夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない   作:木暮鬼一

2 / 54




栢間エスミ 『エピソード0』

 

 芸術世界において、【パトロン】という言葉があります。

 

 主に作品を生み出す芸術家や音楽家などを支援する資産家等々を表す言葉で、支援の内容は衣食住の提供であったり、活動資金であったり、作品の依頼であったりと様々。

 社会的地位の向上や特権の強化を目的として支援することもある為、現代社会においてはむしろ【スポンサー】と呼んだ方が分かりやすいかもしれません。

 

 無論、それはここ【学園都市】キヴォトスにおいても全く同じで特に資産家が多く住まうトリニティ自治区では才能ある芸術家を見つけては毎日のように争奪戦が繰り広げられていました。

 それこそ派閥争いが活発の自治区という事もあってか、善悪含めて様々な思惑がぶつかりあうこの争奪戦はいわばトリニティを表す特色の一つとして見られる事も多く、特にトリニティ以外の自治区からやってくる人達には物珍しい目で見られるのが常です。

 もっとも最先端の科学技術を誇るミレニアムサイエンススクールも似たようなもので、向こうでは才能あるエンジニアを支援するパトロンが存在し、トリニティ同様に才能あるエンジニアとの独占契約を巡って主に企業間で争っていると言われています。

 

 故にパトロンを含めて外部の間では『芸術を愛するパトロンならトリニティへ。技術を愛するパトロンならミレニアムへ』という言葉が広まっているらしく、良くも悪くもキヴォトスにおける三大学園の強大さを象徴していました。

 

 さて、ではトリニティ自治区の方に話を戻しましょう。

 

 才能ある芸術家とパトロンが結ばれるには、まず双方どちらかが接触しないかぎり関係は生まれません。このご時世、優れたネット環境によって親交を築くことは意外にも簡単に出来ますが、生憎と相手を騙す手段である詐欺や偽称もまた同じです。

 故にネットを完全に頼ることはまず無く、代わりにトリニティ自治区で年に数回開催される芸術コンクールにて芸術家とパトロンは出会う事となるのです。

 当然、そのコンクールで頂点をつかみ取った芸術家のもとには数多くのパトロンが誘いの言葉をかける事となり、惜しくも受賞を逃した者であっても将来性を見出されれば一つ二つと声を掛けられることもあります。

 中にはパトロンとの契約を結ばずフリーランスの道を貫こうとする者がちらほらといますが、そういう存在は逆に目立つ形となり他派閥に奪われたくないと余計にパトロン側が躍起(やっき)になるのが常です。

 

 おかげで暴力沙汰や事件こそ起きないものの例年コンクールが行われる会場は熱気に溢れており、至る所で交渉や賛美の声が響きわたるという異様な場となるのでした。

 

 そんな中、トリニティ総合学園に通う〝中等部〟所属の桐藤ナギサは、とある一枚の絵を前にして茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしていました。

 

 長辺723mm。短辺606mm。通称【F20号】と呼ばれるサイズのキャンバス。

 今回のコンクールに出展されている作品群の中で唯一サイズが最小であり、加えて画家の名と作品名が記されたプレートの隣には控えめながら【入選】という文字があります。

 賞を受賞している他のエリアが依然として熱く賑わっている中、この作品の場所だけは不自然ながら静かで冷たい空気が流れていました。この場でナギサ以外に足を止めている者はおらず、かといって誰も傍を通ることもありません。

 言葉にするなら正に『静寂』そのものです。

 その原因が果たしてこの【入選】というレッテルのせいなのか、それともこの作品が放つオーラのせいなのか、少なくともナギサ自身は後者であると考えました。

 

 彼女が相対するF20号のキャンバスには、ある人物が描かれていたのです。

 

「…………これは、天使?」

 

 天使。まさしくそれは背中に羽が生えた存在を指す言葉。

 特にトリニティ総合学園に通う生徒の大半がこれに該当し、学園内に立ち入れば2、3人に1人の割合で羽が生えている少女を見つける事が出来ます。かくいうナギサ自身も背中には立派な羽が生えています。

