夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない   作:木暮鬼一

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これにてひとまず連日投稿は終了となります。

次回の第20話の更新については、いずれ活動報告にてお知らせいたします。
可能なら今月中。無理なら来月中と調整中ですが、仕事に追われているのは相も変わらずなので頑張ります。

では3日間ありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




栢間エスミ 『まだ幼い後の分派代表の3人』

 

 

「エスミちゃんは、もっと私達と遊ぶべきだと思うの!!」

 

 プンップンッと頬を膨らませて怒りを表現する少女、もとい聖園ミカ。

 身長150に未だ到達していないその小柄な姿で怒るのは中々愛らしいものがあります。

 

「そう……で? 用件はそれだけなの?」

 

 対して、木枠に麻の布を張り付けている最中である栢間エスミは心底迷惑そうな顔をしていました。

 彼女は今、絵を描くのに欠かせないキャンバスを自作で制作しています。絵を描く画家にとっては必須ともいえる画材の1つ、キャンバス。その作業中に突如として顔なじみの乱入者が登場したとなれば、少なからず不機嫌になるのも当然でしょう。

 とはいえ相手はミカです。エスミの気持ちなどお構いなしに彼女は声を荒げました。

 

「それだけなのって、私達トリニティに入学してもうだいぶ経つんだよ!? なのにエスミちゃん全然私達と遊んでくれないじゃん!! 去年は一緒にお茶会したり買い物に行ったりして付き合ってくれてたのに!!」

「桐藤には君たちが高等部に進級したら極力私と会うのは控えるように、て話はしてあるからね。お互い、以前よりも政治的な立ち位置が不安定だから諦めるしかないよ」

 

 P10号(530mm×410mm)の木枠を覆う形で一辺を10センチから15センチほど増して切った布をキャンバスに被せ、丁寧に釘を刺していくエスミ。

 トンッ、トンッ、と断続的に音を奏でながら、次の釘を打つ前に布を強くひっぱりシワを徐々に無くしていきます。また換気のためか彼女たちがいる作業部屋の窓は全開にされており、時々入り込んでくる外の風がエスミとミカの両名の髪を小さく揺らしました。

 

 ちなみにキャンバス作りは簡単そうに思えて実は作業慣れしている者でも一苦労するほど強い力を必要とします。

 エスミが今作っているキャンバスのサイズは比較的小さいので他に比べてそう苦労はしませんが、これが更に大きいキャンバスとなると中々に苦行です。専用の道具を用いたとしても場合によっては2人がかりになる事もあります。

 加えて釘を打つにしても順番があり、シワを無くしながら丁寧に釘を打ち、かつ釘と釘の間隔は大体5センチを基準とするなど非常に神経を使うため、先ほどからエスミは一切ミカの方を見ていませんでした。

 

「…………」

 

 本来なら作業時間を省くためにも市販品の【貼りキャンバス】を買うのが一番手っ取り早いのでしょう。事前に布を張り付けている製品という関係上、自作の素材費に比べて多少は値が張りますがエスミのような売れっ子の画家にとっては必要経費でしかありません。

 しかし美術に愛と情熱を捧げている彼女がこうした作業でも手作りに拘るのはいわば当然。

 そんな姿を少なくとも中等部時代から知っているミカは、作業の邪魔になるような行動をこれでも十分控えていました。

 まあ生憎とそのお喋りな口を止めるつもりはないようですが……。

 

「じゃあ今週の休日一緒に遊ぼう!! ナギちゃんと私とエスミちゃんの3人で街に出かけて買い物をしようよ!!」

「…………」

「あ、そ、それならお茶会はどう!? ナギちゃんが新しいお茶を仕入れたって話してたし、エスミちゃんの好きな苦いケーキも買ってくるから!! ねっ、良いでしょ!?」

「…………」

「うぅ…………エスミちゃんの頑固者ぉ!!」

 

 エスミと遊びたい。もっと関わりたいと考えるミカはあれこれと誘いの言葉をかけますが、作業中という部分を除いても彼女たちと一切関わる気のないエスミの心は依然として動きません。

 

 ならば仕方ない、ミカはここで切り札を使う事にしました。

 

「…………そういえば、前にパテル派の子から美術館の招待券を貰ったんだけど」

 

