは、また小さくもぞもぞと動くと……なんと彼女の額に優しくキスをするのでした。

 

(ななななななななっ!?)

 

「……ありがとう。本当に……」

 

 何に対する感謝なのか。それを問わなくてもナギサは十分理解していますが、今はそれよりも遥かに大きい衝撃に心臓が爆発しそうです。

 幸運にも彼女のそこそこ固い心臓は派手に破裂することは無く、身体中を駆け巡る興奮によって寝たふりが維持できなくなった頃にはもうエスミは小さく寝息を立てながら熟睡していました。

 

「…………ズルいです……貴女は」

 

 ちょっとだけ呼吸を乱しながら、ナギサはじっと相手の顔を見つめます。

 

(こんなの……ただのビジネスパートナーがする事じゃありません……)

 

 彼女に対するこの想いは何なのか。それを口にするのはまだ早いでしょう。

 まずは、彼女に頼られる存在になってからです。

 今回のように偶然な形で彼女を助けるのではなく、彼女が『助けて欲しい』と自ら頼ってくれるような強くて信頼の置ける人物にならないと、ナギサは自身の想いに応えることが出来ません。今はまだ彼女に必要とされるような力は何も持っていないのですから。

 

「……………おやすみなさい。エスミさん」

 

 だからこそ、これは予行演習です。

 いつかこの行為が当たり前の光景になる事を願いながら、ナギサは彼女の首にやや強めのキスをします。痕が残らないよう加減したキスでしたが、不思議と自身の証を残しているような気分になり、もっと強く強くと心が騒ぎ出します。しかしそれを懸命に抑え1回でナギサは済ませました。

 

「……良い夢を見てください……その間、私がずっと傍に付いています」

 

 そう口にした彼女も今日1日の疲れがぶり返したのか、その後すぐに瞳を閉じるとあっという間に寝息を立てるのでした。

 

 気付けば、ナギサの心臓の鼓動は落ち着きを取り戻していました。

 

 






栢間エスミはこれでも割と普通にゲームキャラに対する愛が強い人物なので、過度なストレスと疲労が溜まると『キャラに関わらない』という自制が次第に働かなくなり、『キャラを愛したい』に移行して癒しを得ようとする極めてヤバい奴です。

今回はとうとう前世の死のトラウマを思い出してしまい、割と余裕のあったメンタルがごっそりと削られてしまったので、半ば無自覚な状態ですがこの日だけはナギサに完全に依存しちゃってます。

まあ翌日にはケロッと復活する訳ですが……。

(あと丸一日美術漬けにしてやればエッチモード発動することなく完全回復します)

もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)

  • 拳銃(M1911,グロック等)
  • リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
  • 自動小銃(HK416、AK-47等)
  • 短機関銃(M1921、MP5等)
  • 小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
  • 散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
  • 機関銃(MG42、M249等)
  • 対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
  • 擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
  • 素手
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