 この自治区内であれば羽の生えた天使こと生徒など、そう物珍しい存在でも無いため普通であれば『何だ、トリニティ生徒をモチーフに描いたのか』と思う事でしょう……そう、普通であれば。

 

「……トリニティの生徒ではありませんね」

 

 キャンバスに描かれているのは齢10歳ほどの外見をした羽の生えた少女。頭上にはキヴォトスの全生徒が持つ光臨(ヘイロー)が存在せず、この時点でまず違います。恐らく聖書等にある天使をモチーフにしているのでしょう。

 キヴォトスの、しかもトリニティ自治区で誕生した作品にしては珍しい描写です。

 

 加えて10代という成長途上なのを理由に(そもそも天使に年齢による成長の概念は存在しませんが)美少女とも可愛いとも言えない顔立ちをしているこの天使は、その見た目に似合うあどけない笑みを浮かべてこちらに視線を向けています。

 ええ、キャンバスに描かれた絵でありながらこの天使は視線を向けているのです。

 

 まるでこのキャンバスを境にして、天使が興味深そうにナギサのいる世界を凝視しているような……不意にこのキャンバスへ手を伸ばせば天使に腕を掴まれ、そのまま引きずり込まれそうです。

 実際はあり得ないと断言できる事ですが、それすらも可能……いや起きてしまうと錯覚させる不気味なオーラをこの作品は放っていたのでした。

 

「……絵画としては十分過きるほど完成された作品です。入選止まりとはいえ、これを描かれた方は将来化けるかもしれません……」

 

 見るだけで鑑賞者たちを自然と遠ざけるほどの不気味なオーラを放つ作品。

 正直なところ〝鑑賞〟という点で評価すれば『酷い』の一言に尽きます。

 しかしながら絵画の〝存在〟として評価をすれば、この作品は極めて高い完成度を誇っていました。見る人全てを惹き付ける作品の良さは言うまでもない話ですが、逆に見る人全てに真っ先にイメージを植え付ける作品もまた優れていると言う他ありません。

 

 故にナギサは確信します。

 

 この作品を描いた画家は将来必ず大成する。例えそれが数年先の話だったとしても、多くの名作を生み出して名を知らしめる大物になるだろう、と。

 

 根拠のない自信であると言えばそうなりますが、それでもナギサは自身が感じたこの価値観を信じる事にしました。元より、この会場には1人のパトロン見習いとして芸術家探しに来ているのです。

 良い機会です。この際なので、この作品を生み出した創作者に声をかけて契約を交わそう。

 まだ中等部在籍という若すぎる、いや幼過ぎる外見のナギサでしたが脳内では既に未来に向けて布石を打とうとしていました。

 

(とは言っても、肝心の画家さんはどちらにいるのでしょうか?)

 しかし、人の目を気にせずこの天使の作品を半ば独占状態で鑑賞できたのは良いものの、逆に周囲には誰もおらず尋ねることも出来ない状況に早速ながらナギサは困ってしまいます。

 賞を手にした作品であれば自然と創作者がその隣に立って解説するのが多いのですが、入選や大して人が集まっていない作品の場合は創作者自体いないという状況も決して珍しくありません。

 おろおろと慌てた様子で右に左と首を向けるナギサでしたが、ふと何かの気配を感じて無意識に後ろを振り返りました。

 

「……あっ」

 

 余談ですが、このコンクール会場では賞を手にした作品は部屋やフロアで展示し、それ以外の入選等の作品は通路に展示することで区別しています。とはいえ会場そのものが大きいため通路と言えども広さはかなりのもの。

 具体的にはガタイの良い大人が横に7、8人並んで歩いてもまだ隙間が生まれるほど広いのです。

 そのため休憩や立ち話が出来るようにと作品は通路の片側だけに展示し、反対側は一種の休憩スペースとして開放されています。

 

 そこに、ナギサとほぼ同い年と思われる少女が壁に背中を預けて立っていました。

 

 いえ、立っているのではなく絵画の天使と同じように笑みを浮かべ、ただ真っすぐ〝ナギサだけ〟を見つめています。

 髪は肩にかかる手前ぐらいで色は薄い青。背は低いものの身体は細身。綺麗な翡翠色(ひすいいろ)の瞳を持ち、加えて美少女と断言出来るほど綺麗で美しい顔立ちが目立ちます。