 ピクッ、と微かにエスミの作業の手が止まります。しかし何も聞こえなかったと言った様子で再び作業を開始してしまいました。それを見てミカは密かに笑みを零しますが、あえて無視して言葉を続けます。

 

「でも私、ナギちゃんと違って美術に詳しくないから誰かにプレゼントしちゃおうかなぁ。招待された美術館のチラシ見てみたけど、なんかレッドウィンターと山海経の作品を飾ってるみたいなんだよね」

「…………」

「あとは~、ワイルドハントの生徒が講義に来るみたい!!」

「…………」

「そ、れ、に、今ならなんと美術館が保有している作品の倉庫を特別に見れちゃう抽選券もあったりして――」

 

 ガキンッ!!

 すると、突如として今までにない音を立ててエスミは最後の釘をキャンバスに打ち込みました。まるで物を壊すが如く、釘そのものを破裂させる勢いで振り下ろされたハンマーが見事一発で釘を奥深くに打ち込みます。

 とはいえその予測不能の行動にミカは『うわっ!?』と声を上げて驚きました。しかしすぐに姿勢を正した彼女は、これまでに無い空気を放つエスミに恐る恐る声を掛けます。

 

「……えっと……エ、エスミちゃん? ど、どうかしたの?」

 

 釘を打ち込む以上、力と制御を必要とするためエスミは利き腕を使用しています。当然、問題を抱えている右手での使用ですから先ほどのように力加減を誤ればそれなりに痛みを伴います。

 ですが今のエスミはそんな痛みなど気にする様子もなく、ようやく布を張り終えたキャンバス(一本だけ釘が異様にめり込んでいますが)を大事に胸に抱き、じっとミカを見つめていました。

 

「……その話、本当?」

「へ?」

「聖園が今喋った招待券の話……本当なの」

「……え、えっと……本当、だよ……?」

 

 嘘です。

 いえ比率で言えば間違いなく大部分は真実なのですが、唯一嘘を付いたとすれば『パテル派の子から貰った』という部分でしょうか。

 本当はミカが持っている美術館の招待券、これは幼馴染であるナギサが『いざと言う時はこれを餌にすればエスミさんは間違いなく食い付きます』と真顔で渡してきた対エスミ用の秘密兵器なのです。

 正直、この手が通用するとはミカ自身は全く信じていませんでしたが、食いついた以上は逃すつもりはありません。

 

「エスミちゃん。もしかして、招待券が欲しいの?」

 

 悪戯をする子供みたいに (事実子供ですが) ニヤニヤと笑みを浮かべてエスミをからかうミカ。すると相手は胸に抱くキャンバスを強く握りしめ、ぼそっとこう言いました。

 

「…………欲しい」

「……わーお」

 

 この際です、ハッキリと言いましょう。

 可愛いです。めちゃくちゃ可愛いです。誰もが見惚れてしまいそうな美貌を持ち、常に達観した姿勢を崩そうとしない人物がまるで玩具を欲しがる幼女みたいな反応を見せているのです。これを世間ではギャップ萌えと言うようですが、まさか栢間エスミで体験する事になるとは正直予想外でした。

 うん。危ない危ない……この姿を幼馴染のナギサが見たら間違いなく脳の処理が追い付かなくて卒倒する。

 傍から見てもエスミ愛に溢れているのが丸わかりの幼馴染を思い浮かべ、ミカは心の中でそう断言しました。

 

「よし……それじゃあエスミちゃん。招待券を譲る代わりに、今度の休みの日は私とナギちゃんと一緒に遊んでね!!」

「……それはつまり、取引って事?」

「もちろん!! 嫌なら招待券はあげないよ?」

「…………分かった……でも遊びって言うけど、具体的に私は何をすればいいのか分からないけどね」

 

 取り引き成立、いえ無事に餌に食い付いて彼女を引き上げることが出来ました。

 彼女の度を越えた美術愛に深く感謝すると共に、ミカは『ルンル~ン♪』と喜びの鼻歌を歌いながら彼女の下へ近づきます。

 そして未だキャンバスを手にしているエスミの背後に抱き着くと、グリグリと頭をその背中に押し付けるのでした。

 

