夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない 作:木暮鬼一
トリニティ自治区では決して珍しくはない富裕層の出身である小樽チェリは、幼少期の頃から教養の一環として【美術】を長いこと学んできました。
とはいえ当時の彼女が熱心にそれを学んでいたのかと問われれば、否と応えましょう。
何故なら富裕層に属していると聞こえは良いものの実際は立場も発言も無いに等しい下級の家柄(いわば準富裕層に近い)でしかなく、少しでも立ち回りを誤ればあっという間に潰されかねない程、小樽チェリの暮らしは安泰とは決して言えませんでした。
故に教養として学んでいた美術に関しては彼女曰く『ただの経験値稼ぎ』でしかなく、上級の家柄に気に入られるために無心で磨いてきたに過ぎません。芸術を強く奨励し政治や派閥争いの一部として組み込まれているトリニティ自治区において、美術を嗜みかつ目を肥やすのはこの自治区で出世するのに欠かせない処世術の1つだったのです。
またトリニティ総合学園に進学することを目標とし、中でもティーパーティーを形成している三大派閥のいずれかに所属することで、実家や自身の立ち位置を盤石とすることに熱意を捧げていた彼女は付き人または使用人としてのスキルも同時に磨いていました。
まさに自由など元から存在せず、時間の1秒1秒すら無駄には出来ない日々。全ては両親と自身のためにと、幼い頃からチェリは必死に生きてきたのです。
そんな彼女にある転機が訪れたのは、中等部に進級してしばらく経った頃になります。
ある日、懇意している取引先からとある芸術コンクールの作品展に招待されたチェリの両親は、これ幸いと彼女を連れてその会場を訪れていました。家のためにと日々奔走しているチェリを労うため、また彼女の気晴らしになってくれれば…………と言う両親なりの暖かい親心からでした。
もちろん招待を受け取った手前、体裁を保つため会場に行かざるを得ないという複雑な事情も関係していた事でしょう。ですが両親としてはチェリにとって新たな経験を得られる絶好の機会として、また何より美術作品に触れることで少しでも疲れた心を癒されて欲しいと願っての行動でもありました。
そしてチェリは出会ったのです。とある、1つの絵画に。
「…………これは…………何なの?」
それは小さなF20号キャンバスに描かれた〝天使〟を題材とした油彩画でした。
自分と大して変わらない外見でありながら頭上に光輪は存在せず、羽だけが生えた少女がポツンと画面中央に居座っている不思議な絵。
なんて事はありません。聖書等に描写されている天使をそのまま具現化し描いただけのシンプルな作品です。
しかしこの天使は生きています。いえ……生きているとしか思えないほど、この絵の中にいる天使は生物としての存在感が確かにありました。
「……こんなの、見たことがない……」
チェリは瞠目します。
これは絵です。一本の筆を駆使し、布に何十もの色を付けただけの単なる油絵に過ぎません。しかし何故でしょう……このまま絵を見つめてしまえば、知らない間に向こうの世界へと取り込まれ、この天使と言葉を交わしてしまいそうな感覚に陥ります。
(……こんな絵を描ける人がいるなんて、美術の世界ってそんなに奥深いんだ……)
少女は感動しました。
教養として、数多の美術書を読み漁り知識を得ているチェリだからこそ断言できます。このような絵を生み出すことが出来るのはハッキリ言って異常です。神の業とでも言いましょう。
本来、観ている内に引き込まれてしまうような絵を生み出す画家は数多くいれど、身の危険を感じさせるような危険性のある絵を生む画家はそう滅多にいません。
まるでこの作者の胸の内に秘めている〝孤独〟や〝闇〟をこの絵を通すことで伝えているような。美術とはこれほどまでに奥が深く、かつ世界観の表現が可能なのかとチェリは自身の芸術に対する価値観が大きく間違っていた事に気づかされました。
「そうだ、名前……この画家の名前は?……エスミ……栢間、エスミ?…………そっか。エスミさんって言うんだ……」
ふと作品隣のプレートに目を向けてみると、この絵を描いたのは栢間エスミという人物のようです。
素敵な名前だ、とチェリは率直に感じました。
しかし作品名と作者名の隣にある2文字を見て、次の瞬間チェリの顔は大きく歪むのでした。
「なっ、ちょっ……はあ!? 入選!? この作品に対する評価が入選なの!? 嘘でしょ低すぎない!?」
目に入ったのは入選という文字。
つまり賞と名の付くタイトルには到底及ばないものの、応募された作品の中では一定の評価をするに値すると言っているようなものであり、チェリとしては心底納得がいきませんでした。彼女からすればこの絵の価値は疑う事なく最優秀賞ものです。
「意味が分からない……!!」
この絵を描いた本人でも無いのに、歯を食いしばり悔しがるチェリ。
ですが彼女にはどうすることも出来ません。今の彼女は展示会にやってきた只の来賓であり、また数多いる観者の1人に過ぎず、善し悪しで作品に評価を下せるような立場ではありません。
故に彼女はこのような素晴らしい作品を生み出した人物を高く評価出来る者が審査員の中にはいないという事実だけに限らず、この優れた才能を持つ作者のパトロンになれる程の財力や力すら持たない自分自身をも恨みました。
(……いつか……この人の才能を高く評価して、傍で支えてくれる人が出てきて欲しい……!!)