 その姿は細部に関する色合いや姿形などを無視すれば、奇しくも絵画の天使と雰囲気が酷似していました。

 

「…………もしかして、この作品の画家さんですか?」

 

 その類似した姿を見てピンと来たのか、それとも直感か。

 何の根拠もなしに出てきた確信めいた言葉にナギサ自身大きく驚きましたが、それを撤回するまでもなく目の前にいる少女は小さく頷いて『……そうだよ』と外見に似合わずやや低い声で返事を返してくれました。

 ただし先ほどの慈愛に似た笑みはとうに消え、複雑な表情を浮かべて肩をすくめます。

 

 その態度が一体何を意味しているのか。生憎とまだ幼い中等部であるナギサには見当が付きませんでしたが、対話を拒絶されている訳では無いのは確かでしょう。

 ナギサは絵画の横にある画家の名が記されているプレートに目を向けると、そこから一歩二歩と離れて反対側に立っている少女にしっかりと向き合います。

 

「貴女の作品に一目惚れしました。是非とも私に、専属のパトロンとして貴女を支援させてください」

 

 この会場に来てから元より考えていたパトロン契約について切り出すと、少女はまさかその話をされるとは思わなかったのか困惑しつつ眉をひそめます。

 

「……君がパトロン? 私とあまり歳が変わらないのに?」

「それを言うなら貴女こそ、私と変わらない歳でべテラン揃いの画家が集まる芸術コンクールで入選を勝ち取っているではありませんか。外見に似合わない事をしているのはお互い様では?」

「……それもそうだね」

「ご理解頂けて幸いです。それで、如何でしょうか。私は貴女の画家としての才能に期待を寄せています。必要な情報、技術、知識があれば喜んで支援させてください。今はまだ中等部としてカになれる分野は限られていますが、高等部に進級すれば多少の制限は撤廃される予定です」

「……そう」

「それに同年代となればお互いに助け合うことも可能ですし……私はその、この出会いは偶然ではなく運命だと思っていますので」

「……思ってたより、ロマンチストなんだね」

「夢見がちと思われるかもしれませんが、私も1人の少女ですので。貴女にとっても悪い話ではないと思うのですが……共に歩んでいきませんか、栢間(かやま)エスミさん」

 

 栢間エスミ。

 ナギサと大して変わらない歳で、芸術コンクールに【入選】という形でありながら見事作品を展示させて見せた異端の少女。

 後にキヴォトスにおける美術界の【超新星】 と謳われるほどの存在感を放ち、トリニティ自治区で最も名が知られる画家となる栢間エスミと桐藤ナギサの出会いは、まさにこの瞬間から始まったのです。

 

「……ごめん。それは無理」

「……え?」

「悪い方に勘違いしないで。私はただ、パトロンとか専属とか関係なく自由に画家をやっていきたいだけだから……ビジネス上の付き合いであれば一応考えておくけど」

「そ、そうですか……な、なるほど……あ、それでしたら友--」

「残念だけど、友達になるのもお断り。あくまでも知人としての枠に留めて」

「……はい」

 

 だが生憎と、初めての交流はナギサにとって苦々しい思い出として残る事となるのでした……。

 





栢間エスミの秘密・2


・好きな画法は水彩画。しかし得意なのは油彩画と鉛筆デッサン。
最近は油彩画の制作が多くて汚れと匂いを気にしてる……。

読者の皆様が希望とされる作品の投稿曜日について(※これまで作者の都合により基本週明けの月曜午前0時を作品の投稿日としてきました。ですが一旦、読者の皆様が『この曜日に投稿してもらえると嬉しい』となる曜日を決めて、その日に作品を投稿してみようと考えました。もちろん試験的な物となりますが参考にさせて頂ければと思います。時間は0字固定です。こちらのアンケートの締め切りは一旦今年の12月末とさせてください)

  • 月曜日・午前0時
  • 火曜日・午前0時
  • 水曜日・午前0時
  • 木曜日・午前0時
  • 金曜日・午前0時
  • 土曜日・午前0時
  • 日曜日・午前0時
  • 作者の都合に任せる(※基本は月曜日です)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。