「み、聖園……?」

「うーん。久々のエスミちゃんの身体やわらかーい…………エスミちゃんは私とナギちゃんと違って羽が生えてないから、こうして抱き着くのが簡単で嬉しいなぁ……」

「……褒めてるの……?」

 

 背丈で言えばかなりの差がある両名。

 片方は大きな羽を持つ幼女っぽい背丈の1年生。もう片方は羽が無くスラッとした細身の身体が目立つ2年生。随分と対比の激しい抱擁ですが当人たちは別段気にしていないようです。エスミは自身のお腹に手を回し、ギュウッと苦しまない程度に抱き着いてるミカに肩をすくめると、ひとまず完成したキャンバスを壊さないよう傍の机にそっと置きました。

 

「ふふんっ……隙あり☆」

 

 次の瞬間、キャンバスによって遮られていたエスミの正面が空いたことを見逃さず、ミカはお腹にあった手を素早く彼女の胸へと移動しました。何故、胸なのか。それは偶然にも手の届く位置にそれがあったからに他なりません。

 直後、掴んだミカの手に大きなエスミの胸の弾力が伝わり『おー……』と何とも言えない感想が漏れます。彼女が制服と上着を上手いこと着こなすせいで全然目立つことはありませんが、やはり手で触れてみるとその大きさに圧倒されました。

 

「……何してるの」

「エスミちゃんの胸を揉んでるんだよ?」

「……そう」

 

 別に確認を取るために質問をした訳では無いのですが、ミカは依然としてエスミの胸の弾力を味わい続けています。久しぶりに身体に触れる事が出来て気持ちが高ぶっているのでしょう。満足するまで放置するのが吉かもしれません。

 

 ちなみに胸を揉まれているというのにエスミが慌てる事無く至って冷静なのは、胸を揉むミカの手の動きが一切いやらしくないからです。これが仮に変態の手つきなら容赦なく拳を振り下ろしノックダウンする所ですが、彼女に限ってそのような変態思考は存在しないので安心できます。

 困る所があるとすれば、この光景は第三者から見れば非常に誤解を招くという事ぐらいでしょうか。一応部屋の鍵は閉めていますし、仮に入室しようとする者がいても事前にノックはしてくれるはずです。

 とはいえ、絶賛胸を揉んでいる最中のミカみたいに入室許可も得ずに無断で入ってくる生徒がいる可能性もあるにはありますが…………現時点では彼女くらいでしょう。

 

「ねえねえ、エスミちゃん。下着の買い替えはちゃんとしてるの? この揉んでる感じ、ブラの型崩れてる感じがするけど」

 

 さてエスミが意識を他に向けているところ、全然胸を揉む手を止めないミカがふと身に着けているブラに付いて言及してきました。実はエスミが身に着けているブラ、胸のサイズがほぼ同じのミカからの勧めで購入したメーカーになるため彼女は触れるだけでブラの型や耐久がそれなりに分かるのです(地味に凄い)。

 

「本当? そういえば高等部に進級してからは一度も下着を買い換えて無かったかな? 色々と忙しく動き回っていたからそのうち調達しておかないと……」

「そうなんだ。あっ、じゃあ今度私達と遊ぶときはエスミちゃんの下着と服を選ぶという事に決定だね!! 任せてねエスミちゃん、私が凄く似合う服を選んであげるから!!」

「まあ……程ほどにね」

 

 天真爛漫で無邪気な一面が目立つ彼女ですが、これでもナギサと同じく常識と慧眼を兼ね備えた立派なお嬢様です。人前で見せられないような際どい下着を選ぶことはまず無く、きっとエスミに似合う最適なものを選んでくれることでしょう。

 

「でも……頼むから桐藤には『私が試着したものを全部買おうとしないで』って、聖園から伝えて欲しい……流石にあの量の服を着こなすのは無理があるから……」

「あ、あははは……まあ、そうだよね。ナギちゃんってば、エスミちゃんに似合う服は全部買って貢ごうとしちゃう所結構あるもんね。まだエスミちゃんのパトロンじゃ無いのに必死だね」

「いやあれ、仮にパトロンだったとしても一種の恐怖を感じるから。そのうち私が持ってる服全てが桐藤からの贈り物で占領されそうな気がする…………それと聖園。いい加減胸を揉むのは止めなさい」

「てへっ、ごめんなさい☆」

 