心を魅了され、その活動を応援し、そして成功と幸せを願う。
今まで家のため、両親のため、自分のために生きていたチェリにとってこれは非常に大きな変化でした。何しろ他者に気に入られる術を必死に学んできた少女が、顔すら見た事のない『栢間エスミ』という謎の人物に対し心の底から幸福と成功を願っているのです。
正にこの時、小樽チェリは人生で初めて〝推し〟という存在に出会ったのでした。
《1-2》
例の絵画を鑑賞してからと言うものの、小樽チェリは以前に比べて大体90度ほど人が変わりました。
具体的には以前まで単なる経験値稼ぎとしか見ていなかった美術に熱心……というより、自ら筆を取って絵を描き始めるようになったのです。
彼女曰く『あの人が生み出す境地には至れないだろうけど、せめて同じ土俵に立ちたい』とのこと。
正直なところ絵をただ茫然と眺め、それらしい感想を言うだけなら誰にでも出来ます。
美術に関する知識をひけらかし、他人に説明するなら書物やネットを調べるだけで割と簡単です。
ですが絵に対する想いや技量、感覚、題材の捉え方に関しては自ら経験しない限り言葉に表すことは絶対に出来ません。
それこそ車を運転したことも乗ったこともない者がネット上でかき集めた知識だけで語る車の評価と、 車を運転するだけでは無く自ら生み出し隅々まで把握している者が語る車の評価を比べた場合、どちらが説得力に長け自信に満ちているのかは明白でしょう。
故にチェリはその身で学びました。全ては栢間エスミに近付きその核心を深く知るために。
特に彼女の場合、画材や参考資料等は将来に向けて貯めていた貯金を切り崩して手に入れ、実技に関しては両親の伝手により美術に精通した中学の生徒から直接教わると言う本気度を見せており、もはやチェリにとって美術とは『他人に気に入られるための分野』ではなく『栢間エスミが眺める景色を共に見るための分野』へと大きく生まれ変わっていました。
さて、では憧れの推しの背中に辿り着くため美術の世界へと足を踏み込んだ彼女でしたが、自身の夢を手にした事による神からの贈り物とでも言うべきか、もしくはそうなる定めだったのか。今まで培ってきた知識と生まれ持っていた美術の才能も合わさり、ほんの短期間でみるみると成長していきました。
それこそ以前までは鑑賞する程度でしか美術に触れてこなかった中等部の少女が、気付けば芸術コンクールの審査員たちを唸らせるほどの作品をほんの1年間の修行で描くようになったのです。
そして彼女にとって最も幸運だったのは、作品を応募したコンクール全てにあの栢間エスミの作品が飾られていた事でした。
ちなみに既にこの時点でエスミは独自の美術技法と表現方法を確立させて数々のコンクールで優秀な成績を収めており、その作品の完成度はあの『天使』の作品を大幅に上回っていました。
仮に例のF20号油彩画が人々に不安と身の危険を感じさせる一種の〝陰〟を強調し表現した作品と評するならば、我流を極めた現在のエスミが生み出す作品は全てにおいて希望と幸福を感じさせる〝陽〟を強調しています。
いわばその場で立ち止まってしまえば絵に〝引き込まれてしまう〟のではなく、むしろ絵に〝引き込まれたい〟と感じる作品をエスミは見事生み出して見せたのです。
チェリからすれば、それは到底辿り着く事のできない神の偉業を見せられたようなものでした。しかし同時にそれはエスミに憧れを抱く彼女の闘志を強く燃やす燃料となり、生まれ持った才能を極限まで引き上げる要因ともなったのです。
しかし、何事も上手くいかないのが人生です。
時として人というのは、心を燃やす最高の燃料を手に入れたとして肝心のエンジンが動かなければ歩みを止めざるを得ません。
チェリにとってエンジンとはすなわち、家族であり家でした。
それは彼女が中等部3年となってしばらく月日が経った頃、彼女の実家が携わっていたある事業が大失敗に終わってしまい大きな負債を抱えてしまったのが事の始まりでした。
一応チェリを含め家族全員が路頭に迷うような痛手にこそならなかったものの、事業の失敗によって権力争いの激しいトリニティ自治区内で小樽家が完全に孤立してしまったのは事実。
すなわち、何処か有力な家柄に帰属しない限りチェリの家はいずれ淘汰される立場へと追い込まれてしまったのです。
政治争いが活発なトリニティ自治区ではたった1つの失敗でも命取りとなるため、これは少女が持つ『夢』を諦めさせる理由としては十分過ぎました。
実のところ、事の真相を明かすと元は家のためにと身を削る日々を送っていたチェリが遂に自分の夢を抱いたことに大層喜んだ家族が、彼女に家の心配をさせまいと背中を後押しする形で無理して事業を広めたのが事の原因となります。
しかしそれが却って彼女の夢を閉ざす事になるとは皮肉としか言いようがありません。
さて話を戻しましょう。
家の存亡が掛かっているのに呑気に美術に専念している場合ではない。幼少期から家のために人生を捧げていたチェリは当然そう考えました。それが家族の犯した愚策であったとしても、チェリは夢を優先し家族を見捨てるという選択肢は取ろうとしませんでした。
こうしてチェリは家の危機を救うために自分の夢だったエスミの背中を追うことを諦め、筆を折る覚悟を決めたのですが…………そこにとある人物から突如として茶会のお誘いが来るのでした。