 下心のない行為故に仕方なく放置していましたが、流石に胸を揉み過ぎです。

 私の胸はミカ専用のストレス発散アイテムじゃないんだぞと意味を込め、コツンッと優しく彼女の頭を叩き、ようやくエスミは年下の熱烈なハグもとい胸揉みの拘束から解放されたのでした。

 

「やっと解放された……はぁ」

「えへへっ、エスミちゃんの胸を揉むと不思議と落ち着くから今度ナギちゃんにも勧めて来るね!! 最近派閥の仕事で疲れてるみたいだし気分が良くなるかも!!」

「私の胸は君たちの癒しアイテムか何かなの?」

「でも枕代わりに使うとすぐ眠れるんだよ?」

「枕というか、聖園の場合は顔を埋めているだけだから…………でも、私の胸ってそんなに眠りやすい? 意外と活用するのに向いてる感じ?」

「もちろん、誰でも気持ちよく眠れるし安心するよ!!」

「…………そう。まあ……一応、考えておく」

「ふふっ、やったー♪」

 

 

 

《1-2》

 

 

 

「……今、エスミさんが悔しそうに美術の餌に食いついて、ついでに私の事を噂しているような気がします」

「随分と具体的な中身が判明している勘ですね。普通に怖いです、ドン引きです…………ですが流石はナギサ様ですね。師匠の事なら何でもお見通しとは。お願いですからその不気味な勘は師匠だけに活用してください」

「もしかして私、チェリさんに遠回しに恐れられていますか?」

「…………」

「えっ、あの、チェリさん? 嘘ですよね?」

 

 場所は変わってトリニティ本校舎のとある一角。

 ティーパーティーもとい三大派閥の1つであるフィリウス分派に在籍する者としての最低限の義務、いわゆるフィリウスの今後の方針を議論する【分派会議】に参席し、つい先ほどその会議を終えたばかりの桐藤ナギサは付き人であり画家見習いの小樽チェリを連れて共に校舎内を出歩いていました。

 

 2人共、トリニティ総合学園に入学したばかりの新入生とはいえ、片方は名家のご令嬢にして優れた政治能力を持つ未来のフィリウス分派代表候補であり、もう一方はその専属の付き人で将来有望な画家見習いとあってか、他の生徒とは存在感がかなり違っていました。

 それこそ正に彼女たちの通行を邪魔してはいけないと周囲の生徒たちが学年問わず自らその場を離れる程です。まるで一国の主になったような光景ですが、2人は特にそういう高貴な気分に浸ることは無く歩みを進めています。

 

「ところでナギサ様。先の分派会議、フィリウス分派の新たな取り組みとして今後は芸術分野にも手を伸ばすという話があったかと……」

「え、ええ。確かにその話はありましたが、チェリさんにとって何か気になる事でも?」

 

 付き人としての一定の距離感を保ちつつ、チェリは言葉を続けます。

 

「気になる、と言うより疑問でしょうか。フィリウス分派はこれまでずっと他校との外交に力を入れて来た分派のはずです……それが今年に入って突然芸術にも関わり始めるというのが少し引っかかっていて。トリニティ自治区は今も昔も芸術は盛んですが、それに比べて他の自治区も同じく芸術が人気とは言い切れません。果たして今後の外交にその芸術が役立つのかどうか……甚だ疑問です」

 

 不安を口にし、首を斜めに傾けるチェリ。

 そんな彼女の前を歩くナギサは『これは私の推測ですが……』と付き人である少女の疑問に答えを返します。

 

「去年、三大派閥の一強であるサンクトゥス分派が突然大きく力を削がれて衰退し、一時は消滅の岐路に立たされました。結果的に当時の分派代表であるツクスさんの手腕によってサンクトゥスは新たに生まれ変わる事が出来ましたが、その過程で失ったものも大きく、中でも1年間の活動停止処分を受けた美術部は当時サンクトゥスの支配下にありました」

 

 歩いている途中、同じフィリウス分派に所属する生徒と何度か出くわし、軽い会釈と挨拶の言葉をかけあいながら2人は再び歩みを進めます。 

 

「入学する前チェリさんに少しお話をしましたが、例の犯罪グループとトリニティの美術部が関わっていた可能性は十分高いと思っています。サンクトゥス分派の突然の衰退もその件が絡んでいたのかもしれません。勿論これは私の推測であって明確な証拠がある訳ではありません。現に今のサンクトゥス分派は以前とは違い手強く、そして強大です。弱みとなる証拠は既に消し去っている事でしょう」

 

 いずれ自身もフィリウス分派に属する生徒として近い将来その手強い派閥を相手にする事への不安か、ナギサは困った様子で肩をすくめます。

 

「……話が逸れてしまいましたね。サンクトゥス分派は強く生まれ変わった。これは疑いようのない事実です。しかし一度手放したものは未だ向こうの手に戻ってはいません。例の美術部も同じです。今年ようやく活動を再開する予定の美術部ですが、既に部の大半を占めていたサンクトゥス分派の生徒はほぼ全員卒業しているため、以前のようにサンクトゥス分派の支配下にあるとは言えないでしょう。そこでフィリウス分派は例の美術部を支配下に置こうとしているのです」

「しかし既に1つの派閥として力を持っているシスターフッドや救護騎士団であれば話は分かりますが、数十人程度の部員確保が限界の美術部を手に入れた所で私達に何か利益はあるのでしょうか?」

「ふふっ、それに関してはチェリさんが一番答えを知っているはずですよ」

「…………ああ、なるほど。フィリウス分派の狙いは始めから師匠でしたか」

 

 パッと脳裏に走った人物を上げると、ナギサは歩みを止めてチェリに振り返り、そして小さく頷きます。

 

「トリニティ自治区で最も有名な画家にして、今もなお多くの方々から信頼を集め続ける人格者。彼女の行動と言動に周囲は耳を傾け、大衆のほとんどは信じ込んでしまう。権力や政治争いに利用するならこの上ない最適な人材です。元々学園外からも強い注目を浴びているお方ですから、誰しも自陣に引き込みたいと思うのは当然でしょう。加えてエスミさんをフィリウス分派に引き込めば、もはやトリニティにおける芸術分野の権力のほぼ全てを手にしたようなものですからね」

 

 時間帯の影響か、心地の良い風が窓から校舎内に入り込みナギサの綺麗な長髪とチェリの目立つポニーテールを微かに揺らします。

 

「さて、人や派閥を問わず多くの方々から人気者のエスミさんが唯一心の拠り所にしているのは何か、直弟子のチェリさんならお分かりかと思います」

「勿論です。それは美術……強いて言えば、師匠は〝芸術〟そのものを深く愛している方です」

 

 風で揺れる髪を片手で押さえ、ナギサは満足そうに笑みを零しました。

 

「いくら何者にもなびかない一匹狼とはいえ、どんな生物でも必ず安息の地を必要とします。エスミさんは現在、卒業された生徒から譲り受けた空き部屋を創作の活動拠点にされていますが、正直安息の地と呼べるほどではありません。いずれ立場的に問題ない活動場所を得る必要があります」

「では美術部こそがそれに適していると?」

「ええ。元より美術部という名が付いていますから誰もが納得することでしょう。ですがエスミさんは非常に察しの良い方です。フィリウス分派が美術部を掌握し、いずれ自身を引き込もうとしている事に既に勘付いているかもしれません。サンクトゥス分派の方も一度手放してしまったものを取り戻すため、何かしら行動を起こして来るはず…………やがて、フィリウスとサンクトゥスの間でエスミさんと美術部を巡って何度か小さな衝突が起きることでしょう。私達もそれに利用される可能性は捨てきれない、と先にお伝えしておきます」

 

 現状、エスミと交流が最も深いのはナギサ、ミカ、チェリの3名です。

 しかしミカに関しては他派閥であるパテルに所属しているため自然と除外されるとして、フィリウスに所属し、かつ入学して日が浅いナギサとチェリに至っては上の判断に従わざるを得ない立場にあります。

 フィリウス分派の上層部が望めばエスミを引き込むための駒として利用される事も十分あり得る話。とはいえその意向に反発するか従うかは、まだ今の段階で考える事ではありません。

 