「……うそ?」
チェリは絶句します。
何故ならば彼女を茶会に誘った相手は、トリニティ自治区に住む富裕層の間では知らぬ者がいない名家、桐藤ナギサだったのです。
今まで一度として会ったこともなく、交流があった訳でもない。チェリの立場からすれば雲の上の存在とでも言うべき相手。
そんな人物から突如として茶会のため家にお呼ばれしたのです。胸がざわつかないはずがありません。一瞬、彼女の家に迷惑をかけるような立ち回りでもしたのかと不安になったチェリでしたが、そうであれば家に招くはずが無いと早々にその考えを捨て去りました。
「これ……ひとまず行ってみないと真相は分からないよね……」
適当な理由をつけて断り、一度向こうの出方を窺ってナギサの真意を測るという考えもあるにはあります。とはいえ今は家の存亡が掛かっている重大な時期。名家を相手に迂闊な行動は避けるべきと判断し、チェリは自身と家のためナギサの招待に応じる事にしました。
「桐藤ナギサ様、か……どんなお人なんだろう……」
自身と同い年の中学3年生であり、数か月後にはトリニティ総合学園への進学も決まっている優れた素質を持つお嬢様。世間で噂されている人物評はそんなものですが、それを鵜呑みにするのは得策とは言えません。彼女ほどの名家なら印象操作ぐらい容易い事でしょうし、実際は相手を罠に嵌めるのも辞さない冷徹な人物である可能性もあります。
「はぁ……心配だな……取って食われたりしないかな?」
不安を胸にチェリは独り言を零しますが、後にこれが彼女の運命を大きく変える出来事となるのでした……。
・コメントで栢間エスミの性自認についてご質問があったのでお答えします。
エスミは当初こそ前世における男としての性自認を僅かに持っていましたが、ブルアカ世界で女子として長く過ごしたことでトリニティ学園に在籍している現在は完全に身も心も〝女〟になっています。
なのでブルアカキャラに対しては誰一人異性としてでは無く、同姓として意識しているため、彼女自身同性愛を抱くことに少し抵抗感を感じている状態です。
(そもそもキャラ愛はあれど自分が介入するのは解釈違いと感じてるオタクなので恋を抱いたとしても自覚を持とうとしない)
ちなみにエスミの前世は美術が恋人であり、人間の恋愛は興味がなくむしろ無関心でした。
ですので転生した今でもエスミは恋愛初心者です。
・余談ですが15~16世紀頃のルネサンス時代、芸術が盛んだったフィレンツェでは同性愛に対して比較的寛容であり、そのため人々の間で同性愛がかなり流行っていました。
その代わり公的では刑罰として同性愛を禁じていたりと矛盾しており、ルネサンス盛期の巨匠である【レオナルド・ダ・ヴィンチ】はその罪で捕まり、【サンドロ・ボッティチェリ】に至っては2度に渡って起訴されています。
他にも時のローマ法王の庇護下にあった彫刻家【ミケランジェロ・ブオナローティ】も同性愛者であった説が濃厚ですが、こちらは明確な証拠がないため推測に留まっています。
世間の目と流行りに翻弄されて、芸術家は大変ですね……。
もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)
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拳銃(M1911,グロック等)
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リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
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自動小銃(HK416、AK-47等)
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短機関銃(M1921、MP5等)
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小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
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散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
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機関銃(MG42、M249等)
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対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
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擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
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素手