「……少し気が重い話をしてしまいましたね。この後、ミカさんをお誘いして気持ちを切り替える事にしましょうか」

「承知しました。では私の方で場所の手配と菓子の準備を済ませておきます…………せっかくなので、師匠もお呼びしますか?」

「いえ、エスミさんと不用意に関わるのは固く禁じられているので、今回はミカさんとのセッティングだけをお願いします」

「…………そうでしたか……分かりました。ナギサ様がそう望まれるのなら、この後ミカ様にご連絡をして…………んっ、あの方は?」

「チェリさん?」

 

 ナギサは突如として言葉を止めたチェリを訝しげに見つめ、次に彼女の視線の先を追いました。

 すると彼女達の視線の先で1人の少女が小さな歩幅でこちらに向かっているのが見えました。

 

「……あれは確か、サンクトゥス分派の……?」

 

 ナギサはおろか幼馴染のミカよりも背が低く、それでいて採寸が合っていないのか両手が袖口の中に隠れているという変わった姿をしている生徒。

 彼女の記憶と集めた情報が確かであれば、あの生徒はサンクトゥス分派に所属している1年生のはずです。

 

「……おや?」

 

 さてどうやら向こうの生徒もナギサ達の姿が視界に入ったようで、不思議そうに声を発するとトテトテとナギサ達の下にやってきました。

 

「まさかここでフィリウス分派の中でも特に名の知れた人に会えるとはね。初めまして桐藤ナギサ。こうして直に言葉を交わすのは互いに初めてだったかな?」

「……はい。私もこういった形で貴女にお会いするとは意外でした。百合園セイアさん……これからお一人でどこかに向かわれる所でしょうか?」

 

 百合園セイア。

 ナギサやミカと同じくトリニティに入学したばかりの新入生であり、彼女たちのようにティーパーティーの三大派閥の1つサンクトゥス分派に所属する生徒になります。

 非常に思慮深くそして聡明な生徒として大変注目されており、それでいて病弱体質なためあまり外を出回る事が少ない……とも言われています。生憎とナギサもチェリも彼女についてそこまで詳しくはなく、同時に言葉を交わすのも今回が初めてなため微かに緊張が走りました。

 これでもサンクトゥス分派とフィリウス分派の生徒が直に交流するのは滅多に無い事なのです(どこぞのパテル派のピンク髪は例外です)。

 

「どこに向かっている、か……そうだね。私にとって『大事な人に会いに行く』とでも言えば良いのかな。今日は久々に身体も調子が〝良い〟から気分転換をしようと思ってね。いつもは向こうが会いに来てくれるのだけど、今回ばかりは私の方から押しかけてみようと思ったのさ」

「なるほど……セイアさんにとっての大事なお方ですか…………セイアさんはその方に随分と信頼を寄せていらっしゃるのですね」

「ああ、そうだとも。それこそ誰にも渡したくないと思えるほどにね…………まあ向こうは私のことを単なる庇護対象としてしか見ていないのが癪だけどね…………さてナギサ、君に会えて良かったよ。こうして直接牽制をする機会を得たことに素直に感謝をするべきかな?」

「……牽制……機会……? すみませんセイアさん、一体何を言われているのか理解が……」

 

 困惑に満ちた顔でナギサは首を傾げるのですが、残念なことにセイアはそれに対する答えを口にする事はなく微笑だけを残すとさっさと立ち去ってしまいました。

 

「…………行ってしまいました」

「ナギサ様。牽制、と先ほどセイア様は口にされていましたが、あれはつまりサンクトゥス分派の生徒としての宣戦布告でしょうか?」

 

 付き人ゆえ、先ほどからナギサ達の会話に混ざること無くひたすら黙っていたチェリは、ようやくセイアがその場を去ったことに安堵しつつ、続けてナギサに対し疑問の言葉を述べます。

 

「さてどうでしょうか、正直私にはよく分かりません……ですが、チェリさんが口にされた『宣戦布告』というのは、あながち間違ってはいないのかもしれませんね……」

「やはり……」

「……ですが、あれはきっとサンクトゥス分派の生徒としての発言では無いと思います」

「えっ? ではあれはセイア様本人からナギサ様に対する個人の牽制という事ですか? しかし一体何に対する牽制なのでしょうか……?」

「…………」

 

 小柄な少女であるセイアが去った方向をただ眺め、ナギサはしばし口をつぐみます。

 でもやがて彼女に対する謎が深まるばかりだと考え、ナギサは付き人のチェリを連れて幼馴染の下へ向かうのでした。

 

 

 

《1-3》

 

 

 

「……ここだね」

 

 他の部屋と大して変わらない僅かな装飾だけが施された扉。

 お嬢様学校として知られるトリニティ総合学園の中では特に珍しくも何ともない扉ですが、彼女もとい百合園セイアにとっては初めて訪れる〝聖地〟に他なりません。

 

「……よし」

 

 袖口の中に隠れている手でドアを数回ノックし、入室の合図を送って心底満足したセイアは相手の返事も聞かずに部屋の中へ足を踏み入れました。

 

「やあ、来たよ……なるほど、ここが芸術を愛する君のテリトリーという訳か。凄く居心地が良いね……少し絵具の匂いが慣れないけどね」

 

 セイアは部屋中に漂う油彩や木材等々の匂いにやや顔をしかめつつも、その後すぐ笑みを浮かべて部屋の主に視線を向けます。

 その視線の先には、画材で一杯の部屋であっても一際目立つ美少女が作業着を身に着けた姿でP10号のキャンバスに油彩で厚塗りをしていました。来客自体は特に珍しくも無いのか作業を止めることはしていませんが、その来客がセイアだった事に心底驚いている様子です。

 

「……百合園。体調は大丈夫なの?」

「見ての通り、今日は調子が良い日だからね。君に会いたくてつい来てしまったよ」

「そう…………残念だけど、今日一日は絵の制作に専念させて。けれど話し相手ぐらいにはなれると思うから、まず座る椅子を…………ああ、そこの来賓用を使って欲しいかな」

「……作業の迷惑だからと、私を部屋から追い出しはしないんだね」

 

 セイアの言葉を聞き、少女は呆れたように溜息を吐いて手に持つ筆をキャンバスに走らせます。

 

「遠路はるばるお越し頂いた病人をすぐに追い出すほど私の心は冷たくは無いからね。万が一ここで体調が悪くなったとしても、私が傍にいるからすぐに対応できるだろうし。まあ体調が良いなら私が気にする必要は無いだろうけどね」

「……そうか、なら今ここで体調が悪くなって倒れれば、君は私のことを常に見てくれるのかな?」

「……百合園」

 

 キャンバスに走らせていた筆を止め、不快感を露わに少女は目を細めセイアを睨みました。

 

「…………すまない。冗談でも口に出すべきじゃなかった」

「分かっているならよろしい。君に万が一のことが起きたら、私は卒業されたツクスさんに合わせる顔が無いからね」

「…………そう、だね……その、すまない……」

「…………はぁ。ほら百合園、おいで?」

 

 あまりにも意気消沈しているセイアを見て何を決断したのか、いきなり絵具で汚れている作業着を脱いでいつもの制服姿に戻った少女は彼女に対し手招きしました。

 酷いことを口にした手前、彼女からの厳しいお叱りかなと相変わらず沈んだ気持ちでセイアがゆっくり歩み寄ると、気付けば彼女はハグをされていました。

 

「……これは、一体……どういうつもりだい?」

 

 セイアが今されているのは友達同士が行うような力のあるハグとは違い、優しく相手を包み込むような慈愛に満ちたハグになります。

 またそれだけではなく、セイアの背丈は少女に比べてかなり低いため自然と顔が彼女の胸に埋もれており、少女から漂う匂いと胸の弾力に包まれたおかげでセイアの心は段々と落ち着きを取り戻してきました。

 

「付き合いの長い知人が、私の胸は癒し効果があるとか言っていたからね……物は試しでやってみた訳だけど、大丈夫かな苦しくはない?」

「まさか……むしろ君の匂いで心が落ち着くよ……不思議だ。ただ抱きしめられているだけなのに……」

 

 やがて物寂しさを感じたのか、ただ一方的に少女に抱かれているだけの状態から今度は自分から彼女の背中に手を回し強く抱きしめるセイア。癒されている、というより彼女から活力を貰っていると表した方が良さそうな抱擁を続けます。

 そして少し間を置いて、セイアはふとこう零しました。

 

「……すまない……あんな失礼な事を言ってしまっただけじゃなく……いつも忙しい君に、制作の手を止めさせてこんな事を……」

「気にしなくて良いから。百合園の事だし最近また悪い夢を〝視た〟と思った訳だけど、どうなの?」

「……ああ……君の言う通りだ」

「なら仕方ない。孤独を癒すならこれが手っ取り早いだろうしね。それに少し時間が経ったら私は作業に戻るから、それまではこうして抱き締めていてあげるよ……ちなみに人はハグをすると30パーセントぐらいストレスが軽減するらしい…………さっきの発言は聞かなかった事にするから、今この時だけは私に存分に甘えなさい」

「…………」

 

 ああ、やっぱり……彼女を誰にも取られたくないなぁ。

 

 優れた予知能力のせいで日に日に心を削られていく最中のセイアにとって、彼女……栢間エスミの存在は特別でした。

 未来予知に一切その姿を現すことはなく、その代わり現世ではしっかりと存在する不思議な人物。栢間エスミという彼女に関する未来をセイアはこれまで一度も見たことがありません。同じ能力の使い手だったツクスの紹介で初めて出会った時は、キヴォトスにこんな生徒がいたのかと心底疑ったものです。

 当然、未来予知には出てこないくせに現世では存在するという異質な彼女をセイアは当初かなり拒絶していました。ろくな会話もせず、幽霊か何かかと罵倒したこともあります。

 

 にも関わらず、向こうは始めからセイアを知り尽くしているかのように適度な距離感を保ち続け、ツクスからの願いもあってか懸命にセイアのサポートをしてくれました。時々、聡明な彼女に負けず劣らずの知識と会話を交わしてくれた事もあります。

 

 そして気付けばセイアは、知らない間に彼女に対し心の底から信頼を寄せるようになっており、当初の拒絶は何処に消えたのやら……栢間エスミを自身の心の拠り所にしていました。

 そして何よりセイアの悲観主義を察して冷たく突き放すことなく常に癒してくれる彼女の優しさに、セイアは依存してしまっていました。エスミにもっと自分を見て欲しい。美術に向けるその熱意と意識を、出来ればもっと私だけに向けて欲しい、と深く願う程に。

 彼女との数少ない会話で何度も名前が出てくる桐藤ナギサに対して、あのような失礼な態度を取ったのも自分よりエスミに意識されている事に対する一種の嫉妬でした。

 

(……善意で私を助けてくれる人に対して…………最低だね、私は……今もこうして、弱い心を理由に彼女の貴重な時間を奪ってしまっている……)

 

 果たしてこれは独占欲なのでしょうか。

 それとも自分は彼女からの庇護を求めているだけなのでしょうか。

 実のところ分かりません。今のセイアは自身の感情と欲望に対し、明確な答えをまだ出せないでいました。

 でも今はそれで良いのでしょう……セイアは彼女の胸から顔を離すと、不安と恐れが消えた瞳を真っすぐ彼女へとぶつけます。

 

「ありがとう……私にはやっぱり、君が必要だよ………エスミ姐……」

 

 親愛をこめてエスミ姐と呼ばれた少女は『大袈裟だね』とシンプルに苦笑しましたが、セイアは返事を返す代わりに再び彼女の胸に顔を埋めるのでした。

 

 





栢間エスミの秘密・13


・秘密6で明かしている通り胸のサイズに関してはミカと全く一緒である。
なので上の下着はミカにお勧めされたメーカーか、もしくは彼女とお揃いを購入して着用している事が多く、決して自分で選ぶのが面倒だとかそういうのでは無い。
しかし過去に一度、ナギサ、ミカ、エスミの3人でお泊り会をした際、ミカとエスミがお揃いの下着をしている事にナギサが酷くショックを受け『お2人とも酷いです!!私だけ除け者にするなんて!!』と暴れる珍事件が発生したので、以降下着のお揃いは禁止する事となった。


エスミ『でも聖園と私の下着が混ざる可能性があるから仕方ないか』
ミカ 『エスミちゃんと私のブラ、全く同じになるもんね☆』
ナギサ『羨ま…………私もお二人のように大きければ……』
チェリ『いえ十分デカいですし、私のように無いよりマシでは?』

もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)

  • 拳銃(M1911,グロック等)
  • リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
  • 自動小銃(HK416、AK-47等)
  • 短機関銃(M1921、MP5等)
  • 小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
  • 散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
  • 機関銃(MG42、M249等)
  • 対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
  • 擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
  • 素手
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